南木顕生 ★★★★★
インテリであっても馬鹿な人間は当たり前のようにいる。知識なんか頭の良し悪しとは全く関係ないのだ。その当たり前のことが父親も主人公もまったくわからない。彼らの極めてリアルな無自覚さは、こうして映像にして初めてわかることなのだ。やがて主人公は気づく。この父親がまったくの馬鹿で自分も同じ種類の人間であることを……。
知識の水先案内人である父親は同好の先輩のように接するのだが、それはけっして父親ではない。主人公には幼少の頃の父親の記憶がないのだ。恐らく父親が主人公と接するようになったのは彼が言語を解するようになってからだと思われる。この父親にとって子供など取るに足らないモノに過ぎなかったに違いない。主人公が幼少の頃、ニューヨーク自然史博物館で見たダイオウイカとマッコウクジラが格闘する原寸大のジオラマがトラウマになっているのだが、その正体こそが得体の知れぬ当時の父親だったことを知る。
いやぁ、身に詰まされました。恥ずかしながら父親と主人公の中に自分を発見した。俺は自分をインテリだと思ったことはないが、それがコンプレックスであるかのような知的好奇心はある。時には学習の歓びを開陳したりする。しかし、それが醜悪であることについては主人公同様無自覚だった。この映画を観て、いつか子供が出来たときに俺は父親になれるのだろうか、と怖くなった。 |
岡崎圭 ★★★★
子供の頃、両親が不仲だった。代々職人の父と教師一家で育った母とでは価値観が違いすぎていたのかもしれない。
『イカとクジラ』を観て、幼い日に起こったある出来事を思い出した。あれは確か日曜日だった。私は5?6歳くらいだっただろうか。その日は家族4人、車で遊びに出かけることになっていたが、出かける間際になって両親が喧嘩をし始めた。当時、家族で出かける時に両親は決まって喧嘩した。きっかけはいつも些細なことで、「支度が遅い」と父が母に文句を言い、母が怒って家に引き籠る、といった具合。いつもなら母が機嫌を直して出て来るまで待っている父だったが、その日は構わず兄と私を連れて出かけてしまった。行き先は大きな川の土手だった。途中で父は兄と私に菓子を買い与えた。それは子供の口には贅沢な高級クッキーだった。土手に着き、私と兄は車のボンネットに登って鉄橋を通る新幹線を眺めた。生まれて初めて新幹線を見たのがこの日だったと思う。天気の良い暖かい秋の日だった。夕方になって私達は帰宅した。母は部屋から出てこなかった。私は車に酔い、家の廊下に吐いた。父から買ってもらって食べたクッキーもすっかり吐き出してしまった。
『イカとクジラ』のラストシーンで、兄が子供の頃の唯一楽しかった思い出の場所へ赴く。そこで唐突に映画は終わり、私は泣いた。私にとっての"イカとクジラ"はなんだろう?今はまだ思いつかないけれど、必ずや思い出してみたい。そう思った。 |
藤原ヒカル ★★★★
思春期の息子にたずねられ、母親の浮気が原因で離婚したとを正直に告げる父親。また、そんな息子に、これまで浮気した男たちについてのことを話す母親。離婚後、小学生の息子のテニス・コーチと親密になってしまう母親。けっこう身勝手な両親に振り回される2人の息子だが、誰にも言えない複雑な葛藤を抱えながらも成長していく姿がシュールに描かれている。
親、子供など、家族としての役割を意識せず、とにかく、1人の人間として自由に楽しもうという西洋文化の価値観の中で、子供たちは次第にたくましくなっていく。西洋人のドライな個人主義的な考え方は、こんな環境で培われるものなのかと理解できたような気がする。
「今夜は彼女の家に泊まる」と電話をかける高校生の息子に対し、ガンバレと応援する父親など、日本ではまずお目にかかれない。また、共同親権のため、子供たちは数日おきに父親と母親の家を行き来するのだが、小学生の子供が父親に向かって、「父さんの家にはもう行かない」とはっきり言い切ってしまうのも、西洋の子供独特だと思った。
ただ、私はこういう?日本的に言えば?めちゃくちゃな両親でも、子供を理由として自己犠牲を感じている両親より、子供はもちろん愛しているが、自分の人生も満足させたいと考える彼らの方が、ずっと健康的ではないのかと思った。本作では、両親の離婚がきっかけで子供は成長し、両親は子供を1人の対等な人間と扱いはじめる。もちろん、離婚がいいと言っているわけではない。ただ、親子の愛情を感じながらも、それぞれがお互いを客観的に受け入れるといったユニークな親子関係も、そう悪くはないのではないだろうか。 |
高井清子 ★★★
他人の批判とでまかせばかりの父親と上の息子にうんざりしながら見ていて、かといって母親も愛情や母性がことのほか強いわけでもなく、だから普通にありがちな家庭不和と希望の片鱗がこぢんまりと描かれている、といった印象だ。本国の賞レースではすこぶる評判がよいようだが、この業界にこういうエセインテリが多いだけじゃないだろうか。笑えるけど、そのブラックが映画批評家タイプの人たちに「効きやすい」だけであって、そんなに賞賛されるほどかな?と思ってしまう。それもまた私の個人的な嫌悪感(本当に嫌なタイプの男たち!)からだけど…(笑)。 |