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高松高等裁判所平成25年(ネ)第175号損害賠償請求事件
いわき病院の精神科医療の過失


平成27年3月2日
控訴人:矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


1、いわき病院が野津純一氏に行った精神科開放医療


1. いわき病院入院と精神科開放医療


1)、精神科開放医療はいわき病院の決定

野津純一氏は平成16年10月1日にいわき病院に任意入院したが、本人は開放病棟で入院生活を行い近隣のショッピングセンターなどを訪問して社会生活に触れながら統合失調症の病状が安定化することを期待していた。両親の野津夫妻は、息子純一の家庭内の暴力行為や、病状が悪化した時の外来通院時における通行人に対する突然の攻撃などの行為が治まることを願っていた。

いわき病院は入院前に両親から状況を聞き本人に問診して、開放処遇で治療することとして、第2病棟アネックス棟に入院させて、精神科開放医療を行いながら病状を改善して、中間施設で安定した生活を維持できることを目指した。これは、いわき病院が決定した野津純一氏に対する精神科医療の目標である。


2)、患者の暴力行動と放火暴行履歴を主治医は考慮する義務がある

野津純一氏の放火暴行履歴は、入院前問診で父親はHB医師に中学校時代から入院時点に至るまでの概歴を説明し、母親もいわき病院職員の入院時の聞き取りに答えた。そして、野津純一氏は入院直後の平成16年10月21日の早朝に看護師に襲いかかった。

看護師襲撃事件は野津純一氏に暴力行動が発現する可能性をいわき病院が重要事項として医療・看護職員間で共有する必要性が十分な事実である。しかし渡邊朋之医師は「入院中わずか1回だけ」という認識で患者の暴力行動歴を「(いわき病院入院直前の)香川県庁前通行人襲撃事件は知っている。しかし看護師襲撃は1回だけなのでたいしたことではない」と主張し、地裁証言で渡邊朋之医師は「放火暴行履歴を尋ねると患者との信頼関係を失うから尋ねない」と弁明した。渡邊朋之医師は「たいしたことではないので、何もしなくても責任は無い」という認識であるが、精神科開放医療を行う主治医は患者の放火暴行履歴を承知し、患者が社会生活に順応する過程で暴力行動を行わない様に精神科医療を施す義務がある。「渡邊は純一の放火暴行歴に無関心であったわけではないので過失ではない」として不作為を容認した地裁判決は誤審である。臨床医療では具体的な医療行為の実態が問題であり、「無関心であったわけではない」は免責の理由にならない。

いわき病院は地裁第2準備書面(P.13)で「野津の過去の暴行は妄想や幻聴などの統合失調症の症状のための異常行動と考えられ、明らかに精神疾患の表れであり結果である」と主張した。IG鑑定人は「野津純一氏のこれまで暴行歴は統合失調症の幻聴、被害妄想、関係妄想、恋愛妄想などの病的体験に影響された他害行為と考える方が、精神医学的に適当である。」(IG鑑定意見書(1)、乙B第15号証、P.13 )と指摘した。野津純一氏の統合失調症悪化と暴行歴は連動しているのである。

野津純一氏は事件前に「喫煙所の汚れに自分を困らせる集団の仕業」と妄想し、「父親の悪口を聞く幻聴」等の症状が表れていた。その時には渡邊朋之医師は複数の向精神薬を同時に突然中止していたのであり、主治医として暴力行動が発現する可能性に未然の対応をするべき義務があった。主治医は患者の経過観察をせず、「知っていたが、たいしたことではないので責任は無い」という、医療と看護の怠慢を理由とする弁明は許されない。精神科医療者が患者の放火暴行履歴を治療上考慮しなくても良いとする医療姿勢は、患者の利益を守る姿勢が欠如し、また第三者の市民の生命に対する責任感を持たず、社会的責任感を持たない不適切な主張である。

患者の病状を主治医が確認せずに「たいしたことではない」は一貫するいわき病院渡邊朋之医師の精神科医療の姿勢であるが、無責任な論理である。渡邊朋之医師は「善良で無知なる素人」ではない。精神障害者の自傷他害傾向を判定する専門家として認定された精神保健指定医で、いわき病院長で、精神科開放医療を全国で推進するSST普及協会の役員(理事)、香川大学医学部精神科外来担当という高度な技量に裏付けられた精神科専門医である。その渡邊朋之医師が、受け持ち患者の病状の悪化と放火暴行履歴という行動傾向を確認せず、統合失調症治療ガイドラインを不勉強で、向精神薬の薬効や副作用の基本を知らず、更に薬剤添付文書を読まないで精神科臨床医療を行う事は犯罪である。渡邊朋之医師の無責任論を放置してはならない。そもそも「たいしたことではない」として患者観察を行わないことは治療放棄である。IG鑑定意見に基づいて、渡邊朋之医師を地方の一般病院の一般の医師であることを免責理由にした地裁判決は不適切である。


3)、野津純一氏のわがままに左右された入院処遇の決定

野津純一氏は平成16年10月26日に隔離解除となったが、患者本人は閉鎖病棟の第6病棟で他の患者と交わる大部屋処遇を拒否してわがままを言い、鍵をかけない隔離室に居続けて、開放病棟のアネックス棟復帰を要求した。結局いわき病院側が折れて11月9日に第2病棟アネックス棟に戻され、翌年の平成17年12月7日の身柄拘束まで開放処遇が継続された。精神科開放医療を精神疾患の患者に対して実行するいわき病院の見識、及び精神医療専門家の良識が疑われる。野津純一氏に対する精神科開放処遇はいわき病院と主治医の治療意思である。大部屋体験で入院仲間との交流促進という社会性を促進する課題を拒否した野津純一氏に、いわき病院は漫然と毎日の病状の変化を観察することなく精神科開放医療を再開・継続した。患者が希望したので開放医療処遇の決定に病院の責任は無いという論理はない。当然のこととして野津純一氏を精神科開放処遇にしたことに関連して発生する問題に、いわき病院は法的責任を有する。



   
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