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1、WHO等の国際機関に情報提供する理由
Reason to propose Yano Report to WHO


平成25年8月31日
矢野啓司・矢野千恵


各位宛

同封・添付してあります英文資料は、WHO(世界保健機関)の精神科国際診断基準作成担当官(ICD-11:現行のICD-10を改訂作業中です)のGMR氏宛に送ったいわき病院事件裁判関係の資料です。GMR氏は今年5月の福岡市における第109回日本精神神経学会のレセプションで日本精神学会長、日本精神病院協会長に引き続いて来賓として祝辞を述べられた方です。

私どもは、いわき病院事件裁判の原告側鑑定人のH先生から、日本精神神経学会の実情を知るべきと助言されて、参観しておりました。そして、折角の機会であるので、レセプションの歓談の機会を捉えて、GMR氏に7年かけて審議したいわき病院事件裁判の第一審で敗訴した事実を説明し、日本の精神医学が抱える重大な問題であることに理解を求めました。私ども夫婦が説明した趣旨は、以下の通りです。(なお「レセプションの場における声かけ」は、私が若かりし頃の外交官の経験を思い出し、懐かしい活動形態でした。)

  1. 日本精神神経学会の発表に接して、さすがに、知能指数が高い方たちの研究発表であり、多くの点で面白くかつ感銘を受けた、参観できたことは大変有意であった。

  2. しかしながら、学会の研究発表には既に発生した事件や事故から学ぶ課題設定が見当たらない。日本の精神神経学会は不幸な事例から学ぶことが課題であると考えた。精神医学は理論の学問ではなく、現実の臨床に実現されることが前提であると考える。

  3. 私たちが遭遇した事件は、精神科開放医療を促進する過程で発生した、精神障害者の社会参加訓練中に発生した殺人事件である。精神科開放医療は日本政府がWHOなどの国際フォーラムで約束した政策課題であるが、その実現を行っていた精神科病院と精神科医師に不勉強と怠慢及び向精神薬の処方にとんでもない間違いがあった。しかしながら、7年以上をかけた裁判では、患者を治療していた精神科病院に過失責任を認定させることができず、現在は高等裁判所に控訴しているところだ。

  4. 私たちは、「不勉強と怠慢及び向精神薬の処方の間違い」は「一病院の一医師」という特殊な問題と考えていたが、裁判の過程で、この学会でも積極的な活動と発表を行っている司法精神医学分野では学会の重鎮でもある病院側の鑑定人の大学教授が「一般的な病院の一般的な医師の問題」として弁明し、「日本の精神医学会の危機」とまで発言した。裁判官は「日本の精神医療の危機」という言葉と「精神医学会と精神科病院を守る」という圧力に屈したと思われる。

  5. GMR氏から「その大学教授は誰か」と質問あり「千葉大学A教授」と回答。

  6. 私たちが行っている裁判には、日本の精神医療の課題、特に、国際公約である精神科開放医療促進上の課題がある。それは普遍的な人権の問題でもあるが、日本の制度では市民の立場から精神科医療の不作為や不勉強などの怠慢という明白な不正義を正すことが困難であることを、私たち夫婦は裁判を通して知った。

  7. GMR氏から、「WHOは裁判などの国内問題に関与できないことは、ご承知か?」と発言があった。

  8. 裁判は、私たち個人の問題であり、私たちは裁判への関与をWHOや国際機関に期待しない。私は日本国外交官の経歴があり国連多国間交渉も担当した、従ってそのことを最初から理解した上で、GMR氏に説明している。また、国際機関は国家と国家の調整事務を行うものであり、個人の利害に関係しないことも承知している。しかし、WHOの保健医療の専門機関の役割に関連した問題に関した情報収集は行えると承知する。

  9. 私たちは、私たちが行っている裁判には、殺人事件被害に対する弁償の問題とは別に、日本の精神医療と普遍的な人権の課題があると考えている。この裁判の原告は、人権事件の被害者である我々矢野夫妻と、殺人事件の加害者側である野津夫妻が共同原告となっている。私たちは精神科病院と主治医である精神科医師の精神科開放医療に関連した過失責任を問題にしている。この様な加害者側と被害者側が法廷で協力関係を持つ事例は、世界ひろしといえども、この日本の一事例しかないはずだ。この様な関係を結ばなければ有効に法廷で戦えないところに、日本の精神医療の深刻な問題が現れている。私たちが、精神医療の深刻な課題をより明確にするために、手をつながなければならない現実に、ご理解をいただきたい。

  10. 矢野夫妻は、WHOにいわき病院事件の事件事実に関連した情報提供を行いたい。資料を読んで、WHOが日本もしくは世界に普遍する課題を見出すことを願っている。資料提出は、精神医療の改革改善に繋がることを願うために行うことである。GMR氏にWHOに対する資料提供の窓口の役割をお願いしたいが、引き受けていただけるか?

  11. GMR氏「了解した、資料提出を待つ」

* * * * *

矢野啓司は社会人としての最初を国家公務員として出発しましたので、一個人から私信が提出された場合に、役所として無視しても大過ないと判断される場合には、なにも対応した行動を取らず、放置されることがあり得ることは承知しいています。即ち、GMR氏が「WHOは関係する問題では無い。精神医学的な課題としては、広がりがない問題である」と考えることもあり得ます。その可能性があることを承知した上で行った、WHOの国際機関に対する情報と資料提供です。

日本では1964年のライシャワー駐日米大使傷害事件の後で、精神衛生法の運用が強化され、社会保安目的による精神障害者の社会的収容が強化され、結果として精神障害と診断されるだけで社会生活を行う可能性が否定され、その人権侵害を救済する制度が不備であり、それに社会(精神医療、司法・法曹界、報道機関、論壇、市民運動)が気付かない状況が放置されました。この状況は宇都宮病院事件(1984年)を契機として、国際批判に晒されて見直しが行われました。しかし、宇都宮病院事件が明白になった時点でも、日本政府及び日本精神神経学会は「極一部の病院の特殊事例であり、日本では人権侵害は一般的ではない」と弁明しました。しかし、その弁明が事実でなかったことは、国際機関の調査団の報告書で解明されたところです。残念ながら、日本では「精神医療に関連した人権問題」では、本質的な改善と改革を行うには、自らの反省と能動による自発的・能動的な改革を行うことは極めて困難で不可能な状況があります。この状況は国際社会における日本人の名誉と尊厳を高めるという観点からもきわめて残念です。

いわき病院事件裁判で明らかになりつつある、殺人事件被害者矢野真木人の立場から日本における殺人事件の事後処理手続きを見れば、人権を侵害された市民の人権擁護と人権回復の観点で、極めて甚大な不備が日本には存在します。その事例の一端が、過去にこれまで民間人の第三者の人命に損耗があった場合に精神科病院の過失責任が法廷で認められた事例が存在しないところに現れています。(なお、警察官が通り魔殺人された事例で、病院側の過失責任が認定された事例はあります。)日本は、被害者が誰であれ、被害者の社会的身分が何であれ、また事件の場所が病院の内外の何れであれ、等しく権利侵害の事実に対する合理的かつ適切な社会的な対応が行われる社会であることが求められます。それを制限するまたは不可能とする司法や精神医療の社会的慣行と法制度・法解釈があるならば、改革・改善されるべき必然性があります。

また、精神医療で入院患者であった野津純一氏の状況を見れば、インフォームドコンセントで重大な複数の向精神薬の処方変更とプラセボテストの導入で本人又は家族に説明と同意手続きが行われず、入院医療契約を全うしない治療と看護に怠慢と不作為がある精神科医療が行われたにもかかわらず、病院側の治療責任が問われておりません。これは精神障害者野津純一氏に対する重大な人権侵害です。責任を問われることがない精神科医療に普遍性がある精神医療の改善と社会的貢献の拡大を期待することはできません。

精神科開放医療が行われるならば、可能な限り多数の精神障害者は市民として社会生活を行う展望が現実のものとなり、普通の事例として拡大するはずです。その場合には、「精神障害の既往歴がある場合でも、法的責任能力は減殺されず、一市民として全うされる」論理となります。日本では精神障害者に対する精神科開放医療の実施及びその成果として、精神障害者の社会参加に関連した普遍的な人権に関連して、当然の課題が社会に十分に認識されるまでに至っていないと指摘できます。

私たちは、日本の精神医学会と法曹界が専門家の矜持と自らの叡智で課題を発掘して解決する方途を願い、これまで7年余にわたり民事裁判を行って参りました。しかし、平成25年3月27日の高松地方裁判所の判決に接して、その判決論理を解析して、日本国内の論理と手続きに任せたままでは、普遍的人権の観点から、いわき病院事件の解決とそれを元にした社会改革の芽は育たない可能性が極めて高い、と感じるに至りました。残念ながら、日本では精神医療界と法曹界の専門家職能集団(ギルド)に、既得権益と既存の論理に隷属する論理のくびきを超越した人類観に基づいた普遍性を持つ判断と行動を専門家に期待して、精神医療制度改革を求めることは極めて困難であるようです。

上記の現実判断を元にして、私たちは、地裁判決を得た現時点から情報の国際化を促進する決意を固めました。今回は、WHO国際精神科診断基準作成委員のDr GMR氏を窓口として情報提供しました。この他、英国側の精神医療専門家の三名(デイビース医師団:マクアイバー医師、クリスマス医師、デイビース医師)にも既に鑑定者として裁判に参加していただいております。その理由は「いわき病院事件裁判の結果がいかなる形になろうとも、いわき病院事件事実と日本社会の判断の経過を世界に情報として共有する」という目的意識があり、デイビース医師団とも「裁判後の国際論壇における事実の公開と問題点の指摘」を合意しております。

私たち原告矢野は民事裁判の前途に甘い期待は持てないと認識します。そもそも私たち原告矢野が民事裁判を提訴した際に、「原告が精神科病院に勝訴する可能性はほとんど無い」と承知しておりました。私たち原告矢野の決意には、「仮に民事裁判で敗訴しても、日本国内で精神医療改革と普遍的な人権に関する司法改革の端緒をつける」があります。

このような背景をもった資料作成と今回のWHO等の国際機関への情報と資料提供であることに、ご理解をいただきたく存じます。




   
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