WEB連載

出版物の案内

会社案内

高松地方裁判所判決の項目別問題点


平成25年5月14日
矢野啓司・矢野千恵


5. パキシル突然中断に関する危険情報

いわき病院が平成24年12月21日の結審直前に提出した第13準備書面はパキシルを突然中断することに関する危険情報に関して何も触れず、またプロピタンとパキシルの2剤を同時に中断した危険性に関しても触れていない。この問題は争点整理案(平成22年7月9日)には記載されていない問題であるが、その後同年8月9日の渡邊朋之医師人証で顕在化した重大な問題であり、いわき病院は問題に触れないで済ますことはできない。いわき病院が最終準備書面でこれらの問題に触れずに「過失責任は無い」と主張した事実は重要である。即ち、「パキシルの突然中断」と「プロピタンとパキシルの2剤を同時に中断」こそ、いわき病院の過失に直結する問題である。

(1)、厚生労働省医薬食品局監修・医薬品安全対策情報(平成15年8月12日指示分)

医師が処方上の安全注意義務を怠ったかどうかの判断は、医薬品安全対策情報(厚生労働省医薬食品局監修)などの使用上の注意義務から大きく逸脱していたかどうかを根拠にするべきである。(E鑑定人)

厚生労働省医薬食品局監修・医薬品安全対策情報、平成15年度指示分に、平成15年8月12日指示分として、パキシル(塩酸パロキセチン水和物)の使用上の注意改訂情報が掲載されている。

14.【医薬品名】塩酸パロキセチン水和物
【措置内容】
 以下のように使用上の注意を改める

 [禁忌]の項に「18歳未満の患者(大うつ病性障害患者)」を追記
[重要な基本的注意]の項
1)、 うつ病・うつ状態の患者は自殺企画のおそれがあるので、このような患者には、特に治療開始早期は注意深く観察しながら投与すること。
2)、 うつ病・うつ状態以外で本剤の適応となる精神疾患においても自殺企画のおそれがあり、さらにうつ病・うつ状態を伴う場合もあるので、このような患者にも注意深く観察しながら投与すること。」
3)、 投与中止(特に突然の中止)により、めまい、知覚障害(錯感覚、電気ショック様感覚等)、 睡眠障害、激越、不安、嘔気、発汗等があらわれることがあるので、突然の中止は避けること。投与を中止する際は、徐々に減量すること。
4)、 減量又は投与中止後に耐えられない症状が発現した場合には、減量又は中止前の用量にて投与を再開し、より緩やかに減量することを検討すること。

医薬品安全対策情報(厚生労働省医薬食品局監修)は、A意見書II、IIIの主張と異なるものであり、平成15年8月時点で、【重要な基本的注意】事項に以下を挙げている。

1)、 投与中の自殺企画おそれ及び突然の中止を避けること
2)、 投与中止後に耐えられない症状が出る場合があること
3)、 耐えられない症状が出た時は中止前の用量で投与再開も

厚生労働省医薬品安全対策情報に基づけば、パキシルの突然中断による「耐えられない症状出現の病状予測」は平成15年8月に【重要な基本的注意】事項であった。ところが、渡邉医師は以下の諸点を守らない医療を野津純一氏に行った。

1)、 パキシルの突然中断をしないこと
2)、 耐えられない症状出現を見逃した
3)、 経過観察を疎かにした
4)、 病状悪化を見逃した

渡邊朋之医師は、野津純一氏の病状悪化予測は可能だったにもかかわらず、診察要請に応えなかったことは応需義務違反である。また、処方上の注意義務から大きく逸脱していたことは安全注意義務違反である。


(2)、A意見書IIのパキシル副作用添付文書追加時期に関する目くらまし誘導

A意見書II(乙B18)(P.15)は『「若年成人(特に大うつ病性障害患者)において、本剤(パキシル)投与中に自殺行動(自殺既遂、自殺企画)のリスクが高くなる可能性が報告されているため、これらの患者に投与する場合には注意深く観察すること」という記載が追加されたのは、平成18年6月であり』と述べ、最先端の医学知識に接する機会の多い大学病院の医師でもない渡邊朋之医師医師に過失があったと問えない理由に挙げた。

しかしながら、厚生労働省監修の医薬品安全対策情報の平成15年8月12日指示分で、「パキシル投与中の患者に自殺企画のおそれがあるので注意深く観察しながら投与すること」がすでに【重要な基本的注意】に追加記載されていた。追加記載は平成15年8月であって、平成18年6月ではないことに注目するべきである。事件発生の28か月も前である。また、全て医師は厚生労働省監修の医薬品安全対策情報の【重要な基本的注意】に従う義務を有している。これは、大学病院の医師云々の問題では無い。


(3)、パキシル中断に関する判決の錯誤

医薬品安全対策情報(厚生労働省医薬食品局監修)(平成15年8月)は、A意見書II、III(乙B18、20)の主張に優先することは自明である。

判決(P.107)は、A意見書II(P.15)(判決P.98)の「パキシル投与中の自殺行動リスク亢進添付文書記載は平成18年6月、全ての抗うつ薬他害リスクの添付文書掲載は平成21年2月だった」、及びA意見書III(P.6とP.8)「パロキセチンの副作用に関する知識やいわき病院における治療・看護の水準が平成17年12月6日当時の一般の精神科臨床における医療水準と比較し…、精神医学的見地から評価を示すならば精神科臨床の一般的水準を逸脱するものとは言えないと判断する」を無批判に受け入れた。

渡邉医師が行ったことは、「パキシルの突然中断」である。「パキシル中断リスク(平成15年8月に確立)」を「パキシル投与中リスク」にすり替えたA教授は精神医学的な錯誤を行った(デイビース医師団)。しかも「投与中の自殺企画リスク」は「中断リスクと」同時に平成15年8月12日にパキシルの薬剤添付文書に追加記載されていた。

判決(P.107)は、パキシルの突然中断による強烈な離脱作用の危険性について言及しただけで、渡邉医師がその対策(回避可能性)を考えたかどうか、病状予測(予見可能性)をしたかどうかについて論じるべきなであるが、何も言及していない。しかし、「パキシルの突然中断には強烈な離脱作用がある」ことを判決は認めており、これは平成15年8月には厚生労働省監修で薬剤添付文書に掲載され確立されていた【重要な基本的注意】事項であり、平成17年12月6日には渡邊朋之医師は当然知っているべき義務があった基本的知識である。

高松地方裁判所は「渡邉朋之医師は主治医として平成17年12月6日には野津純一氏の病状悪化予測はできた。抗精神病薬とパキシル突然中断で野津純一氏の病状悪化予見可能性があったのにしなかった過失がある。また、プラセボ効果が失せ純一氏が不信感を募らせた病状悪化時に何らかの治療的介入(当然アキネトン注射に限らない。抗精神病薬とパキシル再投与が優先)をしていれば結果回避可能性が100%あったのにしなかった過失がある」と判決しなければならない。判決(P.107)が「現時点で後方視的に評価すれば理想的なものとは言い難い」と評価することは裁判所の錯誤である。厚生労働省医薬品安全対策情報に従うことは医師の義務であり、理想ではない。


(4)、抗精神病医薬プロピタンとパキシルの2剤同時中断による危険性急上昇

デイビース医師団が「精神科医ならば決して行ってはならないこと」、B鑑定人は「性急に過ぎる」と述べ、、C鑑定人が「外出外泊リスクの再評価、外出時の看護師の付添い、行動制限などが検討されるべき」と鑑定した抗精神病薬プロピタンとパキシルの2剤同時中断による、放火暴行歴を有する野津純一氏の攻撃性急上昇リスクに関して、A意見書I、II、IIIは鑑定意見を回避した。

判決(P.107)は、2剤同時中断が医師の裁量逸脱かどうかを検討するとして、中止理由を並べて、「(事件後の現時点で後方視的に評価すれば)理想とは言えないが医師の裁量権逸脱とまでは言えない」としてパキシル問題を終結した。中止自体は医師の裁量権であっても、中止の仕方と中止後管理(経過観察)は医師の裁量権では逃げられない。


(5)、判決が作り上げたパキシル中断の理由

ところで、いわき病院はパキシル中断理由を一度も述べていない。更に、2剤同時中断理由に関しても何も述べていない。判決(P.107−108)がいわき病院に代わって2剤の同時中止理由を「薬物誘発性のアカシジア対策」と弁明するのは異様である。しかもその弁明に使った文章は乙B15(A意見I、P.17)記載のプロピタン中止理由(アカシジア対策)そのものである。パキシル中止がアカシジア対策だったといわき病院は一度も言ったことがなく、法廷審議の場では渡邊朋之医師がパキシルを中止した理由は不明である。それにもかかわらず、裁判所が自ら理由をこじつけてまでしていわき病院の過失責任を否定することは判決の逸脱である。

判決(P.107)は、平成15年8月には厚生労働省により【重要な基本的注意】事項として確立され、本件事件の核心である「パキシルの突然中断」と「プロピタンとパキシルの2剤同時中断によるリスク亢進」に触れておらず、必要な事項を十分に審査していない。これらは、一つでも野津純一氏に攻撃性リスクが上昇するエビデンスであり、野津純一氏の病状悪化予測は簡単にできたことであり、主治医の渡邉朋之医師は病状悪化予測を行うべきだった。2剤中止の判断自体は医師の裁量権の範囲内であるが、野津純一氏の攻撃性リスク上昇は“後方視的”でなくとも"前方視的"に平成17年12月6日には予測できたものである。また主治医は「攻撃性リスク上昇」を予想して治療に当たる義務があった。


(6)、判決が「パキシル突然中断リスク(平成15年8月確定)」に言及しつつ「現時点で後方視的に評価すると」とした論理破綻

判決(P.107)は、A意見書II、III主張の「全ての抗うつ薬他害リスク添付文書掲載が平成21年だから渡邉医師を免責する」とは明言していない。しかし、「現時点(判決時点)で後方視的に評価すれば、プロピタンとパキシルを同時に中止した点は、離脱症状や、アカシジアの原因薬物の究明を困難にさせるという点において、理想的なものとは言い難い部分もある」とした。これは別表現すると「後方視的にみればリスク亢進が考えられる」という論理になり、いわき病院に過失を認定するべきである。

判決の前提として、事件当時パキシルは突然中断されていたことに間違いはない。従って、事件当時パキシルは投与されていなかったのでパキシル投与中リスクは該当しない。また、平成17年12月6日のパキシル中断リスク情報と現在のパキシル中断危険情報は同一である。

判決(P.107)は判決(P.98)のA意見書II、III(乙B18,20)『「投与を中止する際は、徐々に減量すること。」という記載がなされたのは平成15年8月であるものの、「若年成人(特に大うつ病性障害者)において、本剤投与中に自殺行動(自殺既遂、自殺企画)のリスクが高くなる可能性が報告されているため、これらの患者に投与する場合には注意深く観察すること。」という記載が追加されたのは平成18年6月であり、厚生労働省が抗うつ薬服用に伴う他害行為に関する調査をおこなったのは、平成21年2月であり、その結果が添付文書に反映されたのは同年5月のことであって、こうした経緯を考えると、平成17年12月6日当時に、最先端の医療知識に接する機会の多い大学医病院の医師でもなければC医師のように臨床薬理学を専攻したわけでもない渡邊朋之医師に、パキシルの投与と他害行為リスクに関する知識が無かったとしても、そのことだけで過失があったとまで言うことはできない。パキシル副作用に関する知識や被告病院の治療・看護の水準が、平成17年12月6日当時の一般の精神科臨床における医療水準と比較して妥当であったか否かという点については、精神医学的見地からの評価を示すならば、精神科臨床の一般的水準を逸脱するものとは言えないと判断する。』を事実上認定して、平成17年12月6日当時ではなく、「現時点で後方視的に評価すると理想的なものとは言い難いが、医師の裁量権は逸脱していない」と判定したとしか理解できない。専門家の知識不足と経過観察を行わないことは過失である。判決はA意見書II、III(乙B18、20)が目眩まし的に提示した、全ての抗うつ薬継続投与中のリスク問題に惑わされたものであると推察され、誤り判決である。


(7)、「パキシル中断リスク」と「全ての抗うつ薬投与中の自殺他害リスク」

デイビース鑑定意見II(P.5)が指摘したように、「パキシル中断リスク」と、「全ての抗うつ薬投与中の他害リスク」は全く別個のものである。地裁裁判官はA鑑定人が意図的に誘導し判断を混迷させることを目的とした「パキシル中断」により発生する危険性が亢進する状況と、「パキシル継続投与中」の問題を混同した。基本的な差異は薬剤の危険性の問題であるが「中断」と「継続投与」という全く別個の問題である。

判決(P.98)でA意見書II(乙B18)は以下の点を確認していた。

ア、 パキシル中断に伴う問題と注意事項は平成15年8月に記載されていた
イ、 パキシル投与中の自殺行動リスクの記載追加は平成18年6月
ウ、 厚生労働省の抗うつ薬服用(中断ではない)に伴う他害行動調査平成21年2月

判決(P.107)は「中断の問題」と「継続投与中」の問題を混同する誤りをして、いわき病院を免責した。しかし、医薬品安全対策情報(厚生労働省医薬食品局監修)(平成15年8月)に、「パキシル投与中の自殺企画リスク」は「パキシル中断リスク」と共に記載されていたのであり、いわき病院と渡邊朋之医師は過失責任から免れない。


(8)、パキシル中断リスクの問題

パキシルは断薬症状が出やすい薬剤で、「急激に中止しないこと、中止する場合は徐々に減らすこと」という注意書きは平成15年8月には薬剤添付文書に載っていてすでに周知されていた。従って「パキシルの突然中断をしないこと」を守るのは「理想」ではなく、渡邊朋之医師は精神保健医の資格を有する専門医であり、厚生省医薬食品局監修・医薬品安全対策情報【重要な基本的注意】は「最低限守るべき注意事項」である。

パキシル中断リスクが薬剤添付文書に掲載される状況では、薬剤添付文書掲載に先立ち、製薬メーカーの医薬情報担当者(MR)は度々医療機関に口頭で情報が伝え、またパンフレットも置いていく。渡邊朋之医師が薬剤添付文書の記載を読むことを面倒がる不精者であったとしても、MRから耳学問として必ず危険情報は伝えられるシステムになっている。製薬会社は自社製品で重篤事故が起こり、医療機関への副作用情報の提供が不十分だったと確認されるとメーカーにとって死活問題になりかねず、ダメージが大きいので、きちんとした説明を心がけるのが、常道である。したがって薬剤添付文書掲載以前にパキシル中断危険情報は渡邉医師にもたびたび届いていた筈である。C鑑定意見IIによればパキシル中断時の危険情報は平成12年頃から製薬会社により配布されていた。その上で、平成17年11月の時点では、渡邊朋之医師は薬剤添付文書の記載を自ら確認する義務を負っていたのである。

パキシル中断リスクに関する注意書きは、薬剤添付文書に掲載されると同時に一般の書店で買える書籍にも同じ情報が掲載された。事件の2年4か月前にすでに精神科医に周知され、事件当時には市販本にまで掲載されていたパキシル中断危険情報を「精神科専門医、精神保健指定医、香川大学医学部外来担当医師」の渡邉医師が知らなくて事故を起こしても過失を問わないという判決は間違いである。


(9)、渡邊医師は最先端の医療知識に接することがない医師という判断要素

判決(A意見P.98)は、渡邊医師を「平成17年12月6日当時に、最先端の医療知識に接する機会の多い大学病院の医師でもなければC医師のように臨床薬理学を専攻したわけでもない渡邊朋之医師」と認定して、パキシル中断の危険情報を認識せずに、野津純一氏に対してパキシル突然中断を行い、その後の病状変化を継続的に観察する事が無かった渡邊朋之医師を免責した。

医療法人社団いわき病院は病床数248の精神科病院であり、その医療機関と医師が2年4ヶ月前に薬剤添付文書に記載された「パキシル中断の危険情報」に関する注意事項を承知しない医療を行うことを容認する判決は公序良俗に反する。この判決は、一般病院の医師であれば、精神科病院の精神保健指定医であっても「患者に発生する可能性がある危険性を考慮しない医療を行うことを容認」しており、患者保護をないがしろにするものである。

判決(P.98)のA意見は「最先端の医療知識に接する機会の多い大学医病院の医師でもなければ」と免責したが、渡邊朋之医師は国立香川大学医学部付属病院精神科外来担当医師を兼任していた事実があり「最先端の医療知識に接する機会の多い大学医病院の医師」であった。その事実を矢野が法廷審議中に再三にわたり指摘したが、いわき病院はその事実を一切否定しておらず、むしろ以後の主張で「大学病院の医師でもなければ」の文言を密かに削除するなどの不正直な対応をおこなった経緯がある。しかし、判決の論理に従えば、渡邊朋之医師は「パキシル突然中断による事故発生の過失責任」を逃れることはできない。

A鑑定意見の論理は、「大学病院=最先端知識に接する=過失あり、一般病院=レベル低い=過失なしであり、研究熱心な医師=過失あり、怠慢な医師=過失なしという論理」であり、医療の健全な発展を阻害する。医師には、常に新しい情報や技術を取り入れる義務=民法の善良な管理者の注意義務がある。渡邊朋之医師は、大学病院の医師であるなしにかかわらず、過失責任を問われなければならない。




   
上に戻る