「嫌われ者」と言えば、僕がやっているキャラメルボックスほど演劇の世界で嫌われている劇団は無いのではないか、と思います。 たとえば役者が外部の公演や映画やテレビに出演したときには、たいてい「あんなにキャクが入っているのにおまえらのギャラがそれだけっていうのはおかしい」なんてことを先輩の演劇人の方に言われたりするそうです。 (……おっと、注意事項。僕が「キャク」ってカタカナで書いているのは、僕でない人の発言の時にやむを得ない場合にそう表記しています。基本的に、僕はお客さんのことを「キャク」って呼び捨てにするようなことは絶対にできない人間なのです。詳しいことは、前著「いいこと思いついたっ!」にて……。) もっとも、キャラメルボックスの場合は10年以上在籍しているくらいの俳優になるとほぼ一般社会人の同年齢の人たちとほぼ同じか、もうちょい、収入を確保することが出来るところまで辿り着くことが出来てきています。 しかし、確かに一公演3万人も4万人も動員している劇団というのは、今のところそんなにありませんし、あるとしても商業演劇とか地方公演重視の劇団であるとか、そんな感じで、小劇場演劇出身でコンスタントに毎公演それだけの動員がある劇団は珍しいのです。ですから、たいていの「劇団」と名が付くところに所属している役 者さんからしたら、「観客動員が多い=大もうけ」という図式が成り立ってしまうのかもしれません。 ところが、それはもう、あまりに経済観念がなさすぎ、と言わせていただきます。 お客さんが入れば入るほど儲かるわけではない 演劇は生ですから、映画と違って、一旦作ってしまえばお客さんが入れば入るほど儲けになる、なんてことはないわけです。 お客さんが増えるとどうなるのか。 まず、「観たい」とおっしゃってくださるお客さんを、僕らの肉体の限界をも考え合わせながらなんとかして収容しよう、と考えると、そのぶん劇場も大きなところでやらなきゃなりません。そうするといっぱいお客さんが入ることが出来る劇場というのは、たいていが設備も豪華なので席単価(劇場使用料÷客席数)がどんどん上 がっていきます。たとえば、僕らがずーっと使わせていただいていた小劇場・新宿シアターモリエールは、1日15万円で200人収容。席単価は、750円。ところが、700人収容の新宿シアターアプルは、定価で1日70万円。席単価は1000円です。このように、もっと大きい劇場はもっと席単価が上がっていきます。 次に、それまでパソコンレベルで管理できていた「顧客データ」が、ビジネス用のマシンを使わないと危なくて管理しきれなくなります。 また、公演期間が短かった頃は事務所を休みにして製作スタッフ全員が劇場に入ってしまうことができたのですが、1ヶ月単位の公演になってくると、劇場でお客さんのお相手をしているスタッフ以外に、事務所で電話を受けたり、次の公演の準備をしたりするスタッフが必要になってきます。つまり、製作スタッフに関しては小劇 場時代の倍は必要になってきてしまいます。 舞台の演出に関しても、小劇場の時にやったヤツをそのまま中劇場でやろうとしても、単純に舞台の広さが数倍ありますから、その分照明のスポットライトの数も比例して増えますし、それを仕込むためのスタッフの数は増え、運搬するトラックも大きくなり、本番に付くスタッフの数も増えてしまいます。 そんな台所事情の中、役者達のギャランティを確保するために僕らが何をやってきたのか、ということですが、まず第一に「お客さん第一でお金を使う」ということでした。 そんなのあたりまえじゃん、と思われるかもしれませんが、どうやら、先輩の劇団はそうでもなかったようです。 演劇専門誌に無視されたり、悪口を書かれたり… たとえば、とある演劇専門誌。もう10年以上前になりますか、突然電話があって「君らのところの公演の評論記事を載せてあげるから、広告を出さないか」と言われました。確かに、その雑誌は演劇業界の数少ない雑誌のうちの一つでしたから、そこに評論を載せていただけるのはありがたいことでした。しかし、僕らの公演予算に は「広告費」というものが、当時は全く存在していなかったため、丁重にお断りせざるを得ませんでした。ところが、それからというものその雑誌からは何の連絡もなくなり、公演情報をお送りしても一切載せてくださらないようになりました。どうやら、それまでの慣習では、広告をちゃんと出すのがあたりまえだったようなのです 。 そしてまた、とある地方の情報誌では、チケット販売代行業(プレイガイドですね)を兼ねていました。が、キャラメルボックスはなにしろ劇団でチケットを販売するシステムを持っていますので、プレイガイドにはほとんどチケットを出さないのです。ですが、情報は出しておかなければお客さんのためにもまずかろう、とお願い にあがったら、「もっとチケットを出さないと記事にはできない」と門前払いを食ってしまいました。なんとっ!!その雑誌は、「エンタテインメント情報誌」だと思っていたら、「某プレイガイドで扱っているチケットの販売促進宣伝誌」だったのです!!びっくりでした。 そして、それとはまた別なヴィジュアル系の演劇雑誌では、逆に若い人がターゲットの雑誌だったので、提携して、オビで裏表紙の裏側のページをまるごと年間借りて広告を打ち続けていました。定価よりもかなり安くしていただくぶん、その雑誌の読者層の方々にお徳な情報なども載せたりして、珍しく「広告」をちゃんとやって いたのです。ところがっ!! とある別な劇団のインタビュー記事の中で、そこの役者さんがキャラメルボックスの悪口を言っていたのです。そこまでは、いいんです。別に、誰が何を考えていようと、感じ方はいろいろと違うでしょうから。 僕が怒髪天を衝いたのは、その「悪口」の部分が、そこだけゴシック体の太文字にされたうえに、活字の級数があげられていた、ということでした。つまり、明らかに編集側の意図で、キャラメルボックスの悪口をことさらに強調していたのです。 それまで、「いっしょに演劇界を盛り上げていきましょう」などと語っていた編集長に、事情を聞きました。しかし、「気が付かなかった。現場が勝手にやった。申し訳ない」って説明だけ。政治家かよ。 僕らはいくら悪口を言われたってかまわない、ていうか、言われ慣れているからいいのですけど、それを読んだ、キャラメルボックスも好き、しかもその劇団も好き、って人はどう思うでしょう。そういう、読者(僕らにとってはお客さん)のことを思いやることが出来ないような人とは仕事なんかできない、と、何年も続いた広告 企画はその月で打ち切り、それ以来僕はその雑誌とは一切の交渉を絶っています。 これがキャラメルボックス流の「節約術」 ……と、書いてきましたが、つまり、僕らにとっての「お金」とは、1人1人のお客さんが買ってくださる1枚1枚のチケット代の積み重ねなのです。だから、その人たちに還元されないお金の使い方というのは、あってはならない、と思うのです。 つまり、お客さんは面白い芝居が観たい、そこに尽きるはずだと思うのです。 が、そのチケット代が、何の効果もない広告代に消えたり、わざわざ不便なプレイガイドにチケットがまわされてしまったり、偏った考え方の編集者が編集している雑誌の広告代に消えてしまったりするということは、やはりあってはならないと思うのです。 そしてまた、キャラメルボックスのチケット代は2002年3月現在、指定席4500円。シアターアプルやサンシャイン劇場や新神戸オリエンタル劇場でやっている公演で、ウチより安いところがあったら教えて欲しいくらいです(たまにありますけど……)。 つまり、この規模の劇場で、これだけの長期間の公演を行うためには、製作費や人件費を積み上げていくと、7500円ぐらいのチケット代になるのが当然なのです。「当然」と書きましたが、これは、製作側から考えれば、ということです。 しかし、キャラメルボックスの場合は、演出家からして「できるだけ安い値段で」ということにこだわります。 4500円でやるためにはどうするか、を考えます。 まず、舞台の大がかりなセットチェンジは、よっぽどの必然性が無い限り、行ないません。照明のピンスポットも、なんとしてでも2台で済ませてもらいます。そういうふうに、全てのスタッフに、徹底して経費の削減をお願いしています。普通は、演出家はお金を使いたがり、製作がそれをなんとかして止めようとする、というも のなのだそうです。しかし、キャラメルボックスの場合は僕が「成井さん、たまには大がかりなセットを作りましょうよ」とお願いしたりする、っていう変な状況です。 こうして、安いチケット代で、面白い芝居を長期間同じ場所でやる、ということによって、なんとか役者達の出演料を捻出してきたのです。 そしてそのうえに、様々なグッズを意図的に作っています。その中でも、ビデオ、写真集、文集などは、その売上げに応じて役者達に「印税」というシステムを構築してギャラを支払っています。なおかつ、定期的な刊行物がいろいろあって、それらに、役者達が原稿を書けば、その分をちゃんと支払っていく、という方法を採って います。 つまり、「書く」ということがちゃんとできる役者は収入が増えるわけですので、自動的にみんな一所懸命に書きます。書けば、また文章がうまくなってそれがまた活躍の場を拡げることにもなります。 これほどまでに「書かされる」劇団は、他には無い、と自負しています。 なにしろ、新人を除く劇団員全員が1人一台パソコンを持ち、メールアドレスを持ち、連絡事項は劇団員メーリングリストで瞬時にして全員に伝わっていく、という徹底ぶり。 ちなみに、グッズの原稿は、手書きよりもパソコンで打ったものの方がギャラが高いのです。つまり、製作部の手間を省いてくれた人には、またどんどんお金がまわっていく、というわけ。 こうやって、役者達がどんどん楽しい文章を書いてくれれば、お客さんもうれしいし、役者達はお金が入って、お互いにいいことばっかりじゃないですかっ!! 貧乏な俳優でありつづけるよりも大切なことは… ……と、そんなふうに、正面から「お金」のことを見据えて劇団を運営していると、これまた「カネのことなんて、いちいち口に出すべきじゃない」なんていう叱られ方をすることもあります。 ……なんでっ?! 40過ぎても4畳半に住み、お芝居を小劇場で上演するためには「チケットノルマ」に泣かされるからコンビニでバイトをして、たまーに入るドラマの一言セリフの役のギャラの入金をハラハラしながら待っているのに、新宿か下北沢のちっちゃい飲み屋で朝まで演劇論を戦わせている、という、今までの「舞台俳優」。 年に4〜5本もの2ヶ月公演に、連日120パーセントの力で立ち向かい続け、超満員の客席から圧倒的な拍手と笑顔をいただいて自分のパワーにしながら、しかし、家に帰ればお風呂付きのマンションで、ADSLに繋がったパソコンを前にして、毎晩お客さんのための原稿書きや自分のホームページの更新をすることで時間が過ぎていき、 がんばれば2年に1度ぐらい自分へのご褒美に海外旅行までできちゃう。そして、先輩方がテレビや舞台などの各方面で、劇団で活動していたときのスタンスを忘れずに謙虚に仕事をすることで次々といろんなお仕事をいただけるようになってから、「つて」ができてきて、後輩たちもけっこういい役をいただくことができたりして…… という「劇団の舞台俳優」。 「ストイック」という言葉は、一体どっちに当てはまるものなのでしょうか。 「刹那的」なのはかっこいいんですけど、僕らは「一生、これで食いたい(食わせたい)」と考えています。 そのためには、全ての「へんなこと」を洗い直して、舞台を最高品質のモノにするために削ぎ落とせるものはどんどん削ぎ落としていかなければ、と考えています。 「演劇界の構造改革」は、17年目にして、ようやく実を付け始めている、という感じなのでしょうか。 とにかく見つめている先は、まず目の前のお客さん。そして、今まで大切にしてくださってきたお客さん。続いて、これから出会うかもしれない、まだ見ぬお客さん。 ポジティヴの連鎖は、渦を巻いて良い方に良い方にとしか向かわないのです。