第51回 「もう一度、お客さんの声を聴きませんか?」
いやーーーー、『拍手という花束のために』、ついに発売しました。
長かったですねぇ……。何が? 作り始めてから校了までが……。
「エッセイ集」のはずで、「集」ってくらいですから過去に書いた文章を集めて作るつもりだったのが、結局、半分以上、書き下ろしちゃいました。これはもう、ほとんど書き下ろし本ですよぉ。
あと、「フリー宣言」をされた日本テレビアナウンサー・福澤朗さんが、今にして思えばもうこの頃は心が決まっていたのだろう、というような内容のことを思う存分しゃべってくださっている僕との対談も収録。
おそらく、「フリー宣言」の心持ちを徹底的に本人が語っている、唯一の出版物なのではないでしょうかね。特ダネですよーーーっ!!……意図的ならば……。
そんなわけで、『拍手という花束のために』。
この連載からの再録はほんの一部ですので、連載を読み続けてくださっている皆さんでも十二分にお楽しみいただける本です!!
さて。
今、僕たちキャラメルボックスは、新宿シアターアプルで「ハーフタイムシアター2本立て公演」というのを行なっています。
「ハーフタイムシアター」については、2002年に『銀河旋律』という作品をやった時に書いたので省略させていただくとして、今回はその60分の短編演劇を2作品、交互にやっていこう、という企画です。
交互に、というのは、1日ごととかではなくて平日はたとえば1日に2ステージ、18:00の回がA、20:00の回がB、という感じでやっていくのです。特に土曜日は圧巻です、やっている方が。
13:30 「作品A」開場
13:50 前説
14:00 A開演
15:00 A終演
15:15 セットチェンジ&中説
15:30 「作品B」開場
15:50 前説
16:00 B開演
17:00 B終演
17:15 セットチェンジ&中説
17:30 「作品A」開場
17:50 前説
18:00 A開演
19:00 A終演
……というスケジュールです。
映画ならまだしも、生身の人間がやっている演劇で、ここまで慌ただしい1日を送っているのは僕らぐらいなものではないでしょうかねぇ。もっとも、商業演劇なんかだと1本の芝居で僕らよりももっと慌ただしいのかもしれませんが。
ちなみに、上のタイムテーブルで「前説」と「中説」と書いてあるものは、全部僕がやっています。1日5回、舞台でしゃべる社長って、どうなんでしょう……。前説とか中説とかはやらなければいい、と言われればそれまでなのですが、こういう特殊な上演形態のお芝居を上演するにあたっては、様々なお願い事項があったり、注意事項もいつもと違ったりするので、なんらかの形でインフォメーションはしなければならないわけです。
んーーむ、次にやるときにはなんかもっと楽しいアイディアを考えてなければ……。なぜならば、もちろん前説も中説も楽しいのですけど、社長の仕事とか音楽の仕事とかをやる時間が、まったくなくなってしまうからなのですっ!!……んーーむ、もっと楽しいやり方かぁ……(←すでに「いいことノート」に書き取り中)。
で、じゃぁ、こんな上演形態のお芝居そのものをやらなければいい、と言われればより一層その通りなのですが、「演劇」というと「3時間ぐらい?」と思われがちなこの世界で、60分の短編演劇というものが存在していて、それを2本立てでやっている連中がここにいる、というのは、やはり凄いことだと思うのですよ。実際、私たちキャラメルボックスの観客動員数が伸びてきたきっかけになっているのは、いつもハーフタイムシアター。普段「演劇」を見慣れない人が、「1時間なら行ってみようか」と遊びに来てくださる、というのが大きいですね。
そして、やっている側としても、通常2時間なのに60分となると、伏線を張っているヒマなどありませんから、開演直後からクライマックス。連続ドラマで言うところの「年末総集編」みたいな感じで、勢いとテンションが命の1時間になっていくわけです。
そして、それが観る方もまた面白いのですね。手に汗握ったまま終ってしまう、という。
高校までの授業が50分であることからもわかるとおり、やはり人間の集中力が続くのは1時間が限界。その1時間を、CMなしで一気に走りきる演劇、というのがあってもいいじゃないですか。
おっと、ついついハーフタイムシアターのことをまたもや語ってしまいました……。リアルタイムのことは、どうしてもしゃべりたくなりますね。
さて、本題です。
最近、ちょっとこじゃれた飲食店やファーストフード店などで、トランシーバーのイヤホンを耳に付けた店員さんが目立ちませんか?
店内に入ると「何名様でしょうか」と聞かれ、「4人です」と言うと胸元にくっついているマイクに向かってぼそぼそとなにかをつぶやいてから「どうぞ、こちらへ」とか言いながら案内される、という。
イベント会場や、演劇の世界にも、アレをやっているところもあります。
が。
実は僕、アレ、大っ嫌いなんです。
効率的に「キャク」をさばくためにやっているのでしょうが、広大な店ならやむをえないとしても、店内全体を見渡せるようなところであんなものを使って店員同士がやりとりをしているなんて、なにか客に言えないようなことをしゃべってるんじゃねぇの?!と、勘ぐりたくなります。
そもそも、アレは、警察の要人警護の人とかがしているものだと思うのです。
「客商売」というものは、目の前に存在する「お迎えするお客さん」に対してまず最大限の敬意と注意を直接はらうべきであると思うので、イヤホンを付けていることで目の前のお客さんではなくてイヤホンの向こうのスタッフの指示にばかり気を取られてしまう、という状況が生まれる事態が起きてしまうことが多々ありまして、僕は、それがイヤなんです。
いや、そんなことはない、イヤホンをしていても目の前のお客さんのことをちゃんと見ているし考えている、という接客のプロの方もいらっしゃるでしょう。
が、そういう問題ではないんです。
イヤホンをしている、というだけで、サービスを受ける側は「あっ、こっちの話は片耳だけで聞いてるのね」と思うのです。
最近で一番びっくりしたのは、去年新宿にできたばかりの、とある人気ラーメン屋。
客席が1階と2階に分かれているので、まぁ、トランシーバーを使うことはよしとしましょう。
そして、客席数が1フロア40席ぐらいある上に、土日には行列になることもあるので、店の外に独立した「食券売り場ブース」があって、そこで注文を聞いて会計をして、その注文がトランシーバーで店内に伝えられる、というやり方をしていることも、ちょっとは理解できるとしましょう。
僕がびっくりしたのは、その店に平日の昼間に行った時のこと。
とても空いていて、2階席は営業していない、1階席も半分もお客さんがいない、という状況でも同じやり方をしていたのです。
店内に数人しかお客さんがいないのに、外のブースに注文が入ると店内のマネージャーみたいな人が、目の前に僕がいるのに、視線が泳いでいて、つまりイヤホンの内容に集中して聞いているらしく、視線が泳いだ直後に「チャーシューでーす」「大盛でーす」と大声で言うのです。そうすると、厨房の人たちが「あいよっ!チャーシュー一丁!」「あいよっ!!大盛っ!」と復唱するのです。
……でも、その復唱している人たちも、耳にはイヤホン。つまり、トランシーバーで聞えているのに、わざわざ「威勢の良さ」を演出するために(?)大声を出しているのではないか、と想像されます。
これを、無駄と言わずに何が無駄なのでしょうか。
つまり、何が無駄かというと、大声が無駄なのではなく、トランシーバーが無駄だ、ということです。
空いているときは、チケット売り場は閉鎖して店内で注文を受けるとか、チケット売り場の後ろの扉を開けて、売り子さんが大きな声で「チャーシャーご注文でーっす!」とか言えば、それで威勢の良さが演出できるんじゃないですかね。
そして、せっかく「機械」を使うんであれば、最新の立ち食いそば屋さんなどで導入されている、自動販売機で注文が入るとその内容が厨房に表示されるシステムを入れればいいんじゃないでしょうか。
このように、「マニュアル化されたもの」は、やっている本人たちにとってはとても便利で、何も考えずに流れ作業でいろんなことが「効率的」にできるわけですから良いのでしょうが、少なくとも「モノ扱い」された僕たち客の気持ちはもう修復不可能ですね。
これでそのラーメンがとてつもなくおいしければ諦めもつくのでしょうが。
しかし、今までで、イヤホン&トランシーバーをしているお店で納得がいく、というか、全くいやな感じがしなかったお店が、一軒だけありました。
八ヶ岳の甲斐大泉にある「八ヶ岳倶楽部」というレストラン兼画廊兼ショップ兼雑木林散策ができる、という広大なお店。
トランシーバーを使っていることを全く感じさせない、お店の方々の温かい人柄に驚かされました。おそらくここは、お店の静かな雰囲気を保つためと、複雑な構造になっているお店全体で各部署のチーフの方同士が最低限の連絡をやりとりするためだけに使われているようで、イヤホンに気を取られているという雰囲気の店員さんを一度も見たことがありません。
不思議なお店です。
つまり、「人柄」が「機械」を上回っている、という希有な例です。
で、キャラメルボックスではどうしてるんだ、ということですが。
やはり、複雑な構造でなおかつ広大な「劇場」という空間の中では、トランシーバーは不可欠です。
しかし、ロビースタッフはトランシーバーを持ってはいるのですが、イヤホンはしていません。責任者である僕は、お客さんの前に出るときには、そもそもトランシーバーを持っていません。
このトランシーバーは、お客さんの前で使うこともほとんどありません。
使う場合でも、堂々と音を出して、話している内容が聞えるようにしています。
あと、お客さんがいらっしゃるロビーでのスタッフ同士のひそひそ話も厳禁です。なにか、お客さんの悪口とかを言っているように思われるだけでも僕は絶対に嫌なので。
なにか伝達事項があれば、普通の声で、普通に相手の名前を呼んで「仲村くーん、こっち、人手不足なので誰か呼んでくださーいっ!!」と、お客さんにも聞えるように直接話します。
目が届く範囲に相手がいなければ、直接足を運ぶか、バケツリレーのように伝言をしてもらうか、とにかく身体を使って、足を使って、連絡をするのです。
まず自分が動く。そして、動いていることをちゃんとお客さんに見せながら仕事をする。それが、僕らのやり方です。
ご存じの方はご存じですが、インターネット予約ができたり、独自のチケットシステムがあったり、社員・劇団員全員がパソコンを持っていて、関係者同士の事務連絡はメーリングリストで一斉に行ってしまっているほどIT化されたこの劇団でも、劇場で直接対面するお客さんに対しては一切の機械を使わないで生身で接する、ということを徹底しているつもりです。
というか、舞台の役者達がマイクを使わないナマ声で芝居をやっているのですから、ロビーの僕らがナマ声でサービスをするのもあたりまえと言えばあたりまえなわけですけれどもね。
「効率的なキャクさばき」や「静かな客席環境の維持」のためにトランシーバー&イヤホンを導入している接客業に従事していらっしゃる皆さん。
もう一度原点に還って、イヤホンをはずしてみませんか?
そして、直接お客さんの声に両耳をかたむけてみませんか?
そうしたら、きっと聞えてくるつぶやきや「音」があると思いますよ。
2005.5.23 掲載
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