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第42回 「親子の距離のとり方」について


皆さんこんにちは。 先日、都内の電車で、男性ふたり連れと隣り合わせました。そのうちのおひとりには、小学生の息子さんがいるようで、京都に来年、一緒に行きたいと思っていらっしゃるようです。私が席に座るやいなや、こんな会話が耳に飛び込んできました。

「修学旅行で京都には行かないの」
「まだ4年生ですからね…中学受験のために、京都と奈良を見て勉強させたいんです。京都と奈良、1日ずつあれば足りますかね」
「うーん…じっくり見るなら、2日でも3日でもいいんじゃない」 そこでおひとりが降りる駅に着いたようで、会話は終わりました。
(確かに京都と奈良はじっくり見たら、合計2泊では足りないなぁ…でも、本人が見たがっているのだろうか、そうでないと、苦痛でしかないだろうに。お子さんに会って、話を聞いてみたいな。それにしても、中学受験でそこまですべきなのだろうか)
思わず、そう考えてしまった私でした。

また、8/19に、山口県で高校生の男子生徒が、同居している祖父を殺害、という事件が発生し、8/21の夜、生徒は東京・秋葉原で逮捕される事態になりました。関係者の皆様に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。
  この生徒は、両親の離婚によって母方の祖父母に預けられていたようです。両親とも医師の家庭で育ったと報道されていますが、この1年ほどを見ても、医師の家庭の子どもが家族を殺したのは、昨年6月の奈良県、昨年12月の東京・渋谷区での事件に続き、3件目です。

つねづね私は思っているのですが、どんな場合であれ、適性のない子に家業を継がせようとするのは、子どもにとっては苦痛、極端に言えば拷問でしかありません。保護者は、自分の進んできた分野(親戚の大部分が同じ分野にいる、という場合もあるでしょう)が、すべてであり最良で、他は考えられないのかもしれませんが、お子さんにとっても同じだとは限りません。適性のない医師は信頼されず、医療事故を起こすかもしれませんし、教員なら免許更新ができなくなる現代です。また、会社経営の場合、適性に欠けて経営に失敗すれば、自分だけでなく、従業員やその家族を路頭に迷わせることになります。

お子さんに自分と同じ分野を薦める前に、お子さんに適性があるのか、成長に従って適性ができていくかどうか、そして、何よりお子さんがその分野に進むことを心から望んでいるか、冷静に考えていただきたいと思います。

今回は、「親子の距離のとり方」について考えます。
  勤務先での生徒の様子や、ニュースを見聞きしていて、気になることがあります。
それは、思春期のお子さんと保護者の距離のとり方です。冒頭で書いた事件のように、両親の都合で、祖父母のもとで育つ子どももいる現代ですが、この場合、「祖父母が保護者」ということになり、親のもとで育つ子どもとは、距離のとり方、育て方も当然違ってきます。

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少子化の影響だと思いますが、スポーツなどの応援で、保護者(特に父親)が、重要な試合の場合、平日でも仕事を休んで参加することも珍しくありません。家族を大事にする考えが定着し、冒頭に書いた話のように、父親が積極的に応援や受験に関わることが増えているようです。

スポーツの応援や受験ならまだ理解できますが、「保護者に聞いてきなさい」という課題を出したら、何の疑いもなく保護者に「代わりに書かせる」高校生もいるなど、驚くこともあります。お子さんが思春期になり、従来の考えでしたら自分で判断しなければいけない場面でも、保護者の意見が前面に出てくる場面を見ることもあります。

 保護者から見れば、お子さんはいつまでたっても心配な存在なのだと思います。ですが、子どもとは、少しずつその子なりに大人への道を歩んでいくものです。大人になれば、自分なりの自立した意見・行動を求められるようになります。その時に、「親に決めてもらわないとできない」と言ったら、社会人として通用しません。誰もが、ある日突然、自立した意見を述べたり、行動できるようにはなりませんので、成長に従って、この経験を積んでいく必要があるのです。

 去年、ある方とお話していた時、こう言われたことがあります。 「小学校の先生だと、子どもも素直に言うことを聞いてくれるかもしれないけれど、中・高生は大変ではないですか」 私は、それに対し、このような内容のお返事をしたと記憶しています。 「確かに理屈も並べてくるので大変ですが、話し合ったりしながら、生徒にこちらの考えを理解してもらえるという意味では、やりがいがありますよね」

お子さんが思春期になれば、自立した考え、自分なりの進路への考え方などを持つようになるのは、大人への良い道筋なのです。そういった考えが出てきた時には、お子さんと充分話し合い、お互いの意見の合意点を見つける必要があります。

保護者も、自分の思春期に世の中を支配していた価値観や、自分の考えを一方的に並べるのではなく、「これだけは我が家のルールとして守る」という柱を決めておいたり、知らないことは一緒に調べたり、そして、「お子さん本人に決めさせる」必要があります。

最近は、波風を立てるのがいやだ、という理由で、「なんでも親の言うことを聞け」、あるいは、ろくに考えさせもせず「自分で決めなさい、決めたことは何でも賛成する」、と言う保護者もいるようです。また、幼い頃にばかり注意がいっていて、思春期になると自我が芽生えることを忘れているのか、幼い頃はうまく行っていても、自分の意見を子どもが言うようになった時、ただうろたえ、結果的に子どもと会話ができなくなってしまう保護者もいます(たとえば、保育士のお仕事をされている保護者の中に、思春期のお子さんと関係が断絶している場合があります。もちろん、すべての保育士さんがそうだ、ということはなく、うまくコミュニケーションをとっている方も多くいらっしゃいます)。

このようにして対立や話し合いを先送りしていると、いずれ、ほぼ間違いなく、重大な場面で、解決不可能な問題を引き起こします。保護者とは、子どもを保護する存在であると同時に、未成年の子どもを監督する責任も持っています。監督、というのは放置するのではなく、責任を持って子どもが一人前の大人になるよう、育てる役割のはずです。

自分の学生時代、また、教員として仕事をするようになって、親子関係が断絶してしまうケースを数多く見て来ました。このような不幸なことは減らしてほしい、そういう思いもあり、今回の原稿を書いています。

中学受験から大学受験(!!)まで、最近は保護者が中心に志望校を選ぶことも多いようですが、最終的にその学校に通うのは、お子さん自身です。保護者がお子さんと一緒に、学校見学やオープンキャンパスに行くのは良いと思いますが、学校の評価は、保護者の子ども時代とは大きく変わっています。保護者の主観でだけ決めてしまうのは良くありません。また、第38回連載にも書きましたが、大学や高校の場合、入試方法も多様化しており、「従来型」の入試以外にも、さまざまにお子さんの実力や思考力を見る機会はあるのです。

それに、努力して有名大学に入っても、在学中に遊んでばかりいては就職できません。「在学中にどのような努力をするのか」が、問われる時代です。 私は、有名大学、大学院と言われるところを出て、フリーターやニートになった人も数多く見てきました。この欄でも繰り返し書いていますが、高学歴、有名校卒業という肩書きがあれば、すべて済んだ時代は終わっているのです(なお、大学院の問題については、また改めて書くことを予定しています)。

最近は就職活動も、保護者が「とにかく有名企業へ行きなさい」と言ってお子さんをけしかける場合も少なくないようです。ですが、有名企業に行ったからといって、そのお子さんの能力が発揮できるかどうかは、わからないのです。
 保護者の学生時代と現在とを比較して、有名企業と言われるところは、すべて同じでしょうか。決してそのようなことはないはずです。社会、経済、常に動いているのですから、力のある企業は、昔とは異なっています。

まして、仕事も、「有名企業に入ればゴール」ではありません。公務員や教員になっても、適性に欠けていると判断された場合、仕事を続けることはできませんし、組織に「入ってから何をするのか」、が問われる時代です。自分の適性・能力を生かせそうもないのに、有名企業に入れば良いのではありません。

私の知人が、製品故障などのトラブルの続く、世界的な電機メーカーのことを指して、こう言いました(その方は、所属する業界では有名な方のようで、大学などでも出張講義をなさっているということです)。

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「あの会社に入るのが目標になっちゃっているでしょう、今の学生。でも、そうじゃないよね、入ってから何をするか、だよね」 もちろん、懸命にお仕事をされている方が大半だとは思いますが、会社に入ったことで安心して、仕事がおろそかになっては、本末転倒です。

「有名企業に入りなさい」などと、保護者の一方的な価値観を押し付けては、決して良くありません。親がすすめた学校や会社に入り、何かトラブルがあれば、子どもは「親のせいだ」と考えるでしょう。これでは自分で解決して乗り越えよう、という気持ちにはならないはずです。

子どもはいずれ親の元を巣立つのですから、「巣立っても立派に生活できる」ように育てるのが、親の務めではないでしょうか。「子どもを取り巻くことすべてに、子どもを成長させてくれるチャンスが存在する」くらいの気持ちでいるのが良いと思います。

高校生や大学生になると、アルバイトをする場合が増えると思いますが、こういった観点から、家計に余裕があっても、たとえば、「携帯電話代は自分で全額払う」、「保護者が小遣いを渡すのは就職活動の服装代などだけ、あとは自分のアルバイト代でまかなう」など、家庭ごとにルールを決めるべきです。そうすることで、金銭を得ることの大変さ、保護者への感謝、社会人になっていく自覚などを得ていくことができます。

また、思春期になると、男子の場合、女性に対する性的関心が強くなります。核家族、母子密着の育児が進む中で、この点で大いに気になることがあります。

男子生徒が、母親に、「胸を触らせて」などと言うこともあるようなのですが、その際に、なんと「下着を取って胸を見せ、触らせる」という母親がいる、と聞いたことがあります。
 これは、決してやってはいけないことではないでしょうか。母親はあくまでも母親、家庭に父親がいればその配偶者なのですし、シングルマザーでも、子どもは恋愛や性的興味の対象ではないはずです。

ですが、このような行動を母親がした場合、息子は「母親は自分の性的満足の対象でもある」と思ってしまうかもしれません。そのような状態で、たとえば、後に母子相姦などの事態が起こったら、母親はどう責任を取るつもりなのでしょうか。

また、別の見方をすれば、娘は父親の性的満足の対象であっては、断じてなりません。保護者の離婚、再婚により、血縁関係のない父親による、娘への性的虐待も深刻化しているようです。これは犯罪で、決して許されることではありません。女の子のいる母親が再婚する場合、この点に充分気をつけていただきたいと思います。何かあってからでは遅いのですから。

最後に、最近、「モンスターペアレント(ペアレンツ)」という言葉を耳にするかと思います。「学校に不当な文句や注文をつける」保護者を指しますが、大まかに言って、彼らは、「集団生活の中で、さまざまな面で子どもが成長する」ことを忘れていると感じます。

たとえば、教員は何人もの生徒を同時に見なくてはならないのに、「うちの子を朝、起こして学校に連れて行って」、「ケンカをさせないように見張っていて」など、「自分の子どもだけ」しか視野に入っていない注文や発言をするのです。

中には、暴力団などとの関連をちらつかせる、非常識極まりない保護者もいるようです。でも、そのようなことをして脅迫すれば、罪に問われることもあるかもしれません。暴力団との関係があるかどうかは、調べればすぐにわかることです。学校を脅かしても、何の得にもならず、かえって自分や子どもが不利な立場になることを、保護者は認識していただきたいです。 学校に限らず、社会での対人関係とは、脅かして自分の言うことを聞かせるのではなく、相手を信頼し、その中から生まれた疑問などは、話し合って解決していく必要があるはずです。

人間とは、他の人と交わって、助けられたり、また、トラブルがあっても、そこから多くのことを学んでいく存在ではないでしょうか。このことを子どもに関わるすべての人は、改めて認識すべきです。ですから、「自分の子どもが他人と交わることで起こる、メリットやデメリットを避けたい」のなら、極端に言えば、自宅に家庭教師でも呼んで勉強させれば良いのではないでしょうか。ただし、そのお子さんは、大人になっても、人との交わり方を知らないのですから、世の中に出て行けなくなると思います。

核家族化が進んだ現代の日本では、保護者が孤立して育児をしていて、誰にも相談できないゆえに、おかしな行動をとったり、ゆがんだ親子関係になってしまうことがあるようです。でも、育児に悩みはつきものですので、自分の親戚や子どもの教員など、「気楽に相談できる人」を見つけておくと良いと思います。もちろん、私もいつでもお話を聞かせていただきます。

【今回のまとめ】
  1. 子どもはいずれ自立するので、「自分の意見を持てる」ように、成長に従って、自分なりに判断できるようにしていく。子どもを取り巻くことすべては、子どもを成長させてくれるチャンスを持っているので、上手に生かしていく
  2. 保護者と思春期の子どもの考えが違った場合、お互いの合意点を見つけられるまで話し合う。一方的に価値観を押し付けていると、後で重大なトラブルになる場合がある
  3. 保護者はあくまでも子どもを保護し、同時に監督責任を持っている人、性的満足の対象ではない
  4. 「子どもとは、多くの人との関わりの中で育つ」存在。これを避けていれば、子どもは成長できない

2007.8.26 掲載

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