第44回 「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」について
皆さんこんにちは。秋本番になり、受験生は進路先について悩んだり、大学入試への準備に向けて忙しい時期だと思います。高校生を見ていて私が気になるのが、「やりたいことを選びなさい」と言っていながら、普段の生活を充実させるように仕向けていない保護者がいることです。
日常生活の中で、何かに真剣に取り組んだりしなければ、将来へつながる道など選ぶことができません。そして、それはある日突然思いつきで選べるはずなどなく、毎日の生活の中で好きなこと、向いていること、そして、向いていないことなどを見極めていかねば選べないものなのです。
今回は、「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」について考えます。まずお断りしておきますが、これは、私の考えた造語です。思春期に、心身の悩みを抱えたり、進路選択の悩みを抱えている生徒と向き合っているうち、保護者の抱えている問題にぶつかることも珍しくありません。そのような中から考えました。
また、報道で知る限りの話からの判断ですが、事件を起こした家庭などにもこのような問題が見られるのではないかと気づきました。
「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」とは、端的に言えば、「子どもを社会的に成功させることで、保護者自身が称賛され、ヒーロー(ヒロイン)になりたい」という存在です。保護者が男性ならヒーロー、女性ならヒロインです。一見すると子どもの幸せを願っているように見えますが、実は、子どもへの教育を通し、「保護者が、自分自身の喪失感を埋め、自分が称賛される」ことが第一の目的になっているように感じます。
私の考える「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は、まず、大きな挫折体験やコンプレックスなどを持っています。家庭の事情で大学に行けなかった、就きたい仕事に就けなかったなどが考えられます。離婚などの理由で、元の配偶者を見返したい、などのこともあるでしょう。
保護者は、自分の中では大変自己評価が高く、挫折体験などにより、世間から見れば評価の低い自分を、現状のまま放置しておくことが精神的に耐えられません。また、自分の考え、見識に絶対的な自信を持っており、それが世間の常識と一致している場合もあるでしょうが、もし世間の常識とかけ離れていると指摘されても、聞く耳を持ちません。ですので、非常にプライドが高い人物だと言えるでしょう。体面を傷つけられた場合、激しく怒り狂うことも珍しくないと思います。
そのような保護者が子どもを授かると、わが子に、自分の叶えられなかった夢を託します。「大学に行かせたい」、「○○にさせたい」など、自分の喪失感を埋めることが第一目的で、現在の社会状況や子どもの適性などは二の次となり、がむしゃらに走り出します。保護者の理想は、「自分の叶えられなかった夢を子どもに託し、子どもが成功することで、□□さんの親は立派だ、と世間から言われたい」、この一点に尽きます。
保護者が子どもに夢を託すことは、多少であれば、「ピアノを習わせたい」、「バレエを習わせよう」など、一般的に見られます。ですが、通常は子どもの成長に従って、子どもの適性や性格などに応じ、子ども自身が持つ夢を応援する形になっていきます。ピアニストやバレリーナなどになるには、天性の才能と、一日の大半を練習にあてるなどの、血のにじむような努力が必要です。誰でもなれる職業ではありません。保護者も、わが子にそこまでの素質がないと気づけば、その夢をあきらめるのが一般的です。
ですが、「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は、そうではありません。あくまでも「自分のかつての夢、理想」を子どもに託します。そこでは、子どもの適性や能力は無視されてしまうのです。また、理想実現のために、子どもを異常なまでに高く評価したり、子どもの真の適性を見抜くことができません。この点が大きな間違いなのです。
子どもは、自分のかつての夢を代わりに実現させるための存在ではありません。子どもは、自分自身の人生を主体性を持って選び、希望する進路の実現のために生きていく権利を持っています。
ですが、「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は、自分のかつての理想の実現のために、高圧的に子どもを指導します。暴力などの行為が入ることもあるでしょう。また、目的達成のためには周囲にどんなに迷惑をかけても平気ですし、不正行為、不法行為など手段を選ばないこともじゅうぶん考えられます。
また、「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」が、シングルペアレント(片親)の場合、その暴走を家庭内で止める存在がいません。子どもは反抗することを許されず、従順に服従することしか許されないでしょう。
また、両親揃っている家庭での「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は、もうひとりの保護者に対し、支配的に接していて「自分の言うことを聞け」と言ったり、また、教育方針に関して口出ししないように言い聞かせ、両親間でコミュニケーションを取ろうとしていないのでしょう。この場合、夫婦間の関係、子どもへの教育の面の2点で大いに問題があります。
こうなると子どもは大変です。小さい頃は気づかないかもしれませんが、成長してくると、「○○になりなさい」と言われているのに、その職業に就けそうもない自分に苦しみだしたり、また、向いていないと感じても、口に出せなくなります。
あるいは、保護者が仕向けた進路に就けない、あるいはその道で成功できないのですから、受験・就職などの際にことごとく失敗することになります。何年浪人しても志望大学に合格できなかったり、留年や留学などで卒業を延期させたり、また、試験に何回チャレンジを試みても就職できないのですから、気の毒きわまりありません。
ですので、フリーターやニートなどになってしまう可能性も高いと言えるのではないでしょうか。
少子化の進む現在、若い労働力は貴重な存在です。ニートやフリーターなどで貴重な存在の芽をつぶしてしまうのは、社会的に見ても大きな問題です。
また、「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」の周囲の人は大いに迷惑し、また、関わった場合、被害を受けることもあるかと思います。
子どもがおとなしかったり、視野が狭く、自分の保護者の誤りに気づかない場合は、ただ人生を失敗してしまって終わりかもしれません。
ですが、独立心の強い子どもだったり、誤りに気づいた場合は、保護者に反抗を試みるでしょう。その際、保護者は高圧的に「自分の言うことを聞いていれば幸せになる」、「言うことを聞かなければ出て行け」などの言葉や態度で接するでしょう。この際、暴力を振るうことも考えられます。
その後は反抗をあきらめ、保護者の考えに従って生きていく子どももいるでしょうし、また、表面的には従いながら、内心で反抗心を増幅させ、保護者への殺意を抱くなど、最悪の結果を招くこともあるでしょう。
「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は、このように、親子二代に渡って不幸な人生を歩んでしまう危険性を持っています。
では、親子でこのような不幸な人生を歩まないためには、どうすれば良いのでしょうか。
子どもの年齢にもよると思いますが、思春期以降であれば、子どもに、「そのような保護者からの自立」を促すことが第一に重要です。保護者が、自分の喪失感を代わりに埋めてもらうための道具に自分を使っているのですから、そのような環境にいても良いことはありません。高校生であれば、私は、アルバイトや奨学金などで、一刻も早い自立を勧めます。
保護者は長年、大きな挫折体験やコンプレックスなどを抱えて生きてきています。そして、それを子どもに代わりに実現させようとしていること、適性のない子どもを、ある職業につかせようとしていることに、何の疑いも抱いていません。社会状況から見て指導方法に誤りがあったとしても、自分に対して絶対的に高いプライドがありますから、聞く耳を持ちません。このような保護者を改心させるのは、非常に困難です。そのような保護者のもとに子どもを置いたままにしていると、子どもの成長に決してプラスになりません。
本来は、カウンセリングなどを受けたり、また、「自分の夢は自分で実現する」ものだと気づき、自分の人生を充実させるように改心するのがいちばん良いことです。大学に行けなかった保護者は、自分で大学に聴講生として通ったり、また、ある職業になれなかった保護者は、その職業につきたい世の中の子どもたちをサポートするがわに回るなどのことが考えられます。
ですが、残念ながらそれが難しい場合、まだ可能性のある子どもを救うほうが先決です。
「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」の家庭の子どもは、保護者への不満を抱いたり、自分の適性や能力とかけ離れた、およそ実現に程遠い夢を抱いていたりします。子どもに関わるすべての大人が、その兆候に気づいたら、子どもを放置しないように最大限努力すべきではないでしょうか。
このような点からも、児童相談所の一層の充実、権限の強化なども考えられて良いと思います。
【今回のまとめ】
- 「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」とは、「子どもを社会的に成功させることで、保護者自身が称賛され、ヒーロー(ヒロイン)になりたい」存在で、子どもは「自分自身の喪失感を埋め、自分が称賛される」ための手段でしかない。
- そのような保護者のもとで子どもを育てると、子どもを適性のない職業につかせようとする可能性が高く、子どもの将来にとってもニート・フリーターの予備軍になるなどの不安が大きい。
- 子どもは自分自身の人生を、主体性を持って選び、希望する進路の実現のために生きていく権利を持っている。「ヒーロー(ヒロイン)ペアレント」は改心しない限り自分を正しいと信じているので、子どもをそこに置いておいても、良いことはない。
2007.10.19 掲載
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