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第36回 かぶる[被る](1)


「あ、今日の服、**ちゃんとかぶってしまった」などと使う。表面的にはファッションのコンセプトやコーディネートがその場にいる他人と同じになってしまったことに気づいたり、気にしたりする方(ほう)が言い出す言葉だ。カジュアルな場では「あ、同じ色ね」とか、「同じ柄ね」とか言って親近感を持つだろうが、ここぞと気合を入れた場では違う。特に女性同士、結婚披露宴や同窓会だと複雑な心境が交錯する。「(私が)同じファッションになってしまって失敗した」か、「(あの人が)同じファッションなんて許せない!」かどちらかの感情が湧くだろう。

「かぶる[被る]」を1998年発行の辞書で引くと。。。

  • 「かがふる」の転

とあり、

  1. [他動詞] 頭の上からおおう (他)
  2. [自動詞] (芝居社会の隠語)失敗する(他)

のふたつの意味の系列があり、2.の最後の例として、

    2-5 写真の露出過度で、不鮮明になる   (「広辞苑」第五版)

があり、「重なる」の意味は示されていない。

伝統的な日本語で、「かぶる」を最も使う用例は「帽子をかぶる」であろう。
  「かぶり」は「頭」を意味し、一昔前の小説には、

    Ex. かぶりをふった拍子に野枝の双眸に涙がわきあがってきた。
    (瀬戸内晴美「美は乱調にあり」)

・・・というような表現がよく出てきた。
  さらに面白いことにラテン語で「カブツ」は「頭」を意味するのだそうだ。

これらの「かぶる」表現はそれまでの伝統的な言葉だと何と言ったらよいのだろう。「かぶる」が「重なる」と言う意味で使われるようになる前は「だぶる」だった。しかし、この「だぶる」は「ダブる」と書いた方がしっくりするように、元々は英語の「double」[d˄bl]から派生した言葉である。

日本語では漢語や外来語の後ろに「する」(サ行変格活用)を接続させて動詞化することができる。「判断する」や「レコメンドする」、「トークする」などである。ところが、「ダブル」(double)の場合は「る」がウ列の音で、動詞活用語尾の終止形のような気がするので、わざわざ「ダブルする」と言う必要がなく、「ダブる」(ラ行五段)という巧妙な言葉が出来上がった。もっとも五段活用とは言っても、「君、明日のシフトはあいつとダブれ!」という命令形や、「彼の旅行と明日からダブろう」などという未然形での使用は聞いたことがない。(つづく)

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[参考文献]
瀬戸内晴美1965「美は乱調にあり」岩波書店
新村出・編1998「広辞苑第五版」岩波書店
三浦正好2006「日本語の語源の謎」東京図書出版会
町田健2009「変わる日本語 その感性」青灯社



2013.10.15 掲載



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