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高松高等裁判所平成25年(ネ)第175号損害賠償請求事件
いわき病院の精神科医療の過失


平成27年3月2日
控訴人:矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


1、いわき病院が野津純一氏に行った精神科開放医療


5. 野津純一氏に対して行った精神科開放医療と看護


1)、アネックス棟の精神科看護師の配置

野津純一氏が入院した精神科開放病棟のアネックス棟は認知症専門病棟である第2病棟に付属し、アネックス棟に精神科看護師の独自配置は行われていない。認知症も精神障害の一つではあるが、加齢による認知症の介護と、病状を改善して退院を目指す精神障害の看護との違いを認識した看護体制は取られていない。いわき病院は基準に足りる人員配置であるので法的に問題ないという主張であるが、野津純一氏に対して、精神科看護師の専門的な技量に基づいた十分な精神科看護が行われていたという証明にはならない。

認知症の場合は精神症状の改善を期待する療法に加えて、下の始末など介護の労役が重点的な作業となる。他方、野津純一氏のような統合失調症患者の場合には下の世話は必要ではない。むしろ、精神症状の動向の変化を観察して記録し、病状の改善を促進することが重点的な課題である。重要な問題は、いわき病院第2病棟は下の始末の労役が過重的に係る職場であり、精神科看護を行う看護師は、労役を回避して、楽な仕事に逃避していると、看護長から見られていた職場認識があった事実である。そのような職場では、精神科看護は後回しにされる傾向があり、アネックス棟でも、その現実があった一つの証拠が、野津純一氏が自傷した顔面左頬の火傷の瘢痕(根性焼き)を発見することがない、いわき病院の精神科看護の事実である。下の世話に仕事の重点が置かれた第2病棟に併設されたアネックス棟では、毎日患者の顔面を正視して、患者の顔面を観察して病状を確認する精神科看護の基本が徹底されていなかった。


2)、野津純一氏の外出管理

野津純一氏は、1日2時間の範囲であれば、アネックス棟と棟違いの中央棟の第2病棟のナースステーションの前に置いてある入出簿に氏名、時間、行き先を記載して、看護師の許可を得て、外出できる決まりである。しかしながら、現実には、入出時に看護師が患者を観察する確認は行われていなかった。また、野津純一氏には「院内フリー」の行動の自由があり、アネックス棟のエレベータを使ってナースステーションの前を通らずに、病棟外そして病院外に出てもいわき病院は確認する手段を持たなかった。いわき病院のアネックス棟入院患者に対する外出時の確認は、行われていない。また、いわき病院の第2病棟は、精神障害患者の毎日の病状の変化を観察して記録し、病状の変化に対応して外出許可の内容をきめ細かく調整する体制を取っていなかった。いわき病院には患者の病状の変化を観察して外出許可に反映させて患者の人権を守るという発想がそもそも無い。患者の病状を経過観察して確認するべき時に確認せず「異常を確認せず、記録もない」ので責任は無いとするいわき病院の主張は間違いである。そのような怠慢と不作為で反社会的な弁明を許してはならない。渡邊朋之医師は複数の向精神薬を同時に突然中止した後でも、外出許可の見直しや、看護師に対する指示の変更を行っていない。いわき病院は精神科開放病棟で患者の外出管理を行うことは、精神科開放医療を否定する行為であると主張してきた。いわき病院は無責任と放任を、あたかも自由を尊重した精神科医療であるかのごとき主張した混同がある。いわき病院は精神障害がある患者を守り、善良な市民として安全に社会参加を達成するという基本的人権の視点が欠如している。

地裁は看護師の数が基準を満たし、外出管理の手続きが文書で定められておれば過失はないと判断したが、教条主義的で実態を確認しない間違いである。いわき病院は患者の外出管理を適切に運営していない。過失判断は経過観察と治療的介入を行わず医療放棄を行った事実に基づく。精神科医療が行った過失は、精神科開放医療の理念の善し悪しではなく、患者が経験した事実と結果に基づいて判断されることが必要である。


3)、病状の悪化を予想せず確認の診察をしない精神科医療

渡邊朋之医師は平成17年11月23日から慢性統合失調症でアカシジア(イライラ、ムズムズ、手足の振戦)に苦しんでいる患者野津純一氏に抗精神病薬プロピタンを中止して統合失調症の治療を中断し、同時にSSRI抗うつ薬パキシルを添付文書の「重大な基本的注意」の記載に違反して突然中止した。主治医は患者の病状が悪化する可能性を慎重に見極めて病状管理をする義務がある。渡邊朋之医師は12月1日からアカシジア緩和薬のアキネトンを薬効がない生理食塩水に代えたプラセボ試験を行っており、プラセボ試験中は効果判定のために特に慎重に患者観察の診察を継続する必然性があった。

渡邊朋之医師は複数の向精神薬中止を看護師に周知せず、患者観察の重点事項を指示されてない看護師の報告に頼り、自らは経過観察の診察を行わず、プラセボ試験を開始しても患者に直接問診や診察をしない。渡邊朋之医師は野津純一氏が「殺人をするなど予想できない」と主張したが、そもそも主治医は患者の小さな異変や病状の変化を観察していない。病状の悪化を観察してないので責任を問われないという免責の論理は通用しない。野津純一氏は病状が悪化し、特に12月4日以後にはアカシジアの再発は顕著で、渡邊朋之医師が治療的介入を行っておれば、事態は沈静化した。渡邊朋之医師はMO医師が代わりに診察したと主張したが、医療記録が無く、医療行為があったことを証明できない医師法違反(第17条、第24条)の主張である。主治医は漫然と放置し、患者は自傷行為(根性焼)から重大な他害事件(殺人)にまで発展した。最初から高度の蓋然性で殺人を予見できるものではないが、軽微な異変を無視すれば、大事故に至ることは、常識である。小火も放置すれば大火事になる。火は小さい間に消火しなければならない。



   
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