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いわき病院控訴審答弁書に対する反論
精神障害の治療と人道及び人権
次期公開法廷(平成26年1月23日)を控えて


平成25年12月6日(矢野真木人9回忌)
矢野啓司・矢野千恵


第6、いわき病院反論書の項目別問題点


〔4,平成17年11月23日の処方変更について〕


(1)、厚生労働省通達(平成15年8月)を無視した
  いわき病院控訴審答弁書は本件に関して何も回答しておらず、反論無しは通達違反を認めたことである。

医薬品安全対策情報(厚生労働省医薬食品局監修)は、IG意見書(II)及び(III)の主張と異なる。平成15年8月時点で、【重要な基本的注意】事項に以下を挙げている。

  1. 投与中の自殺企画おそれ及び突然の中止を避けること
  2. 投与中止後に耐えられない症状が出る場合があること
  3. 耐えられない症状が出た時は中止前の用量で投与再開すること

厚生労働省医薬品安全対策情報に基づけば、パキシルの突然中止による「耐えられない症状出現の病状予測」は平成15年8月に【重要な基本的注意】事項であった。ところが、渡邊医師は以下の諸点を守らない医療を純一氏に行った。

  1. パキシルの突然中止をしないこと
  2. 耐えられない症状出現を見逃さないこと
  3. 経過観察を行うこと
  4. 病状悪化を見逃さないこと
  厚生労働省医薬食品局監修・医薬品安全対策情報(平成15年8月12日指示分)
  14.【医薬品名】塩酸パロキセチン水和物
    [重要な基本的注意]の項
  1. うつ病・うつ状態の患者は自殺企画のおそれがあるので、このような患者には、特に治療開始早期は注意深く観察しながら投与すること。
  2. うつ病・うつ状態以外で本剤の適応となる精神疾患においても自殺企画のおそれがあり、さらにうつ病・うつ状態を伴う場合もあるので、このような患者にも注意深く観察しながら投与すること。」
  3. 投与中止(特に突然の中止)により、めまい、知覚障害(錯感覚、電気ショック様感覚等)、 睡眠障害、激越、不安、嘔気、発汗等があらわれることがあるので、突然の中止は避けること。投与を中止する際は、徐々に減量すること。
  4. 減量又は投与中止後に耐えられない症状が発現した場合には、減量又は中止前の用量にて投与を再開し、より緩やかに減量することを検討すること。

(2)、添付文書の基本的な問題(P.6〜10)
  渡邊医師はもともとNZ患者の暴力行為をよく調べもせず、複数の向精神薬を突然中止し、患者の状況を見なかったことが問題である。

また、いわき病院代理人の添付文書とインタビューフォームに関する主張と論理および解釈論は、善良な社会と適切な医療を維持して提供する努力を踏みにじる戯言である。


1)、薬理学的評価
  薬理学的評価に関して根本的に誤っているのは、IG鑑定人及びいわき病院と渡邊医師である。

ア、

パキシルの突然中止(P.8(ウ))
  「パキシルの中止」自体は医師の裁量権であるが、「パキシルの突然中止」は医師の裁量権逸脱である。医師は、厚生労働省通達(平成15年8月)及び薬剤添付文書の注意事項に従う義務がある。なお、パキシルを中止していた事実を被告いわき病院は平成22年8月まで隠蔽していたが、被告側に重大性の認識があったことを示すものである。


イ、

外来患者に対する薬剤の中止(P.10 エ)
  統合失調症患者の中で放火他害行為歴を有する患者は多くない。しかしながら「外来患者に処方する薬は、患者の判断で勝手に中止しても安全」という主張には根拠が無い。薬剤の突然の中止による他害の危険性上昇は、放火他害履歴のある統合失調症患者にとって薬理学的な知見として認識されている(OT、NM、SD鑑定人)。被告いわき病院と渡邊医師が「現に外来統合失調症患者に対する処方薬として認められていることからすると、これらの薬剤の中止による殺人事件等の他害の危険性は薬理学的知見として認識されていないことの証左 になる。」と主張したことが間違いであり、この重大な認識間違いにより殺人事件の発生を誘引したのである。


ウ、

投薬中止と他害行
  いわき病院代理人が主張(P.8)した、「投薬中止によって、他害行為が起きると書いていないから問題はない。控訴人の論理が飛躍している。」という論理は盗人猛々しい反論である。渡邊医師が添付文書の指示を順守した上で、それでも思わぬ現象が起きたのではない。

いわき病院代理人は、「敵意、攻撃性などの具体的な例示がない」とか、「基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企画、他害行為が報告されている。」といった記載もないから、薬剤の中止は過失にはならないとした。しかし、渡邊医師は抗精神病薬維持療法継続の常識、及びパキシルを中止する際の「突然中止をしない、徐々に注意深く観察しながら削減する」という基本的注意事項を守らなかったのである。このような不真面目な態度で向精神薬の突然中止を行ったことが過失の本質である。


エ、

いわき病院の開き直りの意見
  いわき病院代理人のように開き直った意見が通るとすれば、愚かで怠慢な医者ほど責任がない事になり、知らなかったのだから責任はない、調べなかったのだから過失はない、具体的に書かれてないから読んだとしても他害行為が起きることが理解できない・・・。という重大な事件が発生した後の、何でもござれと詭弁の弁明が通用する事になる。いわき病院代理人の弁明は、およそ医師としての善良な管理者の義務を無視しており、不適切である。



(3)、いわき病院代理人の勝手なパキシル添付文書解釈


ア、

控訴審答弁書(P.7)の(ア)、控訴人らの主張が「パキシルの投薬中止を殊更強調して、それが殺人行為を引き起こしたなどという」ことは「暴言に等しい。」
  控訴人矢野は、「パキシルの投薬中止」ではなく「パキシルの突然の投薬中止」を強調しているのである。突然の投与中止は避けることが、平成17年当時のパキシルの使用上の注意に書かれている。添付文書には「投薬を中止すると殺人事件が起きる」とまでは、使用上の注意として書かれていないが、不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性があらわれることがあり、不安、焦燥、興奮、パニック発作、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性等が生じた症例で自殺や他害行為が報告されている。

いわき病院が実際に行った精神科臨床医療では、渡邊医師は、純一氏の経過観察を怠っていたのであり、その怠慢の結果、不安、焦燥、興奮、頭痛、錯乱、激越等の過程がわからなかったのである。

いわき病院代理人は「暴言に等しい」とまで控訴人矢野に対して決めつけることができない。いわき病院代理人は「渡邊医師は経過観察をしていなかったので、控訴人の推定が正しいかどうかはわからない。」とせいぜい記述できる程度である。

また、「控訴人らの主張が、パキシルの投薬中止を殊更強調して」と反論したことは間違いである。パキシルの突然中止の問題はIG鑑定人の精神科医師として誠実でない鑑定意見を根拠にした極めて意図的な反論意見である。いわき病院代理人は平成17年11月には「パキシル突然中止は重大な問題であることが精神科医師の常識であった事実」から眼を背けてはならない。


イ、

控訴審答弁書(P.7)の(イ)、「パキシル投与を行った場合の注意」
  いわき病院代理人(P.7の)(イ)〜(ウ))における「パキシルのインタビューフォームで、投与による病態の変化が、自殺念慮、自殺企画、他害行為の先駆症状を起こす可能性があるとする部分と、投与中止のリスクの記述が同じでないから、従って突然の中止には自傷他害のおそれはない」の主張は詭弁である。

いわき病院代理人(P.7)は「(3 ) 不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等が現れることが報告されている。また、因果関係は明らかではないが、これらの症状・行動を来した症例において、基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企画、他害行為が報告されている。患者の状態及び病態の変化を注意深く観察するとともに、これらの症状の憎悪が観察された場合には、服薬量を増量せず、徐々に減量し、中止するなど適切な処置を行うこと。」とパキシル添付文書から引用した。

控訴人矢野は「パキシルの投薬中止が問題だった」と主張していない。パキシルは適切な手続きにより、徐々に注意深く観察しながら中止することは可能である。渡邊医師が行った、「アカシジアに対処する目的で、パキシルの投与を中止すること」は医師の判断としてあり得ることで、そのこと自体は問題ではない。しかしながら平成17年11月23日から渡邊医師が純一氏に対して実行したパキシル突然中止には以下の問題があった。

  1. 患者の状態及び病態の変化を注意深く観察することが必要であった
  2. 減量は徐々に行わなければならなかった

いわき病院代理人の反論(P.7下から12行)は「発言(発現?)症状が、他害行為につながり得ることが明記されているのである。」といい、「しかも、その対処方法として「減量、中止」が具体的に指示されている。」とコメントしたが、意図的に、「徐々に」を落とした創作である。更に、反論(P.7の下から2行目)して、「つまり、「パキシル投与→アカシジア→他害行為」の可能性が添付文書上示唆され、その対処法として、「減量、中止」が具体的に指示されているということである。」と記載している。あたかも、パキシルの中止が、他害行為を避ける意図さえもあったといわんばかりの書き方になっているが、「徐々に」を落として記述したのは、過失を認めたくないからにほかならない。控訴人矢野が「パキシル突然中止」に的を絞った事実を逸らした不適切な答弁である。

いわき病院代理人が引用した文書を素直に読めば、パキシルは投与することにより「不安、焦燥、興奮、パニック発作、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏等が現れることが報告され、因果関係は明らかではないが、これらの症状・行動を来した症例において、基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企画、他害行為が報告されている」のであり、「易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性があり、アカシジア等が現れ、これらの症状・行動を来した症例において、他害行為が報告されている」のである。即ち、パキシルを突然中止すればこれらの症状が急激に発現する可能性が想定されるのである。パキシル突然中止とは体内のパキシル残存量の急激な変化であり、いわき病院代理人が主張したい体内のパキシル残存量がゼロの状態ではない。パキシル離脱症状にはパキシル投与による危険性と同様の症状が極めて亢進する状況を想定しなければならない。

いわき病院代理人が弁護論理で「(処方変更は)アカシジア対策であった」と重点的に主張するのであれば、渡邊医師はパキシル中止による離脱性アカシジア等の発現に注意しなければならなかったのであり、精神科医師として目的と手段が混乱していたという結論になる。処方変更前、11月22日までの純一氏は「攻撃性や衝動性もなく、看護との意思疎通も取れていた(いわき病院第5準備書面)」のであり、他害行為に繋がるような精神状態ではなく、主治医の渡邊医師が急いで複数の処方薬を中止しなければならないような薬剤投与副作用は発現していなかった。患者の命にかかわるような重大副作用が発現していない限りパキシル添付文書に記載された「徐々に減量」して中止に至る手順は守らなければならない。

いわき病院控訴審答弁書(P.7、下から7行目)の「これら症状は、基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企画、他害行為の先駆症状である可能性があり」を引用したが、ここでいう「これら症状」とは、添付文書の重要な基本的注意(3)に書かれた「不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等」を指している。この添付文書の作成者である製薬会社は、「不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、及びアカシジアなどの症状は、他害行為の先駆症状である可能性がある。」と認めていることになる。

厚生省薬務局長の医療用医薬品の使用上の注意記載要領第1の4において、「原則として記載内容が2項目以上にわたる重複記載は避けること。」としているので、このように記載されたのだと思われる。


ウ、

控訴審答弁書(P.8)「パキシルを中止した場合に、現れる症状」
  パキシルを中止した場合に、現れる症状として「不安、焦燥、興奮のほかに、不眠(悪夢を含む)などが、使用の際の症状と共通して書かれている。控訴審答弁書(P.8下から10行)は、添付文書に「易刺激性、敵意、攻撃性」の具体的記述がないことや、インタビューフォームの解説を上げて、「つまり、パキシルの添付文書上は、その投薬中に起こり得るとされる「刺激性、敵意、攻撃性」は投薬中止によっては起こり得るとは考えられておらず、パキシルの中止による他害行為の報告もなく、中止によって「他害行為を発現するとは考えられていないことを示すものである。」と結論づけた。

上述は、いわき病院代理人のとんでもない拡大解釈である。添付文書では、不安、焦燥、興奮などの症状は、他害行為の「先駆症状である可能性がある」といっているのであり、パキシルの中止の箇所に、易刺激性、敵意、攻撃性が書いてないからといって、中止によっては自殺や他害行為が起きないという解釈は、誤りである。そのように断定できるならば、「中止によっては、自殺や他害行為は生じない」と記述されているはずである。

添付文書では、いろいろな症状を並べて最後に「等」と記載しているが、「刺激性、敵意、攻撃性」が記載してないからといって、これらの症状が起きないということにはならない。

パキシル中止の場合に最も大切なことは、平成17年6月15日の厚生労働省事務連絡(パロキセチンの別紙3)を見た時、「投与中止(特に突然の中止)又は減量により、・・・」とあり、「本剤の減量又は投与中止に際しては、以下の点に注意すること。」として、1から3までの記述がある。

  1. 突然の投与中止を避けること。投与を中止する際は、患者の状態を見ながら数週間又は、数ヶ月かけて徐々に減量すること
  2. 減量又は投与中止後に耐えられない症状が発現した場合には、減量又は中止前の容量にて投与を再開し、よりゆるやかに減量すること
  3. 患者の判断で本剤の服用を中止することのないよう十分指導すること。また、飲み忘れにより上記のめまい、知覚障害等の症状が発現することがあるため、患者に必ず指示されたとおりに服用するよう指導すること

いわき病院控訴審反論書はこれらの注意事項を記述しておらず、いわき病院がどのように対処したかを記していない。一言で言えば、いわき病院代理人は、都合がよさそうな箇所をつまみ食いして、不利益なことは、意図的に書かないという恣意的な論理を創作したのである。記述の1では、「投与を中止する際は、患者の状態を見ながら数週間又は数ヶ月かけて「徐々に減量すること」と、「徐々に減量する期間」を記述しており、期間まで具体的に書かれていることは、その様な行動して欲しいという作成者の意図であるので、行動規範にならないとするいわき病院代理人の考えは明らかな誤りである。

矢野真木人殺人事件のあった2005年当時は、「1.突然の中止を避けること。投与を中止する際は、患者の状態を見ながら数週間または数ヶ月かけて除々に減量すること」と具体的に期間も示して解説している。具体的な期間の解説を知っていれば、渡邊医師は、事件を防げたと考えられる。渡邊医師はこの添付文書を知るべき立場にありながら、知ろうともせず、薬剤師を遠ざけ、治療法の変更も看護師にも知らせていなかったことが問題である。



(4)、〔P.10のエ〕製造販売が認められた薬剤の使用に関する過失責任を確定する困難さ
  控訴人矢野は「パキシル、プロピタン、ドプスの外来処方を問題にせず、重度の強迫性障害を有する慢性統合失調症患者に「抗精神病薬(プロピタンに限定した問題では無い)維持療法の中止」と同時に「パキシル(抗うつ薬)を突然中止」した問題に過失性があると指摘している。

以下に、HO鑑定人の意見を記載する。

製造販売が認められている薬剤の使用をめぐって、過失責任を問える可能性があるのは、以下の2つの場合が考えられる。

  1. 使用基準を大幅に超えて使用(例えば10倍量といった明らかな過誤)したために患者が死亡ないし重大な後遺症が残った
  2. 「重篤な副作用」に対する注意喚起がありながら、その注意義務を怠ったために患者が死亡ないし後遺症が残った

これ以外の薬剤の使用法については、薬剤の変更、中止、増量などは、医師の裁量の範囲とされるのが一般であり、いわき病院側は、控訴人が絶対と言ってもよいほど勝てないところに争点を持って行こうとしているように思われる。いわば,相撲で言う「ネコだまし」の戦術である。従って、控訴人も裁判官も、そちらへ気を取られて、医療の本質を問うことから目がそれてしまうことがあってはならない。

心病む人に対する「無視」「無関心」は許されない、という精神障害で治療を受ける生活者の感覚、この視点を守り育てるところに本件の公判を維持する意義と、勝訴の可能性を高める可能性がある。

プロピタンに限らず「抗精神病薬維持療法を中止して慢性統合失調症患者の治療を中止した状況」で、突然の中止を行わないように指導されている「パキシルを突然中止したことが問題」であり、更に、「病状を診察して経過観察と治療的介入をしなかったことが過失」であると指摘している。抗精神病薬維持療法を中止した上にパキシル突然中止を行ったことは、HO鑑定人の指摘1に該当する。二薬(向精神薬)を同時に中止すれば薬剤離脱の危険性は加算的でなく加乗的で桁違いに増大することは常識である。更に、渡邊医師は抗精神病薬維持療法中止とパキシル突然中止の危険情報を無視した上に、経過観察を行っておらず注意義務違反があった。これは、HO鑑定人の指摘2に該当する。

渡邊医師は、患者が任意入院であっても責任があり、薬剤の使用についても、使用上の注意に従う義務があった。いわき病院代理人は、弁護士の発想による文章解釈を行ったが、科学的根拠をもつ薬理学的主張としては失当である。

なお、NM鑑定人は「被告いわき病院の過失認定の判断を薬物療法の問題に焦点化したことは被告側には大きなリスクだと思われる。危険認識のあり方を、添付文書の解釈論に矮小化させて、原告主張を否定すればするほど、国際的な標準知識そのものを否定していると受け止められかねないことになる」と述べた。更にDC鑑定人は「薬物療法の医療過誤訴訟のように裁判そのものをすり替えている点は、HO先生がご指摘される通り反論しなければなりません。さまざまな杜撰な治療構造が問題意識なく継続されていた背景があり、医学的根拠を軽視した薬物療法はその中の一部に過ぎません」との見解である。

いわき病院側は、いつの間にか「一医師の個人的な診療行為の中の個別の薬剤使用に関する判断」の問題を論じさせて、裁判の焦点に転化しようとしているが、「渡邊医師は一個人の医師ではなく、病院を統括管理する公人であり、精神科医療の安全弁を設置・管理する義務者であった」という前提で責任を問われるべきである。個別の医療で完全な医療や薬事処方を実施することは困難である場合がある。それゆえに病状変化に関する診察をして経過観察を徹底して行うことは重要である。更に病院機能を有機的に運営して、何重にも事故・トラブルを未然に防止する安全弁が必要である。本件では、精神科病院に備わっているべき安全弁を機能させず、まして管理者である渡邊医師自身が主治医として大きな他害リスクを誘発し、放置した点が問題である。


(5)、(P.10、エ)そもそも、パキシル、プロピタン、ドプス何れの薬剤についても、外来処方が可能とされている。つまり、統合失調症、うつ病等の外来患者に対し、処方して薬剤の日常管理を患者に任せることができる薬剤として承認されているのである。

余りの謬論に、驚嘆する。以下に、HO鑑定人からいただいた意見を掲載する。

ア、「日常的管理」と医師の管理責任
    「日常的管理」という表現で、医師の管理責任を曖昧にしているが、患者の自己管理の範囲は、処方薬の保管、所持、服用である。患者は,本来の薬理作用に対する管理責任は負えないところにいる。従って、外来患者であっても、本来の医学的管理責任は、医師が負うべきことである。

医師法(昭和23年法律第201号)第17条には、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とあり,同第31条には、「次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」とある。

    一 第17条の規定に違反した者
    二 (略)

そして、【解釈】では、「医師法第17条に規定する「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うことである」と解される。

したがって、外来患者であっても、服薬だけではなく医師の保健指導について不安や疑念が生じたり、症状の悪化が考えられる場合は、次回受診日まで待てず,緊急に診察や電話相談を求めてくることがあるが、こうした場合、当然医師には応召義務がある。このようことを見ても、医師は本来の医学的管理責任を果たす立場にある。


イ、任意入院患者純一氏の自己責任とすることはできない
  純一氏は、外来患者ではなく入院患者で、入院形態は、任意入院であるが、「任意入院」は、措置入院や医療保護入院のような非自発的入院とは異なり、医師のすすめに対して患者自らの同意で入院した入院形態のことである。医師のすすめもないのに、患者任せで行われた入院という意味ではない。医師の医学的判断のもとに、医師のすすめがあって、患者が同意し実現した入院形態である。

渡邊医師は、純一氏を外来患者として医療行為を行なわず、入院をすすめたわけであり、診察医としての判断があったことになる。いわき病院の主治医(渡邊医師)が「外来患者には,医学的管理責任が果たせない」と考えたのであれば、(その根拠とNZ氏の健康の回復のためのどのような入院治療計画見通し)を持っていたのかが問われる。

精神医療現場では、外来診察医が患者に入院をすすめたところ、患者が入院を拒むと、保護者の同意による医療保護入院で入院させたり、一旦任意入院した患者が、退院を申し出ると、医療保護入院に切り替えることが少なくない。精神科医療では任意入院とはいえ、一般の医療における入院医療ではありえない、限りなく医療保護入院(非自発的入院)に近い入院形態である。



(6)、P.14(4)医薬品添付文書と重篤副作用疾患別対応マニュアル

ア、文書の役割を無視した意見
  医療用医薬品の使用上の注意の原則は、記載要領第1の1にあるように「実際に医療行為に携わる専門職としての医師、薬剤師に対して必要な情報を提供するものであること」を考えれば、いわき病院代理人の理屈は奇妙である。記載要領の役割を見失った意見である(記載要領は具体的な行動規範になるように、具体的に書くことを求めている)。

いわき病院代理人の主張は

1)、 医薬品添付文書は明快でない部分が多い(P.14下から5行)
2)、 使用上の注意のうち「重要な基本的注意」の記載要領は極めて抽象的である(P.16)
3)、 「避けること」という表現からは、「必ずしも絶対的な禁止」、「行ってはならない」といった命令規範、禁止規範等が導かれるものではない

従って、

4)、 使用上の注意記載、特に重要な基本的注意は、具体的行動規範とはなり難い(P.17上1行目)

これは、厚生労働省の役人が聞いたら、驚くような発言だと思われる。


イ、厚生労働省「重篤副作用疾患対応別マニュアル」
  厚生労働省重篤副作用疾患別対応マニュアル アカシジアで、18ページの「副作用の判別基準」上から3行目に「判断がむずかしい場合は、積極的に疑わしい薬剤の減量や中止を試みることも大切である。」と書かれており、地裁判決(P.98)はこれを引用してプロピタンの処方を中止した点に過失はないとした。しかしながら重篤副作用疾患別対応マニュアルは疑わしい薬剤であるプロピタンの中止まで引用可能であるとしても、統合失調症の患者に積極的に抗精神病薬維持療法を中止するところまで勧めたものではありえない。プロピタンの中止をして他の抗精神病薬の投与を考えないことは錯誤である。

(7)、(P.16、(ウ))『パキシルの中止について言及された「重要な基本的注意」についての要領はわずか4行しかなく』
 「重要な基本的注意」の要領が、他の項目に比べて4行しかないから抽象的(P.16)とも書かれているが、文章の分量の問題ではない。「重大な副作用又は事故を防止する目的で・・内容を具体的に記載すること」と書かれており、目的が明らかで具体的に書いてあれば十分に行動規範になり得るものである。従って、抗精神病薬維持療法の中止中にパキシルの突然中止があり、その後の患者の経過観察を怠ったことは疑いがなく、過失である。

上記を整理すれば、次の通りとなる。

  1. 高裁裁判官の読み誤りを誘導している
  2. パキシルインタビューフォーム(IF)(P.27)は「投与中止(特に突然の中止)」と記述しており、「単なるパキシルの中止」ではない。控訴人矢野が指摘した「突然の中止」から関心を逸らせた答弁である。
  3. 「要領はわずか4行しかなく」の記述は、「重要な基本的注意」の本質を逸脱して、IFの記述の目的に反する詭弁である。問題の本質は「文書の文量の多寡」及び「記述された順番」ではない。記述してある内容が重要である。
  4. 「重要な基本的注意」は「重大な副作用又は事故を防止する目的具体的に記載されたもの」であり、それを踏みにじれば、重大な副作用や事故を誘発する。


   
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