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高松地方裁判所判決の項目別問題点


平成25年5月14日
矢野啓司・矢野千恵


3、判決の問題

1. 事情判断により安易な医療認定を行った

事情判決であり、いわき病院の精神科病院としての公的機能を尊重して、基本的に過失責任を問わないという姿勢で判断されており、過失のキーポイントに関連して事実関係の確認が甘く、また論理性を厳しく追及することがないままに判決が行われており、事実認定に大きな問題がある。

医師には、かなりの裁量の余地があり、診断や治療法の個々の判断には誤りが生じることは避けられないことである。しかし、いわき病院の場合で、過失の本質は、自ら行った患者の病状を悪化させる可能性がある処方変更の後で診察を怠ったことと、記録(診療内容の証拠)がないことである。

判決は、被告に大甘の内容で、公平な判断を避けて、分からないことは病院に利益にという思惑で書かれている。元々精神医学を理解してない人間が分からないことには責任を課さないという姿勢になれば、過失責任を問うことはできない。判決は「疑わしきは罰せず」の原理に従った可能性があるが、医師法違反の容認、裁判所による事実認定の錯誤、及びいわき病院の患者治療における不作為と注意義務違反を容認した間違い判断である。

刑事事件のT医師が「外出には人が付き添うべきであった」、「開放管理はするべき状態に無かった。」と明確に評価していることに比べ、あまりにいわき病院に傾いた判決である。事実に基づいて客観的に法律理論で過失責任を論じるのではなく、事実を歪曲した判決である。


2. 医師法違反を容認した事実認定と判決

判決はいわき病院の医師法違反の弁明及び主張を容認した。

違反条項 第17条 非医師の医業禁止
第19条 診療義務等
第20条 無診察治療等の禁止
第24条 診療録(診察したら遅滞なく診療録に記載する義務)

3. 争点整理案の取扱が公正でなかった

判決文は平成22年7月9日付け争点整理案をたたき台として作成されたものであるが、渡邊朋之医師朋之医師は平成22年8月9日の人証で、診療録の記載で11月30日を23日に、また12月3日を11月30日と変更した。その後、平成22年9月の法廷審議で裁判長から争点整理案に基づかずに本件の審議を行うと宣言された。このため、裁判所作成の争点整理案に記載された渡邊朋之医師の診察日が変更されたことに関する記述の変更が行われないままであった。争点整理案は平成24年9月の法廷で、裁判長から再度判決文のたたき台として使用する旨の宣言がされた。尚、被告の診察日変更に原告は同意し争いはない。

判決文では、12月3日の診察を渡邊医師が人証で変更された事に基づく11月30日への訂正が行われないままである。これは、事件直前の事実関係の確認を裁判所が判決に於いていわき病院有利に導いた要因である。


4. 野津純一氏が他害行為を行う可能性の評価に問題があった


(1)、 渡邊朋之医師の「患者に他害履歴を質問しない」という証言を無視した
  1. 渡邊朋之供述書(乙A第8号証)(平成22年4月16日付)(P.4)「主治医である私から特定の攻撃的行為を積極的に尋ねることは、精神科臨床上で良好な治療患者関係を築く上ではあり得ず、不可能に近いと言っても良いでしょう。」
  2. 渡邊朋之人証(第6回 口頭弁論、平成22年8月9日))(P.38)でも野津純一氏が「25歳の時に一大事が起こった」と言いかけたが、主治医は「一大事とは何か」を質問しなかった事が判明している。
    野津純一氏が答えなかったのではない。渡邊医師が聞かなかったのである。

(2)、 放火暴行履歴の調査と把握を他病院に質問できるか否かで評価した

いわき病院には野津純一氏の放火暴行履歴に関する記録が十分存在するにもかかわらず、論点を他病院に情報提供を求める困難さや、本人と両親が説明を回避したことに転嫁して、いわき病院の意図的な不作為と怠慢を許容した。



5. 経過観察の認定を間違えた

(1)、プラセボ注射を渡邊医師が行ったことにして経過観察を認定した

渡邊医師はプラセボテストの実施を指示して、12月1日に開始された。判決は12月4日(日)12時のプラセボ筋注を渡邊医師が自ら行ったとして、統合失調症患者に抗精神病薬を中断し、パキシルの突然中断を同時に行った重大な処方変更後に医師が経過観察を行った証拠としたが、精神医学的評価を逆転させた錯誤である。


(2)、2剤同時処方変更後の経過観察

渡邊朋之医師の診察記録は11月30日が最後であるが、医療記録がない12月3日の診察と、4日の生食注射を渡邊朋之医師が行ったことにして、経過観察を行った事実と認定したことは錯誤である。


(3)、事件後の帰院時間と渡邊医師が診察を行えた時間

判決は12月6日に野津純一氏が帰院した時間を3時間も取り違え、渡邊医師が野津純一氏の診察を行うつもりだったと、認定したことは間違っている。渡邊朋之医師は12月6日と7日には野津純一氏を診察する行動を取った事実は無く、診察する気持ちを持たなかったことは、野津純一氏の診療録に純一氏の身柄拘束後も「診察希望」の短冊が挟まれたままであったという内部情報に現れている。


(4)、返り血の付着と看護師の発見容易(困難)性

野津純一氏は12月6日と7日は同一の返り血が付着した服装であったが、「返り血に長期間気付かなかったわけではない」として事実と違ういわき病院寄りの認定をして、いわき病院が長時間発見しなかったことをもって、発見困難であったことにして免責理由としたことは事実認定の錯誤である。事実はいわき病院看護の怠慢でしかない。


(5)、渡邊医師を大学病院の医師でもない普通一般の医師とした

渡邊朋之医師を大学病院の医師でもない普通の医師であるために、パキシル突然中断時の危険情報を知る義務がないと認定したが、薬剤添付文書の記述は誰でも知り得た情報であり、精神科専門医には知る義務があった。ましてや、渡邊朋之医師は香川大学医学部付属病院精神科外来担当医師を兼任していたので、大学病院の医師である。


6. 原告側専門家意見の矮小化

(1)、判決の鑑定意見取扱の不公平

判決(P.85−99)はA意見書III(平成17年12月17日付)が原告側が提出した全ての鑑定意見書に対する最終的な回答(デイビース意見書、D意見書、C意見書を踏まえた追加意見)であるとして、鑑定意見書を「デイビース意見書」→「C意見書」→「D意見書」→「MF意見書」→「B意見書」→「A意見書」の順番で記載して、「A意見書」が原告側全ての鑑定意見に最終的な回答を行ったかのような配列にしたが、事実に反する。鑑定意見書の提出順は以下の通りである。

1)、 AI→(読んだ上で)→B→C→デイビース→MF
2)、 AII→(読んだ上で)→D→C→デイビース
3)、 AIII (精神医学的鑑定意見ではない)

上述の3)のA意見書IIIは、あたかも全ての鑑定意見の最終的な取りまとめ意見の様に見えるが、鑑定意見書の記述内容は精神科医師の意見と言うよりは、法律家の意見であり、精神医学論争に最終的な判断を与えたものではない。従って、A鑑定人が原告側の鑑定意見の全てに回答した事実は存在しない。

また、いわき病院側はAIIIの提出に当たって、結審法廷(12月21日)の一週間前(14日)を提出期限と定められていたものであるが、12月17日付けの鑑定意見書IIIを12月20日の午後になって提出し、結審法廷の開廷時間まで24時間を切っていた。原告側は、一週間前の提出期限を想定して、AIIIに対する鑑定意見としての反論体制を整えていたが、被告側が意図的に原告側の持ち時間を消費して反論を不可能としたものである。従って、判決がA意見書を専門家による鑑定論争の総まとめとして取り扱ったことは不適切である。また原告側と被告側に対して中立の判断ではなく、著しく被告側に偏った取り扱いである。


(2)、判決の鑑定意見取扱

以下に、鑑定意見の重要なポイントを指摘する。

1)、刑事事件のT精神鑑定
  渡邊朋之医師以外では、野津純一氏を診察した唯一の精神科医師であり、野津純一氏の単独外出は不可能とした。

2)、B意見書
  渡邊朋之医師の薬剤投与中止の仕方と中止後の管理に問題があり、特に12月3日以降の患者の病状変化に関する経過観察の不足が重要と指摘した。

3)、C意見書
  看護師に対する医師の指導性を指摘して、いわき病院の看護記録が経過観察の事実を認定する証拠とはならないことを指摘すると共に、パキシル突然の中断に関する危険情報の周知は、平成12年から製薬会社によって行われており、平成17年12月当時では日本の精神科医師には周知の情報であったことを指摘した。

4)、デイビース意見書
  患者の過去履歴を調査して、それに基づいたリスクアセスメントとリスクマネジメントを行う必要性を指摘した。パキシルの突然中断の問題と、全ての抗うつ剤投与継続中の問題を混同したAI・IIの鑑定意見の間違いを指摘した。

5)、MF意見書
  いわき病院の精神科医療は精神医療ユーザーの立場から見て問題があること、及び精神科特例を根拠にして医療の不作為を行うことはできない、また病状悪化時には患者を優先的に診察する必要性を指摘した。

6)、D意見書
  いわき病院の医療と看護の水準は質的に劣っており、そのことが事件の背景にある。また日本は社会的な課題に精神科臨床医療が動かされてきた歴史があることを指摘した。

7)、A意見書
  いわき病院は大学病院の水準にない地方の一般的な医療水準にあるので、平成23年7月の時点で必ずしも適切でない医療を平成17年12月当時に行っていたとしても、過失責任を問うべきでない。抗精神病薬(プロピタン)と抗うつ薬(パキシル)の2剤同時中断の問題には触れず、パキシル中断と全ての抗うつ剤投与中の問題を混同した鑑定意見を述べて、裁判官の判断を誘導したが、精神医学者としては、誠実性に欠ける。判決は、このA論理に過度の依存した上で、拡大解釈を行ったものである。

判決(P.96、98)はいわき病院に精神科医療上の過失責任を免責するために以下のA意見書の論理を採用している。

ア、 本件で問われている問題の本質は、一般の精神科病院である被告病院における精神科医療が、本件犯行当時の一般的な精神科医療の水準から見て適切であったかどうか(P.96)
イ、 平成17年12月当時に、最先端の医療知識に接する機会の多い大学病院の医師でもなければC医師のように臨床精神薬理学を専攻したわけでもない渡邊朋之医師に、パキシルの投与と他害行為のリスクに関する知識が無かったとしても、そことだけで過失があったとまでいうことはできない(P.98)
ウ、 パキシルの副作用に関する知識や被告病院の治療・看護の水準が、平成17年12月当時の一般の精神科医療における医療水準と比較して妥当であったかという点については、精神医学的見地から評価を示すならば、精神科臨床の一般的水準を逸脱するものとは言えないと判断する(P.98)
エ、 平成17年12月時点のわが国の一般精神科医療の水準からすれば、野津純一氏に関する処遇には特に問題がない(P.99)

8)、判決の精神医学的な判断基準
  上記を集約すれば、A鑑定人は以下の論理をいわき病院と渡邊朋之医師の過失免責条件としており、判決はこれらに基づいて、判断されたものである。

ア、 一般の精神科病院であるいわき病院(いわき病院)の精神医療水準
イ、 平成17年12月当時の一般的な神科医療における医療水準と比較
ウ、 最先端の医療知識に接する機会の多い大学病院の医師でもない渡邊朋之医師

7. 判決論理の錯誤

(1)、いわき病院の医療の現実

  1. チーム医療の認定を病院設置基準で専門職を雇用していることで認定したが、渡邊朋之医師は看護師と「情報の共有」をしておらず、チーム医療機能の実態を評価しない判決である。
  2. 大学病院と普通の精神科病院の医療水準の格差を容認したが、何が医療水準の格差であるか事実確認がない、A鑑定の権威に盲従した判断である。また、精神科専門病院に低位平準化を容認した判決である。
  3. 看護師の職務遂行の評価を、記録が無いことをもって、問題がない看護としての判決であり、記録も残さない怠慢の可能性を検討していない。
  4. 渡邉医師が書いた診断内容記録が12月1日以降全然無く、経過観察が行われなかった証拠である。
  5. 患者からの積極的な聞き取りや履歴の問い合わせもしておらず、犯行があった後、警察からの知らせで初めて気が付くなど、患者のケアに関心が薄く、一般精神科医療水準にあるとは言い難い現実がある。

(2)、処方変更の効果判定・経過観察

渡邊朋之医師は11月30日を最後にして野津純一氏に関する医療記録を残していない。判決は基本的に看護記録を元にして、渡邊朋之医師が自ら診察や診断を行ったとしたが医師法の条項に抵触するおそれがある。特に、12月1日から実行されたプラセボテストの効果判定に関しては渡邊医師自らの記録は一切存在しない。また処方変更の効果判定に関しては11月23日以後渡邊医師が患者の病状の変化を慎重に観察した事実が存在しない。判決は、精神科病院に過失責任を問わないことを至上命題として、無理やり理屈をこじつけたものである。


(3)、リスクアセスメントとリスクマネジメント及び治療的介入

判決は「歯科で野津純一氏を拘束した事実が無い」と弁明したいわき病院の「後出しじゃんけん」の弁明を元にして、いわき病院に責任は無いとしたが、論理の逸脱である。いわき病院では、精神科が行わない「リスクアセスメントとリスクマネジメント」を歯科が行っていた事実が重要である。いわき病院では、精神科が行わない「放火暴行履歴と暴力行為および暴力行為発現の論理」を考察した臨床医療を歯科で行っていた事実が判明したことを判決は判断するべきであった。

渡邊医師は、プロピタンとパキシルの突然の同時中止という最悪の選択をしたにも関わらず、そのリスク評価をしていなかった。当時パキシル中止のリスクが製薬会社によって周知されていたことを考慮すれば、判決は渡邊医師の無責任さ、職務への怠慢の責任を追及すべきであった。


(4)、患者・野津純一氏の評価

薬剤師によれば野津純一氏は「コンプライアンスが良い患者」である。これは野津純一氏が自分自身の病状の変化と処方薬の効果に高い関心を持ち、真剣に症状の改善を期待していることを示している。その野津純一氏が高い関心からしつこく質問する状態を渡邊医師は強迫障害(OCD)の悪化と捉えて、真面目に誠実な答えを行う対応をしていない。患者に対する主治医の傲慢な態度と精神科専門医であれば当然知るべき薬剤中止のリスクに対する不勉強による無知が事件の背景にある。



   
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