第88回 「日本の子どもの貧困」を考える
皆さんこんにちは。今回も連載をご覧下さりありがとうございます。
2015年最初の更新です、本年もよろしくお願い致します。
この連載も、この4月で10周年を迎えました。皆様のご愛読にお礼申し上げるとともに、今後は、さまざまな場でも活躍していきたいと考えておりますので、応援していただけましたら大変心強いです。どうぞよろしくお願い致します。
昨年、長崎県佐世保市で高1の生徒が同級生を殺害した事件に関する報道も断続的に続く中、昨年末、名古屋市内で19歳の国立大学生が70代女性を殺害した、という事件が発生しました。ご遺族、ご関係の皆様に心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。
これらの事件に共通するのは、容疑者が、「人を殺してみたかった」という趣旨の発言をしていることです。人を殺す、というのは、相手の人生や尊厳などに思い至れば実行できず、思い至らないから実行してしまう、という側面もあるように私は感じます。
他人に対する想像力の欠落については、今回の連載の内容とも重なりますので、後ほど改めて述べますが、一人一人の子どもにきちんと理解してほしいことだと私は考えています。
また、今年に入り、川崎市で中学1年の男子生徒が年上の少年に殺害される、痛ましい事件が発生しました。ご遺族、ご関係の皆様に心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。この事件の報道が続く間は、ニュースを見るのもつらかったです。同様にお感じの方も多かったのではないでしょうか。
この事件の報道で、「中学入学後、最初は部活動に参加していたが、その後、休みがちになった」ことが出ましたが、私は、これに関しては、「母子家庭で部活の費用に事欠き、母親に言えなかったはず」と考えています。あまりこのことは大きく取り上げられていないようですが、のちほど改めて取り上げます。
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今回は「日本の子どもの貧困」について考えます。
「子どもの貧困」とは、「平均的な所得の半分以下の世帯で暮らす、18歳未満の子どもの割合」を示したものです。直近の調査では約17%、「6人に1人が貧困」というデータが示され、大きく報道もされるようになりました。
この事実に対し、政府は、2014年8月、「子供の貧困対策大綱」を閣議決定しました。これは2013年6月、参議院で超党派の議員立法として成立した「子どもの貧困対策推進法」に基づいてまとめられたものです。ただ、「子供の貧困対策大綱」において、貧困の改善に関して数値目標が設定されていないといった点で、達成への甘さが指摘されています。
また、OECD(経済協力開発機構)による「所得格差を放置すると、経済成長が損なわれる」という調査結果が2014年12月に発表され、国会でも取り上げられるなど、静かに話題となっています。
※参考・「平成25年版 子ども・若者白書(全体版)・第3節 子どもの貧困」
http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h25honpen/b1_03_03.html
※参考・OECD「OECDによると、所得格差は経済成長を損なう」
http://www.oecd.org/els/soc/Focus-Inequality-and-Growth-JPN-2014.pdf
所得格差を放置した結果、生活保護受給者が増えれば、その費用負担が増大し、その分、介護など他へ回せる資金が少なくなります。ですから、所得格差は無関係だと思う方も、放置すれば自分にも関係する問題、とお考えいただきたいです。
貧困の子どもに関して、「自分の周囲にはいない、そんなデータは事実なのか」と思われる方もいるでしょう。東京23区内でも大きな差があり、ほとんど貧困家庭の子どもがいない地区と、多数在籍している地区があると感じます。それぞれに交流が少ないので、報道や実生活で見聞きしない限り、お互いにその様子を知らない、というのが現実ではないでしょうか。
ですが、「所得格差は経済成長を損なう」指摘もあるのですし、貧困家庭が少ない地区では、そのような人が他地域にいることを教えて、解決策をともに考えることも重要です。
子どもの貧困の問題は、「本人の努力では埋めがたい格差」を生じさせている点にあります。現在の日本の学校制度では、公立校の部活動にも費用がかかります。ユニフォーム、楽器、遠征や合宿の費用など、困窮した家庭には負担が困難でしょう。この、部活動の制度が現行のままで良いとは言えない部分もあるのですが、部活動や学業に懸命に打ち込むことで、子どもたちは努力の大事さ、仲間への感謝や信頼、また、将来の進路につながる道などを見つけていきます。
貧困家庭の子どもは部活動にも参加がしにくく、習い事もできないため、生きがいや将来の夢を見つけることに結びつかず、勉強する意義も見出しにくいのではないでしょうか。
また、都市部を中心に、公立高校受験にも通塾は一般化していますが、生活に余裕がなければ費用が家計から捻出できません。無料学習指導を実施し、貧困家庭の子どもを支援するNPO法人などもありますが、全国に波及してはいません。
そこで、たとえば、部活動に参加していない子どもたちの放課後の居場所を作り、勉強の指導などをする機関を作ることも一案です。そのような支援をしている団体もありますが、全国統一で設置されているものではありません。「1中学の学区に1つ」の単位で支援組織を置くなどして、子どもたちが貧困から脱出し、安定収入を得られる職に就けるまで、他のさまざまな機関とも連携した、長期的支援が必要だと感じます。
貧困家庭でない環境で育った子どもたちは、日本に貧困の子どもがいることが想定できないようです。私の勤務先の生徒たちの大半は、そのような境遇にないので、事実を知ってもらうため、新聞記事などを利用して話をすることがあります。
実態を知ると、彼らからは、「この格差は放置してはいけないのではないか」、「自分にもできることがないか」などの意見が出ます。ただ、ものごとを深く考える習慣のない子どもや他人への思いやりが少ない子どもなどは「親が悪い」、「自分の力で解決して」と、無関係だとして、考えることを放棄しています。
これはIS(Islamic State:イスラム国)に殺害された日本人に対し「自己責任」と言う風潮とも通じるものがあるのではないか、と思います。ただ、中学生までの子どもは基本的に自分で労働していないのですし、子どもの貧困は「自己責任」で片付けられないのではないでしょうか。
また、最近現場で気になるのが、「貧困ではないが、親の離婚・再婚など、家族関係の多様化により、保護者に進学などの費用を言い出せない」と悩む子どもがいることです。
奨学金は一般的に家庭の年収に応じて支給が決まるため、家計が困窮していなければ、そのような子どもには支援が行き届きません。そのような子どもでも、事情を書面などで提出すれば、奨学金を貸与(または給付)する仕組みの導入を考えても良いと思います。
なお、この奨学金に関し、安倍首相は今年2月の施政方針演説で、「大学生への奨学金は、現在の有利子から無利子の方向へ」と述べています。注意すべきなのは、「無利子」とある以上、借金というのが前提だという点でしょう。政府は、返還の必要がない「支給型」ではなく、あくまでも、返済させる「貸与型」のままで良いと考えていることです。
これは、政府が「大学卒業時に数百万円の借金を背負った若者を多数生み出している状況を、変えるつもりがない」とも取れます。保護者がリストラに遭い、非正規で子どもを大学に通わせる状況も珍しくない中、現在の日本の大学生の奨学金貸与率は「50%」を越えています。今の大学生は、奨学金を借りているほうが多い、ということになります。国債も多額の発行残高がある中、国と個人の借金で若者を苦しめるのは、果たして良いことなのでしょうか。
なお、この4月、政府が中心となり、「子供の未来応援国民運動」を展開していくことが発表されました。政財界や労働界など、さまざまな分野の知恵を集め、民間資金を核とする基金を創設し、地域に根ざした学習支援や生活支援を行う団体を助成する、といった動きが想定されているようです。
この動きがどのように実現するのか、また、効力ある形となるのか、見ていきたいです。なお、この運動において、大学生への「給付型奨学金」の充実の実現も、ぜひお願いしたいです。
最後に、最近の進路の多様化で、気になっている問題があります。日本では高校生が就職しようとする際は、学校を通じて応募するのが原則です。普通科の高校になじめない、あるいはアルバイトもして家計を助けたい、などの理由で通信制高校に進む生徒も最近は多いのですが、通信制高校は就職のあっせんが基本的に少なく、卒業後就職したくてもルートがほとんどないはずです。
ですので、通信制高校に在籍する就職志望者は、アルバイト先が正社員に登用してくれない限り、高校卒業後も、派遣労働やアルバイトから脱することが困難ではないかと感じます(最近は彼らをサポートするNPOも出てきていますが、まだ充分だとはいえない状況です)。
これは、国が、たとえばハローワークと連携し、面接などの練習もしてもらって、通信制高校生が就職できる枠を設ける、といった枠組みの改革で対応できるのではないでしょうか。ハローワークは若者の就労支援をしているのですから、それを応用すれば可能ではないかと感じます。
国政選挙ではありませんが、今月は統一地方選が実施されます。国政と同様に自分の考えを反映させて一票を投じる、という方法もあると思います。
なお、今年発行された『貧困の中の子ども 希望って何ですか』(下野新聞 子どもの希望取材班、ポプラ新書)は、栃木県内の取材、取り組みですが、他都道府県でも参考にできることがあると感じました。興味がおありの方は、ぜひご覧ください。
【今回のまとめ】
- 日本の子どもの貧困が増えている。直近の調査では約17%、「6人に1人が貧困」というデータがある。ただし、たとえば東京では、地域によって差があり、貧困家庭の子が多い地域と、ほとんど見ない地域に分断されているのが実態。所得格差を放置した結果、生活保護受給者が増えれば、その費用負担が増大し、その分、介護など他へ回せる資金が少なくなる。貧困家庭が少ない地区では、そのような人が他地域にいることを教え、解決策をともに考えることも重要
- 子どもの貧困の問題は、「本人の努力では埋めがたい格差」を生じさせている点にある。貧困家庭の子どもは部活動にも参加がしにくく、習い事もできないから、生きがいや将来の夢につながりにくい。公立高校受験にも通塾は一般化しているが、生活に余裕がなければ費用が家計から捻出できない。無料学習指導を実施し、貧困家庭の子どもを支援するNPO法人などもある。子どもたちが貧困から脱出し、安定収入を得られる職に就けるまで、さまざまな機関の長期的支援が必要
- 貧困家庭でない環境で育った子どもたちは、日本に貧困の子どもがいることが想定できない。ただ、実態を知ると、「この格差は放置してはいけないのではないか」、「自分にもできることがないか」などの意見が出る。ただ、ものごとを深く考える習慣のない子どもや他人への思いやりが少ない子どもは「親が悪い」、「自分の力で解決して」と、無関係だとして考えることを放棄する。これはIS(イスラム国)に殺害された日本人に対し「自己責任」と言う風潮とも通じるものがあるのではないか
- 貧困ではないが、親の離婚・再婚など、家族関係の多様化により、「保護者に進学などの費用を言い出せない」と悩む子どもも見る。奨学金は一般的に家庭の年収に応じて支給が決まるため、家計が困窮していなければ、そのような子どもには支援が行き届かない。そのような子どもでも、事情を書面などで提出すれば、奨学金を貸与(または給付)する仕組みの導入を考えても良い
- 安倍首相は今年2月の施政方針演説で、「大学生への奨学金は、現在の有利子から無利子の方向へ」と述べた。「無利子」とある以上、借金というのが前提で、現在の政府は、返還の必要がない「支給型」ではなく、あくまでも、返済させる「貸与型」を基本と考えている。4月には政府が中心となり、「子供の未来応援国民運動」を展開していくことも発表された。内容と実現について注視したい
- 日本では高校生が就職しようとする際は、学校を通じて応募するのが原則。通信制高校などでは就職のあっせんが基本的に少なく、卒業後就職したくてもルートがない。学校とは別にハローワークと連携して就職できる枠を設けるなどの枠組みの改革も必要
2015.4.7 掲載
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