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久しぶりのプロヴァンス  その一 〜アルル〜


   私がはじめて南フランスを訪れたのは、1960年のフィンクステン(聖霊降臨祭)の休暇のときでした。学生相手の旅行を企画しているASTA主催の旅行でした。
 旅行は一週間と短かったのですが、今考えると、ほとんどの観光スポットをカバーしている素晴らしい旅行でした。
 今度の旅行はそのときの旅の再現を目指したものでした。
 この三月初めという季節では、レ・ボー・ド・プロヴァンスのようにバスの運行がない先もありましたが、記憶に残ったところ、記憶にないが是非とも行きたいところは、ほぼカバーできたと思っています。
 成田を3月4日に発ち、ウイーンに一泊して、翌日の5日にアルルまで行きました。

  その翌日には、アルルも碌々見ないで、サント・マリー・ド・ラ・メールを訪ねました。
 ここはイスラエルからキリストの処刑の後に、三人のマリアが逃れてきた土地として知られています。
 三人のマリアとは、聖母マリアの姉妹のマリア・ヤコベエ、十二使徒のヤコブとヨハネの母であるマリア・サロメそしてキリストの妻だったと今話題のマリア・マグダレーナの三人です。そして彼女らの侍女としてこの地にきたサラが、この地では、一番有名となり、毎年5月24,25日と10月の22日後の土、日曜日が祝日となって欧州中のジプシーが集まってきます。
 この地の教会の地下のクリプタには、サラの像があって参詣者を集めています。
 教会の屋根は火曜日にはクローズで、カマルグの景色を見ることはできませんでした。これは最初の「地球の歩き方」の訂正事項です。
 季節はずれのこの町には本当に何もなくて、早々に引き上げてアルルの見物をしました。夏は海水浴場として賑うようです。

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アンフィテアター(円形闘技場)

  アルルは古代ローマの影響を色濃く残す街ですが、唯一といってよい中世の香りが残る建物がサン・トロフィーム寺院です。ロマネスクの建築で、教会入り口のタンパンの「最後の審判図」、また回廊の美しさもプロヴァンス随一といわれています。
 近代の話題としてはゴーギャンとゴッホです。特にゴッホの描いた画の舞台となった場所が観光客を惹きつけています。ゴッホが入院した病院の跡地は、エスバス・ヴァン・ゴッホとして今も使われており、ゴッホが描いた場所にはその画の模写が展示されています。
 またフォーラム広場には、「夜のカフェテラス」のモデルだったカフェが今も残っています。今回ヴァン・ゴッホ橋は時間の都合で訪ねることができませんでした。
 古代ローマの遺跡は街中に広がっています。
 まずアンフィテアタ—(円形闘技場)でフランス第一の大きさといわれますが、この後訪ねるニームのものとほとんど同じ大きさです。隣接して古代劇場があります。

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石棺の置かれたアリスカン(古代墓地)

 街中に残る古代フォーロム地下回廊は、ここ二年ほど閉鎖されていて再開の目途は分からない、とのことでした。これも「地球の歩き方」の訂正箇所です。
 コンスタンティヌス帝時代の四世紀に建てられた浴場も街中にあります。
 郊外にはアリスカンと呼ばれる古代墓地の遺跡が残っています。ここもゴッホによって描かれた場所の一つです。こことは丁度反対側の街外れに建てられたアルル・プロヴァンス古代博物館もこの地方の古代の歴史を知る上で訪問すべき場所です。


 翌七日はフォンヴィエイユのアルフォンス・ドーデの「風車小屋便り」で有名な風車を訪ねました。ドーデの風車と今も残る幾つかの風車、それにドーデが実際に住んでいたモントーバン城を結ぶ散歩道はよく整備されていて林間を歩く気分は爽快です。

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ドーデの風車

 このフォンヴィエイユ往復のバスで面白い経験をしました。普通往復の切符が安いので、「往復をくれ」といったのですが、片道代金として2,80ユーロをとられました。これを二倍すれば5,60で、サント・マリー・ド・ラ・メールの往復代金7,00と比べて大変な割高となります。ところが帰りのバスで2,80ユーロを出すと、何と1,80が戻ってきました。これで納得したのですが、帰りの料金は1,00ユーロだったのです。こんな面白い料金システムははじめてなので、皆さんに、紹介します。
 この辺が行ったこともない人の作ったガイドブックとの差です。

 

2007.5.10 掲載

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