高松高等裁判所平成25年(ネ)第175号損害賠償請求事件
いわき病院の精神科医療の過失
3、平成17年11月23日からの精神科医療放棄
いわき病院に野津純一氏が入院して、病院長の渡邊朋之医師が主治医として患者野津純一氏に行った精神科医療には、向精神薬の選択や病状の診察と確認、及び治療方法の説明と同意の獲得等に数々の問題がある。その上で、控訴人は法的過失議論の的を絞り、敢えて平成17年11月23日以降から野津純一氏に実行した精神科医療に限定して過失責任を追及することにした。
本件裁判では、平成17年11月23日から実行した複数の向精神薬を同時に突然中止したことに関連する問題を取り上げる。いわき病院と渡邊朋之医師の精神科医療の過失を決定づける事実は、看護の怠慢、複数の向精神薬(プロピタン、パキシル、アキネトン)の同時突然中止、その後に患者の病状変化を経過観察せず、病状の悪化に対して治療的介入を行わなかった医療放棄である。いわき病院は複数の向精神薬の処方変更の問題だけを控訴人は指摘しているかのような対応をして、「経過観察」と「病状の悪化に対応した治療的介入」の問題を無視しているが、それは裁判官に対する誤りへの誘導である。
1. 複数の向精神薬の同時突然中止
1)、IG鑑定意見に依存した地裁判決は失効した
いわき病院は慢性統合失調症患者の野津純一氏に対して抗精神病薬(プロピタン)の投与を中止して、統合失調症の治療を中断した。主治医の渡邊朋之医師は抗精神病薬(プロピタン)中止している患者を、重大な処方変更が行われた事実を周知させられず看護指示も与えられない看護師の観察と報告に任せて、主治医自らが観察と診断を行う経過観察を行っていない。また、抗精神病薬を再開する条件を検討せず、治療スケジュールを作成していない。統合失調症治療ガイドライン違反である。
いわき病院が推薦した地裁段階の鑑定人のIG千葉大学教授は「11月23日から12月6日までの期間では(プロピタンの血中濃度は有効範囲内)で、抗精神病薬の効果は持続していた」と鑑定した。ところが、UD琉球大学教授は「プロピタンは速やかに体外に排出されるため効果は持続しない」と鑑定した。いわき病院鑑定人の基本的に矛盾した意見である。更にいわき病院は高裁第2準備書面でもUD鑑定人と同一の意見を提出しており、地裁IG鑑定意見を否定した事は、いわき病院の確定意思である。
いわき病院は精神科専門医療機関であり、自らも抗精神病薬の体内残留期間を承知していなければならず、鑑定意見を提出するに当たって、当然のこととして前後に提出する鑑定意見に矛盾があることに気付かなければならない。いわき病院から言及はないが、IG鑑定意見とUD鑑定意見が矛盾しているという事実に基づけば、手続き的に後から提出したいわき病院高裁第2準備書面とUD鑑定意見は地裁判決根拠となったIG鑑定意見を否定して訂正したことになる。従って、IG鑑定意見に依存した地裁判決は根拠を失い失効した。また、FJ鑑定人はIG鑑定人の精神保健福祉制度否定を指摘している。この点でも、地裁判決がIG鑑定意見に依存していたことは不適切であった。
2)、いわき病院の抗精神病薬(プロピタン)に関する主張は破綻した
いわき病院はIG鑑定意見の抗精神病薬(プロピタン)に関する論理を否定した。野津純一氏は慢性統合失調症であったが、その治療薬である抗精神病薬(プロピタン)の薬効と体内残存期間に関するUD鑑定意見は間違いである。UD鑑定人はプロピタン150mg/日量は抗幻覚妄想作用を期待できるほどの薬効はない、断薬による中断症状は発生しないと鑑定意見を述べたが、国連のデータに基づけば、UD鑑定人が最大量と指摘したハロペリドール6mg/日量と同等量である。いわき病院の抗精神病薬(プロピタン)に関する主張は破綻した。また、プロピタン販売会社のエーザイと精神科治療ハンドブック(中外医学社(乙B36号証)の著者もUD鑑定意見の「プロピタン150mg/日は低用量過ぎて抗幻覚妄想作用はほとんど無い」という主張を否定した。いわき病院の抗精神病薬(プロピタン)に関する論理は破綻した。
3)、突然中止の危険性が指摘されるパキシル(抗うつ薬)を突然中止した
SSRI抗うつ薬パキシルは薬剤添付文書に「突然の投与中止は避けること。投与を中止する際は、徐々に減量すること」が事件当時の2005年より前から今日に至るまで一貫した「使用上の注意」の「重要な基本的注意」である。これに関して、代替手法は一切推奨されていない。また、添付文書で推奨されたパキシルの漸減と中止を行う際であっても、患者を慎重に経過観察することは主治医に課せられた義務である。
いわき病院が推薦したUD鑑定人は、パキシル20mg/日量は三環系抗うつ薬のアミトリプチリン(ノーマルン)10mg/日量に Cross tapering したので、主治医の渡邊朋之医師がきめ細かな経過観察を行わなくても問題はないとした。しかしながら Cross tapering は、パキシル薬剤添付文書が容認したパキシルを中止する際の代替手法ではない。主治医が自らの判断で添付文書に指示されていない手法でパキシルの投薬を変更することはあり得るが、その場合には、添付文書に記載された方法をとる場合より、更に慎重な診察と経過観察の義務が発生する。Cross tapering を行ったので診察義務が不要になると鑑定したUD鑑定意見は間違いである。いわき病院側は「そこが知りたい精神科薬物療法Q&A」(乙B第30〜35号)を根拠にしたが、出版社を通して回答した乙B第35号証の筆頭執筆者は、三環系抗うつ薬の使用を否定した。また、SSRI研究の国際的最先端研究者集団であるデイビース医師団鑑定人は、いわき病院が行った処方変更はCross tapering の定義から外れていること、またアミトリプチリン10mg/日の薬効はパキシル20mg/日に比して0.004(1/281)倍のセロトニン・トランスポーター機能しかなく、そもそも薬効を期待できないとして、UD鑑定人の主張は的外れであることを指摘した。従ってUD鑑定人の Cross tapering 論は間違いであり、判決根拠とすることは適切ではない。
渡邊朋之医師は精神科開放医療を推進する全国団体であるSST普及協会の理事でありかつ国立香川大学医学部付属病院精神科外来担当医師でもあり、先進的な見識を持った精神科専門医として Cross tapering の手法を承知して野津純一氏の治療で試した可能性を否定することはできない。地裁段階で、IG鑑定人は「大学病院の水準とは異なり、地方の一般病院の一般の医師には過失責任を問えない」と鑑定意見を述べて、地裁はこれを免責判断の根拠としたが、渡邊朋之医師に関する精神科専門医師としての事実関係と社会的地位を誤認していた。また、IG鑑定人の論理は医療現場における二重基準を容認し不適切である。渡邊朋之医師が Cross tapering の定義に外れた手段で、薬効が期待できない治療を行った事は不適切である。渡邊朋之医師がどのような社会的地位にあるとしても、精神科専門医として治療手段の選択に過失責任が問われる。主治医として患者を直接に診察せず経過観察を行わなかった医療に過失責任義務を免除する正当な理由はない。渡邊朋之医師は患者の治療方針変更で病状の変化を経過観察するという、主治医として最小限の義務を果たしてないところが過失の本質である。渡邊朋之医師は主治医として危うい手法を導入して経過観察をしてない事が、問題の本質である。
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