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第77回 いつだって時代は過渡期だし、
       キャンバスは真っ白なんだよ


愛読している弘中勝さんのメールマガジン「ビジネス発想源」で、去年の10月に馬場康夫さんの本『「エンタメ」の夜明け』が紹介されていました。面白そうなので買ったのにまだ読んでないという馬鹿野郎は僕なんですが(←そんなんばっかりで「積ん読」本が部屋のかなりの部分を占めています……)、弘中さんが採り上げていた、ホイチョイプロダクションの社長である小谷正一氏の言葉「いつだって時代は過渡期だし、キャンバスは真っ白なんだよ」というのが、めちゃめちゃ引っかかり、ずっとデスクトップに貼り付けて眺めています。

いずれ『「エンタメ」の夜明け』を読んだ時にあらためてこのことについて書こうと思っていたのですが、いつになっても読みゃしないので、もう書いちゃいます。

つまり、いつの時代にも「昔は良かった」という中年がいるように、若者は「あの頃だったらオレだって……」と思うわけですな。
  そう、たとえば、戦国時代に最新兵器を持ち込めば、そりゃぁ、勝てるわけですし、フィンガーファイブがデビューする前に『恋のダイヤル6700』を出せば売れてるかもしれないんですから……(←たとえが古すぎっ!!)。

でもね、と僕は思います。
  僕らは過去を知っているから、いろんなものが無かった時代のことを振り返ることが出来て、「あぁ、今みたいに価値観が多様化しちゃって何が次に"クる"のかわからない時代じゃなくて、あんまり面白いものがなかったあの時代にオレが生きていたら、もっといいアイディアが出せるのに」なんて思っちゃうのでしょう。でも、「あの時代」でも、きっとその時代を生きている人たちにとっては「足りないものは何か」とか「売れるものは何なのか」なんてあんまり気づかなかったのですし、必死で考えていたのです。

時代はいつも過渡期。
  たとえば、僕らが劇団を結成した頃っていうのは「小劇場ブーム」と言われていて、劇団を結成してちょっと頑張ればいろんな雑誌が採り上げてくれて、ちやほやしてくれて、どーんとお客さんが来てくれる、という素敵な時代であったかのように、今の若手劇団の皆さんは思っているのかもしれません。もっとも、ウチはその恩恵にはあずかっていませんが……。
  実際、演劇そのものも多様化しています。しかし、それ以上にエンターテインメントそのものも多様化していて、面白いかどうかもわからないのにわざわざ高いチケット代を払って人混みの中を歩いて都心の劇場まで行って、何時間も座席に縛り付けられて、なんてことを強要される「演劇」なんてものに参加しなくても、自分の家の近くにちょっとした映画館があればそっちに行った方が楽ですし、そもそもテレビのチャンネルも、ちょっと有線放送か衛星放送に加入しちゃえばいくらでも面白そうな番組をやってるし、映画のヒット作がどんどん安ーーーいDVDになって売ってるし、家に光ファイバーの回線を引いてしまえばパソコンですいすい映画が見られちゃうし、もう、ほんと、演劇に勝ち目は無いんです(←超長い文章にしたくなるほど勝ち目がないんです……)。

でも、ですね。
  あの「小劇場ブーム」が起きていた1980年代前半と、2008年の今とで決定的に違うこと、ってなんでしょう?
  「なんでお客さんが来てくれないんだろう?」と、「くれない発想」で考えてしまうと、上のようなことになるわけですな。
  でも、「どうやったらお客さんが来てくれるようになるんだろう?」と、ポジティヴにいつも捉えていると、20年前と今とで、決定的にしかも飛躍的に情報の伝達のスピードが早まっている、ということくらいには気づくと思います。

つまり、演劇はナマ。ナマだから、以前は初日が開いたその日の感想なんて、行った人に直接聞くか、マスコミがレポートするのを見聞き読みするか、くらいしか方法はなかったわけです。
  ところが今は、初日を見た人が、まさにその日のうちにその日の感想をネットにアップしてくれてしまうのです。
  これはもう、古い演劇の人からしたら、おそるべき時代になっている、と言えるのです。
  なぜか。
  「初日は来ないでね」というのが、昔から役者と言われる人たちが平気で友人達に言っていた言葉でした。つまり、初日には芝居がまだできていなくて、全然自信が無いから友達さえ呼べない、ってことです。
  つまり。そんなことをやってるから、お客さんが離れていったんです。

これからの時代、演劇にとってはチャンスです。
  1回のステージを見てくれる人数は、ほんの数百人。でも、その中の何人の人がネットで日記を書いているのか、想像もつきませんが、キャラメルボックスのようにメインの観客層が20代、という場合には客席の6割以上の方が20代、とするとそのうちの半分の人はmixiやGREEや、なんらかのブログに日記を書いていて、ちょっとでもおいしいものを食べたり面白いものを見つけたら、絶対に一言でも書いてくださると思うのですね。

要するに、「誰よりも先にこの芝居を観た」ということが自慢できる時代にしなければならないのです。いや、して差し上げなければならない時代になったのです。イコール、創る側にしたら初日をばっちり決めなければおしまいの時代になってしまったのです。

が。そういう時代になってしまっていることに気づかずに20年前と同じ「気合い」でシバイをやってしまっている人たちにとっては、なんでこんなにお客さんが来てくれなくなってしまっているのかがわからないわけです。

昔は、宣伝にお金をかけたり、縁故関係をきっちり固める政治家の選挙みたいなやり方で公演前に前売券をきっちり売る、っていうのが演劇のやり方でした。でも、僕は昔からそういうやり方は間違っている、前売完売なんてウソ、初日が開いてからその評判でお客さんがどんどん増えていってくれるというのが本当、と、口を酸っぱくして言ってきました。そして、僕たちは、そういう時代がいつ来てもいいように、常に準備をしてきました。
  その日のことがその日のうちにある程度の人数の人たちに伝わる方法。知りたいと思ってくださった方には必ず伝わる方法。知らなかった人にも伝わる方法。そんなことを、この20年の間に蓄積してきました。
  そしてまた、1日で膨大な数のご予約をいただいてしまっても翌日の公演で混乱せずにお客さんにスムーズにご覧いただける段取りも準備してきました。

しかも、それらの「方法」や「段取り」は、無理矢理「最新情報」を必死で入手して膨大なお金をかけて開発してきたものではなく、お客さんと一対一でお付き合いしていくうちに「あ、こんな新しいメディアができたのかぁ。試してみよう」と、気軽にひょいと取り組んでしまうウチの会社の体質によって、自然に取捨選択されて残ってきたものたちなのです。
  つまりそういうものは、お客さんたちがすでに楽しんでいるもので、それを僕らもやってみて「おっ、楽しいじゃん」となって、そのまま続いてきているものたちなのです。

お客さんたちが、今日、今、どんなことを思ってどんなふうにしてほしいのか、どうしたら喜んでくださるのか、そういうことを毎日考え続けているうちに、自然に出来上がってきたものたちなのです。

だからおそらく、キャラメルボックス以外の劇団の人がキャラメルボックスがやっていることをそのまま真似てやったとしても、きっと長続きしませんし、お客さんも付いてきてくれないかもしれません。
  実際、僕も他の劇団がやっていることでおもしろそうだなぁ、と思って始めてみたら3日で飽きたうえに誰も乗ってきてくれなかった、なんてこともありましたし……!!

いつだって時代は過渡期で、これからのことは、真っ白なんです。

だから、僕らが今考えていることは、今目の前にいらっしゃるお客さんや、ネットで繋がっているお客さんを、いかに楽しませちゃうか、ということが第一。しかし時によっては、今楽しませることよりも、明日楽しんでいただいちゃう方法や、半年後にびっくりさせちゃう方法や、来年ギョッとさせちゃう企画や、再来年うれし涙がちょちょぎれちゃうような公演を考えることも大切で。
  あっ、そうそう、キャラメルボックスが「再来年の冬の公演まで企画が進んでるんです」と言うと、ほとんどの演劇の人がびっくりされ「ウチなんか、今年いっぱいも決まってません」とかおっしゃいます。が、僕にとってはあたりまえのことで、先のことがわかってないと今何をするべきかが決められないのです。実際には5年後にどうやってお客さんを喜ばせていたいか、というところまでを考えながら、再来年のことまでを具体化しようとしている、という感じでしょうか。

もちろん、再来年のことまでが全てがんじがらめにびっしりがっちり決まっているわけでもなくて、たとえば去年の冬に4年ぶりに名古屋公演をやってみたら前売り券が売り切れちゃったので追加公演をするまでに至った、ということがあったので、今年は全く名古屋公演の予定が無かったのに、年間スケジュールを急遽見直して全体を動かして無理矢理ねじこんだ、なんてこともしています。

「決めたこと」や「決まったこと」があると「芸術行為」はやりにくい、なんていう言い訳は、僕らにはありません。
  キャラメルボックスでは、「無理」なことをけっこうやってきています。
  東京西部の聖蹟桜ヶ丘という街の、駅ビルの上のイベントホールに舞台も客席もロビーもゼロから作って、2週間の芝居をやり続けて連日超満員にしたこともありました。
  JR東日本から依頼があってやった「シアターエクスプレス」という東北新幹線の中でやる演劇、というのも、「演劇は劇場でやるもの」という先入観を全く無視してゼロから考えたものでした。

「今の時代はこうだから、こうしかできない」なんていう言い訳を自分にしないで、「今の時代はこうだから、こっちもあるんじゃないっ?!」と、心のフットワークを軽く軽くもって、いつもいつも好奇心のアンテナをびんびんにしてお客さんの喜んだ顔を思い浮かべながらがんばっていきたい、と思うのです。

2008.3.5 掲載

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