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いわき病院事件結審法廷最終意見陳述
(いわき病院と渡邊医師の著しく不適切で医療行為に値しない精神医療)


平成24年12月21日
矢野啓司・矢野千恵


高松地方裁判所に平成18年6月に提訴して以来継続した、いわき病院事件裁判(原告矢野:平成18(ワ)年第293号損害賠償請求事件、原告野津:平成20年(ワ)第619号損害賠償請求事件)の結審法廷が平成24年12月21日に高松地方裁判所で行われました。以下は、法廷で矢野千恵が朗読した矢野最終意見陳述(本文)と(付属文書)から、被告の文字と裁判の直接関係者以外の個人名をマスキングして、報告書としてまとめたものです。


矢野最終意見陳述の概要

平成24年12月21日の結審を受けた、矢野夫妻の最終意見陳述である。

矢野夫妻が提訴した本件訴訟の真意は、野津純一を象徴とする精神科医療機関で人権を尊重した適切な医療を受けることが困難で社会復帰が阻害されている精神科医療の利用者である精神障害者の立場と、被害者であるU夫妻及び矢野夫妻が精神障害者医療の不手際で大切に育てた子供の命を奪われた親の嘆きの立場に共通する、いわき病院と渡邊医師が実現していた精神科医療の問題点と社会的責任を明らかにすることである。
  いわき病院が推薦した鑑定人の鑑定意見は、論理的矛盾を内在したこじつけに近いものであると共に、向精神薬に記述された重大な注意事項を読まないで薬事処方を行うことを容認し、更に、日本の精神科医療水準が低位平準化することを促進する、無責任で非常識な論理である。
  いわき病院は高度な蓋然性の論理を元にして、精神科開放医療を促進する大義名分があれば、外出許可者のほとんどが殺人する可能性を容認し、しかも発生した人命損耗に責任は無いとしており、極めて非人道的な論理を実現していた。
  英国ラボーン事件判決にあるとおり、被害者が患者であれ、精神医療関係者であれ、一般市民であれ、人命尊重は精神科医療の崇高な義務である。また国際連合のみならずEUヨーロッパ連合における国際標準である。しかるにいわき病院と被告側鑑定人は国際社会における日本の精神科医療の尊厳と名誉を否定する主張を展開しており、極めて遺憾である。
  いわき病院と渡邊医師が野津純一に実現していた精神科医療は、最高裁平成17年12月判決で島田裁判官と才口裁判官が補足意見に述べた「著しく不適切不十分」で「医療行為の名に値しないような例外的な医療」に該当しており、重過失が認められる事例である。


矢野夫妻最終意見陳述(本文)

只今より、矢野夫妻の最終意見陳述を行います

私は、事件の被害者矢野真木人の母矢野千恵でございます
 私どもの長男真木人は、平成17年12月6日に、昼ごはんを食べて
  車に戻ろうとした時に、通り魔殺人されました、享年28歳でした

事件後に私たちはUご夫妻と知り合いました
  Uさんのご子息は、真木人より20年前に、刺殺されました
  精神障害の犯人は、不起訴無罪、民事裁判を起こしたけれど敗訴でした
  Uさん夫妻が顔を歪めてうったえた、悲痛と無念の思いが
  私たちに大きな影響を与えました

10人中8〜9人が殺人することを原告が証明できなければ
  外出許可を出した病院は責任を問われない、といういわき病院の
  「高度の蓋然性」の主張に、私どもはたいへん驚きました
  殺人事件の背後には、多数の殺人未遂などの傷害行為があるはず!
  殺人や傷害行為の垂れ流しで、命を守る筈の病院が命の大切さを忘れています

渡邊先生は不勉強で、精神医学知識が正しくありません
  アカシジアをCPK値で診断する問題は、原告に指摘されてから
  何年も後の人証で「間違いではない」と堂々と発言しました
  しかし、A鑑定人は「正しくない、誤りである」と断定しました
  渡邊先生は、簡単な医学知識でも誤りがあります

パキシル中断による、重大な危険情報は
  本件の2年以上前から添付文書に注意書きがあります
  重大な危険情報を知るのは、全ての医師の責任と義務です
  病院長で大学病院の医師の渡邊先生が「一般の精神科病院の一般の医師だから
  今は知っているが、当時は知らなくて当然」と主張するのは無責任です
  渡邊先生は、香川大学医学部付属病院精神科外来担当の医師じゃないですか!

いわき病院に入院させる時に、放火暴行履歴を野津夫妻は正直に報告しました
  ところが、渡邊先生は、知らなかった、聞いていない、と認めません
  純一君はいわき病院に入院した直後に看護師に襲いかかりましたが
  渡邊先生は重度慢性統合失調症純一君の医療的保護を全く考えませんでした

渡邊先生は、エビデンスを無視して、放火と暴行履歴のある純一君に
  暴力行動を誘発する可能性があり、行ってはならない
  抗精神病薬と抗うつ薬パキシルの突然の中断を行いました、この医療で
  病状の悪化と他害の危険性が高まることは、精神科医師であれば常識です
  断薬の間は、病状の変化を慎重に経過観察する義務がありますが
  渡邊先生は中断した後の2週間で、純一君をたった一回、しかも夜に
  診察しただけで、一回もアセスメントしませんでした
  それにも拘わらず12月6日には、純一君の必死の診察願いを拒否しました
  純一君は哀れでした 苦しんで、苦しんで、先生! 先生!診て下さい!
  調子が悪いんです! と言う願いが却下されました
  渡邊先生が最低限の医療水準を満たす誠実な医療を行っていたとは申せません

渡邊先生には精神科医師として精神保健指定医として責任を自覚してもらいたい
  精神科開放医療が、市民の生命の犠牲は不可抗力とする前提がおかしいのです
  「院長のこんなやり方では、何時か必ず事故が起きると思っていた」と
  そう言って、何人ものいわき病院職員から内部通報がありました

最高裁平成17年12月判決で島田裁判官と才口裁判官が補足意見に述べた
  「著しく不適切不十分」で「医療行為の名に値しないような例外的な医療」を
  医療法人社団以和貴会の理事長かつ病院長の渡邊朋之先生は行いました

大切に育てた真木人が、突然殺されて、丸7年が過ぎました
  Uさんに「七回忌でようやく、泣く泣く埋葬した」と聞き
  「そんなに長く」と思った私たちですが
  私たちは、今でも真木人を埋葬できません、遺骨を身近に置くことで
  真木人と共に、裁判に臨んでいる気がするのです

この裁判で私たちの指摘が認められれば、A鑑定人が低水準を容認した
  日本の精神科医療も襟を正し改革を促進せざるを得なくなります
  反対に私達の主張が退けられる場合は
  精神障害者は無謀な治療を受けても診察してもらえず声も上げられず
  市民はいつ何時被害にあうかわからない今の状況が温存されます
  これは被害者にならないとできない主張でございます
  犠牲になった真木人には、死後であり、本当にこれが最後です
  「社会貢献をした」という一輪の花をどうぞ持たせてやってください

最後に、これまで裁判を一緒に闘って下さった
  事件後は茨の道を歩まれたであろう野津ご夫妻に、心から感謝を申し上げます

なお、私たちが言い足りないところを補足するため、付属文書を添付します


矢野夫妻最終意見陳述(付属文書)

この文書は平成24年12月21日の法廷における矢野夫妻の最終意見陳述の付属文書として意見の詳細をまとめたものである。


1、いわき病院と渡邊医師の過失の本質

(1)、いわき病院と渡邊医師が過失を行った11月23日以降
  いわき病院と渡邊医師の野津純一に対する精神科医療で、法的に過失が成立するのはいわき病院の公式見解である平成17年11月23日に実行した複数の処方変更が行われた以降で、野津純一が12月7日に警察により拘束されるまでの間に限定される。

いわき病院とA鑑定人は、渡邊医師が野津純一の主治医に就任した平成17年2月14日から殺人事件が発生する前で大規模な処方変更を実行する以前の平成17年11月22日までの医療を中心にして弁明し「過失に当たらない」と主張したが、的を外した主張である。この期間にも、いわき病院と渡邊医師には、錯誤、怠慢、不作為や無視(ネグレクト)及び義務違反などの過失要因が存在するが、それらはいずれも11月23日以後に発生した過失の前段もしくは序章となるものである。


(2)、11月23日という公式見解
  いわき病院が野津純一に対して大規模な処方変更を平成17年11月23日から実行したという事実は、高松地方裁判所争点整理案の別紙4の、いわき病院が申告した公式見解である。しかしながら、この大規模な処方変更を実行した日付に関しては疑問があり、実際には平成17年10月27日から11月22日までに間に実施された可能性を否定できない。11月23日はあくまでもいわき病院の公式見解である。また、このいわき病院の公式見解の処方停止を提出するに至るまでに、いわき病院はカルテ記載の処方内容を変更して、平成19年8月20日の処方記録提出(プロピタンとパキシルを継続投与)、そして翌日21日の訂正(プロピタン中断に変更、パキシル継続投与、争点整理案の別紙4は本処方記録に準拠している)、更に平成22年8月の3度目変更の提出(パキシル中断に変更)と、抗精神病薬プロピタンと抗うつ薬パキシルの処方を継続と中止との間で揺れ続けて変更を繰り重ねカルテの記録と合わせれば合計で4種類の処方を法廷に提出した事実がある。特に、裁判所が争点整理案(平成22年7月9日付)を確定した後で、パキシル処方を変更した事実を開示したことは、訴訟結果に直接的に関連する重大な事実の変更である。これはいわき病院が薬事処方の問題で、どのように公式の記録として申告すれば過失責任を回避できるかと腐心した努力の軌跡が窺える事実である。

いわき病院の公式見解である11月23日に実行した大規模な処方変更に付随する情報として「抗精神病薬(プロピタン)の中断は事件時点で既に1ヶ月以上継続しており、野津純一の診療録は事件直後に11月以後が改竄された」といういわき病院元職員の内部情報がある。これを裏付ける証拠として、10月27日の診療録に渡邊医師の手で「方針:ドプスを増やしてプロピタンを変更する」と記述があり、内容的にも時期的にも内部情報と整合性がある。いわき病院の抗精神病薬(プロピタン)の中断に関する公式見解は11月23日からであるが、実際には事件の一か月以上前から行われていた蓋然性が極めて高い。

更に、薬剤師は11月2日に「ドプスも初めの2、3日しか効きませんでした」といわき病院長渡邊医師の10月27日付け「方針」に反する記述を行った後で「薬剤管理指導報告」を残していない。薬剤師は専門職として、病院長渡邊医師による抗精神病薬(プロピタン)の変更(中断)に荷担することを拒否した可能性がある。矢野夫妻は再三に渡り「11月2日以後の薬剤管理報告書を証拠提出すること」をいわき病院に求めたが、提出できなかった。渡邊医師により大規模な処方変更が行われた中で、担当の薬剤師は一か月以上も薬剤管理指導報告を書いておらず異常な状態であった。野津純一は大規模な処方変更を受けている最中に薬剤指導を受けず放置されていたか、いわき病院が薬剤管理指導報告を証拠隠滅したか、どちらかである。特に、抗精神病薬の中断とパキシルの中断は野津純一の放火暴力履歴に関連して、攻撃性の発現に関係する重大な処方変更であり、専門職である薬剤師の記録が提示されないことにいわき病院の記録保存を不十分にして責任回避する意図が窺える。


(3)、カルテ改竄の疑い
  野津純一の診療録は、矢野夫妻が聴取した内部情報にあるとおり、警察による純一の身柄拘束から逮捕そして証拠押収までの間に改竄された可能性がある。いわき病院が公式見解で処方変更を実行して主治医が診察したとする11月23日は祝日で、勤労感謝の日にスタッフをわざわざ働かせることは常識的ではなく、疑問である。また、本件裁判が開始されてから4年後の平成22年8月に渡邊医師が平成17年11月30日と12月3日の診察日をそれぞれ11月23日と30日に変更したことからも、いわき病院の医療記録の正確度と保存性に関する安易な態度が確認できる。その行為が、大規模な処方変更を行ったといわき病院が主張する11月23日以後の主治医渡邊医師の記録された診察回数をわざわざ削減して診察日の訂正を行ったところに現れている。

上述の診察回数の削減はいわき病院の法廷作戦としては決定的なミスである。重度の統合失調症患者に対して抗精神病薬を中断して、暴力傾向が亢進する可能性で特に危険性が指摘されるパキシルの中断をした後では慎重に病状の変化を診察する義務が主治医にあるが、その診察日の変更と削減で、渡邊医師の義務違反がより明瞭となった。更に、アキネトンを中断したプラセボ筋注は12月1日から開始し、3日後に主治医が診察して確認したはずの12月3日の診察日が撤回された。渡邊医師の立場からすれば、「やらずもがな」の記録訂正である。

いわき病院は基本的に記録を残さないことで、過失を行った直接証拠が乏しく、証拠不十分で責任回避できるという、医療過誤の証拠を隠滅する意図があったものと推察できる。しかし、いわき病院の医療記録の問題は、本来以和貴会が意図したであろう目的意識を達しておらず、逆に必要な医療手続きや手順を行った記録が存在しないところにある。いわき病院は野津純一のリスクアセスメントもリスクマネジメントも行った記録が無い。重大な処方変更後に看護師などの医療スタッフに特別な状況にある野津純一に関して周知徹底した事実がない。また、渡邊医師が主治医として診察義務を果たしたという事実が記録されていない。いわき病院は殺人事件の発生を未然に防止できる精神科臨床医療を行った証明がない。いわき病院の自己保全目的意識が図らずも、過失の本質をあからさまにした。必要かつ適切な医療を行わないことは、いわき病院の確定意思である。


(4)、過失が成立する論理
  いわき病院は医師の裁量権及び平成17年12月当時の日本の精神医学界の医学的常識論を持ち出して責任回避の論理を展開した。また外出許可が殺人に至る十中八九の高度の蓋然性を証明することを原告側に要求した。これらの論理は、仮にいわき病院が行った精神科医療の内容に錯誤や過失の要素が証明されたとしても、いわき病院が法廷論争として、日本の標準的な医療を遂行していたとして法的過失責任から逃れる意図の論理展開である。

いわき病院及び渡邊医師は一連の精神医学的な間違いや不作為を行った。いわき病院が野津純一に実行した精神科臨床医療の過失責任は、真面目な医師と医療機関が誠実な医療を行ったにもかかわらず不幸にして発生した事件に過剰な責任を問われているのではない。事件の本質は、いわき病院は病院として、また渡邊医師は主治医として患者野津純一に対して錯誤と不作為及び怠慢と無視(ネグレクト)という医療契約の不履行を行ったところにある。渡邊医師は、平成17年11月23日に野津純一に対して重大な処方変更を行った後で、主治医として診療を行わず治療放棄をしていた。いわき病院はその上に加えて、看護の怠慢があった。いわき病院の医療は「著しく不適切不十分な医療行為」であると共に「医療行為の名に値しないような医療」(最高裁平成17年判決における島田裁判官と才口裁判官の補足意見)である。野津純一による矢野真木人殺人はいわき病院と渡邊医師が放火・他害既往履歴がある統合失調症患者の野津純一に錯誤ある医療を行った上に、適切な医療を施さない、医療上の怠慢と無視(ネグレクト)が行われた結果として発生した。


2、いわき病院の錯誤と過誤の事実

(1)、任意入院を理由にして人命損耗を容認する精神科開放医療という事実
  いわき病院は野津純一が任意入院患者であり、いつでも本人の希望により退院できる権利を有することを以て過失責任の不存在を主張した。いわき病院は答弁書でも「精神障害でないものの犯行」と主張した事実がある。

いわき病院の主張は入院治療契約を結んでいる患者に対して債務不履行であると共に、病院としての社会的責任の自覚が乏しい主張である。精神障害者は任意入院であっても病状の変化があり、任意入院のままで期限を定めた行動制限をすることは精神保健福祉法で認められている。渡邊医師は精神保健指定医という社会の尊敬を受けるべき専門職であり、任意入院を理由にした精神科治療放棄の主張を行えない職責がある。いわき病院に病院としての社会的責任に自覚がないために、入院患者の治療を真っ当に行わず、患者のリスクアセスメントもリスクマネジメントも行わない精神科開放医療を行い、精神障害者に関連する人命損耗を「やむを得ないこと」として容認する無責任な精神科臨床医療が行われたのである。


(2)、統合失調症を適確に診断できなかった事実
  統合失調症診断を適切に行い治療することは、精神科専門病院としてのいわき病院及び精神保健指定医の渡邊医師には精神科医療推進者として基本中の基本である。渡邊医師の診断が安定性を欠いていたことが、処方薬の安易な中止と処方変更後に適切な診察と診断を行わなかったことに繋がり、渡邊医師の医師としての資質及び姿勢に疑問を抱かせる。

渡邊医師は、自らの統合失調症の診断が不安定であるにもかかわらず、前医師から継承した統合失調症の診断名があるため、統合失調症と反社会的人格障害は二重診断できないとして、他害履歴がある野津純一の他害リスクを無視した。野津純一には放火暴力履歴がありいわき病院内でも実際に看護師を襲った事実があるが、渡邊医師の患者の病状把握が疎かで自らが信じる診断理論に左右されて事実認識に不足があったと指摘できる。その上で統合失調症を的確に診断できていない渡邊医師は、抗精神病薬中断により攻撃性が発現する危険性が高められた重度統合失調症患者である野津純一の経過観察を怠り診察とアセスメントを行わず、必要性は極めて乏しいとして患者からの診察要請を拒否した。また、抗精神病薬を断薬した後でアカシジアや精神症状が悪化する可能性を考慮せず、統合失調症増悪時の他害リスクの増大の可能性に配慮が無く、A鑑定人が指摘した「慢性統合失調症に特有の不可解な行動」が発現する可能性を配慮せず、殺人事件の発生を未然に防止することがない精神科開放医療を行って、事故を発生させたのである。


(3)、反社会的な行動を行う可能性を否定した事実
  渡邊医師は統合失調症の野津純一に反社会的人格障害は理論的に二重診断できないという診断論理を持っている。このため、渡邊医師は、野津純一の反社会的行動(放火暴力)履歴を無視したが、殺人事件後には「反社会的人格障害の診断を行うことができる」とも主張しており、そもそも論理が混乱して一貫性がない。いわき病院の過失の問題は、渡邊医師が野津純一に反社会的人格障害の診断を行うか否かの問題ではない、本件殺人事件の発生を抑制するための具体的な対応をいわき病院が取らなかったことに過失の原因がある。野津純一に放火と暴行及び他害行為の履歴があった事実をいわき病院は承知していたのであり、その事実に基づく対策がなかったことが重要である。

渡邊医師は反社会的人格障害の診断と野津純一に現実にある放火暴行履歴や他害リスクの問題を混同し、自らの論理である統合失調症の患者には反社会的人格障害と診断できないという論理に基づいて、野津純一のリスクアセスメントを行わなかったことを正当化した。また、反社会的な人格障害の要素が存在する可能性を頭から否定したことで、野津純一の他害行為履歴やいわき病院内の暴力行動などに関心を払わない原因となった。渡邊医師は精神科臨床医であり、診断理論に埋没して、患者が示す現実の病状変化と他害行為を行う可能性を頭から否定して対応しないことは過失である。


(4)、過去の放火暴力履歴を検証しなかった事実
  渡邊医師はいわき病院が精神科医療機関として把握した事実を、病院長で主治医の渡邊医師個人には知るべき責任は無かったと否定した。これは、いわき病院と渡邊医師の怠慢と不作為である。しかし「野津夫妻が説明しなかった」と主張し、また「他の病院から情報提供を得られないのでいわき病院に責任は無い」と主張した。野津純一の放火暴行履歴はいわき病院の記録にある事項であり、その具体的な内容を詳細に記録整理しておらず、いわき病院には精神科専門医療機関として過失責任がある。

いわき病院は準備書面等で、平成16年9月21日のH医師による入院前問診を度々引用したが、野津純一の反社会的行為に関する野津氏の申告が記載されているこの日の診療録を、矢野夫妻は特に指摘して法廷に提出することを求めたが、いわき病院は2回とも自ら証拠提出せず、矢野夫妻が既に承知している事実でも隠蔽する意図が見られた。その上で、実際には行われていた野津純一本人及び野津夫妻の説明と申告が無かったと虚偽を主張して、他害行為履歴の情報がいわき病院に与えられなかったとして、責任を野津純一と野津夫妻になすりつけた。更に、いわき病院内で発生した看護師に対する暴行事件以後も、いわき病院は野津純一の他害リスクを検証しないままで放置し、矢野夫妻の指摘に対しては「事件発生後のレトロスペクティブ(後方視)論」に依存して弁明を繰り返すばかりで、実際の精神医療現場でプロスペクティブ(前方視)の視点で状況展開を予見しなかった怠慢があった。また渡邊医師は平成21年9月9日付け証拠申出書で「主治医である私から特定の攻撃的行為を積極的に尋ねることは精神科臨床上良好な治療者関係を築く上ではあり得ず、不可能と言って良いでしょう」と証言したが、これは精神科医としてリスクアセスメントを行わない確信を表明したものであり、かつ職務放棄である。


(5)、無謀な薬剤処方の変更をした事実
  いわき病院長の渡邊医師は古くさい定型抗精神薬の処方を好む傾向があり、現代的で副作用が少ない非定型抗精神病薬の処方を選択するいわき病院職員の精神科医師と処方上の見解が往々にして異なっていた。渡邊医師が野津純一の気に入っていた他医師の処方を安易に変更することは野津純一に対する処方変更の経過からも明らかである。渡邊医師は自らも処方変更を繰り返して、野津純一のアカシジアが悪化する原因となった。渡邊医師は「パキシルの中断で暴行が発生する危険性に関する添付文書の注意書きを承知しなかったが、それでも責任は無い」と主張した。しかし、手元にある危険情報の注意書きを読まず、その上で安易に抗精神病薬の中断という患者の危険性を重ねる処方変更を行ったことは、精神保健指定医としては重大な過失である。

渡邊医師が11月23日から実行した大規模な処方変更は患者野津純一のインフォームドコンセント無しに実施された。また渡邊医師は大学病院の医師で精神保健指定医であるにもかかわらず、抗精神病薬中断の離脱症状、精神症状の悪化やパキシルの断薬問題等、薬剤の重大な副作用に対する配慮が無く実行した。その上で、重大な処方変更の事実とそれに伴う医療看護上の留意事項を、看護師等のスタッフに周知せず、更に、重大な処方変更に関連した病状の変化を渡邊医師本人が詳細に診察せず、確認診断(アセスメント)を行わなかった。


(6)、抗精神病薬を突然中断した事実
  野津純一は放火暴力履歴を有する慢性統合失調症患者として長年に渡って抗精神病薬を服用し続けていた。このような条件では、抗精神病薬の種類や投薬量の変更を行うことがあっても、抗精神病薬を継続投与し続けることが臨床精神医療の常識である。統合失調症の診断が間違いであったとして抗精神病薬の中断を行う状況はあり得るが、その場合にも特に慎重な減薬手続きを行い、長時間をかけて安全確認を行いつつ断薬に至らなければならないとされる。

渡邊医師は平成17年2月14日に主治医を交代した後で野津純一の統合失調症を疑い、事件後にも答弁書で「精神障害でない者」と主張して、実質的に統合失調症の診断を否定した事実がある。A鑑定人は野津純一の統合失調症を確定鑑定したが、渡邊医師が、アカシジアに苦しむ野津純一の治療で、そもそも統合失調症の診断を疑ったため、抗精神病薬の中断を思考した要素が認められる。しかし、その場合でも、抗精神病薬の中断手続きは患者にインフォームドコンセントを行い、また断薬手続き中の異常の発生などの可能性に関して特に厳重な注意喚起を看護師等の医療スタッフに徹底しておく必要があった。野津純一にはいわき病院内で看護師に襲いかかった事実があるなど他害暴力履歴があり、そのような患者では、抗精神病薬の中断で重大な問題が発生する可能性が高い事が知られている。抗精神病薬の断薬の危険性に関する知識は、精神医療界の常識中の常識であり、精神保健指定医で大学病院の医師でもある渡邊医師の知識不足は過失である。

いわき病院は抗精神病薬の中断は平成17年11月23日からという公式見解である。事件の発生は12月6日であるが「体脂肪中に蓄積された抗精神病薬が体中に放出されるために、中断から2週間では抗精神病薬断薬による危険症状の発現にまで至らない」という意見がある。これに関して、C鑑定人・デイビース医師団・B鑑定人は抗精神病薬の中断後ではいつでも危険な兆候の発現があると指摘した。更に、抗精神病薬の中断は一か月以上に及ぶといういわき病院の内部情報があり、10月27日の診療録の渡邊医師の記載及び薬剤師が11月2日に渡邊医師の指示に反する見解を記述した後で記録を残していないなどの証拠がある。11月23日からの中断というのはあくまでもいわき病院の自己申告であり、実際には抗精神病薬は一か月に及ぶ中断をしていた蓋然性が高い。この場合には、いわき病院が11月23日を断薬開始日と設定した背景に、抗精神病薬の断薬による危険認識があり、苦し紛れで責任回避を求めた意図が認められる。

渡邊医師は抗精神病薬プロピタンと抗うつ薬パキシルの継続投与と中断に関連した証言を3回変更したあげく、最後に「抗精神病薬の中断はパキシルの中断と同時に行われた」と証言を確定した。パキシルは断薬による危険性の亢進が特に指摘される薬剤である。抗精神病薬の中断が11月23日でも、パキシルの中断と同時に行われたことで、野津純一に暴力行為の発現を誘発する危険性は極度に亢進した。渡邊医師は「パキシル断薬による危険性の亢進は知り得なかった」と主張したが、抗精神病薬の中断という危険性を亢進する処方を行っていながら、パキシルの添付文書に記載された危険情報を読んでいないとすれば、大学病院の医師でもある精神保健指定医としては重大な義務違反と怠慢である。


(7)、パキシルを突然中断した事実
  パキシル突然中断による攻撃性が亢進する危険性は、渡邊医師の処方変更が殺人衝動に直結した重大な問題である。しかし、渡邊医師は「パキシルの突然中断による暴力行動が発現する可能性が極めて高くなるという危険情報は平成17年12月の時点では一般の病院の一般の精神科医師では知りようがない知見であり、責任は取れないし責任を問われる理由は無い」という主張である。しかしながら、パキシルの中断による危険情報はA鑑定人が認めるとおり平成15年8月から添付文書に記述されており(C鑑定人もその事実を認めた)、渡邊医師はパキシルを処方する際及び中断する際に記載内容を確認する義務があったのにこれを怠っていた。

渡邊医師は平成17年3月16日の診察で、「気になるとき、ムズムズ感が強い」としてパキシルの導入を検討し、3月29日から処方し、10月27日に処方変更を考え始め26日後の11月23日に中断したのである。パキシルの導入まで2週間、また服用期間は8ヶ月、中断を考え始めて実行するまで26日が経過していた。また11月23日の中断時には病状が悪化する際の留意事項を記載していた。パキシル中断に関する危険情報はすでに薬事添付文書に重大情報として記述されていたのであり、渡邊医師はパキシルの処方開始の時また中断の時にも、危険情報を確認する時間的な余裕があり、また危険情報を調査する義務があった。

パキシル中断に関連する重大な危険情報は、渡邊医師がわざわざ学会報告や専門書を調査するまでもなく、手元にある薬の添付文書の記述内容を再確認するだけの簡単な手順に過ぎないが、渡邊医師はそれを怠った。また渡邊医師は外来受診予約患者や、相談予約をした家族を待たせてまでして、製薬会社のMR(医療情報担当者)と話し込んでいることが多いという内部情報がある。MRからは添付文書掲載前にパキシル中断の危険情報は口頭及び書面で知らされていた筈である。また薬の添付文書を読むのが面倒でも、いつでもMRに質問してパキシル中断で安全性の問題に懸念があるか否かを簡単に知ることができる状況であった。

渡邊医師は精神保健指定医であるとともに香川大学医学部精神科外来担当医師であり、高度な医学的知識を積極的に承知すべき精神医療専門家でありかつ大学病院の医師でもあった。更に、精神科開放医療を積極的に推進するSST(社会生活技能訓練)推進協会の全国役員であると共に北四国支部長という指導者でもある。渡邊医師は、「一般の病院の一般の医師」というランクの医師では無い。A鑑定人の鑑定意見に基づけば、過失責任から逃れることはできない。


(8)、アカシジアの診断をCPK値で行った事実
  渡邊医師は平成17年2月25日に、いわき病院職員S医師の「アカシジア(+)」の診断を変更して「アカシジアにしてはCPKの値が低い」と診断した。矢野夫妻から医学的な間違いであるとの指摘を受けて、4年5ヶ月後の平成22年8月9日の人証で「CPK値でアカシジアを診断したことは間違いでなかった」と改めて主張した。そしてA鑑定人は鑑定意見書でCPK値によるアカシジア診断は間違いであると断定した。渡邊医師はCPK値の医学的意味を十分に検討する時間的余裕があったにもかかわらず、自らは間違いを知り訂正する精神科専門医としての義務を果たさなかった事実が確定した。

渡邊医師はアカシジアを心気的と間違い、アキネトンの中断を行って生理食塩水筋注を続けたが、病状の変化を自ら診断することが無く、無期限に中断したままで放置した。渡邊医師の医学的錯誤を自ら確認しそれを修正することがない医療こそ過失を重ね拡大し、最終的に殺人事件の発生を未然に抑制することがない精神医療を行なうに至ったのである。


(9)、アキネトンに代えて生理食塩水を筋肉注射し続けた事実
  渡邊医師が抗精神病薬の中断とパキシルの中断という重大な処方変更を行った上で、同時にアキネトンを中断して生理食塩水をプラセボとして筋注し続けた医療は野津純一が執拗に訴えたイライラとムズムズに対する治療としても基本的な問題がある。また渡邊医師が実行したのはプラセボテストであり患者純一の意思を尊重したインフォームドコンセントが無かったことは明白である。そもそも同時に複数の処方中止を行えば、仮に治療目的を達成したとしても真の原因を特定できず、以後の治療で再び混迷する可能性が高い粗雑な医療である。その上で、渡邊医師は3日間の期限付きでプラセボテストを実行し、テスト実行中の留意点を診療録に記述していた。プラセボテストは12月1日に開始されたが、渡邊医師はその後一回も野津純一を診察して病状把握をしていない。診療録に記載した12月3日の診察は、カルテの記載は簡単すぎて効果確認とは言えない(デイビース鑑定書I)、しかもその12月3日の日付を宣誓の上で11月30日に変更したので、プラセボ開始後に診察した事実も消滅した。渡邊医師は主治医として、アキネトン中断による病状悪化の可能性を予見していながら、中断後に一回も患者を診察せず、しかも診察拒否をした。これは、渡邊医師が記録を変更までして主張した事実である。

(10)、不適切な患者管理と看護の事実
  いわき病院は第2病棟が看護基準を満たしていたとして、看護に錯誤や怠慢や不作為がなかった証明にしているが、これは問題の的を外した弁明である。看護基準を満たしていたとしても、看護上の過失を否定する論理は成立しない。いわき病院第2病棟の実態は痴呆老人との混在看護で、精神障害者の看護を十分に行えなかったのである。安全基準を満たした車輌でも、操作が悪ければ、交通事故は発生する。いわき病院の看護の実態に過失責任を問わなければならない。

渡邊医師は重大な処方変更を行った事実を看護師に周知徹底しておらず、第2病棟の責任者のO看護長すら、人証で「カルテを見て知った」と証言しており、渡邊医師から特別の注意喚起がなかった事実を確認した。その上で、第2病棟は痴呆老人の治療が主目的で、第2病棟に併設されている精神科開放病棟であるアネックス棟独自の看護体制は整えられておらず、痴呆老人の介護で手一杯の看護師はアネックス棟に任意入院している精神障害者の看護に手が回らない状態であった。

いわき病院は野津純一が任意入院であることをもって「看護に怠慢はなかった」と弁明したが、理由にならない弁明である。またいわき病院は「看護師から異常の報告(記録)が無かったことをもって、野津純一に病状の悪化やその他行動上の異常は無かった証拠」としているが、看護師には重大な処方変更に伴う看護上の留意事項が伝えられておらず、看護師の報告は精神医学的に不完全かつ不満足である。E鑑定人は「患者純一の看護記録では主訴と所見が多く、看護評価と看護方針が極めて少ない」と指摘している。更に「看護師の主観を記述しており、副作用に苦しむ患者に対する看護援助の基本が出来ていない」としている。更に、渡邊医師は看護師からの情報を医師の目で確認する患者の診察を行わなかった。そもそも看護師は野津純一の顔面にあった根性焼きを発見しておらず、満足な看護を行っていない。


(11)、根性焼きを発見しなかった事実
  野津純一が「事件の2〜3日前に顔面に自傷した」と証言した根性焼きをいわき病院は発見していない。野津純一の根性焼きは12月6日の事件直前に野津純一が犯行で使った包丁を購入する際に100円ショップのレジ係が目視・確認した。また犯行直後の同日母親が面会を申し込んで野津純一に断られた際に視認した。警察は犯人の特徴として顔面にある瘢痕を犯人確認要素としていた。翌12月7日に身柄を拘束された野津純一の顔面左頬には新旧複数の瘢痕があり、その中には黒く瘡蓋で覆われ数日が経過した古い瘢痕もあり、いわき病院が主張した「病院を出た後で自傷した瘢痕」では無いことが明白である。

いわき病院は「野津純一は病院内で根性焼きを自傷していない」と明言しており、いわき病院の看護職員の誰もが野津純一の顔面に発生していた重大な異変に気がつかなかった事実が確定している。いわき病院の看護で顔面の根性焼きを発見しなかった事実は、いわき病院の看護に重大な不作為と怠慢がある証拠である。


(12)、診察要請を拒否した事実
  渡邊医師はいわき病院の公式見解である11月23日に薬事処方を変更した後で、主治医として一度も昼間の野津純一の診察と診断(アセスメント)していない。看護師を通じた診察要請に応えるのは主治医の当然の義務である。渡邊医師は野津純一に発生する可能性がある異変の兆候に敏感でなければならない状況にあった。12月6日の看護師を通した野津純一の診察要請に対して、渡邊医師は、自ら行った大規模な処方変更の事実に基づいて、直ちに野津純一を診察できない状況があったとしても、病院長として病院スタッフを指揮して野津純一の状況を確認して必要な対応を取る必然性があった。渡邊医師は、野津純一を診察する時間的な余裕があった12月6日の午後も、翌7日の午前中も野津純一の診察を行っておらず、渡邊医師には「野津純一を診察しなければならない」という、重大な処方変更後の責任義務の認識が欠如していたことは明白である。渡邊医師は、主治医として責任を負う入院患者野津純一の診察要請を拒否した過失がある。

(13)、「自由放任さもなければ措置入院」という論理で病院運営した事実
  いわき病院は矢野夫妻が「措置入院としなかったからいわき病院に責任がある」と主張したと弁明するが、矢野夫妻は措置入院の議論をしていない。いわき病院は事件直後から「事件を発生させない対応を行うには二人以上の医師の診断を必要とする」として、任意入院の開放医療から措置入院の閉鎖処遇に変更する手続きを日常の精神医療では行えないことを弁明理由としてきた。矢野夫妻が指摘しているのは「毎日の患者の病状の変化を観察して外出許可の運営に役立たせる精神科医療が行われていなかった」という、日常の医療と看護の体制に不備があったことを指摘している。いわき病院が、「措置入院それとも開放医療で自由放任」という精神保健福祉法に違反する無責任な医療を行っていたことが、事件の発生の背景にあり、過失責任を免れない。極論に走るいわき病院には、任意入院患者である野津純一に対して適切な診察を行わず治療的介入を行わない怠慢があった。

(14)、精神科開放医療でリスクアセスメントを行わない事実
  いわき病院が日常の医療で、リスクアセスメントを行い、それに基づいてリスクマネジメントを行っていたならば、事前に病状悪化を防げていた。たとえ、リスクアセスメントやリスクマネジメントを行っていなかったとしても、12月6日の診察要請に応えておれば、根性焼きやイライラ亢進に気がついて処方の見直しや野津純一に外出することを控えさせるか、それとも付き添い付きの外出に切り替えるかの対応をして、殺人事件の発生を未然に防止することは可能であった。また、診察の希望が叶えられておれば、野津純一の心は和み殺人を起こさなかった可能性が高い。

リスクアセスメントを日常的に実行している、地方の一般の精神科医療機関は事例として存在し、日本では不可能で非現実的な精神科医療要件ではない。また、欧米の諸外国では精神科開放医療を実行する上で必須の条件である。そもそも、いわき病院はリスクアセスメントを行うという意識が無いために、他害履歴があり自病院でも暴行履歴を持つ野津純一に、攻撃性が拡大する可能性が高まる処方変更を複数重ね、処方変更後の診察を怠り、野津純一の病状の変化を確認する事がなかった。したがって、リスクマネジメントもあり得ない。そのような杜撰で無責任な精神科開放医療を行っている上で「精神科開放医療では殺人事件の発生はゼロにはならない」と主張しているのである。いわき病院は病院という公的機能を持つ機関として、社会的無責任である。

渡邊医師は精神科開放医療を積極的に推進する精神医療専門家の団体であるSST(社会生活技能訓練)推進協会の全国役員であると共に、北四国支部長という精神科開放医療の指導者である。その上で、いわき病院は精神科開放医療を積極的に推進していたが、いわき病院が、他害行為履歴がある患者の他害リスクを検証せず、開放医療を行う中でリスクアセスメントやリスクマネージメントを行わず精神科開放医療を推進し過失責任が無いと主張することは道理に反する。渡邊医師には、精神科開放医療の促進と社会的定着に関して、本人の社会的地位と役割に見合う重い責任がある。


3、過失の連鎖反応

(1)、錯誤した知識を訂正することがない渡邊医師
  平成17年2月14日に渡邊医師が野津純一の主治医を交代した時点で、重度慢性統合失調症の野津純一は前医のN医師の治療効果で病状が軽減した状態だった。その状況から渡邊医師は野津純一の統合失調症の診断を疑い強迫神経症の診断に大きく傾いた判断を行った。渡邊医師は強迫神経症単独を強く疑ったため、野津純一の抗精神病薬の副作用であるアカシジアを、錯誤した医学知識に基づいてCPK値で診断して「心気的」と判断した。渡邊医師は事件から4年半後の平成22年8月にも人証でCPK値による診断は間違いではないと主張したが、いわき病院推薦のA鑑定人も間違いの事実を確認した。渡邊医師の精神医学的な知識不足と、その知識の錯誤を訂正することがない医療姿勢は明白である。この不勉強な渡邊医師の重大な精神医学の知識の修得に無関心な態度が、極めて重大なパキシルの危険情報を承知しないままで急激に中断する処方を実行した無謀な医療に繋がった原因である。

(2)、一貫性がない渡邊医師の診断理論に基づく錯誤と不作為
  野津純一に統合失調症と診断することを疑っていた渡邊医師は「統合失調症と反社会的人格障害は二重診断できない」という診断論理を持つため、前医に統合失調症と診断されていた野津純一に反社会的人格障害の要素がある可能性を考慮しなかった。野津純一が入院する直前に両親は野津純一の過去の放火暴行履歴を申告し、野津純一は入院直後に看護師に暴行を行い、主治医交代時の問診でも渡邊医師に暴行履歴を自ら申告したが、渡邊医師は「暴行履歴を野津純一に質問することは主治医と患者の信頼関係を損なう」との考えで、野津純一の他害リスクに関する検証を行わなかった。自らの診断論理により、野津純一が反社会的行動を行った過去の履歴と目の前の現実及び将来の可能性を無視した渡邊医師は、精神科開放医療を行う野津純一に対してリスクアセスメントもリスクマネジメントもしない過失を行った。また任意入院であることを理由にして漫然と野津純一に外出許可を与え続けて、日常の病状の変化をいわき病院の医師も看護師も観察しない過失を繰り返し、病状の変化を外出許可の運用に反映させることがなかった。しかしながら、事件後に渡邊医師は、自らの診断理論に矛盾して「野津純一は反社会的人格障害と診断できる」と認めた。渡邊医師の精神医学的診断理論には一貫性がなく医療過誤を引き起こした数々の錯誤と不作為がある。

(3)、処方薬の選択で混迷した後の大規模な処方変更
  渡邊医師は野津純一に対する統合失調症の治療薬の変更を繰り返し中止した。野津純一は渡邊医師の治療の下で、アカシジアが消えず、アキネトン筋注による治療が欠かせなくなっていたが、渡邊医師はアカシジアを「病理的実態がない強迫的な心気的な訴え」と疑い続けた。渡邊医師は執拗にアカシジアを訴える野津純一に対して抗うつ薬のパキシルの投与と突然の中止、抗不安薬ベンゾジアゼピン系薬剤の大量投与、またパーキンソン病薬のドプスを大量投与した。ドプスはそもそも効果が無く、ベンゾジアゼピン系薬剤の大量投与は統合失調症の陽性症状悪化の危険性を高め、更に平成17年12月当時に「パキシルは突然中断による攻撃性の亢進に留意すること」が重大問題として精神科医療関係者に広く喚起されていた薬剤である。渡邊医師が野津純一の他害リスク履歴を無視して、攻撃性が亢進する可能性がある処方を行い、そのマイナス面の危険性を増大する重大な副作用に留意しない治療を継続したことは重大な過失である。

(4)、処方変更の事実を病棟スタッフに周知せず危険性に関して指示を出していない
  野津純一のアカシジア治療に迷った渡邊医師は平成17年11月23日から抗精神病薬(プロピタン)の中断、パキシルの突然の中断及びアキネトンを中断して薬効がない生理食塩水をプラセボとして筋注する大規模な処方変更を実行した。この処方変更に伴い、渡邊医師はいわき病院第2病棟スタッフに大規模な処方変更を行った事実を周知せず、処方変更に伴う野津純一に発現する可能性がある危険性リスクに関する注意喚起や看護や観察上の留意点を指示しない過失があった。渡邊医師は「危険性の認識は平成17年当時には持つことができなかった知識である」との立場であるが、抗精神病薬を中断するリスク、パキシルを突然中断する極めて高い危険性等は、精神科専門医であれば当時でも十分に知り得た情報であり、渡邊医師が薬剤の添付文書や文献から確認して対応する時間的余裕は十分にあったが、重大な精神医学情報に対する不勉強である。精神保健指定医の渡邊医師は香川大学医学部付属病院で外来診察を担当する医師であり大学病院精神科の医師として当然知っておくべき情報である。

(5)、主治医は重大な処方変更後に必要な診察を行わず、診察要請を却下した
  渡邊医師は患者に大規模な処方変更を行った主治医であるにもかかわらず、11月23日の処方変更後から12月7日にまでの野津純一拘束までの間に11月30日一回、しかも眠剤を服用させた夜間(夜7時以後)にしか診察しておらず、患者の病状の変化を観察して診断しない過失を行った。渡邊医師の野津純一に対する無関心はいわき病院第2病棟の実態でもあり、いわき病院内で野津純一が行った顔面左頬に対するたばこの火の自傷(根性焼き)瘢痕が発見されることがない、通常で常識的な正常な医療を前提とすれば信じることができない驚くべき過失が繰り返された。渡邊医師が大規模処方変更後に精神医学的なアセスメントを行わなかった上に、診察要請を拒否したことは過失である。

(6)、野津純一に対する外出許可の見直しを検討すらしていない
  渡邊医師は、大規模な処方変更後であり野津純一の病状の変化に注意しなければならない状況であったにもかかわらず、事件当日に野津純一からの診察要請を拒否して、何ら有効な対策をとらず、外出許可の内容を見直すことなく放置した過失がある。野津純一はいわき病院から許可による外出して約20分後にいわき病院から1kmほどの距離の場所で矢野真木人を刺殺したが、この短時間でしかも病院の近隣で殺人行為が行われたことも過失である。

その後野津純一は速やかにいわき病院に戻り13時には自室にいた。ところがいわき病院は野津純一の帰院を3時間も間違えた事実があり、「外出訓練中」でしかも「治療の一環である外出中」の「患者の所在をつかめないこと」は過失である。翌日も渡邊医師は野津純一から前日診察要請があったにもかかわらず診察せず、血が付いた服のままの野津純一に外出許可を出して外出中に野津純一は警察に拘束された。

任意入院を理由にして「外出中の患者の行動を確認せず、血だらけの手で帰院したことに気付かず、精神科治療効果に反映させず、自由放任としたこと」は過失である。いわき病院は事件後丸24時間にわたっていわき病院内に居た野津純一の顔面にあった根性焼きを発見しておらず、殺人事件発生にも気付かず、いわき病院の看護と医療が極めて杜撰であった事実を証明する。


(7)、殺人に至った必然の結果
  渡邊医師には、過失の連鎖反応が存在する。野津純一の矢野真木人殺人は、いわき病院と渡邊医師の過失の連鎖がもたらした必然の結果である。

  1. 放火他害履歴がある患者に対してリスクアセスメントとリスクマネジメントをしないで精神科開放医療を行った過失
  2. 患者の過去履歴の調査不足と無視
  3. 患者の診断で統合失調症の患者に自傷他害の危険性を無視した過失
  4. 大規模な処方変更と、処方薬中断後の管理と看護の不在
  5. 処方薬中断に関係する重大な副作用に関する知識不足に加え調査をしない過失
  6. 患者の病状の変化を主治医が自ら観察して診断しない過失
  7. 任意入院の患者に自由放免でなければ措置入院とする極端から極端に走る不作為の医療を行った過失


 
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