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いわき病院控訴審答弁書に対する反論
精神障害の治療と人道及び人権
次期公開法廷(平成26年1月23日)を控えて


平成25年12月6日(矢野真木人9回忌)
矢野啓司・矢野千恵


第6、いわき病院反論書の項目別問題点


〔5,小括(P.18)〕


1、いわき病院の主張に関する事実関係(P.18〜19)


〔(1)、のいわき病院主張〕 「本件犯行と幻覚・妄想などの病的体験」
  いわき病院の主張はSG鑑定及び警察・検察調書と矛盾する。犯行前の純一氏は被害関係妄想などの病的体験と父親の悪口が聞こえる幻聴があった。犯行2週間前(1週間前は誤り)の処方変更後から病状が悪化し、根性焼きでも治まらないイライラ感を解消するために殺人に及んだものである。統合失調症特有の行動の障害が出現した(SD鑑定人)。統合失調症特有の思考の歪曲及び緊張型統合失症症状が出現した(SG鑑定人)。

〔(2)、のいわき病院主張〕 『投薬中止の「基本的な注意」』
  プロピタンに限らず、統合失調症患者への抗精神病薬維持療法中止は、精神症状の悪化や離脱性アカシジアの原因となり、医師の裁量権内といえども、毎日綿密な診察を行うことが医師の良識であり義務である。「先生にあえんのやけど・・」と診てもらえない不満を抱えて犯行に及んだ純一氏は患者として無視されていたのである。統合失調症治療ガイドライン(P.104)に「(抗精神病薬を中止する時は)数ヶ月かけて維持量の1/5を目処に緩やかな斬減を行う」、「通院間隔を短くする」、「ストレス状況を十分に観察する」、「再発兆候をつかむ」、「再発再燃に早期介入できる態勢をつくる」等の注意事項が載っているが、いわき病院の主治医渡邊医師は全ての項目を守らなかった。統合失調症特有の行動の障害が出現した(SD鑑定人)。統合失調症特有の思考の歪曲が出現した(SG鑑定人)。統合失調症治療ガイドライン違反である。

〔(3)、のいわき病院主張〕 「パキシル投薬中止についての『基本的な注意』」
  添付文書の記載位置は重要性の軽重には関係ない。「8番目に記載されるレベルのもの」という読み方は間違いである。この様な読み方を主張した事は「基本的な注意」を遵守しなかった過失を証明する。

〔(4)、のいわき病院主張〕 『パキシル投与中止副作用の「不安、焦燥、興奮」』
  パキシル投与突然中止副作用の「不安、焦燥、興奮」はイライラ感の高揚につながったといえる。イライラ感の解消に純一氏が殺人を選んだのは純一氏が統合失調症患者であったからである。それはSG鑑定に基づけば統合失調症特有の「思考の歪曲」である。なお、投薬を突然に中止した後の一定の期間は、体内に残存薬用量がありしかも急激に濃度が変化しており、「易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性」や「他害行為」が発生する可能性を否定することはできない。

〔(5)、のいわき病院主張〕「添付文書に記載されたアカシジア対策としての中止であった」
  パキシルを中止することはあり得ることであるが、突然中止は行わないように指導されており、添付文書の生半可な解釈である。またプロピタンを中止することも問題では無いが、抗精神病薬維持療法の中止になることを考慮しない処方変更が問題となる。「服用の中止により、更に「重篤な副作用が出現する場合がある」を無視した中止であり、重篤副作用疾患別対応マニュアル(アカシジア)違反の主張である。


〔(6)、の被告主張〕 『パキシル投与の副作用としての「アカシジア」』
  パキシル投与の副作用としての「アカシジア」は平成17年の薬剤添付文書には記載が無い。いわき病院は『「減量、中止」が具体的に指示されている』と主張したが、「突然の中止」を行わず「徐々に削減」することが指示されており、意図的に不十分な文章で反論した欺瞞である。パキシル添付文書違反である。

〔(7)、の被告主張〕 「外来処方が許された薬剤」
  「内服薬で外来処方が許される薬剤・許されない薬剤」という分類はない。被告いわき病院の創作である(内服薬は全て外来処方できる)。また渡邊医師が「外来統合失調症患者に服薬管理を任し得る」と主張した事は、錯誤であり、医師の管理責任放棄の、無責任な医療実態がいわき病院にあった事を証明する。

〔(9)、の被告主張〕 『「アカシジア」に対する対処療法』
  平成17年2月の主治医交代前の純一氏は「後ろ姿がなんとなく楽しそう」な患者だったのである。この時は非定型リスパダールの投与であった。「頑固なアカシジア、治療に難渋」は渡邊医師が自ら作り上げた症状である。また、アカシジア対策を行っているのであれば、「抗精神病薬維持療法の中止や、パキシルの突然中止、更には複数の向精神薬の同時中止など」の非常識な処方を実行して診察せずとも問題が無いとする主張は間違いである。ここに断片的な情報で医療を行ういわき病院の無謀な姿勢が現れている。統合失調症治療ガイドライン違反、パキシル添付文書違反である。


2、〔6 医薬品添付文書違反と過失の推定について〕(P.19〜22)


(1)、(4)(P.20〜21)平成8年の最高裁判決分析と過失推定の要件
  本件におけるいわき病院と渡邊医師の過失は、いわき病院代理人が指摘した以下の全てに当てはまる。渡邊医師は、投薬中止時の基本的注意事項「突然の中止をしないこと」を無視し、事故が起こったのである。

  1. 添付文書に記載された使用上の注意事項に従わないこと
  2. 1によって医療事故が発生したこと
  3. 添付文書に従わない特段の合理的理由がないこと

控訴審答弁書P.20の「添付書類は有力な証拠だが、他に合理的エビデンスがあれば添付書類に従わない薬物治療を直ちに過誤とはしない。」という裁判所の判断は否定するものではない、しかし渡邊医師の場合は、統合失調症を治療するという視点が抜け落ち、アカシジアを治療するという理由で、添付書類の指示に従わず、かつ経過観察も怠った。合理的なエビデンスがあるとは全く言えず、過誤・過失である。そもそも、事件当時薬剤師は渡邊医師を補佐しておらず、渡邊医師は添付書類の記述さえ知っていたかは疑わしい。その意味で、統合失調症治療に関するガイドラインが守れていなかった。

渡邊医師は「3.添付文書に従わない特段の合理的理由がない」にもかかわらず、「1.添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず」、それが為に「2.医療事故が発生した」のである。


(2)、控訴審答弁書(P.21の(5))平成17年のパキシル添付文書

1)、パキシル添付文書のアカシジア記載は平成21年5月8日の改訂指示以降
  いわき病院は控訴審答弁書(P.21(5 ))で、『パキシル添付文書では「基本的な注意」の中の3番目に「アカシジア」が記載され、・・』と主張したが、平成15年8月の厚生労働省通達及び平成17年当時のパキシル薬剤添付文書(2005年(平成17年)6月、改訂第7版)にはパキシルの副作用に関して「アカシジア」という記載は無い。

いわき病院の「アカシジア改善のためにパキシルを中止した」という理由付けは、今回初めての主張である。IG意見書(I)の中で、厚生労働省が出した重篤副作用疾病別対応マニュアルーアカシジアのP.13で、アカシジアを引き起こす可能性がある薬剤としてパキシルが上げられているが、これは平成22年3月厚生労働省作成である。平成17年には広く承知されていた「パキシル突然中断の危険性」の情報を承知しない渡邊医師は、5年後の未来の公開情報を根拠にして「平成17年には広く承知されていない事項(アカシジア対策)」を説明した。しかしパキシルを突然中断していた時期の11月30日の診療録に「心気的訴えも考えられるため ムズムズ時 生食1ml 1×筋注とする」と「アカシジアは心気的」とする記述を残していた。

「アカシジア改善のためにパキシルを中止した」(判決P.107)は、重篤副作用疾患別対応マニュアル(P.13)と原告側鑑定書を見た一審の裁判官が、いわき病院の意図を斟酌してご親切に作文したものである。いわき病院自身は今回の控訴審答弁書で始めて「アカシジア改善のためパキシルを突然中止した」と主張したものである。なお、IG意見書(Ⅰ)ではいわき病院に決定的に不利な「自傷行為の根性焼き」と「パキシル突然中断」及び「渡邊医師の最後の診察は(人証で変更され)11月30日」が、いわき病院代理人からIG鑑定人に対する嘱託質問事項に意図的に入れられておらず、これらの事項は本件発生予見可能性を判断する上で極めて重要な項目でありながら、IG鑑定人の鑑定意見がない。IG鑑定人が「いわき病院に過失あり」と判定せざるをえないので、回答しなかったものであり、意見書がまやかしである証明である。


2)、いわき病院代理人の理解間違い
  渡邊医師が厚生労働省通達(平成15年8月)の「パキシル中止時の基本的注意事項」を守らなかったことは確かである。パキシルの中止は、「平成17年12月当時には、突然の中止はすべきでない。投与を中止する際は徐々に減量すること。(地裁判決P.88,P.98)」は、共通認識になっていた。しかるにいわき病院理人は、これをアカシジアの発生を解消するためには中止しても良いという理屈にすり替え(.P.22)、中止時の警告よりも優先させた。添付文書の(3)の方が(8)よりも優先ということは厚生労働省の指示としては、不自然で、単に、使用開始、使用中止の順で記述しただけである。いわき病院代理人はP2で「添付文書の理解が間違っている」と主張したが、間違っているのはいわき病院代理人の方である。

抗精神病薬(本件ではプロピタン)の維持療法中止で、抗幻覚・抗妄想・異常行動抑制作用が失われ統合失調症患者の精神症状悪化を招くのは世界の常識である。また精神症状悪化により放火暴行履歴がある統合失調症患者の他害リスクが上昇することも世界の常識である。また平成19年8月20日提出の被告いわき病院準備書面で被告いわき病院は「事件当時もプロピタンを継続していた」という処方歴を提出していた。このことは渡邊医師に「世界の常識」に関する認識があったことを示している。プロピタン・パキシル中止2週間後の診察希望を「訴えが頭痛と喉の痛みだから風邪である」と決めつけることはできない。パキシルの禁断症状には頭痛もある、判決は不当である。主治医の渡邊医師には診察するべき義務があったし、診察しておれば、本件事件回避可能性があった。


(3)、控訴審答弁書((5)、P.21〜22) 結論部分の問題
  いわき病院代理人にとっては真実や事実は大事ではない。だからこそ、添付文書の解釈を取り上げたと推察される。控訴審答弁書(P.22)には、「平成17年11月23日の渡邊医師による投薬中止の判断は、パキシル添付書類上の「基本的な注意」の(3)に則った処置であり、・・・」と書いてあるが、いわき病院の渡邊医師が行った事実は、(3)に則っていない。(3)では「徐々に減量し、中止するなど適切な処置を行うこと。」と書かれているが、渡邊医師は「徐々に減量しなかった」のである。

その上で、パキシルを中止する際には、(8)の注意事項が効いてくる。いわき病院代理人は、「基本的な注意事項の(8)に(3)を優先させたものと言えるのであって・・」と書いた。しかし注意事項は(8)と(3)は、矛盾するものではなく、両方共に実現しなければならないものである。(3)にわざわざ「徐々に減量し」と書いているのは、(8)と共通して重要なことを記載したものである。

いわき病院代理人が「パキシルは突然中止しないこと」という添付文書の基本的注意事項を無視して『結果的に同じ「基本的な注意」の(8 )に(3)を優先させたものと言える』と主張するのは全くの誤りである。これは単に「投与上の注意事項」と「投与中止時の注意事項」を別項目にしただけであり、優先順位の問題では無い。いわき病院代理人には「デタラメを描くのもいい加減にしなさい」と指摘する。また、いわき病院代理人が「結果として渡邉が注意事項の(3)に則っていた」と主張するのであれば、添付書類の解釈としても「渡邊医師は(3)を意識して、その上で違反した」ということになる。


3、経過観察の不在に関する弁明がない

いわき病院の答弁書には複数の向精神薬の処方変更後の経過観察に関する弁明が一切ない。特に、控訴人が指摘した「渡邊医師がプラセボ筋肉注射を行った筈はあり得ない」及び「MO医師は12月5日に純一の風邪症状を診察していない」という指摘に対する明確な反論が無いことは重大である。更に、答弁書P.26の4,の(1)で「筋肉注射を含めて全て渡邊医師が一人で行わなければならないとする控訴人らの主張は間違っている。」との主張は、「渡邊医師が自ら経過観察をしたと認定(誤認)した判決は間違い」であったと、自白主張したものである。


4、精神医療と市民社会

不幸な事件が起きたときに、病院がどのような態度を取るか、英国の国民健康基金(NHS Trust)は、調査をし、再発防止の方法や仕組み作りをしようとしている。しかし日本では、いわき病院と、いわき病院代理人は、事件が起こしたことの反省の意識もみられない。またそれをやむなしとする国立大学の教授もいる。

日本の社会は、市民や患者の権利を守る意識が、病院も、法曹界も遅れていると言わざるを得ない。この問題は、どこの国でも、だれでも避けて通ることのできないことである。広く国民に知ってもらうべきことである。日本人の尊厳が問われる問題である。



   
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