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高松地方裁判所判決の項目別問題点


平成25年5月14日
矢野啓司・矢野千恵


10. いわき病院のチーム医療及び看護と病棟管理

(1)、いわき病院のチーム医療

判決(P.96)は「被告病院では、野津純一氏の社会復帰を目指して作業療法、社会生活技能訓練、退院教室、金銭管理トレーニングなどの心理社会的療法が積極的に提供されており、医師、看護師、作業療法士などがチームのように積極的に野津純一氏の治療に取り組んでいたことが伺える。」と記述して、いわき病院ではチ−ム医療が機能していたと評価した。判決は薬剤師をチーム医療のメンバーから外しているが、薬剤師を外したチーム医療の認定を行ったことは判決の錯誤である。ところで、いわき病院の野津純一氏に対するリハビリテーション治療は「分立分業」の実態であり、チーム医療とはほど遠い実態であったことに、判決は認識が至っていない。

1)、いわき病院ではチーム医療は機能していなかった
  上記の主張はいわき病院が答弁書(P.18)で主張し、A意見書1(P.5)で記載があったものを、そのまま判決で認定したものである。いわき病院の主張は「精神科病院設置基準に適合する各種の専門職を雇用しており、各種の社会復帰を目的としたメニューを野津純一氏に与えていたので、チーム医療を機能させていた」と言うものである。しかしながら、チーム医療が機能する最低条件は、専門職同士の「情報の共有」である(C、D、MF鑑定人)。

多職種の専門職がそれぞれに与えられた業務を遂行していたとしても、全体として一体として患者野津純一氏の病状の変化に対応した精神科医療活動を行っていない場合には、チーム医療が機能していたとは言わない。

2)、チーム医療とカンファレンス(ケアーマネジメント会議)
  判決はチーム医療が行われていたと認定したが、チーム医療が実践される根拠として医師・看護師・PSW・薬剤師などによるカンファレンス(ケアーマネジメント会議)記録が残っていなければならないが、そのような記録はいわき病院が提出した医療記録の中には存在しない。またいわき病院はカンファレンス(ケアーマネジメント会議)を行ったと言う主張をチ−ム医療に関連して行った事実は無い。多職種が勤務しているだけではチーム医療と言わない。(D、E鑑定人)

いわき病院では多職種が一同に会して野津純一氏の治療に関して意思と認識を調整する「カンファレンス」がチーム医療の最低条件であるのに、カンファレンス(ケアーマネジメント会議)を行った記録が存在せず、専門職の職員を雇用していたという事実だけではチーム医療を行っていたと証明できない。

OK第2病棟看護長は証人調書(第6回口頭言論調書、平成22年8月9日)(P.20−21)で、「プロピタンを中止したことは、カルテ上で知った」と答えた事実がある。更に、「処方中止による病状悪化の可能性についても渡邊医師から説明はなかった」と証言した。渡邊朋之医師は処方中止をした事実や病状に関する注意情報を病棟看護長にすら直接知らせていなかった事実が判明していた。

そもそも患者個人に関連した基本的な医療情報を多職種の病院職員が共有することなければチーム医療は機能しない。判決がチーム医療を行っていたと認定したことは、事実確認に基づかない予断である。

3)、チーム医療が機能しておれば渡邊朋之医師は暴行歴を聞いていないと主張できない
  野津夫妻は野津純一氏をいわき病院に入院させるに当たって平成16年9月21日と10月1日に放火暴行履歴をHR医師とPSW(精神保健福祉士)に申告した事実がある。また野津純一氏も平成17年2月14日の主治医交代の際に、「25歳の時の一大事」と過去の暴行履歴を説明しようとした。渡邊朋之医師は両親や本人から放火暴行履歴の説明を受けていないとの主張であるが、いわき病院でチーム医療が機能しておれば、主治医はスタッフから報告を受けて知っていなければならない道理である。渡邊朋之医師が「聞いていない」とこだわることは「いわき病院では、チーム医療は機能していない」といわき病院理事長渡邊朋之医師が告白しているに等しい。

4)、薬剤師を排除したチーム医療は欠陥である
  更に、判決は薬剤師をチーム医療から除外しているが重大な判断ミスである。特に薬剤師は渡邊朋之医師と見解を争った平成17年10月26日と11月2日の「薬剤管理指導」以降は野津純一氏に関する薬剤処方変更に関する業務を行った証拠が存在しない。いわき病院に過失責任を問う大きな理由が抗精神病薬(プロピタン)の中断、抗うつ薬(パキシル)の突然中断及びアカシジア治療薬(アキネトン)のプラセボテストであり、判決は薬剤師が関与しないいわき病院の医療をチーム医療と認定することはできない。

(2)、外出管理


1)、外出許可の問題  (P.112)
  野津純一氏に対する外出許可は平成17年11月23日まではそれまでの外出許可で問題はない。しかし大規模な処方変更後は野津純一氏は統合失調症で家庭内暴力の既往症があり、強迫症状の顕著な他害行為ハイリスク患者(C意見書II、判決P.102)であり11月23日以降は特にリスクが上がると病状予想され、綿密な病状把握が要求されていた。(B、C、デイビース鑑定人)

野津純一氏の12月6日外出時の精神状態は、「イライラに限界が来て誰でもいいから殺してやろうと思って外出した」、「キョーエイで包丁を買ったときは激情していた」、「右手に包丁を持って南に歩いていたときはすごく逆上していた」であった。いわき病院第2病棟では、精神病状把握に疎い看護師ばかりでは患者観察も十分ではなく、根性焼きを発見できないような、精神科看護の基本ができていない看護師が圧倒的多数だった。

2)、精神科開放処遇と患者管理
  「(いわき病院では)開放処遇で帰院する患者を見逃さず必ずチェックを行う体制ではないので、(事件発生に気がつかず翌日外出させた)看護体制に過失があるとまでは言い難い」という判決(P.116)であった。

判決は当時野津純一氏が置かれていた状況を把握した上の判断ではない。精神科開放処遇でも、入院患者の病状悪化には注意を払う義務が病院にはある。統合失調症でありながら抗精神病薬(プロピタン)を中断され統合失調症未治療だった野津純一氏には特別の注意が必要だった。判決はパキシル突然中断リスクを知らない立場で判断されたが、それでも抗精神病薬中断リスクは精神科領域では常識中の常識である。抗精神病薬(プロピタン)を中断している間の患者管理を自由放任にしたことを容認することは許されない。

更に、外出する日も外出しない日と入院点数は同じであり、精神科開放医療で収益を得ていたいわき病院は、「外出中の患者の状況を病院が知らなくていい」という論理は成り立たない。(D鑑定人)

3)、いわき病院第2病棟の看護
【ア、緩みきって何もしない看護】
  いわき病院長の渡邊朋之医師は患者との人間関係に配慮して患者の過去履歴を質問して理解することを行わない精神科医師である。看護師は患者のお友達ではなく、看護専門職としてするべきことの基本がある。いわき病院では、医療者が患者に対して職分を全うしない安易な職務モラルが蔓延している。

事件当日も事件翌日も看護記録は「様子を見る」ばかりで野津純一氏の病状の変化に関心が無く、自由外出を継続させていた。第2病棟は、帰院患者を見逃さないよう必ずチェックする体制を取っていなくても、看護はその日の仕事の締めに帰院時刻記載のない患者に注目する必要があった。12月6日の野津純一氏は、いつもは会う母親を追い返し、普段は食欲旺盛な患者が夕食も翌日の朝食も摂らないという状況の変化があった。しかし看護記録には「様子を見る」ばかりで患者の変化を察知してかかわろうとしていない。

野津母親は「精神症状が悪化していると思った」と供述しているが、看護専門職が何とも思わず気がつかなかったことは、第2病棟の看護に問題があった証拠である。また、何も異常を察知せず、翌日も外出させる外出許可を与えたが、何もしない、ゆるみきった病院の実態が現れている。

看護師が根性焼きに長時間気付かなかったことは確かである。犯行翌日の外出時に沢山の人間に根性焼きは目撃され、顔面の瘢痕を根拠にして身柄拘束されており、判決(P.116)が「長期間」という用語を判断条件に使う事がそもそも適切でない。

【イ、野津純一氏に現れていた異常】
  野津純一氏は、その日血だらけの手で帰院し病室で手を洗ったが、洗面所周辺の血液の散乱などの兆候があったはずである。更に、服についた返り血はベッドシーツに吸収された筈である。判決は、「翌日の同じ服には返り血があまり残ってなかったから気がつかなくても責任なし」としたが、安易な認定である。

判決は、

(ア) 根性焼きの発見は根性焼きの程度や観察方法によっても左右される
(イ) 純一は暗赤色系の上衣を着用して衣服への返り血の付着も多量ではなかった
(ウ) 長期間にわたってこれらを見過ごしたわけでもない

だから本件犯行前の管理体制ないし本件犯行前に外出を許可した点に過失があるとすることも相当でないと判決した。しかし根性焼きに気がつかなくても衣服に返り血が付着していても大量でないから、長期間気がつかなかったわけでないから許されるという判決は、看護師の患者観察の必要性を否定していると同じである。そもそも、いわき病院第2病棟では、野津純一氏が身柄拘束されるまで何も気がついていなかったが、この無関心な態度は異常と言うしかない。




   
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