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高松地方裁判所判決の項目別問題点


平成25年5月14日
矢野啓司・矢野千恵


11. 第2病棟・アネックス病棟の病棟機能の問題

(1)、いわき病院第2病棟とアネックス棟

判決(P.60)は「第2病棟の病床数は56床であり、うち10床ほどがアネックス棟内(アネックス部)にあり、本件犯行当時の入院患者数は55名であった。」とあり、少なくとも入院患者のうち45名(80%以上)は介護を要する老人だった。判決(P.112)は「3対1看護の体制の下、診察、看護を受けながら社会復帰に向けた訓練を受けるなどしていて、甲事件原告らが主張する、病棟機能を無視した入院患者の処遇の過失があるとは認められない。」と判断した。

矢野(甲事件原告)は野津純一氏を「医療保護入院」や「閉鎖処遇」すべきであると主張をしていない。矢野が指摘した「アネックス棟の病棟機能の問題」は、アネックス棟の精神科病棟としての機能の問題を指摘したものである。


(2)、国際法律家委員会の勧告

いわき病院が第一番に提出した証拠「国際法律家委員会レポート(精神障害者の人権)」(乙B1)、第二次調査団報告(1988年7月)第III章、保健サービスの評価(P.151〜152)に以下の記述がある。いわき病院第2病棟のような、精神障害者と高齢認知症者との混在を国際法律家委員会は「資源の費消(まま)」と戒めていたのである。

多くの病棟は、老人患者で一杯となっている。多くの者は、精神科的問題はあまりなく、重大な身体的問題をもっているように思われた。こういった老人患者が定期的に差異診断されたことはなく、老人痴呆という命名は年齢とわずかの精神症状だけによってなされているように思われる。公式統計は、1987年6月で、18.6%の患者が65才以上であることを示している。しかし、調査団の訪問した精神病院のうちのかなりの数の病院では、患者の50%以上が65才以上で、その状態像は上述の通りであった。その結果、これらの病院は基本的には老人のためのナーシングホーム、すなわち老人ホームとして機能している。これらの病院が、急性期のケアと治療のために緊急に必要とされる職員と資源を費消していた。我々の意図は、こういった個人に対するケアの否定を勧告することではない。彼らはもっと適切な老人センターや高い質をもったナーシング施設でケアされうるのである。

(3)、アネックス棟の問題

判決(P.111)は「アネックス棟は、完成した当初は児童、思春期にある患者を対象としていたが、春休みや夏休みしか入院がなかったため、その後に、変更され、ストレスケアを主に行う病棟に変更したものであって、専ら小児や痴呆老人を対象としたものではない(渡邊朋之医師)。」と記述した。いわき病院と判決の論理は、アネックス棟は10床のストレスケアを治療する精神科病棟であるので、痴呆老人(渡邊医師表現:以下高齢認知症者とする)との混在問題は存在しないという立場である。

しかしながら、アネックス棟は独立した病棟ではなく、第2病棟の一部であり、いわき病院と判決が「3対1看護の体制」とした人員配置の基礎は第2病棟であり、アネックス棟の独立した体制ではない。第2病棟全体として見れば、入院患者の80%以上が高齢認知症者である。この数字は国際法律家委員会が指摘した「50%以上」という精神科医療の資源を費消するといった実態を大きく上回っていた。すなわち、いわき病院アネックス棟では満足な精神科看護を行うことが極めて困難な実態であった。

被告病院は病院設置基準を満たした職員数が配置されているので、病棟機能が維持されているという立場であり、判決は基準を満たしておれば過失責任を問えないとの立場である。しかし、高齢認知症者に必要な体制はおむつ替えや入浴介助などの介護である。これは精神科看護とは全く異なる質の仕事内容である。統合失調症患者の野津純一氏には精神科看護が必要である。野津純一氏はおむつ換えを必要としないが、病状管理のための看護は必須である。

いわき病院第2病棟アネックス棟では精神科専門看護師数が少数派となり、十分な患者観察が行われなくなっていた。根性焼きを発見できなかった理由の一端もそこにある。国際法律家委員会は高齢認知症者介護の観点から病院機能の分割と、高齢認知症者ケアの改善を指摘した。同様にアネックス棟は精神科病棟として独立することで、より良質な精神科医療と看護が可能となる。これが矢野が指摘した「病棟機能の問題」である。


(4)、患者野津純一氏に対る精神科医療と看護

判決(P.112)は「(7)野津純一氏の単独外出を許可した過失の有無について」で、「野津純一氏は平成16年10月21日にOZ看護師に対する暴行事件を起こしているが…普段、単独外出許可を行っていた判断が不合理であるとは認められない」と判断した。矢野はアネックス棟における単独外出許可が不適切と主張していない。OZ看護師に対する暴行事件後に、いわき病院が野津純一氏の暴行履歴を調査解析して、リスクアセスメントとリスクマネジメントを行った上で、野津純一氏の他害の危険性を踏まえた精神科開放医療を推進しなかった精神科医療の具体的な内容が貧困だった問題を指摘した。野津純一氏はアネックス棟で、主治医に経過観察と治療的介入を行われず、看護スタッフも放任した原因の一つが、いわき病院の精神科医療と高齢認知症者医療を混同した病棟機能の問題がある。




   
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