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Vol.22 - リアルな世界
この間ハレルヤ応援団の一人でもあるボクサー大橋さんの最後の試合へと後楽園ホールへと足を運んだ。
ワセリンの匂い、汗の匂い、観客の怒号。
そんな生の感覚にひさびさに心がざわつくの感じた。
インターネットの普及で次々と失われる人間の正常な五感。
今、皆が無意識にこの生の感覚を欲求している気がする。
だからだろうか、リングを見つめる人々の目が異様にギラついていたのが印象的だった。
大橋さん本当にお疲れさまでした。
***
大学に嫌気がさし町に跳び出た僕。
ボーイのアルバイトで煙草と酒と女のグランドキャバレーに入り浸る毎日。
この時の生活は甘ちゃんだった僕のことを本当に叩きのめしてくれたのを覚えている。
なにせ、どう格好つけたって、ハッタリをかましたって、僕のリアルはつい最近まで友達のいなかったただの孤独な弱虫。
これ以上でもこれ以下でもない。
そんな僕がこの世界で必死に自分を取り繕う。
これは本当いい修行になった。
キャバレーの日々は夕方から始まる。
夕方ダラダラと従業員が集まり、しばらく煙草をすったり飯を喰ったりして何となく時間を過ごす。(その時の必須アイテムはスポーツ新聞!!&競馬新聞!!)
そしてそろそろやるかっていう感じで掃除を始める。
掃除っていったって適当だよ。
適当にモップとかでちゃっちゃと拭いて終わり。
どうせ暗くすんだから適当でいいんだよというのが皆の暗黙の了解だった。
そんな掃除。
従業員は本当バラエティに飛んでいた。
若いのから年老いた人まで。
若いのは遊び人系の極楽トンボが圧倒的に多く、逆に年老いた人はやっぱりこう影があるわけありの人が多い。
一人この人過去に一体何があったのだろうと思わせる目をした人が調理場にいて、皆に恐れられていた。
年の頃は50才くらい。
大きな体で見るからにケンカが強そう。
口はあまり開かない。
たまにトイレとかで一緒になった時はそれはもう緊張した。
でもその人がたまーに、僕に話しかける時があった。
それは決まってこう。
“よお、お前、かっこいいな。でもな真面目に生きろよ。真面目に。”
その頃の僕は本当は無力な自分を隠すために最大限、かっこつけた顔とかヘアスタイルをしていたんだけど、それを言われると自分の核心をつかれたようでドキっとして、へらへら笑うしかなかった。
そして僕の肩をポンと叩いて暗くジメジメした調理場に戻る。
調理場に張られた品のないヌードのポスター。
ラジオでガンガン流される野球中継。
そこでただ酔っ払いのためだけに作る、誰にも期待されない料理。
ほとんどが残されてゴミ箱行きが決定している料理。
そんな料理をただ黙ってつくるあの人の淋しい瞳が印象的だった。
フロアを任せられているIさんという10才くらい年上の人がいた。
この人は僕と同じ大学に行っていたんだけど、随分前に辞めたと言っていた。
僕が“どうして辞めたんですか?”と聞くと、その人は決まってこう言った。
“大学なんか出てさー、サラリーマンになったってつまんないだけじゃん。人生一回きりなんだからさー、もっと自由に楽しまないと。”
そしてこう言う。
“お前も早く大学なんか辞めちまえよ。水商売は楽しいぞー”
そんなIさんは、よく店の裏でキャバレーの上司から客の入りが悪いとか、スタッフの管理がなっていないとこっぴどく締め上げられていた。
僕はその光景を一度見たことがあるんだけど、それは甘ちゃんの僕にとって凄絶な場面だった。
上司の機嫌が悪かったようでIさんには鉄拳が浴びせられていた。
それを“はい、すんません、はい、すんません”と黙って受けるIさん。
こぼれ落ちる鼻血。
嫌な空気。
これがIさんが大学を辞めてまで求めた自由なのかと僕は思った。
そんな僕のことをIさんはバツの悪そうな顔で見た。
僕はただ目をふせたのを憶えている。
つづく
MIZK2006-5-23
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