第13回 「普通の感覚」を持ったお客さんが相手だからこそ楽しい
ハーフタイムシアター『銀河旋律』が終わりました。
終わってみれば、チケットは前売完売(「即日」ではありませんでしたが)。
連日超満員、準備した記念グッズもばかすか売れて売り切れ続出。
こうして書いてみると「ほぉー、すごいですねぇ」という感じですが、冗談じゃありません。
当初、この公演を企画したときは、なにしろ公演が6月なのに発表が5月、1999年に上演したばかり、普段の2時間公演が4500円なのに60分の公演で3000円、
宣伝するのは「キャラメルボックス・サポーターズ・クラブ」に登録している2万人弱の人たち向けのみ、しかもチラシは1色刷り、
お手紙(DM)も普段はA3表裏ぎっちりなのに今回はA4ペラ、予約受付はサポーターズ・クラブの皆さん向けのコンピュータのみ、
出演者は完全ダブルキャストで、Aキャストの主役はこの芝居のこの役が彼の「生涯のハマリ役」とまで言われている劇団リーダー・西川浩幸だけど、
Bキャストの主役はどう考えたってこの役が似合いそうもない岡田達也だから、Bキャストが売れ残るのは間違いない、そして、
そもそもウチのお客さんは社会人がほとんどなので、平日に6時の回と8時の回を設定していたけど、6時開演なんて、誰が間に合うの?!……
などなどなどなど、マイナスの要因ばかりが目立っていたのです。
そのうえに、出演者はダブルキャストで出られる限りのメンバーが出ちゃうから、衣裳は倍必要。「日替わりキャスト」なんていうのがあるから、それの分も必要。
毎日2回公演やるからグッズは売れないだろう(6時の回と8時の回を設定していたのですが、6時の回が終わるのが7時、8時の回の開場時間が7時半、
つまり、6時の回の人たちのお買い物タイムは普段は1時間はあるのに、今回は30分も無い!!)。
……などなどなどなど、お金が入ってこないだろう要因も、山のようにありました。
実際、前売が始まった頃(5月28日)には、やはり、案の定、Bキャストの6時の回のチケットが残りました。
いちばん凄いステージは、700席中286席が残っていた、というデータが、今ここにあります。ちなみに、Aキャストのステージは6時の回も即日完売でした……。
「ほーら、やっぱりね」と、スタッフは「窮余の策」に動き始めようとしていました。
が、僕は、なんとなく、ほんとに勘なのですけど、これから伸びるんじゃないか、と「悪い予感」がしていたのです。
「出る」とも「出ない」とも言えない上川隆也のスケジュール
そこで、予感が的中。
「日替わりキャスト」に、「成井豊・細見大輔・他」と書いてあったのです。
その、「他」に、勘のいい(ていうか、深読みしすぎ?)なサポーターが食いついてきたのです。「上川隆也さんは出るんですか?」と。
あまりにもそのお問い合せが相次いだため、公式発表をすることになりました。
もっとも、公式も何も、上川が「出たい」とは言ったものの、出られるかどうかは当然わからないわけです。
彼は、劇団員ではありますが、やはり芸能活動も多忙です。芸能活動の多忙さ、というのは、見た目の華やかさとは違って、
たとえばドラマなら撮影が始まると「終わるまで終わらない」のです。
変な日本語ですが、たとえば、6月1日に撮影開始、13日に終了、という予定があったとします。
もちろん、そういう予定は、ロケがあれば雨なども考えたうえでのものです。
当然TV局だってコスト計算がありますから、タレントのギャラを押さえるためにできるだけ短期間であげたいわけです。
しかし、予定というのはあくまで予定。雨による撮休(撮影の休み)を、最悪の場合を想定して2日、と見込んでいたとします。
しかし、ここで5日降っちゃったとします。こりゃもう、どうしようもありません。
かつて、僕は小田和正さんの映画『緑の街』に出演させていただいたことがありました。すでにDVDになって発売されていますが、
その時のメイキングシーンが特典映像で入っています。それをご覧いただくと、やはり雨に苦しめられた撮影だったことがわかります。
僕自身は室内の撮影シーンがほとんどでしたし、タレントさんでもないので、撮影が延びるのを逆に楽しんでいたりしました。
が、僕の最後の撮影日が、横浜でロケでした。が、雨でした。内心、「これで中止になれば、小田さんと過ごせる時間が増えるぞ?!」と思ったりもしたのですけど、
撮影は決行。無事に、僕はクランクアップしました。ちなみに、その日に撮ったシーンは映画にはありませんでしたが……。
話が逸れましたが、とにかくそんな事情で不確定要素がありすぎて、「出る」とも「出ない」とも言えない、「出たいと本人が言っている」ということしか、
前もってお伝えすることが出来ないまま、時は過ぎていきました。
まぁ、僕らも含めてみんな、「99%出られないだろう」と思っていたに違いありません。
が、上川は稽古に現れました。やる気なんだぁ……。やりたいんだなぁ……。でも、無理なんだろうなぁ……。そんな感じでした。
前売段階では、ガラガラなところまで想定していた公演だったのに
そんな中、とにかく僕らは初日を開けることだけを考えて、みんながみんな、自分のことに精一杯で日々を過ごしていたら、徐々に前売が動き始めたのです。
なにしろ5月26日に売り出して、6月10日に初日です。
おそらく、「徐々に」というのは当時の僕の時間の感覚で、であって、一般前売開始直後に動き始めたのだと思います。
おもしろいのは、「先行予約」が終わって、「一般予約」が始まって、チケットが動き出すまで、ちょっと間があった、ということです。
その間のサポーターの心の中を推測。
先行予約中「なぁんだ、もう日曜日、売り切れちゃったんだぁ。西川さんの回は、無いのかぁ。じゃぁ、もういっか、今回は。」
翌日→「『銀河旋律』なぁ……。前に見たしなぁ。ビデオも見たしな。いーよな、もう。岡田達也さんの柿本なんて、イメージぶちこわしだしなぁ……」
翌々日→「そういえば、成井さんとか、最近舞台に出てない人が出る、って書いてあったなぁ。んーー、まぁ、別に、見ないでもいーんだけど、きっと、
これはサポーター向けだから、今回限りなんだろうなぁ……。んーー、どーしよーかなー。
達也さんの柿本っていうのも、ちょっと考えてみたら、イケメンかもしれないしなぁ……。んーーー、たしか、平日は空いてたよなぁ……」
翌々々日→「おっと、●●日なら行けそうだな。よし、キャラメルなら、今からでも大丈夫だろ。電話してみよっと。」
……みたいな。
逆に言うと、そんな、「普通の感覚」を持ったお客さんが相手だから、キャラメルボックスという劇団をやっているのが楽しいのです。
ウチが、「キャラメルボックスが公演をやるんなら、なにがなんでも見なきゃっ!!」と血眼になってチケットゲット作戦を練る、
みたいなことをみんながやるような「アイドル劇団」とか「宗教劇団」だったら、とっくに僕はこの劇団の製作をやってないと思います。
そして、いろんなことが曖昧なまま、初日が近づきました。
ちょうど1週間前、6月3日のデータでは、最大に残っているステージは2日目の6時の回で、161席です。次が135、次が69。
もちろん、全部達也の方です。しかし、それ以外のステージは完売。
そうして、初日を迎えました。
迎えた、恐怖の2日目。これが、なんと、当日券のお客様がどっといらしてくださって、40席空きで開演!!
そして、その頃にはもう、それ以降全ステージの前売り券が完売していました。
噂の上川は、最後の数日に集中的に出演。お祭り公演ならではの稽古不足も、経験でカバーして、『銀河旋律』は終了しました。
最終日には、演劇だというのに客席は総立ち。「ワールドカップ決勝戦の会場か、ここはっ?!」と見まごうばかりの光景でした。
終わってからは、もう、クレームの嵐。「なんであれほどのキャストであれしか公演をやらないんだ」というものがほとんど。
……でも、それは終わってみてのお話で、企画段階どころか前売段階では、ガラガラなところまで想定していた公演だったのでした……。
公演前には、チケットが売れずに内部から「嫌われ者」にされるところだったのが、終わってみたらお客さんから「嫌われ者」になってしまう、
という、なんとも、ナマモノである演劇の世界はわからないものです……。
さて、今キャラメルボックスは次回公演『嵐になるまで待って』に向けてがんばっています。今回、ゲストにろうの女優さん・忍足亜希子さんをお呼びしています。
テレビや映画で見ても素敵だった忍足さんは、本物もお人形さんのようにかわいく、でもあまりにも力強く、そして弾けんばかりの明るさを稽古場に振りまいています。
劇団員も、こそこそと手話を自習してきたというのに、本人の前に出ると「ただのジェスチャー」になってしまっている、といううろたえぶり。
次回は、そんな「異文化接触」について書いてみたいと思います。
 
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