いわき病院医療が引き起こした矢野真木人殺人事件
相当因果関係と高度の蓋然性
6、渡邊朋之医師の精神科医療の問題
(4)、精神保健指定医としての責任
(1)、最低限必要な医療を行ったことを証明できない
医師に過失が無いことの証明は、診療記録、薬剤の処方記録、看護師などの観察記録から必要最小限の治療がされているか客観的に判断できる。一般的な治療の水準に照らしてきちんと記録されていれば、あるいは、記録の間に矛盾がなければ、結果として事件が起きたとしても、不可抗力、あるいはその当時は、治療技術が無かったのでやむを得ない(過失はない)となる。
その証明は、精神医療の専門家でない者には極めて困難で、通常は不可能であるため、本件裁判では提訴から8年近くも時間を要した。しかし、控訴人矢野が指摘したいわき病院と渡邊朋之医師の過失の数々は「当を得てない」と、いわき病院が主張するならば前提として渡邊朋之医師は平成17年11月23日以降に必要最小限の治療をしたことを証明しなければならない。ところで、いわき病院が推薦したIG鑑定人は「事件前の一次資料のみに証拠価値がある」と主張したが、いわき病院が提出したカルテ等の証拠は不完全であり、必要な医療や看護が行われていなかったことを証明する証拠である。大学教授のお言葉だけではいわき病院医療の無過失を証明したことにならない。
いわき病院は「適切な医療行為を行った証明」をしなければならないが、その証明手続きは公正公明に行われる必要がある。それでこそ、精神科医療(精神科開放医療を含む)に社会は信頼し、精神障害者は人間としての満足感や充実感を持ち社会参加も拡大する。しかし、いわき病院は、必要最小限の精神科医療を行っていたと公明で公正な手続きで証明できない。いわき病院と渡邊朋之医師は医師法第24条(診療録)違反の主張を行い、看護師等の記録やレセプト承認を行った記録で医師が経過観察を行った証拠と主張したが偽りである。またいわき病院の弁明には事実に基づかない、ねじ曲げやこじつけが多く見られる。いわき病院は野津純一氏に対して必要最小限の精神科医療を行ったと証明できない。精神科医師と精神科病院が、精神障害者で発言に証拠能力が無いとして、医療提供者のわがままで患者無視をしてきた歴史が、問題の背景にある。
(2)、精神保健指定医の責任
渡邊朋之医師は、精神保健指定医でもあり、精神保健福祉法に基づく「入院」精神医療は、精神保健指定医なくしては成り立たない仕組みである。渡邊朋之医師は「任意入院患者の野津純一氏は自らの意思で退院する権利があり、行動制限を行えない」と主張したが、間違いである。任意入院患者野津純一氏に対する行動制限と言う点では、当時の入院形態で対応可能な、適切な行動制限の見直しを行なわなかったところに、渡邊朋之医師は精神保健指定医として指摘されるべき問題がある。精神保健指定医は、精神保健福祉法第18条に基づき厚生労働大臣によって指定された者で、医療機関における職務だけでなく、措置入院や緊急措置入院(一人の精神保健指定医でよい)を判断できるみなし公務員としての立場がある。自傷他害のおそれがある患者に対して、その症状に適した医療及び保護を受ける権利を保障するという点では、非指定医とは異なり、医療的権限と共に法的権限の両面で対応する権限を有している。
常識的で誠実な医師の場合、それは当然であるが、自分が医療行為を行なった患者が良くなることよりも、悪くなることに対して関心が集中する筈である。本来、自分の治療で患者の病状が悪くなっていることに対して、無関心で何も対処せず放置することはあり得ない。それが常識である。精神科医師が患者の治療で限界を感じたとき(渡邊朋之医師は野津純一氏の治療で限界状態にあったが、それを認識しない医師であった可能性がある)は、別の選択肢を考え、他の医師や医療機関へ紹介手続き等を取る。しかし渡邊朋之医師は経過観察をせず、逃避した状況であった。渡邊朋之医師に積極的に野津純一氏の病状の悪化に対応する意思があれば、とりあえず一時的に行動制限などの対応を取ることが法的に認められていた。そして、渡邊朋之医師は、患者野津純一氏の保護や病状の安定だけでなく、医療者としてゆとりを取り戻し、治療内容だけでなく医療者側の対応(広い意味での治療者患者関係)を見直してみることも精神科医療で行えた。
渡邊朋之医師が、野津純一氏の悪化に医師として気づいていなかった場合は、精神科専門医として失格である。渡邊朋之医師は、複数の向精神薬の突然同時中断という、常識ではあり得ない処方変更を行った後で、自分の誤りにも気がついてもいない可能性が高く、本件裁判では自らもそのように主張してきた。渡邊朋之医師は、明瞭な病状悪化に気付かず、何の対応もせず医師として失格状態だった。
【参考】精神保健福祉法第18条(精神保健指定医)
(精神保健指定医)
第十八条 厚生労働大臣は、その申請に基づき、次に該当する医師のうち第十九条の四に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を、精神保健指定医(以下「指定医」という。)に指定する。
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一 |
五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること。 |
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二 |
三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること。 |
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三 |
厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。 |
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四 |
厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。 |
2 |
厚生労働大臣は、前項の規定にかかわらず、第十九条の二第一項又は第二項の規定により指定医の指定を取り消された後五年を経過していない者その他指定医として著しく不適当と認められる者については、前項の指定をしないことができる。 |
3 |
厚生労働大臣は、第一項第三号に規定する精神障害及びその診断又は治療に従事した経験の程度を定めようとするとき、同項の規定により指定医の指定をしようとするとき又は前項の規定により指定医の指定をしないものとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。 |
(職務)
第十九条の四 指定医は、第二十二条の四第三項(任意入院者の72時間の退院制限)及び第二十九条の五(措置入院の解除)の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定、第三十三条第一項(医療保護入院)及び第三十三条の四第一項(応急入院)の規定による入院を必要とするかどうか及び第二十二条の三(任意入院)の規定による入院が行われる状態にないかどうかの判定、第三十六条第三項(患者の隔離その他の行動の制限)に規定する行動の制限を必要とするかどうかの判定、第三十八条の二第一項(措置入院者の報告事項の提起の報告)(同条第二項において準用する場合を含む。)に規定する報告事項に係る入院中の者の診察並びに第四十条の規定(仮退院)により一時退院させて経過を見ることが適当かどうかの判定の職務を行う。
2 |
指定医は、前項に規定する職務のほか、公務員として、次に掲げる職務を行う。 |
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一 |
第二十九条第一項(都道府県知事による入院措置)及び第二十九条の二第一項(緊急時の都道府県知事による入院措置)の規定による入院を必要とするかどうかの判定 |
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二 |
第二十九条の二の二第三項(移送時の行動制限)(第三十四条第四項において準用する場合を含む。)に規定する行動の制限を必要とするかどうかの判定 |
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三 |
第二十九条の四第二項(措置入院の解除)の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定 |
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四 |
第三十四条第一項及び第三項(医療保護入院のための移送)の規定による移送を必要とするかどうかの判定 |
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五 |
第三十八条の三第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)及び第三十八条の五第四項(定期の報告等による審査)の規定による診察 |
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六 |
第三十八条の六第一項(報告徴収等)の規定による立入検査、質問及び診察 |
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七 |
第三十八条の七第二項(改善命令等)の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定 |
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八 |
第四十五条の二第四項(精神障害者保健福祉手帳の返還等)の規定による診察 |
3 |
指定医は、その勤務する医療施設の業務に支障がある場合その他やむを得ない理由がある場合を除き、前項各号に掲げる職務を行うよう都道府県知事から求めがあつた場合には、これに応じなければならない。 |
(3)、精神科医師の結果予見可能性と結果回避可能性
渡邊朋之医師が、患者野津純一氏の病状の変化に基づいた結果の予見性や結果の回避可能性を検討しなかったことは、精神保健指定医であれば当然行い得る義務を果たさなかったことになる。渡邉朋之医師の場合の精神科治療は、患者を何のチェックもせず放置した無責任な「医師として失格」の状態であった。精神保健福祉法の立法意図は、患者に発生し得る病状の悪化などの緊急の事態に対応した対応を可能とすることを期待していた。渡邉朋之医師は患者の顔面の異常である根性焼きを見逃すどころか、患者の診察までも拒否しており、この精神保健福祉法の精神保健指定医の権限を問題にする以前の話である。渡邊朋之医師は本来あるべき、精神保健指定医の規範に達してない。野津純一氏と家族から放火暴行歴に関する自己申告があり、いわき病院内でも看護師に対する暴行があったことも承知しながら、精神保健指定医である渡邊朋之医師に全く危機意識がないことは、「医師として失格」状態であったことを意味する。
精神保健指定医は医師の権限と職務として、結果予見可能性と結果回避可能性を検討し結果回避の対応をすることが法により定められている。これを言葉としてリスクアセスメント(危機評価)、リスクマネージメント(危機管理)と表現すれば比較的新しい概念であり、あたかも日本に未だ定着していないかのような幻想が発生して、いわき病院の怠慢の弁明を地裁判決は許した。しかし、精神保健指定医は、まさにそのリスクを調査・評価(アセスメント)し、措置入院にする(マネジメント)まで行う権限が与えられた職責である。精神保健指定医が職責の内容を知らないとか、調査をする義務はなかったと弁明することはできない。
(4)、渡邊朋之医師は無過失を主張できない
精神科医療が過失責任を問われない前提として、入院医療契約で以下の要素が満足される必要がある。(別冊ジュリスト、医事法判例百選(No.183)、2006.4、P.72-73、宮下毅、措置入院患者の院外での他害行為、P.73第2パラ)
- 診療上の注意義務
疾患の進行を抑え(止め)発病以前の段階に戻すように努力する
- 自傷他害防止義務
治療の過程において自傷他害の結果を発生させないようにする
上記が履行されたかどうかを判断する要素は「治療当時の医療水準に従った治療が当該医師によってなされたかどうか」であるが、いわき病院が推薦したIG鑑定人は「平成17年当時の医療水準では問題なかった」また「大学病院水準では問題になったとしても、一般の病院の一般の医師には過失を問えない」と鑑定意見を述べた。しかし、IG鑑定人は「当時の医療水準」で免責となる理由を具体的に解説することができない。更に「当時は香川大学病院の外来担当医師」を兼任していた渡邊朋之医師を一般の医師として免責する事は論理としてできない。更に、大学病院の医師であれば、過失責任が問われても一般医師には過失を問えないとする二重基準の鑑定意見は妥当ではない。その上で、IG鑑定人は平成17年当時には精神科専門医であれば常識であった、パキシルを突然中断する危険性の問題を、パキシルを継続投与する危険性の問題と意図的に混同させた鑑定意見を述べており、鑑定人は「突然中断」と「継続投与」の違いを理解できないほどの乏しい学識とは考えないが、少なくとも鑑定人の意見は学者として誠実性及び信頼性に欠けており、大学教授としては不適切な鑑定意見を述べた。そもそもいわき病院の渡辺朋之医師は、統合失調症の治療を中断して抗うつ薬パキシルの添付文書の危険情報を理解せずに、処方変更を行い、経過観察を適切に行っていない。臨床医療の基本を逸脱し、医師としての常識を全うしていない。当時水準とか大学病院の医療などと弁明することもできない、医療倫理を逸脱したお粗末な医療義務違反である。
SG鑑定医は事件直後に野津純一氏を診察して「病状増悪」と鑑定意見を述べた。慢性統合失調症の野津純一氏は抗精神病薬(プロピタン)を中止されて統合失調症の治療を中断された状況で、突然の中止を禁じられているパキシルを突然中止されていた。更にアカシジア緩和薬のアキネトンを中止してプラセボに代えられて、アカシジアが極めて悪化していた。この様に野津純一氏は病状悪化しており、上記の 1.は否定される。その上で、野津純一氏は根性焼きの自傷行為を行って矢野真木人殺人という他害行為を行ったので 2.も否定される。故に、いわき病院は無過失を主張できない。
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