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第21回 小さな恋のメロディ


image映画というものに僕が本格的な興味を抱くようになったきっかけを与えてくれたのは、小学六年生の時に同級生の男の子と一緒に観た「小さな恋のメロディ」だった。

その同級生とは、ひと学期に一度、クラスの中で行われていた「お楽しみ会」でビートルズの曲をいくつか一緒に歌ったことがきっかけになって、仲の良い友達同士になっていた。彼は勉強も出来、運動神経もとても発達していた。その頃、洋楽を聴いていた子は耳で聴いた通りにカタカナで歌詞を書き直して口ずさんでいたのだけれど、彼はそんなことをしなくてもビートルズの曲を歌えたし、「お楽しみ会」の本番では「プリーズ・プリーズ・ミー」の途中で、当時フォー・リーブスの北公次がしていたようにバク転なども披露した。また彼は不正をするクラスメイトを見つけると、ニキビだらけの顔に付いた分厚い唇を尖がらせて正そうとした。とても正義感の強い、それでいて繊細な心を併せ持った、所謂、典型的な学級委員らしい男の子だった。その当時、彼は同じクラスの副学級委員をしていた女の子に恋をしていた。僕はというとこれまた同じクラスの、バレーボールがとても上手な、もの静かなタイプの心の優しい女の子に惹かれていた。そんな僕等はお互いのそんな話題について触れるようなことはしなかったものの、僕がそうだったように彼も僕の意中には感づいていたようだ。

ある日、彼から映画を観に行かないか、と誘われた。その映画は「ビートルズ」が生まれた国、イギリスの映画で、全篇に亘って「ビー・ジーズ」の音楽が流れているということだった。当時、僕たちは「ビートルズ」を手始めに外国のポップスを聴きまくっていたから、既に多くヒット曲を持っていた「ビー・ジーズ」のことは二人ともよく知っていたし「マサチューセッツ」「ホリデイ」などのヒット曲は僕の大好きな曲でもあった。

音楽への興味も大いにあったのだけれども、その映画の内容が自分たちと同じくらいの年齢の子が誰かを好きになってしまう話なのだと彼から聞かされると、僕の観たい気持ちはどうにも止まらなくなってしまった。友人の部屋のポータブル・プレイヤーでビートルズの「アンド・アイ・ラブ・ハー」を聴きながら、僕たちはいつその映画を観に行くのかということを、二人きりしかいない部屋の中で、まるで密談をしているかのようにこそこそと話し合った。僕たちは、補導されたりすることのないように出来るだけ大人っぽい服を着て行こう、と約束をした。

image決行日の当日、本八幡駅に着くまでの間に、僕を乗せたバスの外は雨模様に変わっていた。縦長のドアがガシャッ!という音を立てて開くと同時に、僕は父親から借りてきた上着の襟の部分で頭を隠すと、待ち合わせ場所のビルを目指して一目散で駆け出した。出来立ての水溜りをいくつも飛び越え、ビルのひさしの下まで行ったところで僕はやっと上着から顔を出した。すると、目の前に現れたぎこちない表情のニキビ顔が「やあ」と声を掛けてきた。

劇場に入るまでの間、僕等は入場を咎められたりしないかと気になりとても固くなっていた。無事入館すると、僕等は劇場の重い扉を開けた。暗闇の中で目を凝らすと、空席だらけだったのだが、所々にいる若いカップルたちから離れて座ろうと考えるとなかなか適した場所が見つけられない。仕方なく僕等は、劇場の側面の扉からすぐ近くの席に座った。本編が始まるまでの間、高揚する気持ちが彼にばれてしまいそうに思えて「今度、どの曲を一緒に歌う?」などと映画とはまったく関係のないことを僕は話しかけた。しかし彼の返事はなかった。様子を伺ってみると、彼は両手で肘掛をしっかりと掴み、じっと前方を見据えていた。やがて場内が暗くなり、スクリーンに「小さな恋のメロディ」という題字が映し出されると僕は一気に恥ずかしい気持ちになって、こっそりと周囲を見回し、自分が誰にも見られていないことを確認した。

外国の街の朝の風景が現れると同時に穏やかなイントロが流れてきた。きっとそこはロンドンという街で、その音楽はビー・ジーズの曲なのだと僕は思った。やがて ― Melody ―の赤い文字と共に流れ込んできた彼等のやさしい歌声。さっきまで隠し持っていたはずの恥ずかしさは美しいメロディと映像によって一瞬のうちに消し飛んでしまい、僕は物語の中へとのめり込むようにして入っていった。次々と映し出されるシーンの中に自分がいるように感じて胸はときめき続けた。

ダンスの授業を覗き見してしまったダニエルが、天使のように舞うメロディをひと目見て好きになってしまう出会いの場面。音楽準備室で偶然会った二人が言葉も交わすことなく、奏で合う楽器の音が徐々に高まってゆく場面。ダニエルと親友のオーンショーが放課後に隣町まで遊びに行く場面。先生の罰を受け泣きべそをかいたダニエルが、ずっと待ってくれていたメロディと二人で手を繋ぎ、オーンショーの誘いを無視して学校を出て、小雨降る墓地で初めてのデートをする場面。学校をさぼり海辺の遊園地で遊んだ二人を咎める校長先生に、『僕たち、一緒にいたいんです!』と必死に訴える場面。一時は仲の良い二人に焼きもちを抱き、拗ねていたオーンショーが二人の幸せを守ろうと怖い先生に立ち向かってゆく場面。廃線の上に置かれたトロッコに乗り、どこまでも力を合わせて漕いでゆくラストの場面。すべてが素敵だった。僕の中ではダニエルは僕で、メロディは僕が大好きだった女の子で、オーンショーは今隣で一緒に映画を観ているニキビ顔に重なっていた。

image映画が終わり、劇場を出ると僕たちはどちらからともなく、自分が気になって仕方がない女の子のことについて話し始めた。その子たちのどこがどれほどに素敵なのかということについて一生懸命話した。僕はその子のことを考えると何も手に付かなくなる、と告白した。彼も、そうだ、と言った。映画を観終わった時の僕たちは、それが恋というものだということを知っていた。互いに互いの恋を応援すると誓い合った。しかし人目ばかりを気にしてしまう未熟な僕たちには、何か具体的な行動で助け合うというようなことはついに出来なかった。互いの心のベクトルが誰に向かっているかを漏らすことなく、ハラハラと、時にヤキモキとしながら、ただ見守り合うだけだった。そして「永遠のトロッコ」に乗ることを夢見た恋たちの行方は、結局、自分たちの意気地の無さによって、夢を見ているうちに終わってしまった。

長い年月を重ねた今、好きだったあの子や彼の所在を知る術など、もはや僕には無い。いくつもの熱烈な恋も経験したけれど、あの年頃に覚えた微熱は消えてゆかない。そして今もラジオからビー・ジーズの歌声が聴こえてくる度に、甘酸っぱい思いが懐かしさと共に胸の中をゆっくりと流れてゆく。まるであの頃の僕等の時間のように。

2006.2.25 掲載

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