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Vol.23 - 一番下の者
この間キャラメルボックス・プロデューサー加藤さんのご好意で池袋サンシャイン劇場へと足を運んだ。公演タイトルは“クロノス”そして“俺達は志士じゃない。”
僕は今まであまり舞台というものに縁がなかった。
(※昔何度かアマチュアの劇団の作品を見たんだけど、そのあまりの低レベルさに耐え切れず、つい舞台というのはくだらんというデータが頭にインプットされていた。)
だけど改めてプロの作品を見るとやはり違うなあと思った。
素直にすごく良かった。そりゃそうだ、大勢の人間が、そして大勢の大人が真剣になって作り上げている舞台。そこからエネルギーを感じないわけがない。皆さんも是非どうぞ。
人間が目に見えない何かのために情熱を注ぎ込む姿が僕はすごく好きだ。だから、バカと呼ばれようと何と言われようと僕は計算づくで生きる人間にはやっぱりなりたくないなあと思う。
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キャバレーというのはつくづく社会の縮図だと思う。僕は大学にもろくに行かず、キャバレーという場所でバイトをしながらいつもそう思っていた。
ピラミッドの一番上で一番偉く振舞えるのは金を持っている客。その次に偉く出来るのはその金を落としてもらうホステス。その次はお店とホステスを取り仕切るマネージャー。そして最後にくるのが僕らボーイとか裏方のスタッフ。
でも、これって今の社会にそっくりだと思わない?金持ちの資本家がいて、その下にお金を融資してもらって会社を運営する企業家、その資本家や企業家を統制しようとする役人、そして最後、サラリーマンとかのただの労働者。そしていつも一番つまらない思いをするのは一番下の者。
一番下の者の日常はどことなく哀れではかない。そんな人々の顔を今でもほんのり思い出す。共通点として皆、無理矢理、明るかったような気がする。そう、無理矢理。酒を飲むにしても朝、競馬新聞を読むにしてもいつも無理矢理、半分ヤケになったような態度で盛り上がる。中にはあまりに無理矢理自分のテンションをあげて酒を飲むと誰かれ構わずケンカを売るものまでいた記憶がある。でも皆一様に目の奥に怯えみたいな光を宿していた。それは一番下の者としての自分のあまりに頼りない居場所に対しての不安だったのだと思う。
ある日、こんなことがあった。僕はボーイというキャバレーの世界で一番下の者の身分でありながら、お店で働くあるホステスさんに淡い恋心を寄せていた。いや、下心か(笑)確か年齢は25才くらい。
意外かも知れないけれども、ホステスさんというのは人にもよるけれども予想以上にボーイという存在に優しい。それはもしかしたら自分の仕事をしやすくする為の処世術なのかも知れないけど、まあ、ほとんどの人がそんなにムゲにはしない。そして僕が恋心を寄せたホステスさんもその中の一人だった。
この頃の僕はひどく調子にのっていたところがあって、勝手に自分を大学からはみ出たアウトローと位置づけ、かっこつけた身分不相応なスーツかなんかを着てチャラチャラしてた。そしてボーイという一番下の立場にいながら、自分には何か特別な力があるような錯覚を起こしていた。どこからどう見ても何の力もないガキなのに。
ある夜、バイトを終え深夜の駅に向かおうとしていた道すがら、僕はそのホステスさんと偶然一緒になった。あら、君何してんの?とちょっと酔っ払った様子だった。そのホステスさんはいつもお店で結構飲んでいたので、ああ、酔っていらっしゃるのだなと普通に思いながら、“帰るとこですよ、○○さん(ホステスさんの源氏名)は帰らないんですか?”とちょっとドキドキしながら聞いた。そしたら○○さんはこう言う。友達と飲みに行く予定だったんだけどすっぽかされた。だから今から一緒に飲みにいかない?
僕は内心、信じられないくらいドキドキしながらもあくまでかっこつけてその誘いに乗った。どこかいい店ある?というので僕はその時の貧弱な経験のインプットデータから一回だけ行ったことのあるカフェバーを選択しそこに行った。
カフェバーで僕は、ぎこちなくカッコつけながらそのホステスさんと過ごした。ホステスさんは何かつまらないことがあったみたいでしきりに、人生はうまくゆかない、だとか、ねえ、君はどう思う?とか同じことばかりを話す。その問いかけに僕はいちいち、おちゃらけながら頷き、くだらないことを言う。
そのうちホステスさんは飽きたのだろうか、自分の知っている店に行きたいけどいい?と言ってきた。僕は激しく自分のサイフの中身が心配だったけど断るすべはなく、あ、いいねと軽い笑顔を浮かべついていった。
その店はなんかあやしいサパークラブみたいなところだった。(※サパークラブというのは基本的には男性が女性をもてなすタイプの店だったと思う。ま、軽いホストクラブみたいな感じか。)ホステスさんはそこの若い色男のマスター目当ての常連だったみたいで、店につくなり態度を一変させ嬉々とし始めた。僕を無視して…。
時間は深夜。電車もなく帰るすべがあるわけでなく、僕はただまんじりとその店にいて、しばらくそのつまらない光景を見ていた。
店の中に響く、カラオケ。僕を無視した男と女のきわどい会話。店の店員からたまに向けられる何だこのガキ?という視線。
そのあまりのつまらなさ、そして体中を駆け巡るアルコール。僕を無視し楽しそうにするホステス○○さん。だんだんと僕は苛立ってきた。なんでこんなところでこんなつまらぬ思いをしなければいけない?
そしてその思いがついに態度に出た。“俺、帰りますんで”ホステスさんにそう言って席を立とうとした時、酒の酔いで足がもつれテーブルの上のグラスをこぼした。そしてそのグラスの中身が同席していたサパークラブのお兄ちゃんのスーツにドバーっとかかった。
驚いたのはホステスさんで、慌てて大丈夫?大丈夫?ごめんね、ごめんねとそのお兄ちゃんのスーツをおしぼりで拭く。僕は驚いてしまったのと酔っ払っていたのが、あわさって、ただつっ立っていた。その態度が気にいらなかったらしい。最初は大丈夫、大丈夫と言っていたサパークラブのお兄ちゃんが“てめえ、ガキ!おめえは謝らねえのか!”と敵意をむき出しにしてきた。
僕はただビビって何も言わなかった。その態度が向こうにはとてもふてぶてしいものに見えたらしい。いきなり頬をはたかれ髪をつかまれた。“てめーさっきからむかつく態度しやがって”やめて!やめて!と言うホステスさん。僕はそのホステスさんの叫びに、ああ、ホステスさんはやっぱり僕の味方なのかと勝手に錯覚し少しだけ強気になり、つい髪をつかむ手をふりほどき必死に応戦してしまった。
それがまずかった。店は大騒ぎになった。そこにいたサパークラブのガラの悪い兄ちゃんたちが全て敵となった。全員がこのガキーとか言って僕をつかみ床にひきずり倒す。もう滅茶苦茶。正直、生命の危機を感じた。そんな騒ぎを必死になだめようとするホステスさん。ホステスさんの必死の声が店内に響く。“みんな、やめよ!ね、やめよ!こんな子供を苛めたってしょうがないでしょ!ね!ね! この子はあたしの店で働いてるただのボーイなのよ!”
こんな子供を。。。 ただのボーイ。。。
殴る蹴るされたことよりも、この言葉が一番屈辱的だったのを覚えている。そして、つくづく僕は自分が思っている以上に本当に無力でダメなのだなあと思った。
ホステスさんに淡い恋心を寄せていたその恥ずかしさと無力さで僕は朝がたの池袋を泣きながら歩いた、一番下の僕。
鮮烈に憶えている風景。
つづく
MIZK2006-7-16
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