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高松高等裁判所平成25年(ネ)第175号損害賠償請求事件
いわき病院の精神科医療の過失


平成27年3月2日
控訴人:矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


2、精神医学に関する鑑定論争


4. NS鑑定意見


1)、NS鑑定人とデイビース医師団は協調して鑑定意見を提出した

地裁で原告(高裁控訴人)が推薦した日本側鑑定人とデイビース医師団は各々独立して単独の立場で鑑定意見を提出した。高裁では、デイビース医師団のデイビース医師とアラマナク医師はNS鑑定人と事前に会合(KT代理人、控訴人矢野啓司・矢野千惠同席)し、意見調整をした上で、双方が鑑定意見書を提出した。NS鑑定人はいわき病院で臨床的経過観察が行われなかったことを過失が発生した基本的事実として指摘した。


2)、パキシルについて慎重な減量と臨床的観察を不要とする根拠はない

パキシルの臨床上の治療容量は最大50mg(うつ病治療では40mg)であり、20mgは中等量である。2004年6月号のJAMA日本語版では「40mgのパロキセチンを投与している場合、1週間おきに10mgずつ薬を減らす」ことが推奨され、「減量から中止に至るまで最低1カ月を要する」とされている。20mgからの減量も1週間おきに10mgの減量を行うことが推奨されている。

UD鑑定人がパキシルの離脱症状と事件発生との因果関係に関する結論を提示する根拠としているパキシルの薬理学的特性や Cross tapering について、実験薬理的な知見としての価値はともかくとしても、臨床をあまりにも単純化して、臨床治療上の実際と乖離している。Cross tapering は、前薬の漸減に合わせて、他の薬剤を漸増し置換する薬物療法の手技の一つであり、前薬の漸減なく、後薬の漸増が計画的に行われていない薬剤変更を Cross tapering と呼ばない。また、UD鑑定人の主張からは、慎重な減量と臨床的観察が不要である根拠は一切見出せない。


3)、パキシルの退薬症候群の出現リスクに関する意見は臨床無視

パキシルの離脱症状の発現に関しては、「パロキセチンによる中断時発現症状の発現率の個人差に関する臨床的・薬理遺伝学的検討」(村田雄介 福岡大学薬学集報 14(0), 55-60, 2014-03)等の検討が現在でも続けられており、単純化した理論で断定的な結論を導くことは適切ではない。退薬症候群の出現リスクに関する意見についても、精神科臨床現場で生じる現状とはかけ離れた机上の理論に過ぎない。精神医学的には臨床的客観性と普遍性が求められる。このような非臨床的な暴論が本裁判で採用されることは許されない。


4)、プロピタンの中止は殺人事件と関連しないとしたUD鑑定意見は間違い

UD鑑定人の鑑定意見は、断定根拠とする理論展開は臨床治療上に観察し得る薬理学的現実を踏まえず実験薬理的理論を短絡的につなぎあわせた粗雑なものである。UD鑑定人の理論を根拠にプロピタン中止と殺人の関連を否定することはできない。


5)、薬物療法を行う医師の慎重かつ綿密に臨床的観察を行う責務

薬物療法とは、実験医学的な推論と異なる事象の出現を前提とした高度の人体実験に外ならず、被験者である患者を危険に晒すものである。このため、薬物療法を行う医師は、慎重かつ綿密に臨床的観察を行う責務があり、実験室レベルの基礎データを根拠にした観察放棄は許されない。


6)、SSRIの中断により臨床的な経過観察の必要性は一層増していた

アカシジアは、自殺や不穏、衝動的な行為の誘因となることはよく知られており、アカシジアのある患者の薬剤変更時にはより慎重な臨床的観察が必要である。プロピタンが少量であっても、どのような臨床的有効性を有していたかは机上理論では評価はできず、アカシジアの原因薬剤となり得るプロピタンを中止することは、アカシジアの改善への期待と同時に、抗精神病薬によって抑制されていた不穏や衝動的な行為の発現の抑止力を放棄することでもあり、より慎重で綿密な注意が必要であった。一つの薬剤変更でのみ薬理学的な推測が難しい状況に加え、SSRIの中断というさらに脳内での薬理学的反応(SSRIによる離脱、SSRIの中断によるアカシジアの悪化の危険性)の混乱が引き起こされる危険が高い行為が付加されており、臨床的な経過観察の必要性は一層増していた。


7)、初歩的な臨床的知識を忠実に行えば殺人事件を未然に防げた

初歩的な臨床的知識に基づいた配慮が行われていれば、主治医は患者の精神状態の変化に気づき、殺人事件の発生を未然に防ぐ可能性をはるかに高くすることができた。矢野真木人殺人事件はあり得ない事である。



   
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