第93回 日本の奥座敷 加賀プレスツアー
京都が日本の表座敷なら、北陸の加賀は日本の奥座敷ともいえようか。
国際湿地保全ラムサール条約で保持している片野鴨池をはじめとして九谷焼、山中漆器と世界のトップクラスの環境と美術工芸を擁しながらも京都のような敷居の高さはなく、片山津温泉、山中温泉、山代温泉などの温泉場では憩いを、日本海からは蟹、鰤、甘エビなどの美食を、内外の観光客にたっぷりと提供している。
11月18日から20日までの2泊3日、アメリカ、イタリア、デンマークなどプレス・クラブ所属9か国の特派員たちが加賀市の招待で初冬の加賀の魅力を取材した。
古代猟法坂網鴨
“Sustainable Hunting”(持続可能な猟法)は種の滅亡を防ぐため国際社会が推進している猟法で、フィジーなどでもここ数十年は地元民がトロール網ではなく手網で蟹漁を行っている。加賀の坂網猟の歴史はもっと古く、加賀市が加賀国大聖寺藩と呼ばれた江戸元禄年間から伝わっている石川県民俗文化財に指定されている伝統猟法で、冬の3か月間のみ年間200羽程度の捕獲を行っている。
夕刻、片野鴨池からエサを求めて一斉に飛び立つ鴨を池の傍らの小高い丘の上からY字の投網を空に垂直に投げかけて捕獲するもので、取材の特派員たちは一切の照明、携帯、カメラを禁じられ、無言で鴨たちが飛び立つのを待った。
北陸の冬での待機は約1時間。鴨たちが一斉に飛び出したが、待機した丘の上に来た鴨の飛翔位置は高すぎてどの猟師の網も届かなかった。
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【坂網猟の写真】
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鴨池に4万羽以上を渡来した十数年前には4千羽以上も捕獲したということだが、現在、坂網猟師の登録者は28人。長老でも十数羽以上とることは難しいという。空手で鴨猟師番小屋に戻ると、向こう岸の丘で待ち構えていた猟師が無事一羽を捕まえていた。
越冬のために飛来した真鴨たち |
片野鴨池。今年は約4000羽が渡来。 |
猟期始まって4日目で既に捕獲した鴨は13羽。加賀料理ばん亭で食したが、捕獲番号付の坂網鴨料理はコースで飲み物をつけると一人前15000円位するらしい。
美術工芸と加賀棒茶の発展
“Sustainable”に続いて大事なのは、“Affordable”(購入できる)だが、加賀の美術工芸品はいささか普通の観光客には手が届かない範疇にある。
例えば宮内庁御用達の山本長左さんの九谷焼の大皿などは100万円クラスだし、人間国宝、川北良造さんの山中漆器の作品は小ぶりのお茶入れでも50万円。川北さんは東京のデパートに出せばさらに何割も高価になると平然とされている。もっぱら美術館、国賓向きの作品で、並の富裕層でも現時点では高嶺の花ばかり。だが傘寿に近いご両人ともご自分で毎日ろくろを回し木を削って弟子を育てられている。やがて若い職人たちが新しいセンスで海外からの一般観光客が買える焼き物や漆器を生むのではなかろうか。
工房で若い弟子を指導する 九谷焼作家の山本篤さん |
今なお毎日仕事をする 山中漆器 人間国宝 川北良造さん |
特派員たちは一見粗末な日本家屋で300年間も継承されてきた世界的な美術工芸を伝承する姿に感動して、お二人の作品を日本の心を代表する作品としてオリンピック前に海外で展示したりオリンピックの賞品にできないものかと話していた。ちなみに加賀市長、宮元陸氏はオリンピック組織委員長である森喜朗元首相に秘書として仕えていた。
遠赤外線で焙じる茎茶1日平均300キログラム年商6億円
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さて、加賀の名産は高価で貴族的なものばかりではない。“Affordable”なものの代表は100グラム1296円の「加賀棒茶」であろう。これは緑茶の茎を遠赤外線で焙じた茶葉で、香りもよく食前食後にも飲みやすい。筆者が数年前に何度か訪れた店舗はいかにも昭和初期の粗末な木造建築だったが、焙じ茶の香りと小上がり座敷の床の間の端正な生け花が堅実でゆるぎない店の品格を伝えていた。
ところが今回のプレス・ツアーで訪ねてみると、瀟洒な本社が新築されている。新設された工場とそれに隣接した店舗は広く充実して、更に展示場、カフェまで設けられている。丸八製茶場の6代目社長36歳の丸谷誠慶さんは伝統150年の茶場を守るだけではなく、家内工業を年商6億円、従業員40名の地元産業に飛躍させた。更に近年は紅茶にまで守備範囲を広げて成功している。昔の姿を知る筆者としては実に喜ばしい。
丸八製茶場第六代社長丸谷誠慶さんと母の朱美さんと一緒に
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加賀市長、宮元陸さんは「“坂網鴨”は加賀のシンボルだ」とおっしゃっていたが、壮大で優雅な白山の麓に広がる石川県4位の小都市が、今回の海外特派員の報道と来年3月の北陸新幹線の開通を機会に美術工芸と加賀料理の美味を生かした観光と産業の町として着実に発展することを期待したい。
2014.12.3 掲載
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