第50回 1時間の芝居を2本立て。さぁ、あなたならどうする?
ついに、私たちの劇団「演劇集団キャラメルボックス」が今年で結成20周年を迎えました。
小学校から高校の頃は「1年」という長さはとてつもなく果てしがないものでした。1年が3学期、それぞれの学期に中間試験と期末試験。 1日というものも、授業が6時間。その中には、キライなものが3つぐらい混じっていて、その時間が来るのが嫌で嫌で。
しかも、嫌いだから勉強しない、の悪循環でどんどん成績が落ちていくと、まず予習しようとしないどころか宿題もやりたくてもできないので、 授業に出ることそのものが嫌になり、出たら出たで当てられないかどうかをはらはらしながら過ごさなければ成らず、
なおかつ先生が言っていることのほとんどがわからないわけなので結局寝ちゃっていたりして、ほんとに無駄な時間を過ごしてしまったなぁ、と今頃思います。 あの時間をまとめて今返して欲しいくらいです。
時間が過ぎるスピードが加速したのは、やはり1985年にキャラメルボックスを結成してからです。 そして、1991年に株式会社ネビュラプロジェクトを設立してからは、そのスピードがまたまた加速してしまったのですけど。
もちろん、辛いことややりたくないことや苦手なことや嫌なことも、もちろんありますし、ありました。
でも、年間4公演、それぞれに数十のステージがあり、それぞれに感動のラストシーンがあり、感動のカーテンコールがあります。
10数人の役者達が渾身の力を込めて演技をして積み上げ、組み上げていった作品が、レンズに集められた光のように焦点を結んでいくラストシーンの感動は、 何度観ても変わりません。毎日でも、泣けてきてしまいます。
そして、カーテンコールのお客さんたちの拍手は自分たち製作部に向けられたものではないのですけれど、拍手をいただいている役者達を見ているだけで、 毎日こみ上げるものがあるのは、20年間変わりません。
この、「泣きたくなるほどの感動」や「こみ上げるような思い」を毎日感じることができる仕事なんて、他にあるのでしょうか?!
この感動のためなら、どんなに嫌なことでも正面から受け止めて乗り越えていこう、という気持ちになるのです。
ただ、こうして「楽しい楽しい」とばかり書いていると、よく読者から「失敗とか、ピンチもあったでしょう?」という聞かれ方をするのですね。
つまり、「楽しい」の反対が「辛い」、「辛い」イコール「失敗・ピンチ」ということになってしまうのかもしれません。
が、実はそうではないんです。
「楽しい」の裏には、壮絶な努力と気が遠くなるような細かい作業の積み重ねによるノウハウの蓄積、 そしてあえて文書化しないで伝えられていく膨大なオペレーション・マニュアルがあるわけです。
それらは、やっている側からすると「とてつもなく楽しい」ということになってしまうのですけど、 「楽しい」の裏側の「苦し楽しい」についてはあまり触れられませんし、あまり語ったことが無いのですね。
それを、ちょっと書いてみようかと思い立ちました。
今年1年間の演目を、キャラメルボックスでは、お客さんからのアンケートで決めました。再演希望の上位になった作品を、次々と上演する、という1年。
そしてそんな中、5〜6月に上演するのが、「ハーフタイムシアター」という形態の作品の2本立て。 これは、通常の半分の時間の60分でやる、というお芝居を、平日2ステージ、土日は3ステージ上演する、というもの。
1989年に、たまたま「若手公演をやろう」と短い期間だけ劇場を予約していたのに、その若手がごっそり退団してしまったので苦肉の策で思いついたのが、 このハーフタイムシアターでした。
僕が立てたこの企画に、芥川龍之介好きだった脚本の成井豊が乗り、史上初の「短編演劇」が誕生したのです。
……と、口で言うと簡単なんですね。
「へぇ〜、ナイスアイディアですねぇ」と、感想も簡単なんです。
なおかつ、見に行ってもきっと、短編だから「演劇っ!! 」なんて気を張らずに映画みたいに気軽に観られて、 なおかつ全編クライマックスな感じですから手に汗握って一気に観終わる、っていう感じだとも思います。
けれどもっ!!
是非、そういう演劇を上演する、チケットとロビーを仕切る立場に立って考えてみてください。
まず、チケット。
通常は、普通に演目と劇場と開演時間が決まれば、販売ができます。
が、ハーフタイムシアターの場合は同じ劇場で違う作品を2本、しかも交互に上演するわけです。つまり、演目は二つだけど、劇場は一つ。 開演時間は、微妙にちがう。日付はいっしょなのに、違う演目が同じ劇場で上演されていく、というわけです。
……一番最初にハーフタイムシアター二本立てをやったときは、ちけっとぴあもチケットセゾン(当時)もシステムが対応していなくて、 変則的なシフトでなんとかした、ということがありましたね。
そしてロビー。
普段の平日は、だいたい夜の回1ステージのみ。16時に劇場入り、18時に会場、19時に開演、21時に終演、22時に劇場退出、 というスケジュールで淡々と進んでいきます。たいていの小劇場系の演劇は、こんな感じだと思います。
また、土曜日などの2ステージの日は、11時に劇場入り、13時開場14時開演、16時終演17時一旦会場閉鎖、ちょっと休憩、18時再度開場19時開演、
21時終演22時劇場退出、という感じになります。
がっ。
ハーフタイムシアターは、平日は18:00と20:00開演。土曜日は14:00と16:00と18:00開演。しかも、演目は2作品交互です。
つまり、平日は1回目が終わった19:00には、いつもだったら次の回の開場時間。すぐに、次の回(違う芝居)が1時間後に始まるわけです。
なおかつ、1本だけ観る人もいれば、2本続けて観る人もいるのです。
……さぁ、皆さん、混乱してきませんかぁっ?!
こんな公演を、あなたなら、どうしますかっ?! ……やりたくない?そうです、だから、ウチ以外にはこの公演形態で公演する劇団が無い、というわけです。
まぁ、そんなふうに、「60分の芝居を二本立てで、平日2回、土日3回でやってみようっ!! 」と思いつくのは誰にでもできるのですが、それを実際に上演し、
成功させるま でには、思いつくまでの数千倍の苦労を必要とするのです。
ただし、マスコミにしろお客さんにしろ、「60分の芝居を二本立て」ということで作品内容のことや役者達の体力のことには思いを馳せても、 「チケットはどうやって販売するの?!」とか「当日のお客さんの誘導のオペレーションってどうやるの?!」なんてことは、考えもしませんよね。
それは、東京ディズニーランドで遊んでいて、入り口から遠い真ん中あたりのショップの食べ物や飲み物が、 何時になっても「売り切れ」なんてことが無いのに、園内を商品補充のトラックとかが行き来していない、なんてことには誰も気づいていな、
というのと似ていますね。
……あ、あれは、どうやってるのか知ってますか?本が出ているのでご存じの方はご存じでしょうが、「秘密の地下道がある」が正解です。
で、僕らには秘密の地下道は無いので、ただひたすら考えて工夫して、がんばるだけ。
最初にハーフタイムシアターをやったときは、パンフレットを「ハーフ」にひっかけて三角形にしたりとか、チケットも正方形にしたりとか、 チケット代を半額にしたりとか、いろんなことをしたものです。
その結果、パンフレットに挟まれたチラシがばさばさ落ちて大不評だったり、 正方形にしたチケットだと半券が切りにくくてチケットごとちぎれちゃって大不評だったり、
上演時間が半分とはいえ芝居づくりにかかる予算は全く普段と変わらないことが後からわかって大赤字を食らったり、と、 これまた普通だったら「二度とやらない」となりそうな結末を迎えるわけですが。
そういう「楽しい失敗」を繰り返しながら、「誰もやったことがないこと」というものは「自分たちだけにしかできないもの」になっていくのです。
チケットは、全く別な公演を別な劇場でやっているように見せかけてコンピュータを騙して発券させる、という裏技を、最初は使っていました。
今では、「同時期に同じ劇場で別な作品を上演」ということに、全てのプレイガイドが対応してくれるようになってしまいましたけど。
そしてロビーの対応。
まず、開場時間を通常の半分の30分にします。
そして、1回目の上演が始まる前に「次の回を観ないお客様は、ちょっとだけ余韻に浸ったら、申し訳ありませんが、とりあえずロビーに出てください。 続けてご覧になるお客様は、お手洗いなどは急いで済ませて、15分後までに、次の回に座る予定のお席についてお待ちください」と伝えておきます。
そして、終演後15分が経ったところで、続けて観ないお客様にはロビーに出ていただき、座席に座っている続けて観るお客様のチケットを一人一人チェックし、
半券をもぎります。
客席内でそうこうしている5〜10分の間(終演後15〜25分)に、ロビーではさりげなく次の回の準備を始めそうな雰囲気を醸し出して、 1回目のお客様に劇場の外に出ていただきます。
と同時に、舞台上には「斜幕」と呼ばれるうっすらと向こう側が見える幕がかかっていて、幕の向こうで舞台の上の掃除をしたり、 セットの飾り替え(演目が違うので、基本舞台はいっしょで、セットを変えるのです!!
)を行ったりしています。 で、なんと、続けて観るお客様に、その様子をうっすらと見せてしまうというわけです。
これは、演出家の成井豊のアイディアでもあるのですが、実は僕はTUBEからそのコツを盗んだのです。
TUBEのコンサートでは、開場時間になっても舞台裏から作業している音が聞こえます。「えっ?!まだ準備が終わってないの?!」というドキドキがあるわけですが、なんとコレが、そういう気分を高めるための「楽しいダマシ」なのだそうですっ!!
ファンクラブの人に聞いたのでこんなに確かなことはありませんっ!!
……で、ウチの場合は実際に他にどうしようもない、ということで、隠すぐらいなら見せちゃえ、という判断でセット替えを見せてしまうことで、お客さんの待ち時間を楽しいものに変えてしまえ、と思ったわけです。
そして、次の回の開場時間5分前にロビーに誰も残っていないことを確認して、劇場の外の入り口を開場。と同時に、客席の扉も開放。と同時に、当日券の発売開始。
……そんなふうにして、スムーズに「ハーフタイムシアター2本立て公演」は行われていくのです。
ね?簡単でしょ?
と、こんなオペレーションは、それぞれの公演についても磨かれています。
先月書いた福澤一座の第一回公演では、なにしろテレビで大活躍しているアナウンサーさんがいっぱい生で出演する、ということで、「隠し撮り」する人が出たり、ことによっては舞台に駆け上がろうとする人が出たりするかもしれない、なんていう不安があったりしました。
そこで僕は、とある高度なオペレーションを考え、日本テレビ側に提示し、実行しました。
そしてその結果、一切そういった事件・事故は起こらずに無事に公演を終えることができたのです。
さぁ、ここで問題です。
僕らは、どうやってそういうお客さんを舞台に近づけなかったのでしょうか?!
……ふっふっふっ。極秘です。
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