WEB連載

出版物の案内

会社案内

久しぶりのプロヴァンス  その二 〜ニーム〜


 アルルで三泊した後で、3月8日にバスでニームに入りました。
 ここで5泊して今回はアヴィニヨンの訪問は次回に延ばしたのですが、それにはこんな事情がありました。
 その宿は若夫婦がやっていました。その若主人が朝食の用意を整えて、お客の一人に何気なくいった一言に、僕は飛びつきました。
 「フェアティッヒ」「朝食の用意ができました」というドイツ語です。そのお客に「彼はドイツ人か」と尋ねると「そうだ」という答えが返ってきました。ミュンヘンの出身だそうで、生後三ヶ月の赤ちゃんがいました。奥さんはフランス人でドイツ語はできません。
 まあ僕にとっては「地獄に仏」でした。

photo
サン・ジルの大聖堂

 次の9日に早速訪れたのは、サン・ジルでした。ここはフランスからサンチャゴ・デ・コンポステラへ行く四つの道の内の「サン・ジルの道」の出発点です。1960年にこの地にきたときに、ここを訪れたかどうか、全く思い出せません。これで僕はパリ、ヴェズレーと三つの出発点を訪れたことになります。後はル・ピュイだけが残りました。
  目的の大寺院はタンパンの彫刻は見事でしたが、住宅が近くまで立て込んで、ヴェズレーのような広大さは感じられません。驚いたのは三十分以上もバスに乗るのに料金はわずか片道1,00ユーロでした。巡礼用の特別料金でしょうか。
 それから暇に任せて西向きの正面に日が入る時間を見ていると、この土地の南中の時間を基準にこの寺院を建てたようです。午後一時ころに日が当たりはじめました。これは向こうの人には常識ですが、聖堂の入り口は西を向いています。

photo
メゾン・カレー

 10日はエグ・モルト。ここは昔訪れた記憶があります。昔十字軍が出向した港町でしたが、今は土砂で埋まって港の機能はありません。街を城壁が囲んでいて、その上を歩いて一回りできます。この日は風が強くて吹き飛ばされそうでした。
   ここへのバスは11,00ユーロもしました。この日は土曜日で鉄道の便数も少なかったので、バスを使いましたが、鉄道の方が安いとの観光案内所の意見でした。

 土曜の午後と日曜日はニームの観光に当てました。
   「フランスの中のローマ」とも呼ばれるこの街の目玉はやはりアレーナ(古代闘技場)とメゾン・カレーという西暦5年頃に建てられた神殿です。アレーナで催される闘牛は有名で、牛を殺さないところがスペインとの違いと、昔聞かされました。僕が47年前に、はじめて闘牛を見たのはこの街でした。
 さらに街の西北の外れにはフォンテーヌ庭園があり、ディアヌ神殿の遺跡が残されています。その上にそびえるカヴァリエの丘の頂上にはマーニュ塔があり、街を一望に見渡せます。ここはアストラダムスゆかりの建物と説明がありますが、僕の語学力では詳細は不明です。
 街の北にある古代集水場は50km離れたユゼスからポン・デュ・ガールを通って運ばれた水を配水するところです。また街の東側には、アウグストゥス門が残っています。
 このようにローマの遺跡がよく保存されている街です。

photo
ポン・デュ・ガール

   月曜日にはポン・デュ・ガールへ行きました。ここも昔訪ねたことを記憶している場所の一つです。ローマ人の土木技術の高さにはただ驚くばかりです。その上何という美しさ。宿のご主人からは「ユゼスへ行け」と薦められましたが、それは次回の楽しみにしました。
 今回のプロヴァンスの旅はここまででしたが、できれば今年の秋に、アストラダムスとセザンヌをテーマに再訪するつもりです。

2007.6.1 掲載



著者プロフィールバックナンバー
上に戻る