WEB連載

出版物の案内

会社案内

殺意をもつ心神喪失者?
(深田明子さんを殺した犯人には精神科入通院歴があった)


平成20年3月28日
矢野啓司・矢野千恵

深田明子さん
1、深田明子さんの死

深田明子さん(享年23才)が殺されたのは今年の1月12日の夕刻でした。そのしばらく前に若者に人気があるショットバーの店長に任命されたばかりの明子さんは、開店直後にかかってきたK(49才)からの電話で店の外に呼び出されました。Kは頻繁に店に出入りしておりましたが、酒癖が悪く、明子さんなどに「俺の女になれ」としつこく絡むので、誰からも嫌がられていました。明子さんには半年ばかりまとわりついていました。明子さんは「こまったな」と思いましたが、店の中で言い争いになると他のお客様の迷惑になると考えて、店の外に出ました。Kは明子さんを見るやいなや、包丁を右下胸に突き刺して、逃げ去りました。明子さんは「あっ」と逃げる間もなく致命傷を負って、近くのコンビニエンス・ストアの方に助けを求めて逃げました。しかし明子さんの体の中では心臓大動脈が切断されており、血が止めどもなく噴き出しており、明子さんはほんの数秒で僅か10mほど逃げただけで気を失って転倒しました。明子さんは二度と蘇生することはありませんでした。

深田明子さんの死は、新聞やテレビで報道されましたが、「ホステスの痴情話のもつれによる殺人事件」として世間の興味を集めただけで、明子さんはあたかも素行不良な女性が因果応報で殺されたかのような悪い印象を世間に持たれたのです。新聞やテレビが使った明子さんの写真は店のホームページに掲載されていた、酒を飲んだ姿でしたので、多くの人が明子さんを薄汚れた酒場の女と理解して良い印象を持たなかったのは不幸でした。


2、犯人K

犯人Kは、無職で生活保護を受けて生活しておりましたが、松山市の繁華街で飲み歩く毎日の生活で、一日に2万円以上の飲食をすることも稀ではありませんでした。いつも行きつけのスナックで、可愛い女性を見かけると「俺の女になれ」としつこく強要して、あちらこちらの店舗で「出入り禁止」を言い渡されていました。Kは明子さんが賢そうで若くて可愛いのに目を奪われて、また盛り場で働くには素人であることに気がついて、この女の「最初の男」になろうとして、モーションをかけました。ところが、明子さんはKを見ると明らかに嫌がるようになり、Kは明子さんが自分の女にならないことに強い憤りを覚えました。

その日、Kは自宅から刃渡り20センチの包丁を持ちだして、そのままでは人目に付くので、タオルでくるんだ上で、服の下に隠して町に出ました。明子さんが勤めていた店があるビルの外から明子さんに会いたいと呼び出しました。エレベータを降りてきた明子さんは、冷たい顔で拒否しました。Kは持っていた包丁で思い切り明子さんの右胸下を突き刺して、包丁を抜き取って、逃げました。しかしKは逃亡すれば、罪が重くなるので、血がついた包丁を持って、10分後に松山東署に自首して「私がやりました」と言い、緊急逮捕されました。その時「客として店に行き、明子さんに好意を持った。今日は脅してでも彼女にしたいと思い、交際を申し込んだのに断られたのでカッとなって刺した」と言っています。なお生前の明子さんは「常連客の男に交際を迫られ、困っている」と話していました。

Kは一人暮らしで、酒を飲むとたびたび従業員に絡み、食事に誘ったり、しつこく交際を迫る困った客で「要注意人物」でした。明子さんには去年の8月頃からつきまとっており、他の飲食店でも女性につきまとっていました。明子さんの店はKの出入り禁止を検討中でした。

逮捕後にKは精神科病院への通院歴を自供したために、検察は刑法第39条関連事件として慎重にKの精神鑑定を行うことにしました。鑑定結果を基にした起訴もしくは不起訴の決定は4月末までに行われるものと予想されています。


3、犯人Kが心神喪失で不起訴なら刑法第39条の暴走

Kは犯行時には明らかに心神喪失ではありません。深田明子さんに会う目的で自宅を出ており、刃渡り20センチの包丁を持ち出しました。明らかに計画性と「殺意=故意」があります。明子さんが勤務するショットバーの外から電話で呼び出しています。すなわち、その時点で意味不明の不定発言をしてはおりません。Kは明子さんを一刺ししました、明確な目的意識で急所を攻撃したのです。意味不明瞭な行動の結果としてたまたま明子さんが致命傷を負ったのではありません。Kの攻撃目標は明子さんでした。

Kは犯行後に自首による刑罰の軽減を期待して警察に出頭しました。この警察に出頭する行為は、心神喪失者が行える行動ではありません。犯行時点および犯行直後(10分以内)に心神喪失(自らの言動についての最低の制御能力さへも欠き、行為の善悪に対しての判断力が無い状態)ではありませんでした。また警察では「客として店に行き明子さんに好意を持った。今日は脅してでも彼女にしたいと思い、交際を申し込んだのに断られたのでカッとなって刺した」と起承転結が明瞭な発言をしたと新聞報道されています。このように、自分が行った行為に関して理由を説明できる人間は心神喪失でも心神耗弱でもありません。

Kが過去に精神科病院に入院もしくは通院した経歴があるとすれば、精神科の患者であった過去の履歴は間違いないでしょう。しかし精神科病院に入院歴や通院歴があることは、すなわち心神喪失の証明ではありません。これでは精神障害は治癒や寛解ができない病気であると言っているに等しいことです。それは昔のことで、現在の精神医療の水準では精神障害は治癒可能な病気です。しかし、これまでの検察の慣例では精神障害の既往歴があれば、安易に「心神喪失」が認められてきた事も事実です。殺人犯罪者でも精神障害の既往歴がある場合には、過去の記録では90%の犯罪者が検察官の段階で不起訴になっています。明子さん殺人事件で、「Kは当然殺人罪で起訴されるはずだ」と思うのは間違いです。

現在のKは刑法第39条で不起訴になることを期待しているはずです。Kが刑法第39条で不起訴になることを期待しておれば、逮捕された後で合目的的にKがやることは精神鑑定者に心神喪失と書かせるために最大限の努力をすることです。精神鑑定医師は過去に遡って犯行時点の精神状態を推察して鑑定書を書くのです。ここに、現時点のKが詐病をして犯行時点では心神喪失であったと演技をすることができる可能性があります。これは精神鑑定のパラドックスです。Kに明確な心神と強い意志があるならば、確信して心神喪失を演じることができる可能性が高くなるのです。

Kが無罪になりたい場合に行うべき事は、検察官の事情聴取でも、検察官が調書を書けないように不規則発言を繰り返すことです。検察官にとって、事実関係の確認も困難で、その上に論旨が一定しないでは調書の作成にも苦労します。このような場合に、心神喪失の精神鑑定書があれば、不起訴処分と決定するほうが事務上容易であると言われています。

心神喪失無罪はかつては精神障害は治らない病気と考えられていたために「精神障害者=心神喪失者」と短絡されていました。ところが、現在では優れた向精神薬が多数開発されており、精神障害は普通の病気になっており、薬を飲めば治すことができる病気になっています。このため、世界の常識として精神障害者であることは心神喪失の必要十分条件ではありません。殺人事件の場合には、他人を殺そうとする意思(故意=mens rea)の有無が心神喪失(自らの言動についての最低の制御能力さへも欠き、行為の善悪に対しての判断力が無い状態)と判断する際の重要な基準になっています。

Kは犯行時点で明らかに殺意があり、犯行後にも自己弁護の行動を取っています。このような行動をしたKに心神喪失で不起訴決定をするならば、これは刑法第39条の暴走です。残念ながらこの日本では刑法第39条が暴走してきたことは厳然とした事実です。


4、先生になりたかった深田明子さん

私たちは深田さん夫妻と面会して明子さんの写真を見せてもらいました。賢そうな顔立ちの明るく清楚な美人で驚きました。飲み屋のホステスという生活の乱れはどこにも見えません。明子さんの見合い写真が出回っていたら「とびきり上等」として、すぐにでも良縁が沢山舞い込んできただろうと思われました。

殺される前日の写真。
左側は母親の時子さん。

深田明子さんは地元の名門高校を卒業して国立愛媛大学教育学部で社会の小・中・高の教員免許を取っています。大学時代にはバスケットボールの選手で活発なお嬢さんでした。本人は教員になりたい志望ですが、ご多分に漏れず、今日教員に任命されるまでに長い待機期間を要します。募集があればいつでも応募して任命されるためには、教員志望が強い人は皮肉にも定職にはつけません。このため、大学卒業後にどうしても不安定な仕事に就かざるを得ないのです。明子さんの場合は、ショットバーでした。賢くて、可愛い明子さんはお客さんの注目を引き、また店の経営者から見ても頼りがいのある優良な従業員でした。このため、明子さんは短期間で店長に抜擢されました。しかしこのことは責任感はあるが、飲み客のあしらいが得意であるとは言えず、また素直で人の善を信じる明子さんには荷が重いことでした。Kの様な男性につきまとわれたときに、初期の段階で明確な拒否のサインを出して、相手に深入りさせないずるさが乏しかったのかも知れません。しかし、これを明子さんに期待するのも、また重すぎたことです。

深田明子さんがショットバーで働き、教員になるまでの時間を待機しようとしたことは、現在の社会では聖職者であるべき教員になることを希望する人間がしてはならない仕事ではありません。教員は生徒という多様な性格を持った多数の人間を誘導しなければなりません。このため、人間のあしらいを現実の世界で学び習熟する場としては、人が集う飲み屋の職場はこの上なく望ましい側面があります。現在の教室では、人間よりもコンピュータに関心が高い教員が多く採用されており、ややもすると、生徒指導に不適合もしくは生徒指導すらできない教員が頻発しているとされます。このような教育現場の実態を考えれば、明子さんの経験と短期間で店長に抜擢された秀でた能力は有能な教員としての明子さんの将来性に希望を抱かせるものでした。

深田明子さんがホステスとして死んだと社会に認識されたことは残念でした。このため、不幸にも明子さんにはあたかも男の心をもて遊んだ薄汚れた女の当然の報いと考える世評がまとわりついています。これは明子さんの実像ではありません。また明子さんにとって、悪評がそのまま放置されるのでは余りにも不名誉です。明子さんは人間の善を信じて、良い先生になろうとして努力して、短い命を終えたのです。はかない人生に終わった明子さんの名誉と人権は誰が守るのでしょうか?


5、深田さん夫妻に協力しよう

深田さんご夫妻は「初めてのことで、何もわかりません、ただただ、毎日泣き暮らしています・・」と言っています。

これは当然のことです。誰でも殺人犯罪被害者になるのは初めての経験です。誰も子供が殺されるのは初めての経験です。こんな事は普通は人生で経験することではありません。一回経験するだけで、私たちも人生が変わってしまった経験です。二度と再び経験したくありません。いや、かなうことなら、こんなイヤな経験をする前の状態に戻れるものなら戻りたいのです。しかし、それはかないません。願っても、願っても、かなわないことが、私たち被害者にとって、かえすがえす残念なことです。

深田さんは、最近重い気持ちで担当検察官に電話しました。検察官はお役人です。当然のことですが決まっていないことについて、軽い言葉はかけてくれません。これまでに解ったことは、犯人のKには精神鑑定が行われており、その鑑定報告を待っている段階です。これは、万一の場合にはKは心神喪失で不起訴になる可能性があることを示しています。

刑事裁判では検察官は被害者の味方です。裁判の中では被害者側に立って、犯人の罪を明らかにしてくれます。ところが、刑法第39条が関係する場合には、検察官が被害者側の立場に立つ理由がないと考える可能性はゼロではありません。「犯人は心神喪失ではない」と判断すれば、検察官は被害者の立場に立ってくれます。ところが、検察官が「犯人は心神喪失ではないと証明するのは面倒だ」と考えれば、状況は複雑になります。

現時点で言えることは、検察官が「犯人には殺意があり心神喪失ではない、犯人を心神喪失で不起訴にすべきだ」と考えてもらうことです。検察官も世論に関心が高いと言われます。これまでの世評の通り明子さんは「薄汚れた女」という認識が放置されるならば、検察官は心情的に「犯人が心神喪失であるか多少の疑問はあっても、薄汚れた女の因果応報による落命」として容易に心神喪失を適用して不起訴処分をすることができるでしょう。ところが「Kは犯行前後の状況から心神喪失ではあり得ない」という世論の後押しがあり、その上で、「深田明子さんは有益で貴重な人材だった」という認識が社会に共有されるならば、検察官と言えども、安易な気持ちでは不起訴処分にはできなくなります。


6、いつか来た道

私たちは、あの時を思い出すのもイヤです。私たち夫婦の場合、実は深田明子さんが包丁を差し込まれたカ所、明子さんが切られた心臓大動脈、そして最期の10mで必死に救いを求めた姿は、我が子矢野真木人の最期と全く一緒です。私たちには真木人の最期と明子さんの最期の状況が瞼の裏で重なってしまいます。深田さんと話をすること、明子さんの最期の状況をイメージすることは、私たちにとっては心理的な拷問です。

深田さんは「初めての経験で、何をするべきかわからない、何をしたいかもわからない、ただ、泣くだけ・・」と言っています。これはあの時の私たちと同じです。

皆様の、深田さんに対するご協力とご支援をお願いいたします。



上に戻る