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第57回 日本人は疲れている
ただいま、私たちキャラメルボックスは、池袋・サンシャイン劇場にて、新作公演『クロノス』を上演中です。
がっ。
土日の昼の回は完売しているのに、平日の公演が、恐ろしいほどに空いています。
この傾向は、ここ5年ぐらいで急激に出てきた現象なのです。
キャラメルボックスの人気がなくなってきた、ということなのかというと、どうもそうではないらしく、いただく予約の希望日が、ほとんどの人が土日の昼の回なのですね。みんながみんな土日の昼に殺到して、平日しか空いていない、というとあきらめちゃう、という感じなのです。
以前、「僕らの観客動員数には景気は関係がない」という話をどこかに書いたことがあるのですが、どうも、今回は関係がありそうな気がしています。ただそれは、不景気だから演劇を見るお金がない、とかではなくて、どうも、日本人が総じて疲れてきているんじゃないか、と思うフシがあるのです。
不景気が長引いて、給料が上がらない日々が続き、世の中全体が引き締め引き締め、という感じになり、そのうえにテレビ先行の健康ブーム。ちょっとどこかの番組で「かぼちゃが身体にいい」っていうことになると、スーパーからかぼちゃが消え、イワシは圧倒的に身体にいい、という話が出ると魚屋さんからイワシが消え、ラム肉は美容にいい、と言われるとジンギスカンブームになり、「ペパーミントティーが毒素を出す」と言えば瞬時にペパーミントティーが消え……という、不思議な連鎖で、あれ、そう言えばかぼちゃはどこへ?!なんてことになっちゃって、なんだかわかりません。
かと思うと、犯行予告や企業の脅迫が載ったりして悪名高いインターネットの匿名掲示板からベストセラーが生まれて、テレビドラマになったり映画になったりしたと思ったら、大学生協の担当者が毎日コツコツと学生からの質問に真面目に、しかしウィットに富んだ返答を続けてきたものがネット上で話題になって本になっちゃったり。
と、人の意見でふらふらとみんなが動いてしまっているようにも見えて、2003年ぐらいから突如現れた「ブログ」が驚異的なスピードで増え続け、「日本人が、歴史上最高に文字で自己表現している時代」になったという新聞記事を見かけるまでになりました。
そのうえに、2004年から突如現れた「ソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)」が、1年で利用者数100万人突破というニュースも。いわゆるインターネットの掲示板で「荒し」とかに遭ってイヤな思いをしてきた人たちが、「顔が見えるコミュニケーション」を求めて集まってきたのではないか、という論評もありますが、とにかく凄い勢いで人々はネット上でコミュニケーションを行うようになりました。
なおかつ、携帯電話の普及率が2000年には固定電話の普及率を追い越し、2005年3月時点ではなんと9000万台に届こうという勢いだそうで、メールをしながら車や自転車を運転して事故を起こす人たちが急増しているということにもなってしまいました。
で。
健康のことを思うと、とにかく早く寝て、早く起きて運動して、三食ちゃんと食べるのがいいに決まってます。
コミュニケーションをうまく行かせようと思ったら、マメに友人に連絡を取っておかなければならないに決まってます。
となると、早寝早起きをしながらもマメにケータイやパソコンのメールはチェックして、一刻も早くお返事しなければならないながらも身体にいい物を食べなければならないわけで、これはもう、心が安まるヒマがない1日を、皆さんは過ごしていらっしゃるのではないでしょうか。
僕もよく、「なんで何度もメールを出しているのに返事をくれないんですか?」というお叱りのメールをいただきます。
ちょっと待ってください、僕が知っているネットエチケットでは、相手に返事を強要するようなメールは送ってはいけなくて、なおかつインターネット(ケータイも含む)のメールのうち100通に1通は確実に届かないものなのだ、ということを知りつつ使わなければならない、ということになっているのです。
おっと、話が逸れました。
で、なんでそんなに健康やらコミュニケーションやらにみんなが過敏になっているか、ということなのです。
そもそも、朝ご飯が、白米にみそ汁、干物、たまご、のり、つけもの、ぐらい。お昼が、うどんかそば。夜が、まぁ、いろいろとお肉関係とか日替わりで好きなもの。……そんなふうに、いわゆる日本人の普通のバランス良い食事をしていれば、テレビで「コレがいいっ!!」と言われるものを集中的に食べなくたって健康なはずなのですね。高度経済成長の時代、我々のお父さんたちはそうやってこの日本を大きくしてきてくれたはずなのです。ところが、この飽食の時代にあって、なんでもかんでも好きなものが食べられる状況の下で、朝はポテトチップ、昼は揚げ物ばかりが入ったコンビニお弁当、おやつはスナック菓子、夜はファミレスのどんな肉だかわからないステーキ、深夜にラーメン、なんてことをやってきて、実はそれがとっても健康に悪いことなんだ、と今頃気がついてあたふたしている、という状況なのかなぁ、と自分に置き換えてみて思うのですね。
「身体にいいもの」を集中的に「マイブーム」とかカタカナでカッコよく語りながら食べるんじゃなくて、お父さん、お祖父ちゃんたちが培ってきた文化をそのまま踏襲すればそれで存分に身体にいいわけですよ。
そしてまた、1通のメールにお返事をしなかっただけで絶交されちゃうような人間関係だったらやめちゃえばいいんです。僕の場合は、仕事以外のメールに関しては、読む時間と返事を書く時間を変えています。時間をおいて書いた方が、ナイスアイディアが生まれたりするからです。届いたメールにその場で思いつきのことを書いちゃって、後から後悔したことが何度あったことか。
もっとも、そのせいでお返事するのをぽっかり忘れちゃったりすることもあって本当に嫌われることもあるんですが……。
で、これまた自分に還ってくる話です。
実は僕はブログを8つぐらい持っています。その中で、メインは2つ。キャラメルボックス関係の、まぁ、半分お仕事のようなものですね。それ以外は、いろんなところでいろんなブログをいじることで本業のブログの参考にしよう、と思ってやっているわけですが。これは、キャラメルボックスを応援してくださる方々からのコメントをいただいたら、できるだけそのお返事を書くようにしています。メールにお返事は書かないのですが、ブログの場合は、個人へのお返事でありながら、それを皆さんに読んでいただけるわけですので、コメントを下さった方からしたら僕と「1対1」に思え、僕からしたら「1対多」になる、というわけで、これが「似たような質問メール地獄」から抜け出せるとっても助かるコミュニケーション・ツールになっているのです。
なので、ブログは、ほぼ24時間のうち3時間見ないことはない、というくらいチェックをしていますし、1日に1〜6記事ぐらい載せちゃっています。
ブログをアップすると、そのタイムスタンプがつきますので、「今、加藤がアップした」「あっ、加藤はあの時間にアップした」ということが見ている人にもわかり、「そうなんだぁ、私があれをしている時に、加藤はこんなことをしていたんだぁ」と、なんとなく共感できたりするわけですよね。
ちなみに、この記事のようにホームページ形式(HTML形式)だと、いつ、どんな状況で書いているのかわかりませんよね。だから、なんとなく、同じ加藤昌史が書いている文章でもちょっと遠い感じがしたりしませんか?
いえ、もちろん、僕だって違えて書いてあるわけですけれど。
つまり、こういうホームページ形式の場合は、一方通行な「読み物」ですが、ブログの場合は双方向の「会話」になるわけですね。
だから、楽しくて楽しくて、ほぼ1日中「今日のブログのネタはどうしようかなぁ」ということばかり考えてしまうことにもなるわけです。
そして、SNSのMixi(ミクシィ)にも登録しています。そもそもは、「ソーシャル・ネットワーキング」ってくらいですから、同じような趣味を持っていたり似たような仕事をしていたりする全く見知らぬ人たちと出会えて、この狭い演劇という世界から外に出て行ければ楽しそうだなぁ、と思って始めたものだったのですけど、意外な展開を見せています。
一つは、昔の友達が突然僕を見つけてメッセージをくれるようになったこと。二つめは、ネット上ではブログや日記をつけていない社員や劇団員が、「マイ・ミクシィ(限られたメンバー)」のためだけに書いている日記で、その本人がとっても近しい存在に思えるようになってきたこと。三つめは、電話するのも遠慮してしまうようなビッグなお仕事相手が意外なことにミクシィで日記をつけていて近況が日々わかること。
つまり、距離的に、精神的に、離れた距離にいた人を、すっと近づけてくれる存在が、SNS、ということになってしまったのです。
そういうふうに利用できるのはいいのですが、僕はあえてミクシィは「最後のもの」ととらえていて、1日のうちで「ミクシィを読む時間」はあえて「余った時間」や「得した時間」に使うことにしています。
きっと、そうすることで、逆に僕が今仕事に集中しているんだ、ということがミクシィ繋がりの方々には伝わるんじゃないかな、とも思ったり。
と。
そんなことをこの1年やり続けてきて、先日、ふと驚いたことがありました。
現在の僕のパソコン環境で、HTMLを使ったホームページづくりができない、ということに気づいたのです。そう、ブログやSNSは、与えられたフォーマットに従って、言われたとおりに写真を加工して、言われたとおりに文章をアップすればそれでOK。とにかく楽なんですね。
そのせいで、なんと僕は「ホームページづくり」ができない身体になってしまっていたことに、気づかないまま時を過ごしてしまっていたのです。
もちろん、僕は社長なので、頼めば作ってくれる人が周りにたくさんいらっしゃいます。そのせいで、自分で作る時間があったらその時間を他の人に任せてちゃんと社長の仕事をやれよ、ということにもなるわけですが、問題はそうではなくて、僕は、いつでもなんでも自分でやれる状態を用意しておきつつ、そしてその作業の大変さを自分でも理解しながら他人に仕事を頼む、という社長でありたい、とずっと思い続けてきていたのに、いつのまにか「楽」な方に流れされていて、「他人任せ」に慣れさせられてきたのです。
これは、衝撃でした。
そもそもFLASHという動画制作ソフトが出てきてから僕はホームページづくりから遠ざかってしまっていたのですが、「めんどくさいからなぁ……」で、なんとなく逃げてきていた、という面も、絶対にあります。
つまり、FLASHを勉強するという向上心を捨てて、日々の楽しいブログ制作にのめり込んだ、ということなのです。
そして、その「めんどくさいからなぁ」の延長線上に、もっともっとたくさん、怠っていることがあることにも気づいてしまったのです。
それは、「話す」ということ。
文字や写真は、もちろんそれだけでも十分に気持ちを伝えることができるものです。
しかし、「話す」ということは、直接会って、お互いの顔を見ながら、同じ「今回の芝居、本当におもしろいんですよ!!」という言葉でも、その裏の気持ちや言葉に隠された想いを瞬時にして理解することができたりするわけです。ところが文字だと、隠していたら伝わらないので全部書かなければならない。なので、全部書こうとするから書くことばかりに時間を取られて話す時間が減ってしまう、というわけのわからない事態になってしまった、というわけです。
僕らは劇団をやっています。劇団をやっているのですから、直接お客さんとお会いして、生身の姿を見ていただくのが本業。なのに、文字だの写真だので伝わった気持ちになっていたら、そりゃぁ伝わりませんわね。
そんなこともあって、今公演から「Podcastラジオ」を始めてしまいました。
★詳しくはこちら…… http://www.nevula.co.jp/podcast/
Macにマイクを繋いで、直接ハードディスクにおしゃべりを録音して、それをネット経由で皆さんに聞いていただこう、というものです。これは、実は、とっても楽しいんですよ。本来僕は、書くよりもしゃべる方が本業。劇団ですから。僕の場合、他の劇団員と違うところは、決まったことをそのまましゃべるのは苦手で、「とにかく20分何かしゃべってろ」と言われたらいくらでもしゃべれる、という特技をもっているわけですね。だから、これはもうラジオにはもってこい。しかも、音の世界、というのも実は僕の専門分野。おしゃべりと音楽さえあれば、もうこれはラジオができちゃうんですね。
だから、聴いてくださっている方々からは、「とってもリアルで身近にキャラメルボックスや加藤さんを感じられて楽しい」などなど、大好評をいただいております。
と、そんなふうに、僕は今、「心のデフレ」から脱却するべく、怠惰になった心に鞭を打つことから始めています。22時に劇場を出て深夜に帰宅しても、ブログのコメント書きをするんじゃなくて、新しいアプリケーションの研究をしてみたり、ここ数年パソコン上に置いていた「いいことノート(メモ帳)」をあらためて紙のノートにしていろんなことをシャープペンシルで書きまくったり、あえてテレビドラマを見てみたり、なんとあれほどゲーム嫌いだった僕がニンテンドーDSでゲームをしてみたり(!!)、と、脳と心のいろんなところを無理矢理動かす特訓を自分に課しているのです。
だから皆さん。
疲れた心や身体を癒すために身体にいい食品をあえて選んで食べるのではなく、友人・知人とのネット上のコミュニケーションに汲々とするのではなく、あえて仕事帰りの疲れた身体で劇場に足を運んでみませんか?
そして、みんなで一斉に携帯電話の電源を切りましょう。
外界と切り離されたフィクションの世界で、皆さんのために全身全霊を込めて走り、叫び、跳び、踊る役者達が紡ぎ出す三次元を超えた不思議な心の動きを味わってみませんか? 文字や写真や動画のような二次元の情報だけでは絶対に伝わらない、「呼吸」と「生」に支配された根源的なコミュニケーションの場に、あなたの身を置いて、ざぶざぶと心を洗って帰っていただきたい、と思うのです。
全員が全員、火の玉のように一つになって創りあげる舞台の世界は、きっとあなたの、そして日本の疲れを癒し、もっともっとブログやメールに書きたいことを増やしてしまうと思いますよ。
2005.12.1 掲載
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