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高田の夜桜と高遠のこひがんざくら


4月14、15日の両日、クラブ・ツーリズムのバス旅行で、信越地方の桜見物に出掛けました。
  私がクラブ・ツーリズムを利用する理由は、一人でも申し込めて、相部屋になる人も概して感じがよい。また今回の旅行のように一人一部屋が確保できることもあるからです。
  二番目は昔の名前が「びっくりバス・ツアー」といったように、他社よりも割安に思われます。ただこれは「阪急交通の方が料理がよい」という同行の方の意見もあって、私にはまだ何とも判断がつきかねます。
  今回の旅行の費用は一泊二日で\18、980でした。

第一日は、8:30に新宿を出発し、碓氷峠を越えて千曲市のあんずの里を見学します。ここには峠の釜飯で有名な「をぎの屋」が店を出していて、昼飯の弁当を注文した人に配られます。休憩時間は60分で展望台まで20分から30分ほどかかるので、私のように弁当を頼まないのが正解でした。あんずの花はきれいでしたが、何ともあわただしい滞在でした。

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まだ雪が残る池の平のリフト

次に向かったのが須坂市の臥竜公園で、竹下内閣の一億円で整備した公園だそうです。40分の桜の鑑賞で、時間的にはゆとりがありました。
  我々のバスには、燕温泉で泊まる人と池の平温泉で泊まる人が乗っていて、最初に燕までまだ雪が壁のように残る道を往復したので、池の平宿泊組は夜桜見物前の入浴の時間がなくなってしまいました。私も燕が日本一の豪雪地帯ということは知っていて、池の平にしたのですが、こちらも前日の13日の日曜日までスキー・リフトを動かした、と聞いて驚きました。
  この地方ではスキーとゴルフと桜見物が一度にできるそうです。

そして待望の高田の夜桜です。池の平から4、50分で高田に着きます。ここには雪はありません。ガイドさんによると三大夜桜はここと上野公園、弘前城とのことです。ここでも60分ですが、お城まで10分ほどのところにバスが止められるので、ゆっくりと桜見物を楽しみました。今年は暖かくて、満開を少し過ぎたかという状態でした。
  宿の部屋はスキー客用にベッドを四つも入れた部屋を一人で占領しました。シーズン・オフの余禄でしょうか。

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写真上:湖越しに高遠城を望む
写真下:高遠城の入口

第二日は、雪景色を見ながら出発しました。ここにサン・アントンのシュナイダー(往年のシュナイダー・シューレの創始者)が泊まったという記念碑がホテルの入口にありました。その昔にサン・アントンのカフェ・シュナイダーで食べた、冬しか出さないというチロラー・ゲレステレの味を思い出しました。他のレストランならチロル名物ですから夏でも出しますが。

さてこれからがお目当ての高遠のこひがんざくらの見物です。丁度満開でした。ここのお城も高田城と同じように明治維新で解体されました。今のお城は余り立派ではありません。桜の素晴らしさは下手な写真で見てください。
  もう一つ高遠といえば、絵島、生島事件で有名な絵島が流されて一生を終えた土地です。昔の屋敷と同じ建物が残されていました。その入口に歌碑がありました。

「物語 まぼろしなりし わが絵島
 墓よやかたよ 今うつつな里  十月亭」
  有島 生馬の歌です。

絵島の事件が起こったのは、七代の幼少の将軍をめぐって、六代将軍の正妻(近衛家の出身)と生母の月光院との間の勢力争いで、月光院付の絵島が狙われたようです。新井白石も救いようがなかったようです。その後が八代の吉宗で、文盲だったと藤沢周平の『市塵』には書いてありました。世の中がいうほどの大した人物ではなかったようです。

大分横道に逸れましたが、我々のバスも諏訪に行くのに峠道を遠周りし、またまた「をぎの屋」で買い物です。そこには各社の観光バスが止まっているのは壮観でした。多分「をぎの屋」からのキックバックでパック旅行の値段が表面的には下るのでしょう。

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菜の花の中に桃の木が

その後甲斐一ノ宮の桃源郷で桃の花の見物ということでしたが、桃はほとんどなくて、黄色い菜種の花が目立ちました。ここではおやつにお蕎麦をすすめられました。
  ついでにいうと、行きのバスの中で「さくら煎餅」をひとつ五百円で売っていましたが、高遠では一個は三百五十から六十円、三個で千円でした。私がガイドなら教養が邪魔してこんな商売はできませんね。

新宿にはまあまあの半時間ほどの遅れで到着しました。桜の美しさが他のすべての欠点をカバーした旅でした。

2008.5.20 掲載  




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