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ツヴィンガー宮殿の中庭

2011年10月 ドレスデンとチロルの旅(その1) ドレスデン

先ず今回の旅行の大まかなスケジュールを紹介します。

ドレスデンとチロル(位置関係)
【10月20日】
[成田]9:30発〜14:20着[フランクフルト]16:15発〜17:10着[ドレスデン]
【10月23日】
[ドレスデン]8:40発〜9:45着[フランクフルト]11:55発〜13:00着[インスブルック]
さらに鉄道を乗り継いで、
[インスブルック]14:52発〜15:32着[ブレナー]15:38発〜16:14着[フランツエンフェステ(※)]16:50発〜18:10着[インニヒェン(※)]
【10月27日】逆にインニヒェンからインスブルックに戻り、さらに西へエッツタールbf、ここからバスで谷を南へエッツまで。
【10月30日】早朝のバスの便が悪いので、エッツタールbfの駅近くまで来て一泊。
【10月31日】インスブルックに鉄道で出て、
[インスブルック]10:00発〜11:20着[フランクフルト]13:25発〜翌8:35+1着[成田]

※文中の(※)印のイタリア語地名は以下の通り(本文はドイツ語名)
  • フランツエンフェステ(※)…イタリア語地名はフォルテッツァ
  • インニヒェン(※)…イタリア語地名はサン・カンディド
  • ざっとこんな旅程でした。

    今回はドレスデンについて記します。

    私が最初にこの都市を訪れたのはまだ東西ドイツが分かれていた60年代末か70年代初めの頃でした。余り昔のことなのでほとんど何も記憶に残っていません。
      ライプチッヒのメッセに来ていた時で、一寸した暇を利用してタクシーでこの町まで来ました。お目当てはティシアンの「眠れるヴィーナス」今回よく見るとジョルジョーネの「まどろむヴィーナス」となっていました。この絵はヴィーナスを描いたところでジョルジョ−ネが亡くなり、背景をティシアンが描いて完成した作品、と説明が付されていました。
      ドレスデンがエルベ河を挟んでこんなに綺麗な街だったという印象はありませんでした。東独の都市だ、ということが何か暗い印象を与えていたのかもしれません。

    ブリュールのテラスから眺めたエルベ河とアウグスト橋

    ▲ボタンをクリックすると写真が切り替わります。

    今回の訪問は好天に恵まれ「エルベ河畔のフィレンツエ」を満喫しました。
      しかし、三泊では「ザクセンのスイス」地方を歩くには時間がありません。もう一度「麗しき五月」にゆっくりと訪ねたいものです。

    さて本題のドレスデンです。
      21日は中央駅から北に向かってエルベ河畔のブリュールのテラス(Bruehlschen Terrasse)まで、銀行に寄ったり、観光案内所を覗いたりしながらぶらぶらと歩きました。これで一応旧市街をカバーできます。手ごろな大きさの街です。
      この日はドレスデン城(Residenzschloss)内にある新しい緑の丸天井(Neues Gruenes Gewoelbe)、ハウスマンの塔(Hausmanns Turm)とツヴィンガー宮殿(Zwinger)内のアルテ・マイスター絵画館(Gemaeldegalerie Alte Meister)を見学しました。

    「新しい緑の丸天井」は歴史的緑の丸天井(Historisches Gruenes Gewoelbe)に比べて新しい16世紀以降の美術工芸品が並べられています。後者は入場に時間制限をしていますが、私の訪れた10月後半には午後になれば楽に入れるようでした。私は時間の関係でこちらはカットしました。「アルテ・マイスター絵画館」では懐かしいジョルジョーネの「まどろむヴィーナス」と再会しました。「ハウスマンの塔」に登るとドレスデンの街の四方を見渡すことができます。カメラを預けてしまったのが残念でした。

    翌22日は日本宮殿(Japanischen Palais)という言葉に引かれて対岸の宮殿を訪ねましたが、期待した庭園もなくそのまま旧市街にもどりましたが、ここからエルベの対岸を写真に撮っておくべきだったと後悔しています。

    ブリュールのテラスの東側にある芸術アカデミー(Kunstakademie)の現代美術の特別展とその奥にあるアルベルティヌム(Albertinum)の印象派以降の絵画を見ました。群雄割拠していた統一前のドイツの地方の活気が伝わってきました。

    教会も一応カトリック旧宮廷教会(Kathorische Hofkirche)、聖母教会(Frauenkirche)、聖十字架教会(Kreuzkirche)とお参りしました。聖母教会はドイツ再統一後再建された教会です。ドレスデンについて言えば、第二次世界大戦中の1945年2月13日の大空襲で一夜にして全てが破壊されました。

    聖母教会(Frauenkirche)

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    ドイツ敗戦直前の空爆は本当にひどいもので、非戦闘員に対するまさに東京大空襲と同じような残虐な爆撃でした。私の学生時代の友人が自分の出身地のウルム市の空爆について話してくれましたが、爆撃機の翼で太陽が遮られ真っ暗になった空から一斉に爆弾が落ちてきたそうです。ドレスデンはその波状攻撃を受けたので大変でした。

    それを昔のままの姿に再現したのが今のドレスデンの街です。ただ残念なことは高層建築を建てる計画が本決まりになったことから、景観が損なわれると世界遺産から外されました。今はまだ大丈夫でドレスデンを見るなら今のうちです。

    独り言

      皆さん、「ブリュールのテラス」と言われても、ピンと来ないでしょう。そんなドレスデンについての予備知識を得るには、川口マーン恵美さんの『ドレスデン逍遥』(草思社)をお勧めします。図書館で借りられます。

    2011.12.15 掲載


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