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リヨン経由でフランス・アルプスの旅

2015年8-9月 リヨン経由でフランス・アルプスの旅(その4)
リヨン

9月5日にティーニュを出てブール・サン・モーリス経由リヨンに戻りました。帰りは鉄道復旧の初日ということでシャンベリ―の乗り換えのみで順調にリヨンに着きました。

早速ベルクール(Bellcour)広場にある観光案内所に直行して宿を探しました。リヨンのよいところはメトロとバスの共通一日乗車券が5.50ユーロで買えることです。これさえあれば相当遠い郊外へも行くことができます。

宿は来た時と同じぺラッシュ駅の直ぐ傍に取れました。値段は3泊朝食付きで175ユーロ。3で割り切れませんが1泊60ユーロ弱となりました。朝食はビュッフェということですが暖かい料理も卵もなし。

5日の午後はベルクール広場からソーヌ川を越えてブションと呼ばれる庶民向けの美味しいレストランが集まるカテドラル・サン・ジャンの近くの食堂街を散策し夕食を摂りました。6日はソーヌ川を遡ってクーゾンという田舎の村を訪ね、帰路リヨンに戻ってテート・ドール(金の頭)公園(Parc Tete d`Or)に立ち寄りました。

今回はここまでのお話をします。

クーゾン
ソーヌ川の水門。その手前の対岸がクーゾンの村。

「クーゾンwhere?」と「また何でそんな田舎に」と首を傾げる方も多いかと思います。またテート・ドール公園にしても「地球の歩き方」には記載がありません。その話に今回はお付き合いを願います。

明治の昔、いや江戸時代末期にもリヨンの都市を訪れた日本人は枚挙に暇がありません。その中で私が最も愛読しているのが永井荷風の『フランス物語』です。

この中の「蛇つかい」という文章の中にこのクーゾンがでてきます。荷風の時代にはリヨンのお金持ちの別荘があり、荷風もソーヌ川を船で遡ってこの辺りで食事を楽しんだようです。私がこの地をはじめて訪れてからもう十年は経つでしょうか。この度ホテルでクーゾンに行って「川魚グージョンの天麩羅を食べる」というと「リヨンのブションで食べたほうが断然美味しいですよ」と怪訝な顔をされました。

今では人の流れは逆になって郊外からリヨンの街に食事に来るようです。久しぶりに訪れたクーゾンはもう立派なレストランは見つけることができませんでした。なおグージョンの天麩羅は今ではリヨンの一押しの名物料理になっています。

クーゾン
[クーゾンの写真]
今は荷風が食事をしたようなレストランはなく、クローズされている教会の写真のみ掲載します。
 
(ボタンをクリックすると写真が切り替わります)

クーゾンへは30分置きにリヨンから対岸のエクルース・ド・ロシュタイイエ(Ecluse de Rochetaillee)を通るバスが出ています。

さて次の公園ですが、私に強烈な印象を与えたのはシュテファン・ツヴァイクの『ジョセフ・フーシェ』でした。フーシェがフランス革命時にリヨンに来てローヌ河を血に染めた場所がこの公園だったのです。その血の上に作られたのがこの公園でした。私はフランス人さえもこの事実を忘れているか、知らないことに違和感を覚えます。この公園の美しさには何か異なった訴えを見るのですが。

クーゾン
[リヨン/テート・ドール公園内の風景]
  
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2015.11.21 掲載

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