第6回 ニューヨークでのアパート暮らし
昨年末から年始にかけて、日本に一時帰国をしていた。東京の実家に着くや否な私が思ったことは、「東京は寒い」ということだ。
私が住んでいるニューヨークのアパートは、全館暖房システムになっている。管理人さんが毎朝6時ごろから暖房のスイッチをいれ、
そのまま夜中まで付けっぱなしなので、外から部屋に帰ってきたときに「寒〜い」と凍えながら暖房が暖まっていくのを待たなくていい。
たまに、管理人さんが温度設定を間違えてしまったのか、部屋でじっとしていても暑くて汗をかいてしまうこともあるほどヌクヌク状態なのである。
実家だと、一日中暖房を入れっぱなしと言うわけにはいかない。
節約好きの母親のせいもあるが、天気の良い日のお日様の光は眠気を誘うほど心地よく、
充分部屋は暖かくなる。だがこの季節、太陽エネルギーに頼れるのもつかの間、
夕方頃からやはり暖房を入れなくては寒さで手までかじかみメールすらも打てなくなる。
ニューヨークの暖房システムに慣れきった私の体は、実家の寒暖の差に耐え切れず風邪を引き寝込んでしまった…。
はぁ…やっぱり部屋は暖かくなくっちゃね。
日中も暖房を入れっぱなしにするのはエネルギーの無駄とも感じる。殆どアパートの住人は日中、学校や仕事に向かっているのだから。
でも一度この暖かさに慣れてしまうと、寒さ厳しい冬にはとってもいいシステムに感じてしまうのも事実。面白いことに、
ニューヨーク市のアパートレンタル法律の中にはこんな項目がある。『アパート管理人は、AM6時からPM10時までの間、
外気が12℃を下回った場合、室内を20℃に保つこと。夜中(PM10時〜AM6時)でも外気が4℃を下回った場合は室内を12℃に保たなければならない』
もしこれが守られていないようならセントラル・コントロール協会に苦情を言うこともできる。アパートの暖房システムは管理人が勝手に行っているわけでなく、
きちんと法律で決められているのだ。心地いいわけだ。アパートの外には厚着をしたホームレスがカートを引きながら凍える街を彷徨い歩いているのに…。
寝正月を終え、ニューヨークに戻ってみるとアパートの周りに矢倉が組まれ何やら作業が始まっている。
そういえば年末に扉に注意書きが張られていたのを思い出した。部屋に入ると窓の外はちょうど矢倉部分でちょっとしたバルコニーになっている。
バルコニーと言っても作業台なので、ロープやらセメントの固まりやら、飲みかけのマクドナルドカップが棄てられている。
どうやら、アパートの外壁を張り替える作業らしい。月曜日、スペイン語を話している3人の作業員がこのバルコニーで仕事を始めた。
まさに部屋の窓と隣りあわせなので、一日中ブラインドを開けることができない。「太陽光線が欲しいよ〜!」
ある日とうとう我慢できなくなってブラインドを20センチほど開けてみた。この幅ならお互い目が合うこともない。
この日は友達とランチをする約束があった。着替えをするのにブラインドのヒモを引っ張った瞬間、
ブラインドが天井から外れてしまいドシッと私の頭を直撃した。少なくとも部屋着は着ていたけれども、目の前の作業中のおじさんは真顔でこっちを見ているし、
ズキズキする頭の中はただ混乱状態。ゲゲッ、はずかしい…。真面目な顔で見てないで、笑ってくれたほうがまだマシなんですけど…。
一目散にブラインドを元の位置に戻しガムテープでしっかり固定。いったいいつまで作業が続くのだろう。しばらくは太陽光線を我慢するしかないようだ。
翌日、郵便受けの前で会ったアパートの住人がこんな事を言った。「この作業が終わったら、絶対に家賃の値上げがあるよ。アパートをきれいにする度、
それを口実に管理人は家賃を上げていくんだから」
「でも、外壁をきれいにしても直接私たちの生活が快適になるわけじゃないと思うけど」と、私。
「勿論、納得がいかなかったら抗議もできるけど、裁判に持ち込まれてその結果次第だね」彼は平然と返した。裁判!?そんな事にまで持ち込む勇気は私にはないし、
そこまで持っていく語学力すらない。いったい幾ら家賃が上がるのだろう。
暖房システムには感謝しているけど、外観が良くなって家賃が上がっても感謝の気持ちは起こらない。工事後の管理会社からの手紙を待つしかないようだ。
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