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周防監督の映画製作のアイデアは、これまでは普通の市民の日常生活の中での驚きや発見から発展させたものだが、今回は映画監督としてではなく、無実の市民を容易に有罪とする日本の裁判制度に対する人間としての正義感、怒りから出発したものだという。 映画『それでもボクはやっていない』の主人公、金子徹平(加瀬亮)は、会社面接に向かう満員電車の中で痴漢に間違われ、現行犯逮捕。警察署の取調べで容疑を否認するが、担当検事に自白を迫られ留置所に拘置される。更に検察庁の取調べでも無実の主張は通らず、起訴されてしまう。徹平の母、友人たちが支援に立ち上がる。ベテラン弁護士は「痴漢冤罪事件に日本の刑事裁判の問題点が現れる」と同じ女性として事件を担当したがらない新米女性弁護士の背中を押す。
「痴漢犯罪は日本の裁判で動機が討論されない唯一の犯罪です」 女性の雇用が増加した10年前より鉄道会社・鉄道警察隊などで「痴漢撲滅キャンペーン」が行われ、痴漢行為の逮捕者は1994年度で328件、98年は974件と3倍近くに及んでいる。2002年10月施行の迷惑防止条例改正により、痴漢行為の罰則は懲役6ヶ月以下、罰金50万円以下と厳しくなった。一方、1999年までの10年間で痴漢を否定して争ったケースでは203件全て有罪。2004年までに無罪判決は18件だが、控訴審で逆転するケースも出ているという。
「日本の刑事事件では起訴された場合の有罪率は99.9%以上といわれている。
被疑者は逮捕された時点で“やった”と思われる。“やった人”の裁判であり“やってない人”の無罪を裁くものではなかった」 電鉄会社を訴えたらいい
筆者は以前本誌に「女性専用車」が女性への痴漢防止だけでなく、若い白人男性に対する女性からの痴漢防止策になっている、との記事を書いた。そこで「女性専用者の有無」について質問した。 「今の混雑状態では女性専用車は必要。もし電鉄会社が男性専用車を作ってくれれば(痴漢と間違われないために)そちらに乗りたい」 また、監督は痴漢と間違われた男性は、「押し込み」だけでなく「剥がし」まである通勤満員電車に客を詰め込む電鉄会社を訴えたらいい、とアドバイスした。男性が全員(痴漢の)動機があるならば、それを可能にする満員電車を運行する会社が悪い。欧米でこのような非人間的な交通機関があるだろうか?「満員電車をなくせば痴漢の数は減る」と断言。 シンガポール紙の記者の質問「裁判制度を批判するとは勇気がある。訴えられたらどうするのか?」には「この映画は日本弁護士連合会でも試写会を開いた。何か起これば日弁連が弁護してくれると思う」とニッコリ。 裁判員制度の啓蒙活動!?
同日発表された重大事件の刑事裁判に一般市民が参加する裁判員制度に対する内閣府世論調査では、3人に2人が裁判員に選ばれた場合「参加する」と答えている。ただし大半は「市民としての義務だから参加せざるを得ない」という消極派である。 日本で知られている裁判員(陪審員)制度についての映画といえばヘンリー・フォンダ主演の「12人の怒れる男」だが、裁判制度の問題点を明確にしたこの映画が期せずして法務省の熱望している啓蒙活動になりそうだ。また、海外では英語版がそれぞれの国や州の裁判制度に対する市民の関心を高めそうだ。次作も社会派映画が期待されているが、周防監督は「今後のことはわからない」という。
「周防監督は静かだが芯が通っていてかっこいいネ」と米国のテレビ記者。「そこに Shall we ダンスのヒロイン(草刈民代)が参ったのよね」と筆者。 2007.2.8 掲載
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