WEB連載

出版物の案内

会社案内

高松地方裁判所判決の項目別問題点


平成25年5月14日
矢野啓司・矢野千恵


8. 渡邉医師が行った処方変更の問題点

(1)、渡邊医師の薬物療法の錯誤と薬剤師の離反

判決(P.96)はA意見書から「被告病院では、野津純一氏の社会復帰を目指して作業療法、社会生活技能訓練、退院教室、金銭管理トレーニングなどの心理社会的療法が積極的に提供されており、医師、看護師、作業療法士などがチームのように積極的に野津純一氏の治療に取り組んでいたことが伺える。」を引用したが、薬剤師に関する記述が無い。A鑑定人が薬剤師をいわき病院のチーム医療を構成する重要な要員と認めてないとしたら、欠陥である。

薬剤師は「薬剤管理指導報告」で、渡邊朋之医師と見解を異にしていた証拠がある平成17年10月26日に、渡邊医師はいわき病院長として、FS薬剤師に対して、「野津純一氏は統合失調症ではなく強迫症状が強くて必要以上にしつこくムズムズ、イライラを訴える患者である」として認識を改めるように指導した。そして10月27日の診療録に「ドプスを増やしてプロピタンを変更する」と記述した。これを読んだFS薬剤師は、主治医で雇用者の渡邊朋之医師の「慢性統合失調症の患者に抗精神病薬を中断する等」の方針に驚いたものと推察される。そして11月2日が最後の「薬剤管理指導」で、FS薬剤師は以後野津純一氏に関連する資料を残していない。

更にレセプト請求も11月2日限りであり、いわき病院では薬剤師が誰も野津純一氏に行われた2剤同時中断等の重大な処方変更にチームの一員として関与していなかったことは明白である。渡邊朋之医師は薬剤師のバックアップもなく、更には処方変更を行った事実を看護職員等に周知することなく、単独の暴走状態であり、それを阻止する病院としてのチーム医療が機能していない状況であった。

11月2日の薬剤管理報告によれば、FS薬剤師は野津純一氏から次の情報を聞き取った。

1)、 口渇や手足の振戦などの副作用があり、治らない
2)、 副作用を嫌って、薬を飲まないことはない
3)、 ドプスも初めの2、3日しか効かない
(渡邊医師の10月27日のドプス増加方針に反する発言)

そして、FS薬剤師は以下の意見を渡邊朋之医師に伝えた。

4)、 薬剤師の観察
「アカシジアの症状が落ち着かず、イライラしたり足が動いたりする」は、渡邊医師がアカシジアにドプスを処方したことに関して、「ドプスに効果は無かった」と婉曲に反対表明をしたと推察される。
5)、 薬剤師の意見
野津純一氏の「ドプスは初めの2、3日しか効かない」を受けて指摘しており、「抗ムスカリン剤でも心臓に負担がかかるので難しいでしょうか?」は薬剤師としてはそもそも効果を期待できないドプスよりは抗ムスカリン剤(アキネトンやストブラン)を勧めたいが野津純一氏の心臓が悪い状態にあると思い、質問形式になったと思われる。
6)、 薬剤師は、「野津純一氏のアカシジア副作用対策としてドプスを処方することは間違いで、患者も効かないと言っている」と主治医に注意喚起したが主治医は聞き届けず、更には慢性統合失調症を強迫障害と主張して抗精神病薬(プロピタン)の中断を指示していたために、呆れたのではないかと推察される。

渡邊朋之医師がFS薬剤師から助言を得られない状態で11月23日から野津純一氏の処方変更を行った。このため、「抗精神病薬(プロピタン)中断中に抗うつ薬(パキシル)を突然中断するという2剤同時中断」を行い、薬剤添付文書に記載された「パキシルの突然中断に関する危険情報」を確認することを怠り、その上で、プラセボ効果判定で薬剤師が判断を行うこともなかった。薬剤師の離反は渡邊朋之医師が行った過失の根幹となる要素である。

平成17年10月26日(水)
薬剤管理指導 (薬剤師:FS)
指導内容:薬効・服用方法の説明
S : 薬を飲んで落ち着きます。習慣にしているので薬を飲み忘れることはありません。プロピタンは非定型ですか?副作用止めは飲んでいます。足のムズムズがまたでてきました。アルマールは中止になったんです。先生に相談したらいいですか?
O : 薬の薬効と飲み続ける意義についてお話ししました。
A : 薬の名前や作用はよく覚えていました。自覚して服薬できており、コンプライアンスも良いです。足のムズムズが治らず、それに困っているとのこと。落ち着いていますが、表情は暗めでした。
P : 次回副作用について説明予定。
医師コメント:医師:渡邊
Scですか、強迫観念が強い患者です。薬の作用副作用も、通常の受け止めでなく、本人の気になった所見・作用のみ強調され認識されます。一考下さい。

平成17年10月27日(木)
渡邊医師診察
(ムズムズ) やっぱりある
(中間施設) アキネトンで効くけど
(ドプスを増やそうか) ドプスはやってよくなった(よくなかった?)
(ジプレキサとセロクエル試してみる必要が)
かまわないですよ、大丈夫、
光が気になる様にならなかったらと思う
(今は) 手のこれです。生活技能訓練の時も頭に入らん眠くて
(朝は) 起きれますよ、生活技能訓練とか心理教室が良くない
(p)方針 ドプスを増やしてプロピタンを変更する

平成17年11月2日(水)
薬剤管理指導 (薬剤師:FS)
指導内容:副作用とその対処法
S : 副作用は喉が渇くのや震えるのがありました。副作用のせいで薬を飲みたくないと思ったことはありません。以前はセレネースを飲んで心臓がドキドキしたりしました。医大のときなのでDrには伝えないまま病院をかわりました。今は足が震えるのが治りません。困っています。ドプスも初めの2、3日しか効きませんでした。
O : 薬の副作用を自覚症状を含めて話し、副作用が出たときは必ずDrに伝えるよう指導。Drに緊張して話せないときの伝えるポイントなどをお話しました。
A : アカシジアの症状が落ち着かず、イライラしたり足が動いたりするようです。アルマールも中止で、ほかに対策はないかと相談されています。抗ムスカリン剤でも心臓に負担がかかるので難しいでしょうか?
P : 様子見

(2)、渡邊医師と野津純一氏に認識の乖離

判決(P.84)が引用した(渡邊警察供述)「ムズムズ感等については、薬の多用は良くないので、何とか投与しないようにしようとしても野津純一氏は絶対に聞き入れず、毎日のように同じ訴えをするから仕方なく、薬(頓服)を投与したり、場合によっては薬でも何でもない生理食塩水を注射したりしていた」は、野津純一氏の訴えが無視された(渡邊朋之医師が野津純一氏の訴えを無視した)記録である。これに対して薬剤管理教室で、薬剤師(10月26日)は「薬の名前や作用はよく覚えていました。自覚して服薬できており、コンプライアンスも良いです。」と観察し、野津純一氏も10月26日の発言で「薬(抗精神病薬)を飲んで落ち着きます」、11月2日には「副作用のせいで薬(抗精神病薬)を飲みたくないと思ったことはありません」と発言した記録がある。野津純一氏が体験した意見が薬剤管理教室で述べられたにもかかわらず、主治医の渡邊朋之医師が無視したことが問題である。12月2日の看護記録に「内服薬が変わってから調子が悪いなあ。院長先生が(薬を)“整理しましょう”と言って一方的に決めたんや」の記載があり、野津純一氏が処方変更に納得していないのに、渡邉医師が強権で一方的に抗精神病薬中断(統合失調症治療の中止)等の処方変更を押しつけたことが証明される。


(3)、両親に対する説明責任を果たさなかった

渡邊朋之医師は平成17年11月16日に野津父親と、また18日には野津母親と次々に面接したことになっている。しかし、胸部CTとタバコの話ばかりで、11月23日から実行する予定の「アカシジア軽減のために処方変更すること」を一切話してないのは奇妙である。慢性統合失調症患者にとって抗精神病薬の中断は治療の中断であり、重大なことである。野津純一氏の場合、両親が常に治療に対して高い関心を有していた経緯があり、親に相談や説明をして同意を取り付けて、協力要請することは必須であった。両親は、重大な処方変更に関して説明を受けず無視されていたことになる。渡邊朋之医師が野津純一氏を聞き分けがない患者と考えていたのであれば、尚更のこと、両親への説明責任があったと言うべきである。




   
上に戻る