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第5回 タブー視されていたビデオの世界に進出


前回は、ウチの劇団が念願の「1万人動員」を果すまでのお話でした。

ちょうどその1980年代後半から1990年ごろというのは、世間はバブル景気の真っ最中。 世間は「冠スポンサー」がついたイベントが花盛り。そうですねぇ、 軽く今の10倍はそういうイベントが行われていたと思います。

スポーツ、コンサート、映画、と、それぞれに「●●フェスティバル」というものが日本中で企画され、 それぞれが超満員になってしまう、という時期。「広告代理店」というところの人たちが、大もうけしていた時代です。

そして、その波が演劇の世界にもやってきたのです。ちょうどその時期、「小劇場演劇ブーム」と言われ、 野田秀樹さんの劇団夢の遊眠社と鴻上尚史さんの劇団第三舞台を筆頭に、第三エロチカ、青い鳥、ショーマ、 花組芝居、自転車キンクリート、といった劇団がどんどん動員数を増やし、いろんな雑誌に特集が組まれていました。

ところが、僕らキャラメルボックスは、そういう特集にはほとんど無縁でした。

理由は簡単。役者が下手で、話がわかりやすくてストレートすぎるから。当時流行っていたのは、 ハイテンポでハイテンション、社会問題を採り上げていたり、逆にアーティスティックであったりして、 話の構造が複雑でわかりにくいお芝居だったのです。

そして、そういう劇団を集めた「演劇フェスティバル」が次々と誕生。1ステージいくら、 という契約で劇団が公演をやるようになっていったのです。

それらは、イベントのネタに困った広告代理店が企画し始めたものですので、 特に演劇が好きで始めたわけではなかった、というのがポイント。朝仕込んで夜本番、という、 小劇場のペースを全く無視した強行スケジュールを強制されたり、 前もって言われていた出演料から劇場の機材費を引かれていったり、 という契約違反が相次ぎ、数年後にはいわゆる人気劇団のほとんどがそういった フェスティバルには参加しなくなってしまいました。


金儲け重視の人たちに、演劇そのものが翻弄されていた

イラスト もっとすごかったのは、「小劇場演劇ビデオライブラリー」という企画。当時の人気劇団の公演をビデオにおさめて、 「安く買ってもらうために」という理由で60分に編集して販売する、というもの。 打ち合わせの段階ではおいしいことをいろいろ言っていたのに、ビデオ化の段階で音楽著作権の問題で 全曲著作権フリーの音楽に勝手に差し替えたり、ストーリーを無視した編集を行なったりされてしまい、 当時ビデオ化された劇団がみんな怒り狂った、という事件が起きました。

とにかく、イメージ重視。話題性重視。金儲け重視。

もともと演劇とはかけ離れた世界の人たちに、演劇そのものが翻弄されてしまった時代でした。

が。

僕らは前述の通り、当時の流れからは相手にしてもらえていなかったおかげで、 そういった世の中をじーっと横から観察し、自分たちのペースをきちんと守っていくことができました。 そのおかげで、人気劇団のネタが尽きたあたりで僕らのところに話が届いてきたときも、 「ウチは演劇祭には出ないことにしているので」とガンガン断っていくことができました。

1回だけ「フェスティバル」に参加したときも、実を言うと僕らの動員数が増えすぎてしまって、 1年前に予約してあった劇場ではお客さんをさばききれなくなってしまったため、 追加公演的な性格で利用させていただいちゃった、というものでした。

例のビデオ企画でも、10数本目でようやくウチにも話が来たので、音楽は全曲オリジナル、 芝居そのものも上演時間45分の「ハーフタイムシアター」を収録、と、 うまく相手のやり方を利用させていただくことにしました。が、撮るだけ撮ったのに、 発売前にその企画そのものがボツになってしまったのです!! そこで僕は、映像を買い取って、 当時演劇に力を入れていた産経新聞の事業部に話を持っていって、別口で発売してしまいました。

そんなことをし続けていたせいで、キャラメルボックスは「マスコミ」や「広告代理店」の皆さまの間で 「たいした芝居をやってるわけでもないのに生意気な劇団」と評判になり、 おいしいお話は一切いただけないようになりました。

しかし、それが僕らの生き方でした。

公演にかかるお金は、一人一人の「観たい」と言ってくださるお客さんたちからいただいたチケット代と、 買っていただいたグッズ代だけでまかなう。企業とお付き合いするときは高めあえる立場になれて、 お互いにメリットがあるように企業のためにもなるような提案を出す。そういった鉄の掟を自分に課して、 公演活動を行なっていったのです。


「ビデオを売るミーハー劇団」と異端児扱いされたけれど……

そんな中、バブルがはじけました。

それまでスポンサーに頼って公演活動をしていた劇団たちは次々と活動を縮小。 広告出稿量が減ったために情報誌のページ数が激減。なおかつ、目立った企画が出てこないため、 情報誌の演劇ページもどんどん縮小。「小劇場ブーム」は一気に去って行ってしまいました。

ところが、そもそもスポンサーやメディアに頼っていなかった、取り残されていた僕たちは、 何の影響も受けなかったどころか、逆にどんどん観客動員数が増えて行ってしまったのです。

冠公演がなくなってしまったために空き期間が増えた劇場を安く借りて長期公演も行なえるようになり、 企業との真剣なお付き合いが評価されたためか、「お金」ではない関係もうまく作れるようになってきたのです。

そしてまた、1990年に初めてビデオを撮影してからは、ペイしないことはわかったのですが、 あえて全公演をプロ用のカメラで収録していくことにしました。これには、劇団内からも異論が出たぐらい、 当時の演劇界では「舞台のビデオ化」に関してはアレルギーに似たものがあったのです。 その理由は「演劇は風に書いた文字である」という当時の鴻上尚史さんの名言に代表されるように、 「テレビなんかでは演劇のおもしろさは表現できるわけがない」というものでした。

ところが、残念ながら僕はテレビ世代で、小学校からずっと「放送部」に所属していたこともあって、 ナマのおもしろさを100%表現することはできなくても、ストーリーのおもしろさを「残す」ことはできる、と確信していたのです。

そして、折しもBS放送が開始され、「10年以内には衛星放送が普及して多チャンネル化する」 という未来像が語られ始めていました。そしてそれは、きっと間違いないことであろうと考え、 とにかく映像素材を残していこう、と決意したのです。

小劇場演劇界では、例のビデオライブラリーの影響で人気劇団ほどビデオを作らないのがあたりまえ。 なので、キャラメルボックスはまたも「ビデオを売っているミーハー劇団」として異端児扱いして いただけるようになりました。


150万円以上かけたビデオのオンエア料がわずか10万円!?

そしてその後、CS放送が生まれ、そこで演劇専門チャンネル「シアターテレビジョン」ができました。

が、誰も過去の作品をビデオに残していなかったのです。

そこで当時のシアターテレビジョンの社長はキャラメルボックスの公演を観に来て、こう言いました。 「一作品10万円でオンエアさせてほしい」。

そこで僕は尋ねました。
「現在、シアターテレビジョンの契約者は何人ぐらいなんですか?」。

すると、
「4000人ぐらいですかねぇ。でも、これから伸びますよ」。


僕はあっけにとられて尋ねました。
「その根拠は?」

彼は言いました。
「多チャンネル化時代ですからね、PerfecTV!(当時の名称)全体で早くも10万人の加入者ですから、 これからもどんどん増えますよ」

ちっとも根拠になってません。

しかも、映像を専門にしている人ですから、ウチのビデオの制作費が一本あたり150万円以上 かかっていることは当然わかるはずです。それを、「カネがない」を理由に10万円で買い取ろう、 というわけです。そこで、当然その場でお断りしました。

その後、僕らは某地上波放送局と組んで、毎公演、その局の名前を冠に乗せて公演を行なうかわりに、 局に撮影してオンエアしてもらい、その後のVTRの原盤をウチで買い取ってビデオ化する、 というバーター契約を結ぶことに成功。これによって、予算的にかなり楽な状態でビデオ製作を 行なうことができるようになりました。

しかし、演劇の撮影にはあまり慣れていないTV局が撮影する映像だけに、 テレビとして見る分には心地よいのに「追体験」として芝居を観ようとすると物足りない、という感じになってきました。 そして、僕らをバックアップしてくださっていたディレクターの方の人事異動に伴って、 その関係も途切れてしまうことになりました。


演劇専門チャンネルに、土曜夜9時からのレギュラー枠を獲得

ちょうどその頃、再びシアターテレビジョンから連絡がありました。担当の方が替って、 小劇場にもどんどん力を入れていきたい、ということ。しかもその方が、僕のお世話になっている人のお友達だったのです。

そこで、やむを得ずお会いすることにしました。

お会いしたのは良いのですが、今度の条件は「1本15万円」でした。もうこれは、CS放送という狭い市場の、 なおかつ演劇チャンネル、というもっともっと狭い範囲のものなのでやむを得ないことなのかもしれない、 と、僕もちょっとオトナになって考えました。

と、そこで、いい交換条件を思いついてしまったのです。

「毎週土曜日の夜9時から2時間半のレギュラー枠をくれたらやります」と。

まぁ、まさかそんないわゆるゴールデンタイムの枠を、一劇団に譲るわけはなかろう、と踏んでの提案でした。

が。なんと、「それはおもしろい」とOK。

結局、毎週土曜日に「CaramelBoxTV」というレギュラー番組を設けて、過去の公演のビデオをオンエアし、 作品の前後につける解説……というか世間話も、劇団側で制作して完パケで納品する、という話に、 トントン拍子に進んでしまったのです。

……と、ここで賢明な読者の方はすでに気付かれたことと思います。「解説部分も劇団側で制作」なのです。 そうです、より一層の自腹を、自分から提案してしまったのです……。

……おや?ずいぶん長くなってしまいました。
というわけで、ここから先は来月!!

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