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第45回 福岡から神戸まで台風のなかを運転


キャラメルボックスのサマーツアーが終わりました。

 今回は、東京はサンシャイン劇場、その後福岡のメルパルクホール、千秋楽翌日に神戸に移動して新神戸オリエンタル劇場でトークショー、 そのまま大阪に移動して厚生年金会館芸術ホールで2週間、というスケジュールでした。

 福岡の千秋楽で台風が近づき、これはヤバいかも、と思った僕は、最悪の事態を考えてレンタカーを借り、 しかし福岡のスタッフへの感謝の気持ちもあったので打ち上げはやって、僕はお酒を一滴も飲まずにそのまま車で福岡を発ちました。

 慣れない車で慣れない道を深夜に走る、というのは、とてつもなく緊張しました。なにしろ、神戸までは約600キロ。東京から大阪までとほぼいっしょです。

 しかし、最悪の場合役者が全員神戸に入れなかった場合、払い戻しをしたり、謝ったりするためには責任者が現場にいなければ話になりません。 「責任者出てこーいっ!!」て言われる前に出ている、というのが僕のスタンスなので、なにが何でも行かなければなりませんでした。

 実は僕は、学生時代から車の運転は大好きで、東京から熊本県の阿蘇までエアコンもない車で行ったこともあります。 祖父が危篤、という連絡をもらったときも、徹夜でレンタカーを飛ばして盛岡まで行ったことがあります。 キャラメルボックスを始めてからも、神戸公演や大阪公演にはひょいひょい車で行っていました。
 そんなわけで、ロングドライブは久しぶりとはいえ、そんなに経験がないわけでもなかったのです。

 しかも、8年前に僕が運転していた頃と違って、今では「カーナビ」という優れものがあります。 昔は前もって地図でルートを確認してシミュレーションしてから出発し、それでも助手席に地図を置いて時々確認しながら走っていたものですけどね。

 博多を出発して1時間ほどで、関門海峡にさしかかりました。
 関門橋に乗ったとたん、ものすごい横風。そんなにスピードは出していなかったのですが、ぶんっ、と軽く30センチぐらい横に飛ばされました。 自然の脅威の前では、人間が作ったモノなんてはかないものです。
 正直言って、飛ばされた瞬間は「もうダメだ!」と覚悟しました。

 しかし、そこはベテランですので、ハンドルは決して離さず、ミラーで周りに車がいないことも確認できて、事故に及ぶこともありませんでした。
 そこからは、一刻も早く暴風圏外に出ることだけを考えて運転しました。その時来ていた台風の速度はかなりゆっくりで、時速15〜30キロ、という情報でした。 なので、最低でも60キロ以上のスピードで走っていけばいつかは台風を追い越すことができる。 できるだけスピードを出さずに、大きな車の前後や横にはつかないように、徹底的に気を遣いながら走り続けました。

 後から聞いた話ですが、僕が通過した1時間後ぐらいに関門橋は通行禁止になったそうです。……そりゃそうだろう……。


プロは「安全とスピード」という天秤を、見事に釣り合わせている

 そういう運転をしていて気づいたことがあります。
 台風の強風が吹き荒れている中、ぶんぶん飛ばしていくのは自家用車。しかし、当初恐れていた大型トラックは、 法令でリミッターをつけることを義務づけられていることだけではなく、ちゃんとスピードを落して大きく車間距離を取って走っているのです。
 しかも、かなり整然と左車線を均等な間隔を置いて。

 もちろん、トラック同士は違う会社の車です。クロネコも飛脚も、みんないました。が、みんな申し合わせたかのような整然とした運転。
 ここに、僕は「プロの仕事」を見た気がしました。

 お客さんの荷物を積んで走っているプロドライバーたち。台風が迫ってきていても、明日までに荷物を届けなければならない。 しかも、安全に。そうしたら、おのずとそういう運転になるわけですよね。

 山陽道を走っていたのですが、途中3回も事故現場を目撃しました。その全てが、自家用車。しかも、自損。 眠ってしまってガードレールに突っ込んだか、風にあおられたかわかりませんが、いわゆる自爆事故でした。

 去年、骨折してタクシー暮らしをしていた頃、運転手さんがおっしゃっていた「80キロでも140キロでも、到着する時間は数分から数十分しか違わないでしょ。 その数分のために命をかけるなんてばかばかしいでしょ。」という言葉が、頭に浮かびました。

 実際、高速走行の場合、時速100キロというのが本当に境目で、そこから先のスピードを出すと突然視界が狭まってくるのです。 制限速度、とはよくできたものなのです。昔とは車の性能が上がって、もちろん140キロで走り続けてもびくともしないはずです。 しかし、人間の性能はそうそう上がるものではありません。

 特に、晴れた日の昼間ならいいでしょうけど、強風の深夜、なんて悪条件が揃っている中で120キロの人達は、圧倒的に死と隣り合わせだったはずです。

 しかし、プロドライバーの皆さんは「安全とスピード」という天秤を、見事に釣り合わせているんです。
 だから結局僕は、プロドライバーの後ろにくっついて走り続けるという手段で、走り続けました。  


腹が立つのは、大型トラックにパッシングをして煽る自家用車

 なにしろ知らない道ですから、次のインターの名前が見えても、知らない土地ばかり。今どこまで来ているのか、どこを走っているのか、 ナビを見てもちっともわかりません。まだ強風は吹いています。いつになったら圏外に出るのか、もしかしたら台風が速度を上げたのかも、 などと不安になりながらも、できるだけ休憩するのは先に延ばそう、と走り続けました。

 が、長い長い山口県を過ぎ、「広島県」という掲示を過ぎて、しばらくしたところで風が弱まってきたのを感じました。
 おそらく100キロ以上の距離は来たはずなので、暴風圏を抜けたのでしょう。

 僕はサービスエリアに入って車を停め、外に出てみることにしました。すると、風は吹いているものの、さっきまでの「暴風」ではなくなっていました。
 と、そこでふと思い立って、車のナビで自車位置を確認してから、テレビに切り替えてみました。すると、当然夜を徹して台風情報をやっていました。 やがて、あの「予報円」が出ました。なんと、やっぱり台風の勢力圏外に出ていることがわかったのです。

 んーーーむ、ハイテク。
 そこで完全に気が緩んだのか、眠気が襲ってきたので、シートを倒して休むことにしました。
 目が覚めたのは、30分後。「しまったっ!!」と思って飛び起きたのですが、それほど風は強くなっていませんでした。

 一安心して、給油して再び高速道路へ。
 相変わらずびゅんびゅん飛ばしていく一般車は無視して、できるだけ早そうなプロドライバーの後ろにくっついて走り続けました。 しかし、腹が立つのは大型トラックにパッシングをして煽ってどかせる、という自家用車のなんと多いことか。

 以前、このページにも「車の運転をすると人が変わる、なんて言ってるヤツは信用できない」みたいなことを書きましたが、 いや、端で見ている僕でもムッと来たぐらいですから、ご本人たちはどうなのでしょうか。 あ、タクシーの運転手さんは「特に何も感じませんけど」なんて言ってましたけど。

 で、なんで僕が腹が立ったか、について考えていました。
 パッシングして前の車をどかす、という行為をする以外に、前の車に「どいてくださいね」とお願いする方法としては右ウインカーを出す、 というのがあるのです。それをせずに、突然パッシングする、ということは、そこには「おら、おせーんだよ、どけよ」という感情が込められているわけです。

 しかし、ちょっと待ってください、自家用車さん、あなただって宅急便やペリカン便を使ってませんか?  もしかしたら、あなたがパッシングしたそのトラックに、あなたの荷物が載ってるかも知れないんですよ?

 もちろん、自家用車の人も仕事があって急いでいるのかもしれません。が、パッシングされて急いで車線変更をする、 というのは、とても精神的にも運転的にも危険なものだと思うのです。
 そんな、プロの妨害をしてまで優先させなければならない用事って、どんなことなんでしょうか。


僕らはいつもすれすれのところで、何者かに守られている

 プロと言えば、僕らは演劇のプロです。僕らもよく、アマチュアの高校演劇の人などから 「文化祭が近づいているんで、上演許可、大急ぎでおねがいしまーす!」なんていうメールが来たりします。 これって、パッシングみたいなもんで、そりゃ急ぎますけど、急がせる前に自分が早めに上演許可願いを出せよ、 と言ってあげようかと思うこともあります(←言ってるじゃないかっ!!)。

 「『広くてすてきな宇宙じゃないか』をやりたいんですけど、フライングのやり方をおしえてくださーい」なんてのもあります。 あと、「●ページ●行目のセリフが、役の人の気持ちを巧く表現できていないと思うので変更していいですか?」とか。

 いや、ほんと、アマチュアほど恐ろしいものはないとも言えますね。

 そんなわけですから、プロドライバーの人達は僕らがたまにやられるびっくりするようなことを、毎日されてがんばっているのですね。すごいですっ!!

 そんな感じで、プロドライバーへの敬意を感じながら走っていたら、ついに明け方、「兵庫県」の文字がっっっ!!!!
 思わず「いぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」と一人なのに叫んでしまいました。

 なんという安心感。「兵庫県」という文字を見た途端にみなぎる活力。14年間来続けている神戸公演。 もう、明らかに、僕にとって第二のふるさとになってしまっているのですね。
 眠気が吹っ飛んで、そのまま走り続けました。しかし、兵庫県もデカイ……。「神戸」の文字が現れるまで、かなりの時間があったような気がします。

 しかし、朝6時過ぎ、無事に神戸西インターチェンジに到着。明るくなっていましたので、インターを出た後は窓を全開で市内へと向かいました。
 そして、その晩に宿泊予定のホテルに到着したのが朝7時。チェックインは14:00なので、当然無理だとは思ったのですが、 一縷の望みをこめてホテルの人に「実は台風のせいで、これこれしかじか」と話したところ、 「そうですか、では、お荷物はお預かりいたします」とあっさり言われて、部屋には入れてもらえませんでした……。

 あぁ、プロの仕事に感動しながらここまで来たので、「それは大変でしたねぇ、ではどこか空いているお部屋を」なんていう対応を期待してしまったのでした……。 甘いな、加藤。
 で、もう正常な思考回路が働かなくなっていたので、結局駐車場に車を入れてそのまま泥のように眠ってしまいました。

 結局、その日は朝9時ぐらいから博多発の新幹線が止まり始め、半分近くのメンバーが福岡に取り残されてしまいました。 しかも台風はちょうど山陽新幹線と同じルートを辿ってきていたため、結局夜まで新幹線は動かず、 残されたメンバーは翌日の一番の新幹線で来ることになりました。

 結果的にはトークショーのリハーサルは昼からだったのでそれには全員が間に合い、滞りなくイベントは行われたのですが、 トークショーを主催してくださっていた新神戸オリエンタル劇場のスタッフの皆さんには多大なる心配をおかけしてしまいました。

 そうです、僕らは、プロとして恥ずかしいことをしてしまったのです。

 もちろん、それるはずだった台風がどんどん僕らの進路を追っかけてついてきた、という予想外なことはあったにせよ、 やはりあのときは福岡のスタッフには申し訳なかったのですが打ち上げを中止して全員を神戸に行かせておくべきだったのです。

 こんなことは、プロ野球とかではあたりまえのことで、本当にあってはならないことなのです。  

 その後、大阪公演中の日曜日の夜、僕らの公演は無かったのですが、震度4の地震が大阪を襲いました。 近所のフェスティバルホールで行われていたミュージカル公演では、上演を休止してお客さんを避難誘導したそうです。

 翌日、劇場に入ったキャラメルボックスのスタッフは愕然としたそうです。何も落ちたりはしていなかったのですが、照明の向きが変わってしまっていて、 400台近くあるスポットライトのうち、50台近くがずれていて、開場時間ギリギリまで直しをしていたそうです。

 結局僕らは、いつもいつもすれすれのところで大事に至らないまま、 演劇の神様か何の神様かわからない何者かに守られて今日までやってきているような気がします。 もしかしたら、それはキャラメルボックスを見守ってくださっているお客さんたちの「想い」なのかもしれません。

 が、それに甘えていてはいけない。危機管理をもっともっとちゃんとやって初めてプロと言えるのだと、あらためて覚悟を決めたサマーツアーだったのです。

 スピードを出しながらも安全は守る、という山陽道のプロドライバーたちの姿を心に焼き付けて、 全速力のキャラメルボックスはパッシングされてもバッシングされても走り続けていくのです!!

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