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第14回 バルトの虎ラトビア共和国
      カルヴィティス首相初の訪日


プレスクラブの特派員たちは、概して外交儀礼を軽視している。自分の取材範囲でない記者会見は、余程面白いものでない限り、何かと口実を見つけて出席を断る。会見の2日前まで出席申込者がたった17名だったラトビア共和国首相アイガース・カルヴィティス氏の4月の初来日会見が満席になったのは、記者会見の仕掛人であり主宰者のジム・ブルックさん(ニューヨーク・タイムズ紙)個人の「記者一本釣り」の手腕と儀礼と情報を重視するロシア、ウクライナ、エストニアなど旧ソ連邦中心に在日大使たちの外交努力によるものだった。

酪農家から政治家へ


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P.ヴァイヴァース新任大使 ダン・スローン A.カルヴィティス首相 ジム・ブルック(左より)

ラトビアはバルト海に面したバルト3カ国(ラトビア、エストニア、リトアニア)の中央に位置し、ロシア、ベラルーシと国境を接している人口230万人の小国である。北欧フィンランドから南欧ギリシャへ、パリからモスクワへの十字路の要に当たるため歴史的に他民族の侵略を受け、近世ではソ連(1940−41,1945−1991)、ナチ時代のドイツ(1941−1945)に占領され、完全に独立共和国となったのは1991年8月21日である。日本人がラトビアといって思いつくのは加藤登紀子さんの歌う「百万本のバラ」作詞家アンドレイ・ヴォズネスキーくらいだが、実は彼をロシア人と思い込んでいるファンの方が多いようだ。

カルヴィディス氏はソ連邦からの独立紛争時代には青年乳業家としてスウェーデンで学び、その後アイルランドと米国で酪農と食品業マネージメントを学んだ。90年代中頃より政治に目覚め、全国乳業組合委員長の肩書きで出馬(ラトビアは比例選挙区制)。2002−2004年経済相としてラトビアにヨーロッパ随一の経済成長を遂げさせ、2004年12月、39歳の若さで大統領より首相に任命された。

今回の訪日の目的は駐日大使館開設のお披露目と、ラトビアの売り込み。特にユネスコ世界遺産に指定された中世期の建築文化を誇る首都リガへの観光客と、EUへアクセスする新経済特区への産業誘致である。

講演の内容は昨年度10.2%のGDPを記録したラトビアの経済発展情況、国連軍、NATO軍への派兵協力、多言語を話し高等教育を受けた人材への外資導入等であり、聴衆の反応も好意的であった。ところが質疑応答時間となると、旧ソ連邦以来のバルト事情を取材する東欧出身の米国メディア記者たちから鋭い質問が浴びせられた。

「人口の58%だけがラトビア人。30%以上がロシア人であり、ウクライナ人なのにどうしてラトビア語だけを公用語としているのか?」
  「ナチの格好をしたスキン・ヘッドの若者たちが少数民族を攻撃するデモを許しているのは何故か?」
  「市場経済を確立するといいながら造船など基幹産業を国有化しているのは何故だ?」
  同じ記者が2度3度も執拗にラトビア首相に詰め寄った。
 「独立国である限り、その国の言葉を公用語にするのは当然だ。ラトビア語はロシアのスラブ語ともドイツ系のゲルマン語とも異なる欧州の古い言語だ」
  「どの国にもナチの残党はいるものだ。民主主義国であれば無碍に制約できない」
  「鉄道、空港、エネルギーなど基幹産業は、現在では民間に解放できない」
  ビール樽腹に太った首相は、汗をかきながら中西部訛りの英語で応戦した。

「ニュー・ナチ、オールド・ナチ。世界中でスキン・ヘッドはデモをしている」
  主宰のブルックさんも助け舟を出した。
  「人は見かけが9割」というそうだが、濃紺のスーツに黄色のシャツ、オレンジ系のタイでキメたブルックさんの隣りに座ったカルヴィティス氏は、一昔前のドブネズミ・ルックの背広で無造作な坊ちゃん刈り。いかにも素朴な牧夫然としているところが、かえって複雑な多民族国家の選挙民の信頼を集めそうな感じだった。そこで、場の雰囲気を変えるため、筆者もつい質問してしまった。

スモー・レスラーの輸出

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アイガース・カルヴィティス首相 

「観光客誘致といっても、日本人の多くはラトビアがどこにあるのかさえ知らない。 琴欧州が大関になって以来、日本人にブルガリアは親しい国となり、ブルガリア・ヨーグルトも売り上げが増えた。ラトビアも日本にスモー・レスラーを輸出すれば? あなた自身も有力候補になるのでは?」

会場の笑い声に、首相にも笑顔が戻った。
  「確かにラトビア人はアスリートだ。レスリングも強いし、モスクワ・オリンピックなど旧ソ連邦時代の多くのメダリストの国籍はラトビアだった」
  「そういえば世界アイスホッケー選手権で米国を手酷くやっつけたのもラトビアだった」
  スポーツ・ファンのプレスクラブ会長ダン・スローンさんも、首相をちょっとヨイショした。

五月場所幕内番付では東欧—旧ソ連邦からは大関琴欧州勝紀(ブルガリア)、前頭五枚目露鵬幸生(ロシア)、六枚目黒海太(グルジア)、八枚目白露山佑太(ロシア)が活躍。更に十一枚目の金髪把瑠都凱斗(エストニア)が驀進し、把瑠都の昇進により日本におけるエストニアの知名度が上がってきている。
  バルト三国同士は常にライバル関係にある。そのうちラトビア出身の力士も国技館に現れるのではあるまいか。

2006.5.12 掲載

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