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殺人事件といわき病院の精神科開放医療
まじめに精神科開放医療を行えば殺人数は減少する!


平成26年1月21日
矢野啓司・矢野千恵


2、サイモン・デイビース鑑定人の意見


(NM鑑定人の意見)

この裁判を通してデイビース意見が、日本で議論されることは日本の精神科医療においてとても重要な意味を持つと思います。



A、矢野真木人殺人事件を引き起こした根源の理由は何か?


(回答)
  野津氏の履歴に基づけば、病院職員に対する攻撃や、一般市民に対する危険行為など危険/危害の兆候が示されていたのであり、野津氏は精神障害(統合失調症)の病気にかかっていたと言える。

野津氏の危険性は精神状況が悪化したときに亢進した。

野津氏の危険性は投薬が突然中止された状況では特に亢進したが、本件ではパキシルと抗精神病薬の中止がそれに当たる。放火暴行履歴がある患者の場合には、抗精神病薬を突然中止すれば制御不能な行動を危機的に亢進する可能性がある。更に、パキシルを突然中止すれば、不安などの離脱症状を亢進する結果となるが、その情報は2005年には医療情報として一般的であった。

それ故、2005年11月23日から12月6日の間は、既存の危険要素(暴行履歴)と喫緊の危険増加要因(抗精神病薬とパキシルと同時に中止したこと)で、野津氏の危険レベルは高進していたと言える。しかしながら、次の場合にはこれらの危機的状況が昂進したことによる事件の発生は避けることが可能であった。

a) 野津氏に対するパキシルと抗精神病薬の2薬剤同時の突然中止の危険性は普通の医師であれば当然予見可能であり、薬剤処方を中止前に戻す等の対応を行うことで病状の不安定化を避けた(通常の薬剤の知識があれば当時でも野津氏の精神状態の不安定化の予見は可能であった)場合
b) 野津氏の病状の変化を、精神科医師(主治医に限定しない)が常時観察し、病状の悪化の程度に対応した病状管理計画が変更され実施されていた場合
c) 上記に基づいて外出許可が見直され、医師の事前診察を外出許可の条件とした場合

野津純一氏はいわき病院で入院治療を受けていた。いわき病院が入院を受け入れ、1年2ヶ月に渡り入院を継続させた背景に、「野津純一氏は入院治療が必要だった」といういわき病院の精神科医療機関としての医学的判断があったことが大前提となる。任意入院という入院形態や、精神科開放処遇という問題と関わりなく、いわき病院が、野津純一氏の病状の変化に対応して、適切な治療対応の変更や調整がきめ細かく行われていたならば、ほぼ100%の確実性を持って矢野真木人殺人事件の発生はあり得なかった。

野津純一氏による殺人事件は、これまでにも述べたとおり、本人が持っていた暴行履歴と大規模な薬剤処方変更の相互作用の結果であり、いわき病院が経過観察を適切に行わず、外出中の行動管理計画を再検討しなかったことで、野津純一氏の病院外における公衆との接触を制限する等の対応見直しが行われず、殺人の危険性を極端にまで昂進した。我々は、高等裁判所がこれらの要素を全て勘案して審議を行うものと確信する。

これらの要素は相互に関連をしており、高松地裁が行ったように個別で断片的に審議される場合には、不適切な判決を行う結果となる。自動車事故を例にして比喩を行うとすれば、時速80キロで運転していて、ハンドルを急に右に切り建物に衝突して建物前を偶然歩いていた人に大怪我を負わせた場合、危険要素は個別に検証されるべきか、それとも相互に連関させて検証すべきであろうか?時速80キロの速度は合法的〔英国では50マイル/時(=80キロ/時)は合法〕であり、ハンドルを右に切ること自体に違法性は無い、しかしながら、ハンドルを急に右に切る行為は極めて危険である。



B、精神科開放医療と(80〜90%の)殺人危険率に妥当性があるか


(質問)
 いわき病院の意見に基づけば、「外出許可中の患者10人中7人以下の殺人危険率であれば、許可を出した精神医療機関に過失責任を問うことができない」ことになる。

(1) 80〜90%の他害危険率(自傷他害行為危険率及び殺人危険率)を計測することは可能ですか?
(2) 精神科医師は80〜90%の他害行為危険率であることを証明できない場合には患者の外出許可を見直すことは不可能でしょうか?

(回答)
  英国の経験から申し上げれば「80〜90%という殺人危険率という数字を理解することは困難である」。最初の質問で80〜90%という数字は「毎回病院外に外出許可を出す度の80〜90%の殺人危険率」であるのか、それとも「ある特定の期間における殺人危険率(例えば、大規模な処方変更後で患者の精神状態が不安定化していた2週間を意味するか等)」であるのかが問題となる。もし後者の場合は、80〜90%の危険率は、外出許可時の各要素に分割される(例:患者の精神状態が悪化している状況下での8〜9%程度の危険率の事例が10回重なったような状況)。もしこの様なことを実際にいわき病院が主張したのであれば、確率論で期間を限定しない危険率に意味がないことを指摘する。

世界中のどの国をとっても精神障害患者による殺人は希な事象である。英国で考えれば、80〜90%の危険率という数字を個別に事象で想定することは不可能であり、それが2週間の期間としてもあり得ないことである。

  英国医学会誌(the British Medical Journal)を参照していただきたい。
 〔下記、4,の(参考)に掲載〕http://bjp.rcpsych.org/content/193/2/130.long

英国(以下、全てイングランドとウェールズを意味する)では精神障害者が原因者となる殺人が年間で約40件発生している。英国の人口は約56百万人であるため、統合失症と重症の精神障害者は1%(約56万人)と見積もることができる。従って、英国における統合失調症と重症精神障害による一人当たり殺人危険率の基礎数値は0.000071/年もしくは0.0071%/年と言える。この0.0071%/年という基礎数値を元にすれば、80〜90%の殺人危険率という数値が恣意的でありかつ無意味であることが理解できる。また0.0071%/年より高い数値より高い数値は市民に対する危険率を上昇させる精神医療行為と指摘することができる。

我々は、いわき病院が不特定の期間で80〜90%の殺人危険率を議論することは間違いであると指摘する。殺人基礎危険率の0.0071%と80〜90%の数値には違いがありすぎる。またある特定の個人が0.0071%/年の危険率ではなく40%/年の危険率を示している場合に社会はそれを容認できるであろうか?そんなことはあり得ない。社会はその対象となる人間に何らかの対応を行うことが求められ、特にその者が精神科医療機関で治療下にある場合には、危険率を引き下げることが求められ、その最も有効な手段は当該患者が自由に外出することを制限することである。

もし個人的な殺人危険率が40%ならば、その者は市中の自由行動は許されない。その人間の殺人回避率は0.6(60%)でありかつ重複性がある場合、数回外出許可が行われるだけで殺人を回避できる危険率は13%(0.6×0.6×0.6×0.6)まで低下する。野津純一氏は精神症状が悪化していた長期間に渡り毎日のように外出許可が与えられていた。従って、仮に40%という低い殺人危険率であっても、野津純一氏は毎日の様に外出していたのであり、すぐに80〜90%を越える殺人危険率に到達する。

毎回の外出許可毎の殺人危険率という意味であれば、そのような高い数値は考えることができない。英国ラボーン事件では短期間における5%の危険率であっても英最高裁判決で容認されなかった程である。期間を定めない80〜90%の議論には意味がないことを指摘する。

(控訴人矢野、付記)
  いわき病院代理人は「外出許可中の患者が殺人を行う十中八九の高度の蓋然性を証明すること」を控訴人(原告)矢野に要求したが、その要求は、統計学的な根拠が無い非現実的な要求(空論)である。そもそも、いわき病院が主張した高度の蓋然性の主張は、論理的に間違いであった。サイモン・デイビース鑑定人は統計的な論理構造の上から、あり得ないことを確認したものである。更に、デイビース鑑定人は、現実論としてもあり得ない議論であることを指摘した。控訴人矢野は、いわき病院代理人の主張はそもそも統計学的に根拠不明かつ間違いであり、いわき病院が主張した「高度の蓋然性の論理」は棄却されることが当然と考える。

C、KM弁護士のパキシル添付文書の無茶な解釈論


(質問)
 KM代理人は他害行動に関する警告はパキシル添付文書の記載事項では無いとの見解であるが、これは正しい主張か?


(回答)
  KM代理人が長々と引用した症状は、不安、焦燥及び興奮である。しかしKM代理人は私たちが指摘した以下の事項を誤解している「一般人の場合は不安、焦燥及び興奮があっても他害行動には結びつかない。ところが、重大な他害行為履歴があり精神状態が抗精神病薬を必要とする程度に不安定であると診断されている患者の場合、精神の状態を混乱させ得る変化は過去に行った危険行為を繰り返す不安定化をもたらすことになる」。従って、KM代理人が原告の意見は間違いであると主張した事は完全な間違いである。

KM代理人は「もしパキシル、プロピタン及びドプスの突然中止が殺人事件を引き起こすほど危険なものであれば、これらの薬剤を病状が回転ドア状態の患者に処方することは危険であり、薬剤は認可されず、処方も許可されないはずである」と述べたが、この意見は奇妙である。ベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパム、ジアゼパム、クロナゼパム、等)は突然中止が極めて危険であることはよく知られており、突然中止で生命の危険性がある離脱症状を呈する。これらの問題があるにも拘わらずベンゾジアゼピン系薬剤は世界で最も大量に使用されている向精神薬である(例:英国ではジアゼパムとロラゼパムだけでも6百万件も外来処方されている)、更にベンゾジアゼピン系薬剤は全ての先進国で大量に処方されている。KM代理人の意見は非論理的であり、意図的な歪曲と、普通に処方される向精神薬に共通した一般的な危険性に関する知識の欠如がある。精神科医は処方に際して個々の患者の治療性向を考慮して危険性を最小限にして処方する義務がある。我々の見解では、渡邊医師といわき病院は、野津純一氏という常に高い危険性を持つ患者に対して潜在的な危険性がある薬剤の処方管理を間違えたのである。

KM代理人はパキシル中止の危険性を個別に論じた。そして、KM氏は禁止薬剤ではなく、一般的な注意に留まるとの主張である。KM代理人は薬剤の全体像を見なければならない。パキシルの突然中断を一般人に行う場合には不快感を伴うにしても危険性は無い、しかし、強い他害行為履歴を持ち脆弱性が高い精神障害者にパキシルを中断する場合に当該患者の経過観察を行わず危険性が亢進することに対して対応策を持たない精神科臨床医療は極めて拙劣である。

(控訴人矢野、付記)
  この様な無茶な向精神薬の解釈論を法廷の場で行ういわき病院の精神科医療にそもそもの問題がある。これは、いわき病院代理人の向精神薬医の薬剤承認に関連した素人論理であるが、法廷に文書を提出するに先立って、当然、いわき病院と渡邊医師は事前の同意をしていなければならない。いわき病院が文書提出をしたこと、そのことが、薬剤処方に関する知識に錯誤があったことを証明する。

  そもそも、「医師は、服薬による利益・不利益とともに、薬物中止による利益・不利益を患者に、説明しておくことが大切である」。本件では、渡邊医師は患者野津純一氏に対して、複数の向精神薬の同時突然中止に関してインフォームドコンセントしていなかった。野津純一氏は「薬剤中止による不利益」を承知しないまま、外出許可を与えられていたことが、重大ないわき病院の過失である。

D、英国では精神障害者の殺人数(比率)が減少したことに関して


(質問1)
 何故1970年が精神障害者による殺人数の転換点となり、その後減少に転じたか


(回答)
  1970年代が特筆されたのはLange M他の英国医学界誌報告(2008 (193:130-133)の「英国(イングランドとウエールズ)における50年間の精神障害者の殺人」(Homicide due to mental disorder in England and Wales over 50 years)に基づいている。しかし、精神障害者により行われる殺人に関して何故1970年代前半が転換点となったかに関して理由は確定的ではない。

この質問には複雑な要因が関係するが、精神医療・介護手法の改良が行われたことで、1970年代から以降に殺人数が低下したとも言える。その過程は2段階であり、第1段階は1950代後半から抗精神病薬や向精神薬を広汎に使用するようになり、特にデポ剤が開発されたことで毎日の内服薬服用に理解が乏しい患者に特に有益であったことがある。第2段の要因として、英国では精神病治療制度が改正されたことがある。特に1960年代以後の法精神医学機関の拡充が行われ、一般医師に徹底した精神医学教育が1980年代から行われるようになった。同時に1980年代に地域社会(コミュニティー)精神医学チームが設立され、1990年代からはケア計画を推進してきた。1992年のジョナサン・ジト事件は特筆される事件であり、それ以後は危険評価と危険管理計画が強化された。2000年にはMAPPA手順が定められ暴力や性犯罪を行う精神障害犯罪者に対する行政機関の連携が促進され、更に薬物不正使用を行う精神病患者に対する複合診断(dual diagnosis)手法が改善された。

同時に、留意するべきことが一点あり、過去の45年間で英国社会全体では暴力犯罪が増加している事実がある。一般社会で殺人数が増加しているため、精神障害者による殺人比率が減少したとも言える。


(質問2)
 精神障害患者による殺人を減少させたと考えられる英国が実行した手法や手段は何か?


(回答)
A)、向精神薬(特に抗精神病薬)の服薬改善

  1950年代まで統合失調症や精神障害の薬物療法は限定的であった。最初に広く使われるようになった抗精神病薬はクロルプロマジン(コントミン)で、1953年から市中で使われるようになった。その後の11年間でクロルプロマジンは5千万人以上に処方された(McKenzie, James F.; Pinger, R. R.; Kotecki, Jerome Edward (2008). コミュニティー医療入門:An introduction to community health. Boston: Jones and Bartlett Publishers. ISBN 0-7637-4634-7)。その後、数多くの第1世代のフェノチアジン系薬剤が開発・導入された(例:チオリダジン)や類似のハロペリドールなどのブチロフェノン系薬物が使用された。非定型抗精神病薬のクロザピンは1960年代後半に現れ難治療性統合失調症患者に大変有効であったが血液学的副作用のため市中から排除されたものの、その後、副作用監視システムが開発されて再度使われるようになった。1990年代には、他の抗精神病薬が導入された(例:リスパダール、オランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル)。これらは、初期の抗精神病薬より副作用が軽減されているため、今日では主流の薬剤となっている。

初期の抗精神病薬は内服薬であったが、1960年代に注射をすれば長期間血中濃度を維持できるデポ剤が出現した(Johnson DAW.抗精神病薬の長期活性注射に関する歴史的展望: Historical perspective on antipsychotic long-acting injections. Br J Psychiatry 2009)。これらの薬剤が開発されて、毎日錠剤を服薬する必要が無くなり、2〜4週間隔の注射で十分であるため患者の服薬性が改善された。

初期の抗うつ薬(アミトリプティリンやある種のMAO阻害剤)が1959年から出現し、その後の55年間で全く新しい形態のもの等沢山の薬剤が開発された。そして抗うつ薬の副作用に関する知識も増加した。しかし近年開発された抗精神病薬が必ずしも初期に開発されたクロルプロマジンより薬効が高いとは限らない。例えばアミトリプティリンは近年の薬剤と効果は同等である。ただし副作用に問題が多いのである。

この様に過去55〜60年間に統合失調症等の精神病やうつ病などの精神障害治療薬に大きな進展があり、副作用に関連して大きな改善が行われた。技術の進歩により薬剤の服薬信頼度(例:デポ剤の導入など)が向上し、更に、投薬と経過観察の手法が向上したため、クロザピンは血液学的危険性があっても安全に使用することが可能となった。更に、多剤使用時に薬理学的かつ薬力学的な薬剤相互作用を避ける科学的理解度も向上した。

矢野注:上記は、いわき病院における複数の向精神薬突然中止の問題及び中止後の経過観察が適切であったか否かという問題に関連する。

殺人を防止する為に薬剤治療が重要な理由
  抗精神病薬は精神病の治療に大きな影響があり、抗精神病薬を中止すれば通常は離脱の原因となる。

英国とオーストラリアの研究(Meehan J, Flynn S, Hunt IM, Robinson J, Bickley H, Parsons R, Amos T, Kapur N, Appleby L, Shaw J.統合失調症殺人犯罪者: Perpetrators of homicide with schizophrenia:英国疾病調査:a national clinical survey in England and Wales. Psychiatr Serv 2006; 57: 1648-51. 2: Nielssen OB, Westmore BD, Large MM, Hayes RA. ニューサウスウェールズ州における精神病者による殺人1993−2002:Homicide during psychotic illness in New South Wales between 1993 and 2002. Med J Aust 2007; 186: 301-4)で殺人の危険性を低下させる精神疾病と薬剤使用の関係が解明されている。特に、精神障害がある中で治療中断と殺人を行う頻度に関連があるとする証拠がある。換言すれば、精神障害に関連した事件既往歴を持つ患者の治療中断の期間が長ければ長いほど殺人危険性は高くなる〔Large M, Nielssen O.精神障害の治療中断期間と精神障害に基づく殺人比率に関する証拠: Evidence for a relationship between the duration of untreated psychosis and the proportion of psychotic homicides prior to treatment. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol 2008; 43: 37-44〕。


B)、初期治療と病状管理改良による精神障害診断に係る認識の改善

i)、英国の医療全体の問題

  英国の全医学生は精神障害科目の履修が義務課程となっている。英国の医師の大多数は一般開業医となる。1980年代の初頭に英国一般開業医王立大学(UK Royal College of General Practitioners)が一般開業医志望者教育3年計画を設立し、その課程で6ヶ月間の精神科研修が定められた。英国では医療職全体として統合失調症などの重篤精神障害の治療法を習得させてきた。この結果、精神障害の治療が従前より迅速に行われるようになった。

ii)、精神科医療の問題
  精神障害者による自殺と殺人に関する国立秘密調査(2006年)によれば英国では年当たり統合失調症者による殺人は約30件あり、その内15件は精神医療機関で治療を受けていなかった。

英国では精神障害者の治療機会の拡大に各種の手法や手段を導入しており、危険性に関する情報は医療機関で共有され治療に活かされ、精神障害者個人の治療と追跡を容易にしている。

その手法は以下の通りである。

1)、患者ケア計画
患者ケア計画は1990年代に開始された。重症精神障害者に対する精神科治療の連携体制であり、各精神障害者毎に中心調整者(連絡調整Key Worker)が任命され、医療と社会生活に関連した問題を常時評価してケア計画の見直しも随意おこなっている。

2)、地域社会精神医療チームの機能改善
英国では精神科病院と地域社会精神医療チームの連携強化が行われ、病院から退院した患者の安全を確保している。1980年から大規模精神科病院で生活する患者数を削減しており、精神科病院は地域医療連携チーム(地域の精神科医、看護師、ソーシャルワーカー等で構成)を設立してきた。これにより、病院を退院した患者は地域医療連携チームにより継続的な治療が維持されることになる。ケア計画では退院した精神障害者と接触を維持して病状を評価することが必須の条件である。

3)、法精神医学サービスの設立
法精神医学では精神異常の既犯者(司法との連携を維持することが条件)の評価と管理を行っており、潜在的に危険性が高く病状が悪化した患者の病状管理に関して、一般精神科医と連携を取ることになっている。英国では、地域行政区で他害の危険性が高い行動を示す患者に対応する必要が生じた場合には、法精神医学者の意見を求める手続きを取る事が通例である。
1970年代まで法精神医学は4カ所の高度保安病院(イングランド3カ所、スコットランド1カ所)で行われていたが、その後の40年間で制度は大幅に改良された。地域中程度保安病院が設立され、1990年代には設立が加速した。また、1983年の精神衛生法で重要項目(第3項、犯罪歴がある精神障害者特例として、法廷審議の前後における治療評価の規定)が定められた。

4)、危険な違法行為者に対する多角的対応政策
性的又は暴力的確定違法行為精神障害者であって、社会の中で他人に対して高い危険度を持つ者には責任機関(保護観察、刑務所、警察等)が指定される。2000年以降、関連機関は公共の安全を目的としたMAPPA(多機関公共保安制度:Multi-Agency Public Protection Arrangements)規定に従うことになった。この規定は、登録性違反者、暴力違反者及びその他の違反者の中で公共に対する危害危険性が高い者が対象である。MAPPA規定では、次なる重大違法行為を行う可能性が極めて高い状況の確認と危険評価を行い、危険性を低下させるために行い得る手段などを定めている。その上で、特別管理計画を定めて違反者が行動を監視可能な特定の地域内に居住するよう定める規制(例:子供との接触規制)や定期的に担当者と連絡をとる等の規定がある。

5)、“複合診断:dual diagnosis”に関する特別専門家
英国では(アメリカと違い)複合診断は、統合失調症などの重度精神疾病と薬物(ヘロイン、クラック、コカイン等)違反の双方に適合する者に当てはまる。薬物違反者に精神障害があれば暴力行為の危険性を高める主たる危険要素である(参照:Soyka M, 薬物誤用及び精神障害と凶暴的行動:Subtance Misuse, psychiatric disorder and violent disturbed behaviour, British Journal of Psychiatry 2000; 176; 345-50)。これに関連する解説は数多くある(Mullen P, 法精神衛生:Forensic Mental Health, British Journal of Psychiatry 2000; 176; 307-311)。薬物は精神障害者に直接的に暴力行動を引き起こし、治療方法を混乱させることに繋がる(間接的効果)。また当該人物の個性は薬物誤用と暴力行動に関係する。暴力行動のメカニズムにかかわらず、薬物誤用は高度の暴力行動を誘因する要素であり、英国では1990年代以降はこの二つの問題を抱える者に対する特別機関が設立された。

6)、リスク管理政策
英国で精神医療リスク管理の優先順位を高めるきっかけとなった事件は1992年のクリストファー・クルニスによるジョナサン・ジト殺人事件である。その後、リスク評価とリスク管理はケア管理改革の主要素となった。過去20年間にリスクの評価と管理の基礎となる研究が拡大し、長期間に亘る暴力行動の危険要素と、行動結果に関連した事後調査が実施された。
英国では、地域健康機関(病院や精神保健基金)で義務訓練を受けた職員による暴力危険評価やリスク管理計画を作成している。基金の施策は一般化された危機管理手法(例:歴史的臨床危機−20手段:the “Historical Clinical Risk -20” (HCR-20) instrument, reference: Webster CD, Douglas KS, Eaves D, Hart SD (1997). HCR-20: 暴力危険度評価 第2版:Assessing the risk of violence. Version 2. Vancouver, Canada. Simon Fraser University and BC Forensic Services Commission)を用いる。英国の臨床実施ガイドラインは統合失調症患者の全てに対して危機評価手法を用いるように指導している(国立優良保健臨床研究所:National Institute for Health and Clinical Excellence. 第1次第2次ケアにおける統合失調症治療と管理の重要介入事項:Core Interventions in the treatment and management of schizophrenia in primary and secondary care, NICE 2009)。2005年の調査報告に基づけば、一般精神障害患者(入院者及び通院者)の60%以上の患者が定常的に危機評価を受けている(Higgins N, Watts D, Bindman J, Slade M, Thornicroft G. 普通成人精神科における暴力評価:Assessing Violence Risk in General Adult Psychiatry. Psychiatric Bulletin 2005; 29:131-3.)。

(質問3)
 英国ではどのような殺人死が減少したか?

(回答)

  1970年以降の精神障害患者による殺人数の低下の効果は、「親近者殺人」より「未知者殺人」に削減効果があった。「未知者殺人」とは被害者を加害者が事前に知らなかった場合(矢野真木人が野津純一氏に殺人された状況)であり、「親近者殺人」とは被害者と加害者が事前にお互いをよく知っていた場合である。


   
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