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川島佑介のtasting time

第7回 「アンジュール ― ある犬の物語」
                   (1986年/ガブリエル・バンサン)


先日ある人から、「素敵な本がある」と一冊の絵本をプレゼントされました。それは鉛筆のラフなデッサン画によって綴られたシンプルな絵本でした。

物語は田舎道に止まった車から一匹の犬が捨てられる場面で始まります。

走り去ろうとする主の車を、犬が物凄い勢いで追いかけてゆきます。遠ざかってゆく車を必死になって追いかけてゆきます。どこまでも、どこまでも追いかけてゆきます。そしていつしか主の車の姿は犬の目の中から消え、その犬のあてのない旅が始まりました。

アンジュール― ある犬の物語

パートナーを失くし、一人きりで本能のままに生きてゆく彼の、その衝動的な行動に巻き込まれ、車同士の大きな事故が起こってしまいました。目の前に投げ出された彼の命を咄嗟に避けようとして起こった事故だということなど、知る由もありません。現場にはどんどん人が集まって来ました。少し離れた場所まで行き、振り返った時の彼の心はただ孤独でした。

野原、海辺、街へと、生きる喜びを探して彼のさすらいの旅は続いてゆきました。どれだけの時が過ぎていったことでしょう。そんな彼のさすらいの旅にもやがて終わりの時が訪れます。

道の真ん中に佇んでいる時、彼は自分の前方から何者かが近づいて来ることに気がつきました。その者との距離が狭まるにつれ、それは少年の姿であると分かってきました。

少年は道の真ん中に佇んでいる一匹の犬を見つけ、笑顔で近寄って行きました。少年はその犬をとても可愛いと感じました。でも次の瞬間、寂しげなその犬の心に気づいた少年は、自分も長い長い道の途中、ずっと寂しかったことを思い出しました。するとそれまで胸の中に閉じ込めていた思いたちが、少年の目から溢れてしまいました。

犬はそんな少年のことをすぐに友だちだと感じました。ずっとずっと探し求めていた人に、やっと会えたような気持ちになりました。突然跳びつかれた少年は、驚きながらもとても幸せな気持ちでいっぱいになりました。


この『アンジュール ― ある犬の物語』には文字がありません。五十数枚に亘るデッサン画があるだけです。そういう意味で、まさに「絵本」。ですから今まで僕が書き綴ったこのストーリーは、僕の心に映った「僕の物語」です。

愛し合える存在に巡りあうまで、人は長い旅を続けます。しかしそんな素敵な場面が目の前に訪れたとしても、そこが旅の終わりではありません。それはただ、ひとり故の孤独の終焉。そこからはまた、新たな旅の始まりだと云えるでしょう。

愛は育むものだから、思い、伝え合い、信じ合うことを止めてしまえば、きっとまたひとりぼっちになってしまうと僕は思っています。たとえ片時も離れず同じ場所にいたとしても、それは同じでしょう。きっと誰かと「一緒にいる」という真意は、また違うことなのだと思うのです。

恵まれすぎる環境に長い時間据わり続けると、人はいつしか傲慢になって大切なものを見失しなうことがあるものです。この絵本は、僕自身にとって「真の幸せがある場所」を思い出させてくれたように感じました。


さて、この言葉のない一冊の絵本が、あなたの心のスクリーンにはどのような物語として映るのでしょう。もしかすると、そこにはあなたの気づかないあなた自身が映っているのかもしれません。

2005.7.10 掲載

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