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第30回  デフレ時代のサプライズ


デフレです。
 デフレの構造は、「花いちもんめ」にたとえるとわかりやすいのではないでしょうか。
 ……ちなみに、この歌の歌詞、日本中で地域、学校などによってぜーーんぶバラバラのようです。 ネットで調べていて、僕の記憶の中にあるのは下のような感じなので、これでいきたいと思います。

A:勝ってうれしい花一匁
B:負けて悔しい花一匁
A:となりのおばさんちょっときておくれ
B:鬼が怖くて行かれない
A:お布団かぶってちょっと来ておくれ
B:お布団ぼろぼろ行かれない
A:お釜かぶってちょっと来ておくれ
B:お釜底抜け行かれない

A:あの子が欲しい
B:あの子じゃわからん
A:この子が欲しい
B:この子じゃわからん
A:その子が欲しい
B:その子じゃわからん
A:相談しよう
B:そうしよう

(輪になって相談する)きーまった
A:タカヤちゃんが欲しい
B:みっこちゃんが欲しい
<じゃんけんぽん>

 ……と、これが花いちもんめ。ところが、クラスの人気の子がどっちかのチームにいて、その相手側がどうしてもその子がほしい、 なんてことがあったりして、だんだん歌が短くなっていって、

A:勝ってうれしい花一匁
B:負けて悔しい花一匁
A:あの子が欲しい
B:あの子じゃわからん
A:相談しよう
B:そうしよう


(輪になって相談する)きーまった
A:タカヤちゃんが欲しい
B:あやちゃんが欲しい
<じゃんけんぽん>

 ……ぐらいになっちゃったりするわけです。それでもその人気の子が取れないと、

A:勝ってうれしい花一匁
B:負けて悔しい花一匁
A:タカヤちゃんが欲しい
B:えりーちゃんが欲しい
<じゃんけんぽん>

 ……ぐらいにまでなっちゃったりするわけです。
 で、最後はじゃんけんだけになっちゃったりして……。
 つまり、何が言いたいかというと、安きゃいい、ってもんじゃない、ってことです。

 もちろん、僕も100円ショップは大好きです。欲しいものがなくてもついお店の中をうろうろしてしまいます。 でも、あーいうお店に売っているものって、「安い」以外の「サプライズ」は、まずありませんよね。

 そうなんです、今回のポイントは「サプライズ」です。


いちばん大切にしているものは「思いがけない贈り物」

 僕がキャラメルボックスという劇団をやっていて、いちばん大切にしているものは、この「サプライズ」。日本語で言うと、「思いがけない贈り物」。ちゃんと英和辞典にも載ってます。

 何度もキャラメルボックスを観に来てくださっている方々は慣れちゃってたりするようですけど、キャラメルボックスではまず、劇団でご予約いただいたチケットに関しては全てオリジナルチケットです。毎公演違うデザインのチケットを制作して、お客さんにお送りしています。もちろん、プレイガイドで購入された方には公演当日、希望があればオリジナルチケットを差し上げています。

 また、公演会場の入り口では「パンフレット」を無料配布します。他のところだっ たら500円はするであろうレベルのカラー印刷のものです。

 そして、芝居が始まるかと思いきや、「前説」というものがあります。これは、賛否両論なのですが、日常とファンタジーの間を繋ぐ重要な役割を果たしています。変なテンションの高いおじさんが出てきて、グッズの宣伝をしたり「おしゃべりはやめて」とか、「携帯電話は切って」なんてことを笑いを取りながら長々とお話をします。「携帯電話を切って」と言いたいがために、わざわざ『携帯電話チェックタイムのテーマ』なんていうオリジナル曲を作って流したりもします。ヒトゴトのように書いてますが、担当者は僕です。

 そして本編。キャラメルボックスのお芝居の特徴の一つとして、以前、製作部の新入社員が選考の際の作文で指摘してくれた言葉がすごく適切だと思ったのですけど、「深刻ドヨドヨ防止装置」があります。これは何かというと、お芝居が、もう、いかにも感動的なシーンになっていき、お客さんも、もう「泣くぞ泣くぞぉぉぉぉ」と意気込んでいる瞬間に、必ずと言っていいほど肩すかしのように笑いのシーンが入ります。そうすると、ほんとにショック。なのですけど、ちゃんとその後に畳みかけるようなエンディングが待っていたりするのです。

 とまぁ、そんなふうに、キャラメルボックスという劇団の活動のそこいらじゅうに「思いがけない贈り物」が散りばめられています。

 オニが怖いだの、ふとんがボロボロだの、釜の底が抜けてるだの、どうでもいいような言い訳をしながら「■■ちゃんが欲しい」というクライマックスに向かっていくという、その過程が、花いちもんめという遊びのポイントであるのと同様に、僕らにとっては、「チケットなんてぴあでいいじゃん」とか、「パン フなんて配らないで売ればいいじゃん」とか、「前説なんてやらないで定刻ですぐに始めてくれればいいのに」とか、「安心して芝居で泣かせて欲しい」というご意見も多々いただくのですが、そういう「遊び」の部分がなくなると、なんだか、ただの演劇になってしまいそうで怖いのです。


「はにかんだ感じ」のサービスがいちばんスゴイ

 「このデフレの時代に、なんでキャラメルボックスはお客さんが増えてるんですか?」と聞かれたことがあります。

 だって、ウチのチケット代は4800円(税込み)。サンシャイン劇場や新神戸オリエンタル劇場で上演しているプロのお芝居で、そんな値段でやっているところは他には無いはずです。つまり、そもそも安いんです。つまり、そもそもあぶく銭はどこにもなくて、いつもいつもスレスレのところでバランスを取りながらやってきているのです。

 なおかつ、経営者である僕はそもそも演劇があんまり好きじゃありません。時間さえあれば、演劇よりも音楽のライブの方に行ってしまいます。ほんと、裏切り者もはなはだしい存在です。

 これだけ聞くと、ほんとに危なそうな感じがします。
 しかし、僕がいつも新鮮にこの劇団をやり続けていられて、なおかつお客さんもどんどん増えている要因は、もちろん芝居がおもしろい、ということがいちばんなのでしょうが、僕がいつも演劇だけにとらわれずにいろんなものに興味を持って、「コレ、いつか使えるぞ」なんてネタを仕入れつつ、今世の中でなにが流行っているのか、ということを適度に知っていて、しかも自腹をはたいてまで気になる新製品はとりあえず買って試してみたりしていて、そのうえで「これをやったら、みんな喜んでくれるんじゃない?」なんてことを、常時思いついては手元の「いいことノート」に書き込んで、けっこうすぐに具体化していったりしてしまう、というあたりもポイントになっているのではないでしょうか(←自慢かよ)。  

 先日、ウチのコンピュータシステムを開発・維持管理してくださっているCSKという会社の、まさにウチのシステムの生みの親、ともいうべき草壁さん(仮名)というシステムエンジニアの方とお話をしていて、僕がさんざんお客さんとのおつきあいのし方をお話した後、彼は「要するに、はにかんだ感じが大切なんですよね」とまとめてくれました。

 そうなんです、たとえばホテル暮らしが多い我々ですが、いいホテルだとフロントに電話すると「はい、加藤様、どうかなさいましたでしょうか」と突然名 前を言われるわけです。しかし、これって、向こうとしては「こっちはあなたのご要望に何でもお答えするために、もう、データベースにあなたの希望とかなんとか、いろいろと入れてあるんですよ、ほーら、今朝はちゃんと日経新聞がお部屋にあったでしょ? 3年前に泊ったときにフロントで『日経ね』って言ったからですよ。それ、ちゃんとデータにしてあったの。すごいでしょ。で、今日はなぁに?」みたいな、めっちゃ押しつけがましい感じもするわけです(←誇大妄想です)。

 こっちだって一応何十人というツアーメンバーをそのホテルに泊めさせている団体の社長で、ホテルにとっては特大のお得意様なんでしょうけど、コンビニでお買い物をしてたりするわけです。良いホテルだと「社長様」みたいな扱いをしてくれちゃうわけですが、こっちは部屋の冷蔵庫の飲み物を飲まないでコンビニでお買い物をしてきたものを飲んじゃえ、と思ってるわけで、「加藤様、お帰りなさいませ」の一言の裏に「あららら、加藤さん、社長さんなんだったら、もっと気前よく部屋の冷蔵庫の飲み物をかーーっと飲んじゃってくださいよ。けっこうセコイのね、あんた」って言われてるような、後ろめたさを感じるわけです(←誇大妄想だってば)。

 しかし、僕が今まで泊った中で最もすごいな、と思ったホテルでは、あくまで「普通」なのです。

 仕事が終ってホテルに戻ると、良いホテルだと下手すると「加藤様、お帰りなさいませ」なんてことを言われてしまいますが、 そのホテルはこっちがフロントの人を見れば、ふっと視線を上げてニコッとしてくれ、こっちが見なければ特にかまわずにほっといてくれます。 しかし、緊急のFAXが届いていたりすると「加藤さま、FAXが」と声をかけてくれますし、へとへとな顔をしてフロントの前を通過しようとしていると 「加藤さま、申し訳ありませんが、今日はマッサージが若干混雑しておりまして、23時以降になってしまいそうです」と、 見透かされたようなことをさらっと付け加えてくれたりします。

 そのあたりの微妙な距離というのが、「はにかんだ感じ」。


定価でさえも「お得」に思っていただけるものを!

 そして、その僕の好きなホテルの凄いところがお掃除で、もう、まさにサプライズそのものなのです。 普通のホテルでは、「お客様の私物には一切手を触れない」というマニュアルがあるところが多いようですが、 そのホテルは平気で長期滞在で散らかりまくった僕の荷物やらなんやらを整理整頓してくれてしまうのです。

 あまりにも、こうして欲しい、と思っていることを、何も伝えていないのにしてくれてしまうので、ある日、 部屋を出る時間が遅くなったときにたまたまお掃除をしていた方に聞きました。 すると、「ウチは必ず三人組で一つのお部屋をお掃除します。正確に言えば、一人はお掃除をしないで見ているだけです。 たくさんあるチェックリストの作業がちゃんと行われているかを、相互に注意しながらお掃除をしているのに、そのうえに三人目がずっと見つめているので、 おそらくそんなふうに思っていただけるのではないかと思います」とのことでした。

 だから、客の期待の一歩先までをも、読んで実行することができる、というわけなのです。
 このホテルが凄いな、と思ったのは、普通のホテルだとフロントやベルマンなどの目につくスタッフや、レストランやロビーなんかに力を入れていると思うのですが、 ここは直接客と触れ合う「部屋作り」に命をかけていたのです。

 これは下手すると、一泊だけの客には気づかれずに終ってしまう可能性がありますから、そのホテルの業績を悪化させる危険性をはらんでいます。 しかし、 気づいた者にとっては、「もう、ここから離れないわーーん」と思わされてしまうほどの究極のサービスでもあります。  

 見た目の派手さや安さで一度限りの「キャク」を引きつけるのではなく、長くいっしょに付き合ってくださるお客さんを育て、大切にしよう、 という姿勢が、そのホテルの凄さなのでしょう。

 ……こんなことを書くと、「そのホテルを教えてっ!!」というメールをいただきそうですが、 残念ながらそこはキャラメルボックスがその土地に行くと必ず泊るホテルなので、絶対ひみつですっ!!

 そんなわけで、デフレの時代に生き抜く方法、でしたよね、今回は(←そうだったのかっ?!)。

 正しいと思えること、信じることができることをすること。
 何をするとみんなが喜んでくれるかな、といつも考えていること。
 値段を下げるだけじゃなくて、定価でさえも「お得」と思っていただけることを考えて生み出し続けること。

 いつもいつも、そういうことをやっているところは、きっとバブルだろうとインフレだろうとデフレだろうと、 全く関係ないまま元気にやっているのではないでしょうかね。

 ……もっとも、ウチの場合は「バブル」の時にも特に恩恵は被りませんでしたけどね……。

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