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第9回 「スタートレックとジーン・ロッデンベリー」(1966年〜)


1961年、ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンを乗せたソビエトのボストーク1号は人類初の地球外有人飛行を成し遂げ、これによって高まった人々の宇宙への関心は、直後に発表されたアメリカの有人月面着陸プロジェクト「アポロ計画」によりさらにヒートアップしてゆきました。ガガーリンの残した『地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった』という言葉に、誰もが果てしない夢を描いたのです。

STAR TREK

宇宙開拓時代の幕開けとなった1960年代は、SF=サイエンス・フィクションの文学や映像の世界においても数多くの作品が描かれ、次々と名作が生まれた素晴らしい時代でもありました。そんな中、アメリカでひとつのSFドラマの放映が始まります。後にSFファンの間で圧倒的な支持を受けることとなる、その番組のタイトル「スタートレック」は、産みの親であるジーン・ロッデンベリーによって考えられた造語でした。さてそのドラマの内容はというと、奇抜で多彩なキャラクターを持った異星人たちと地球人とが未来の宇宙空間で織り成すヒューマンドラマという、それまでのTVにはない斬新なものでした。その後このアイディアの流れは、1977年の大ヒット映画「スター・ウォーズ」に受け継がれることで、SFのひとつの定番的スタイルにもなってゆきました。

今日に至るまでに制作された「スタートレック」はTV用ドラマが700本以上、劇場用映画が11本あり、また現在もなお新シリーズが制作され続けているというのですから、その人気ぶりは驚異的です。またその人気の程を知るエピソードとして、1976年にアメリカ合衆国憲法発布200年を記念し「コンスティテューション」と名付けられる予定だった滑空練習機のスペースシャトル・オービター1号機について、「スタートレック」の乗組員が乗っている宇宙船「エンタープライズ号」の名前をつけてほしいという手紙が多数届けられたために、当時のアメリカ大統領ジェラルド・R・フォードはこれを変更し「エンタープライズ号」と命名したという出来事もありました。

「スタートレック」シリーズの原案と制作総指揮を執ったジーン・ロッデンベリーは、第二次大戦で爆撃機のパイロットを経験し、退役後はいくつかの職業を転々とした後に警察官となり、その傍らでTVドラマのシナリオライターを続けていました。そんな彼は、当時から世界に溢れていた人種や政治や宗教に関する問題を扱う為の新しいドラマの形態を模索していました。そして彼の目に留まったのがSFという表現方法だったのです。

彼は「スタートレック」という作品を、「人間性と人生における積極的な哲学である」と何度も語りました。今、地球上で起きている問題を現存の場所で、そして実名で語ってしまえば、大衆娯楽としてのTVドラマにはならない。しかしSFとして描くことによって、誰もが素直に問題に取り組み、考えることが出来るようになる・・・そんな風に彼は捉えていたのかもしれません。

実際に「スタートレック」の世界にのめり込み「トレッキー(※1)」となってしまったもの達の多くが、知らず知らずのうちに彼の思い描いた策略に嵌り、この世の様々な問題に対する意識を自分の胸の内に芽生えさせ、そして育てているのだと思います。かく云う僕自身、数百話に上る「スタートレック」のドラマと映画を鑑賞してゆく中で、大いに楽しみながらも実に多くのことを考えさせられてきました。そこには、まさにロッデンベリー氏が願った宗教や政治などに関する問題提起ということが含まれているのです。これらの話題は、通念として他人とディスカッションすることが避けられているにも係わらず、ドラマを通してであれば、人は語ることに対して大きな抵抗を覚えることもなく、また「トレッキー」同士であるならば、意見交換など容易く出来ることなのだと思えてしまうのですから「意識の持ちよう」とは面白いものです。語り始める時は「どうせSFの世界のことだから」などと気楽に思いつつ、時が経つにつれて、時間や場所や人種を超えた社会の普遍的な部分で、或いは自らの心の中にある根源的な部分で語っていることに気付いたりするのです。非現実であるはずのSFの世界を通して、現実である僕らの世界の真実を知り、また自身の心の真実を知るというわけです。

斯様に素晴らしきプロデューサーと思われるロッデンベリー氏ではありますが、1991年に他界された後は、「スタートレック」の出演者たちがそれぞれに書き綴った数冊の暴露本から流れ出した醜聞によって、そのクリーンなカリスマとしてのイメージは著しく歪められてしまいました。

しかしそんなことでロッデンベリー氏の功績に対する評価が害われるものでないことは疑う余地もないでしょう。実際「スタートレック」というドラマから多くのメッセージや問題意識を受け取り、国家的、民族的な意識を離れ、宇宙的な意識で人生を送ろうと考える「スタートレッキー(※2)」は世界に数多く存在するでしょうし、またその者たちの中から、次世代の「スタートレック」を創造する後継者が出てきていることも確かなことなのですから。


親愛なるジーンへ。
  あなたの日常について、あなたの物欲について、さらには人々が語るどうでもいいようなあなたの性癖についての真実は何一つ分かりませんし、敢えて分かろうとも思いません。けれど、あなたの残してくれたあのドラマたちだけは間違いなく偉大な作品だとゆうことを僕は理解しています。きっとあなたは今頃、本物の「スタートレッカー」となって異星人たちに「人間性と人生における積極的な哲学」について熱く語っていることでしょう。やがていつの日か、地球人との「ファーストコンタクト(※3)」の為に降り立つ異星人の心の中に、あなたを感じることがあるのかもしれません。こんな途方もない夢を僕が見続けられるのも、すべてあなたのおかげなのです。ジーン、今まであなたが僕たちに与えてくれた、溢れんばかりの夢と大いなる希望に心からありがとう。

「宇宙の片隅のトレッキーより」

(※1) 熱心なスタートレックのファンの総称
(※2) 宇宙を旅する者
(※3) 異文明間の最初の交流

2005.8.10 掲載

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