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いわき病院控訴審答弁書に対する反論
精神障害の治療と人道及び人権
次期公開法廷(平成26年1月23日)を控えて


平成25年12月6日(矢野真木人9回忌)
矢野啓司・矢野千恵


第4、いわき病院と渡邊医師の過失の本質


1、過失の本質

いわき病院と渡邊医師は、「渡邊医師の統合失調症の診断が曖昧で、重度の強迫性障害を伴う慢性統合失調症患者純一氏に、アカシジア治療を名目にして抗精神病薬(プロピタン)維持療法を中止すると共に、パキシルの突然の中止を行い、更にアカシジア緩和薬のアキネトンを中止したプラセボテストを導入した。これによって、アカシジアが亢進し、不安、激越になった純一氏が、自傷他害の行動を始めた。しかも診察してほしいという患者の訴えを無視しほったらかしにした」過失を行った。

慢性統合失調症患者純一氏に抗精神病薬維持療法を中止した上で、更にパキシルの中止を行うのであれば、突然の中止ではなく徐々に減量すること、その後の経過観察や診断は必ず行われなければ、医療ではなくなる。これは決して理想(判決P.107)などではなく義務である。なお、いわき病院代理人は「パキシル中止は突然決定したのではなく、渡邊医師には中止するに至った理由と中止を決意するまでの手順があった」と弁明したが、「突然の中止」で問題としているのは中止をする理由ではなく、「日量20mgを投与していたパキシルを、ある日から急激に0mgに削減して、病状の変化を経過観察しない中止の仕方」である。いわき病院代理人は意図的に意味の改変を行っており、極めて悪質である。また、パキシルを中止する理由があったので「突然の中止ではない」と弁明したことは、パキシルを中止する際の「長期間時間をかけて、注意深く状況を観察しながら徐々に減量する」という重要事項を認識していなかったことを自白したことになる。精神科専門医で精神保健指定医でもある渡邊医師が「パキシル突然中止」に関連する重大な問題を認識してなかったことは過失の本質である。


2、「重要な基本的注意」=「重大な副作用又は事故の防止」(結果回避可能性)

「医療用医薬品の使用上の注意記載要領について」(厚生省薬務局長通知、平成9年4月25日、薬発第607号)には、「4.〔重要な基本的注意〕に以下の記述がある。

重大な副作用又は事故を防止する上で、用法及び用量、効能又は効果、投与期間、投与すべきでない患者の選択、検査の実施等に関する重要な基本的注意事項があれば内容を具体的に記載すること。

厚生省薬務局長通知では医薬品添付文書の「重要な基本的注意」は、「重大な副作用又は事故を防止するため」に記載されている。つまり、「重要な基本的注意を守らない場合は、重大な副作用又は事故が発生する恐れが高い」ということである。(結果予測可能性)

いわき病院代理人は添付文書の「重要な基本的注意」に違反した渡邊医師をかばうために、控訴審答弁書P.16〜17で、以下の通り詭弁を弄した。

  1. 「重要な基本的注意」についての要領はわずか4行
  2. 「重要な基本的注意」についての記載要領は極めて抽象的
  3. 「突然の投与中止を避けること」は「絶対禁止」ではない控えめな表現
  4. 「避けること」は命令や禁止ではなく「警報発信型」注意であって、「予測・予防型」注意になっていない。具体的行動規範とはなり難い。

いわき病院の上記主張は全くの謬論である。「重大な基本的注意は重大な副作用又は事故を防止するために具体的に記載されるもの」で、パキシル投与中止時の重大な基本的注意は「突然の中止を避けること」であり、

  1. 患者の状態を見ながら、数週間から数ヶ月かけて徐々に減量して中止に至ること
  2. 耐えられない副作用が発現した時は元の用量に戻して、更に穏やかに減量することを検討すること
  3. 飲み忘れや中止で副作用が出現するので服薬指導が必要

と、具体的に行動規範が示されているのである。

渡邊医師はこれら全ての指示を無視し、守らなかったが故に重大な事故が発生したのである。「重大な基本的注意」を守らない場合は「重大な副作用、事故が発生する恐れ」を結果予想できる。また、「重大な基本的注意」を守ることで「重大な副作用、事故の発生」を防止(結果回避)できるのである。


3、いわき病院と渡邊医師の過失のキーポイント

(1)、経過観察と看護・介護の不足が個別医療の過誤を連携付けた
  本件ではいわき病院には治療と医療過程で数多くの過誤があった。各々の医療過誤は、個別に検討すれば、それ自体では些細なことで、過失責任を問うまでには至らないとされる可能性がある。しかしながらいわき病院の医療及び看護と介護は貧困な状態であったのであり、いわき病院の精神科医療を全体的に見れば個別の過誤を限定的なものとして過小評価することはできない(DC鑑定人)。

いわき病院と渡邊医師の過失は、いわき病院代理人がかたくなに主張する、各剤を単独で中止した問題では無い、これは、いわき病院代理人の問題点を逸らした誘導である。また地裁判決では、各々の薬剤を個別に検討して、個別の事項で大きな過失はないという結論を導いた手法が錯誤である。いわき病院が複数の向精神薬を一挙に中止した問題はいくつかの過失をセットで見ないといけない。特に抗精神病薬維持療法を中止している慢性統合失調症の患者に同時にパキシルを突然中止する場合は、「1+1=2」の関係ではなく、桁違いに大きく拡大した離脱症状や病状悪化が発生する「相乗効果」を見る必要がある。高松地裁の危険評価は過小評価であり、間違っていた。


(2)、11月23日からの処方変更が過失を誘引した
  11月23日からの「抗精神病薬(プロピタン)維持療法の中止」、及び「パキシルの突然中止」、その後実施されたアカシジア緩和薬(アキネトンを生理食塩水に代えた)プラセボテストの実行、それに伴って行うべき適宜適切な精神科医による経過観察の不在及び病状の変化に伴う治療的介入の不存在は過失を構成する。

(3)、慢性統合症の患者に抗精神病薬を中止して離脱症状が発現する危険性を亢進した
  控訴人矢野はプロピタン(抗精神病薬)を中止したこと自体を過失と主張していない。平成17年2月14日に渡邊医師が純一氏の主治医に就任後、渡邊医師はそれまで安定していた抗精神病薬リスパダールをトロペロンに変更するなどの処方変更を繰り返したが、薬剤を変更しても抗精神病薬が投与される限り、純一氏の統合失調症の治療は継続したことになる。従って、プロピタンを中止しても、他の抗精神病薬を処方して投与していたのであれば、過失とまで指摘できない。いわき病院が弁明根拠として提出した重篤副作用疾患別対応マニュアル(アカシジア)は平成22年3月以降の文献であり、事件当時には存在しない。渡邊医師は平成22年3月刊行の重篤副作用疾患別対応マニュアル(アカシジア)の記載を根拠にして自らが平成17年11月に行った医療の正当性を説明することはできない。

その上で指摘するが、重篤副作用疾患別対応マニュアル(アカシジア)は「判断が難しい場合は、積極的に疑わしい薬剤の減量や中止を試みることも大切である」と記述があるが、慢性統合失調症患者に抗精神病薬維持療法を限度なく中止することまでは指導していない。「プロピタンが積極的に減量や中止することが推奨される疑わしい薬剤」であったとしても、渡邊医師が抗精神病薬維持療法の中止で期限を決めず行ったことは、逸脱である。渡邊医師の問題は、断片的な情報で統合失調症治療の基本を忘れた対応を行ったところにある。アカシジアの原因が複数想定されるための対策指針を、慢性統合失調症の患者に抗精神病薬を継続投与すべしとする他の指針に優先させることはできない。渡邊医師はプロピタンに代えて他の非定型抗精神病薬を投与する等の対応が求められていた。また、この様な渡邊医師の精神科専門医としての基本を見失った治療対応こそ、過失を行ってしまう原因となったものである。

重篤副作用疾患別対応マニュアル(アカシジア)には「服用の中止によって、さらに重篤な症状が出現する場合がある」(P.5)及び「服用の中止で、さらに異なる重篤な副作用が出現する場合がある」(P.7)と記述されている。その上で、渡邊医師は抗精神病薬維持療法中止後には、きめ細かく頻回に診察して病状変化を確認する義務があった。

上記を整理すれば、次の通りとなる。

  1. プロピタンを中止すること自体はあり得ることであり、問題は無い
  2. 抗精神病薬維持療法の中止まで重篤副作用疾患別対応マニュアルは推奨してない(頓服のみでは量が少なすぎて抗幻覚・抗妄想作用、異常行動抑制作用が出ない。地裁判決(P.107)は誤り)
  3. 他の非定型抗精神病薬を投与する等の対応が求められた
  4. 抗精神病薬中止により、更に重篤な副作用(離脱性アカシジア)が出る可能性があったのに考慮しなかった
  5. 抗精神病薬維持療法中止後はきめ細かく頻回に診察して病状変化を確認する義務があったのにしなかった(統合失調症治療ガイドライン違反)

(4)、パキシルの突然中止
  抗うつ薬パキシルは永遠に継続投与される薬剤ではなく、患者の病状の変化や病状の改善により投薬を中止することはある。従って、渡邊医師がそれ以前の純一氏に対する治療経過を考えてパキシルを中止する決断を行ったことは医師の裁量権の範囲内にある。

しかしながら、パキシルを突然中止した(投薬量を突然20mg/日から一挙に0mg/日にした)ことは、医師の裁量権の逸脱である。その結果、放火暴行履歴がある患者純一氏に他害行為(殺人を含む)が発現する危険性が極限まで亢進した。本件では、純一氏の病状が極限まで悪化した状況は、精神科専門医による診察と観察が行われておらず、医療記録がない。しかしながら、その記録が無いことは、無過失を証明せず、必要な医療行為を行わなかった過失を証明する。本質は渡邊医師の治療放棄である。

上記を整理すれば、次の通りとなる。

  1. パキシルを突然中止して放火暴行履歴がある患者純一氏に他害行為(殺人を含む)が発現する危険性が極限まで亢進した(添付文書違反)
  2. パキシルの投薬を中止することはあり得ることで、それ自体問題は無いが、中止の仕方(突然の中止、及び抗精神病薬(プロピタン)維持療法の中止と同時行ったこと)に過失性の本質が問われる。

(5)、アカシジアを心気的訴と考えたプラセボテストの実行
  いわき病院の控訴審答弁書は「平成17年11月23日からのパキシルの中止はアカシジア対策であった。従って主治医に過失責任を問うことはできない」という論理である。しかしながら平成17年11月30日(旧12月3日)診療録記載には「ムズムズ訴えが強い、退院し、1人で生活には注射ができないと困難である、心気的訴えも考えられるため、ムズムズ時 生食1ml 1×筋注とする」と記載があり、この時点で渡邊医師は「ムズムズ(アカシジア)の原因として心気的訴えの可能性」を考えてプラセボテストを実行したのである。いわき病院の控訴審答弁書は11月30日診療録記載と矛盾する。更に、11月30日以降に渡邊医師が診療録に記載した事実は無く、純一氏のイライラを渡邊医師がアカシジアと確定診察した事実も記録も存在しない。いわき病院の控訴審答弁書は基本的な事実関係が架空である。

上記を整理すれば、次の通りとなる。

  1. アカシジアの原因が心気的である可能性があると考えて、プラセボとして薬効がない生理食塩水を筋注し続けた。
  2. プラセボテストを実施した事実及びそれに先だって11月30日(旧12月3日)診療録に「心気的訴えも考えられるため ムズムズ時 生食1ml 1×筋注とする」と記述した事実、及びいわき病院控訴審答弁書の『渡邊医師がアカシジアに対する処置として、「重篤副作用疾患別対応マニュアル」(アカシジアの公表は平成22年3月)に従った、治療対応をした(後出しジャンケンである)と説明した事実』は、いわき病院の主張と矛盾する渡邊医師の治療事実(証拠)である。

(6)、渡邊医師を含む精神科医による経過観察の不在と看護の不備
  いわき病院と渡邊医師が純一氏に対して行った精神科医療の過失の本質は、平成17年11月23日から実行した複数の向精神薬の中止を実行した処方変更後に、主治医の渡邊医師は12月7日の純一氏身柄拘束までの2週間で11月30日の1回しか診察を行っておらず、抗精神病医薬維持療法を中止した慢性統合失調症の患者の経過観察を行わず「ほったらかし」にしていた事実である。同時に、純一氏は身柄拘束された時に数日が経過して黒化したタバコのやけど瘢痕(根性焼き)が確認されたが、いわき病院の看護師はだれもいわき病院内にいる純一氏の顔面左頬の異常に気付いていなかった。正面からの顔面観察は精神科看護の基本であるが、いわき病院ではその基本すら守られない看護の不備があったことは明白である。

上記を整理すれば、次の通りとなる。

  1. 上記の(3)、(4)(共に、11月23日開始)及び(5)(12月1日開始)の処置の前後で、主治医(渡邊医師)の矢野真木人殺人事件前の最後の診察は11月30日夜しか行われず、その後、主治医や他の精神科医が診察した医療記録は存在しない。
  2. いわき病院控訴審答弁書(P.26)は「地裁判決(P.115)の筋注(被告渡邊は、同年12月4日に、被告純一からアキネトンの筋肉注射を求められた際に、生理食塩水の筋肉注射しか行っていないが)=主治医の診察(経過観察)」を否定した。高松地裁の経過観察に関する事実認定の誤りである。なお、地裁判決(P.115)には(被告渡邊は、同月3日を最後に、直接、被告純一を診察せず、本件犯行の当日である同月6日にも被告純一に診察を行わなかったものであるが)とあるが、「同月3日は11月30日の誤り」であり、高松地裁判決は同一ページ(P.115)内で矛盾がある。
  3. いわき病院では11月23日(特に12月1日)以降に主治医(精神科専門医)が適切な患者観察をしたと主張できる証拠は存在しない。
  4. 経過観察の不在、患者観察の不足、看護と介護の不備、治療的介入の不在が、被告の過失の本質である。

(7)、渡邊医師の管理者責任
  渡邊医師は平成17年11月23日から複数の向精神薬を中止した処方変更を実行した事実を看護師等の第2病棟関係者に周知徹底して、抗精神病薬(プロピタン)維持療法中止とパキシル(抗うつ薬)の突然中止を同時に実行した患者純一氏に対する治療方針の変更と重点的に行うべき看護・観察指針などの指導を行っていない。渡邊医師は、いわき病院の責任者として情報を共有し、治療方針を周知し、薬剤師、看護師を含めて治療体制をつくる義務があった。渡邊医師は主治医としてまた病院長として、管理者責任を放棄していたことは、過失である。


   
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