裁判所は真実を探りあて、公平な判決を下し、罪を犯した人間にそれ
相応の罰を与えるところ。ふつうに暮らしていれば、お世話になること
もないし、自分からは遠いところにある存在。ましてや冤罪なんて、石
油王のご自宅拝見のような気が遠くなるほどの他人事だと思っていた。
でも違う。裁判はひとりひとりが闘わざるをえない戦場なのだ。
ある日とつぜん痴漢と間違えられ速攻逮捕されて留置場に入れられ、
家族とは会えないままに刑事検事弁護士に何度も何度も同じことを聞か
れて終いには脅され、自白や証拠もなしに起訴されて裁判が始まり、法
廷では興味本位の傍聴人がいるところでまた同じことを話してはさらし
者にされる。そしてその間ずーーーっと「ボクは痴漢なんてやってな
い」と言い続けなくてはならない。そんな、それ自体がすでに刑罰のよ
うな痴漢冤罪裁判を、ほぼ脚色なしに描いた映画である。
「この題材なら『撮れる』『撮りたい』じゃなくて、『撮らないわけに
はいかない』という使命感があった」と周防監督が言うように、この映
画では「いかにおもしろくするか」より、「いかに現実を正確に伝える
か」に力を入れている。そのぶん登場人物の背景の描写は少ないが、か
えって役者さんの素のキャラクターが浮かび上がって、よりリアルに感
じるのだ。裁判シーンが始まると、まるで自分が傍聴しているような気
がしてきて息苦しくなる。だからやってないって言ってるじゃないか!
と叫びたくなる。
ちょっとしたきっかけがあり、裁判を傍聴するようになって4カ月ほ
どが経つ。数々の納得しがたい裁判を傍聴して感じたもやもやを、この
映画は少し晴らしてくれた。実際のところ、日本人はこの映画をおもし
ろがっている場合ではないのだ。
(屋敷直子)
監督:周防正行
出演:加瀬亮、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、役所広司
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