第84回 トニー・ベネットさん歌手生活を語る
トニー・ベネットさんと司会のスティーブ・マクルア(撮影/渡辺 晴子)
|
第12回東京ジャズ・フェスティヴァルで訪日したトニー・ベネットさんは公演前の多忙な日程を割いて、9月4日、プレス・クラブで会見した。
あのフランク・シナトラが「歌手中の歌手」と絶賛するトニー・ベネットさんは今年
87歳。満席の記者とファンたちは老齢による衰えだけは見たくないと心配していたが、ご本人は87 year-oldでなく 87 year-young。いかにも生粋のニューヨーカ—らしく、司会の元ビルボード誌のスティーヴ・マクルアさんをからかったり、古今の歌手の評価を洒脱に語って会場を魅了した。
マンハッタンに隣接するタクシー運転手やレストランの働き手など職人の町、アストリア地区で育ったベネットさんは庶民的。大歌手になってもその金銭哲学は変わらない。
マクルアさんの「何か歌って頂けませんか?」という問いかけに“I got to be paid.”(お金を頂かねば)とにべもなく拒否されたので、会場から笑いが洩れた。
ところが「東京公演にプレスクラブから団体観劇で行きます。会員への案内状に「signature song“I left my heart in San Francisco”で盛り上げる」と書いたので必ず歌うと確約して頂けませんか? でないと私は詐欺だと非難されます」という筆者の質問にはやおらマイクを取り直して
“I left my heart in San Francisco
High on a hill, it calls to me
To be where little cable cars
Climb halfway to the stars….”
とアカペラで朗々と歌い出したのに満場大拍手。無料では歌わないが、常連客には多少のサービスをするところがいかにも職人だ。
トニー・ベネット東京公演(第12回 TOKYO JAZZ FESTIVAL・
東京国際フォーラム)
(撮影/阿久津知宏)
|
「レディー・ガガは天才」
ベネットさん自身はジャズ・シンガーでなく、エンターテイナーだという。ジャズは持って生まれた才能で、ルイ・アームストロングに誰がベストかと尋ねた人が「エズラ以後?」
と軽くあしらわれたように、努力してなれるものではないという。
ただし、彼と“The lady is a trump”をデュエットしたレディー・ガガはジャズ界のピカソとゆうべき天才だと褒めあげた。また、大オーケストラをバックに歌うより、ベース、ピアノ、ドラム、ヴァイオリンのカルテットで歌う方が準備に時間を取られないので好きだそうだ。
10年ぶりに訪問した東京は、世界の大都市としては驚くほど美しく清潔。戦争は人類最悪の行動で正気沙汰ではない。日本の原発をスローダウンする努力は嬉しい。自分も歌を書くがコール・ポーターにはかなわない。(会場笑い) 大アーティストになると聴衆を見下す人がいるが、自分はあくまでも顧客の知性を尊敬して何時までも歌手を続けたい、とにこやかに語った。
87歳の若さを示す公演
さて、9月7日の東京国際フォーラム・ホールの大会場はベネット・ファンで超満員。フランク・シナトラの音声による紹介で、会場に現れると大拍手が湧き上がる。
“Just in Time”、“One For My Baby (And One More For The Road)” 、トニー・ベネットクラシックのオン・パレード。1時間超の独演後に“I left my heart in San Francisco…”
これがフィナーレかと観衆が総立ちで拍手を送った。
ところがそうではなかった。その後30分あまりも歌い続けて87歳の若さを示した。公演前はベル・カントの発声練習を15分ほどするというが、ベルベットのような美声は最後まで淀みがない。バンド演奏の間にフザケてターンのステップを決めると観客は大喜び、まさにエンターテイナー振りは絶好調だ。
そして公演後だが観客たちは争ってCD売り場に並び、『Tony Bennett Classics』(¥2,800)を買い求めた。“Buy my duet album. I need money!”と舞台で呼びかけた宣伝は大成功のようだった。筆者ももちろん一枚購入してマイカ—車中で聞いている。
「霧のサンフランシスコ」に観客総立ちで拍手(撮影/阿久津知宏)
|
2013.9.30 掲載
|