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「いわき病院事件」裁判終局に向けた詰め


平成23年3月7日
矢野啓司・矢野千恵


この報告は平成23年3月2日に高松地方裁判所で行われた「いわき病院事件」〔原告矢野夫妻平成18年(ワ)第293号損害賠償請求事件、及び原告野津夫妻平成20年(ワ)第619号 損害賠償請求事件〕審理に関する私たちの記録メモです。


1、いわき病院が新たに提出した証拠の原本確認

いわき病院がこれまで自主的に法廷に提出した証拠資料は、矢野真木人が殺人された直後に警察がいわき病院から押収した証拠資料と比較すれば、資料の欠落及び内容の不一致等が散見されました。このため、高松地方裁判所はいわき病院が所持している診療録等の資料原本をいわき病院代理人に持参させて原本確認を行いました。その作業は、いわき病院が提出した各資料の原本と提出されたコピーの間に相異がないことを、裁判官が確認し、その後、原告矢野代理人、原告野津代理人、原告矢野に順次回覧して確認をしました。

これにて、いわき病院は自主的に提出するべき裁判に必要な全ての証拠を提出し、内容の確認が行われたことになります。しかしながら、いわき病院は「警察資料」にある、入院前問診(H医師カルテ、野津母親発言)等は未だに提出をしていません。これらの資料には平成16年10月1日にいわき病院に入院する前に野津純一に暴力行動があったことが証言されており、当日担当したH医師が診療録(カルテ)に記載してありました。病院長渡邊医師は「野津純一の暴力行動は承知してないし、予想がつかないものである」と一貫して証言してきました。いわき病院は「警察押収資料にあるが渡邊医師の主張と異なる記録を自主的に法廷に提出することを拒んだ」ことになります。

「いわき病院事件」で重大なポイントは慢性統合失調症の野津純一に対して抗精神病薬等を突然中断した処方変更後の経過観察と薬事効果判定が真っ当に行われていなかったところです。今回の証拠提出で、主治医の渡邊医師は処方変更を実行してから殺人事件が発生するまでの2週間にカルテに記載した診察を一回しか行わなかったことが確定し、事件前の一週間もの間主治医は患者の状況を観察しておりません。薬剤師は薬事効果判定の有資格者ですが、薬剤管理指導記録の最終は11月2日で、その後野津純一が逮捕された12月7日まで記録を残していないことが確定しました。主治医の渡邊医師は「金銭管理トレーニング等の報告を参考にした」と主張しましたが、作業療法記録と合わせて4回記録がありますが、そのいずれにも病状に関する記述はありません。そもそも医師自ら診察せずに、重大な処方変更を行った事実を知らされておらず、問題意識を持って観察するように指示されていない無資格者の報告に頼っておりました。なお、作業療法記録の最終は12月1日で、野津純一のアカシジアの症状が特に悪化した12月3日以後の報告ではありません。

野津純一の担当だったK看護師の月間「看護サマリー」が初めて提出されました。しかしながら報告書の日付は10月1日から12月6日までで、月間報告である筈が殺人事件発生後に2ヶ月以上をひとまとめにして弁解調に記述したものでした。野津純一の逮捕は12月7日でしたので、報告期間に1日の違いがある上に、K看護師自身は12月6日には非番で、渡邊医師が野津純一に対する診察拒否をした際の当事者ではなく、事件直前の野津純一の状態を自ら観察しておりませんでした。


2、いわき病院側鑑定人

いわき病院は平成22年9月の法廷で「すでに、いわき病院側鑑定者に依頼してあり、その報告書を12月までに提出する」と主張しました。しかし、期限の平成22年12月の法廷では「鑑定者が急病になったので提出できない」そして「平成23年3月の法廷までに、鑑定者を決めたい」と猶予を求めました。その後いわき病院が法廷に提出した文書には「平成23年2月末に、鑑定人候補者と面談する」との文言がありました。

いわき病院代理人は3月2日の法廷で「鑑定人を選定したので、鑑定人の報告書を6月中に提出する」と発言しました。しかし、鑑定人氏名と所属に関しては言及がありませんでした。また、いわき病院代理人は、鑑定要請を受けて「鑑定人は、快諾した」と付言した上で、「このような事例で精神科病院に過失責任が問われることがあってはならない」と強く主張しました。


3、いわき病院提出資料に対する原告矢野の意見

裁判長から、原告矢野に対して「いわき病院が提出した証拠に対して意見はあるか」との質問があり、矢野から「いくつか問題点がある、1か月を目処に作業をして、意見書として提出したい」と回答しました。裁判長から「原告矢野が提出する意見をも踏まえて、いわき病院は次回期日の5月16日までに追加意見を出せますね」と指示がありました。


4、裁判の進行と結審に関する裁判長の意見

裁判長は「次回法廷を6月末にするのは、再び3ヶ月以上の期間が空き、遅すぎるので、鑑定書が提出される前の中間段階で一度開廷したい」との意見で、日程を調整した結果、5月16日(月)16時に開廷することになりました。その際、裁判長は以下の通りの所感を述べました。

  1. いわき病院が歯科カルテの出し渋りをするなど、資料提出に協力的でなかったので、裁判日程が延伸された。
  2. 証拠調べは地裁レベルで終結すべきであり、上級審では行われない。そのためもあり今回は時間を費やして徹底して審理を行うことにした。
  3. 次回期日までに、原告矢野の意見、およびいわき病院の追加意見等があれば、提出してもらいたい。
  4. 6月に被告鑑定人から意見書が提出されたならば、原告側が再反論する期間を設ける。
  5. 昨年、高松地方裁判所が作成した裁判取りまとめ調書があるが、その後、審理の内容に実質的かつ大きな変化があったので、今後提出される原告および被告の意見は、これに縛られる必要はない
  6. いわき病院の鑑定書の提出と、原告矢野の再反論および原告代理人からの裁判に対する意見の提出を以て、結審の方向性を持ちたい。

上記5.の「実質的かつ大きな変化」には、「殺人事件が発生した直前の主治医診察日を変更したこと」、「突然中断した処方薬には、抗精神病薬(プロピタン)だけでなくパキシルとドプスが加えられたこと」、及び「十中八九の殺人をする高度の蓋然性が無ければ病院に責任は無いと主張したこと」等が該当します。


5、矢野の所感

(1) いわき病院鑑定人に関して

いわき病院鑑定人に関しては具体的な説明はありませんでした。しかしながら、いわき病院代理人の説明振りから類推すれば「権威ある人物ではないか」と推察されます。

いわき病院側鑑定書は、昨年9月から計算すれば、提出までに9ヶ月を要すことになります。前の鑑定人の場合は、「精神科病院の不可侵性」を信じて、鑑定書作成を軽い気持ちで受諾したと思われますが、裁判の法廷論議の内容を詳細に理解した時点で、「体調不良」を理由にして逃げ出したものと推察されます。この、いわき病院側の不安状態は改善していないものと考えられます。むしろ、その後いわき病院は「許可外出中の入院患者の10人中8〜9人が殺人する高度な蓋然性を証明すること」という人道上非常識な要求を原告に突きつけましたので、いわき病院側鑑定者が鑑定書を作成する自由度を自ら狭めたことになります。このため、再度、鑑定書の提出ができない事態が発生すれば、いわき病院側のダメージは大きいと推察します。

それでも、私たち原告は可能な限り高名で権威が高い方にいわき病院側に立った主張を取りまとめていただきたいと希望します。裁判長は既に「原告矢野に、反論の機会を与える」と明言しましたので、私たちも「武者震い」をしているところです。


(2) 協力者の事例

矢野の協力者の中には、最初「精神科医師として精神科医療機関に過失責任を問う裁判に危機感を覚えて、矢野に裁判を辞退させる目的意識を持って」接触してきた人がいます。最初は「どんなに非常識に見える治療や処方であっても、医師には裁量権があり、侵害されてはならない」と主張しておりました。しかし、矢野との長期にわたる意見交換で、いわき病院の以下の実態を認識して、協力者に転換しました。精神医療の発展を誠実に願う、立派な行動だと思います。

    ア、渡邊医師の不真面目な診察と治療姿勢と入院医療契約の破綻
    イ、パーキンソン病薬のドプスを36才の野津純一に処方した等の非常識な薬事処方
    ウ、エレベータの暗証番号を患者に教えた等、あきれた入院患者管理の現実

いわき病院の精神科医療を長年観察してきた医師の場合は「渡邊医師の精神科臨床医療は精神医学の問題を議論するまでもなく、入院医療契約の債務不履行であり、精神医療の公序良俗を維持する観点からも、いわき病院は過失責任を問われなければならない」と主張しました。新しく鑑定作業を受諾したいわき病院の「新」鑑定人も、真面目で誠実な人物であれば、これらの例に習う可能性があります。


6、今後の対応

原告矢野としては、精神医学的及び論理的な問題では、今後もいわき病院側意見及び鑑定人に反論するとともに、情報を公開いたします。とりあえず、今回の法廷で被告が提出した証拠に関して、新事実もありこれまでの原告意見を補強する事実関係の整理をして、4月初めに裁判所に提出します。更に今後、次回5月の法廷にいわき病院から主張が提出される場合、及びいわき病院鑑定人の鑑定書が法廷に提出される場合には、原告矢野は各々に対して反論書を作成する所存です。

私たちは主張を公開して参りました。しかし、私たちは興味本位で暴露のための暴露を行っているのではありません。私たちはいわき病院と渡邊医師が憎いのではありません。私たちは日本の精神医療の健全な発展と法治社会の実現を望んでおります。私たちが大義の意識を持って主張できる場は「いわき病院事件」の法廷です。私たちはせっかく与えられた機会ですので、より良き日本を信じて、行動します。そして、裁判が終結すれば、私たちは精神医療の世界の門外漢となり、外野から精神障害者の人権を尊重した精神医療の発展と精神障害者の社会復帰の実現を見守る所存です。



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