川島佑介のtasting time
第5回 威風堂々と平和組曲(1901、1997年)
毎日のようにステレオを大音量にしてビートルズやロック・ミュージックばかりを聴いていた12歳の頃、父の薦めで耳にすることになった一枚のアナログレコード。それが僕とクラシック・ミュージックとの出会いでした。厳密に言えば、もっと早い時期に学校の授業の中で聴いているはずなのですが、人がその態勢にない時というのは何に触れても感動しないものです。でも好きになった人が気に入っているものを知った時などは一生懸命にそれを好きになろうとしたりするのだから人というのは面白いものです。僕自身もそんな風にして人への興味からいろんな物を好きになってきたように思います。
父から渡されたそのLPレコードにはクラシック・ミュージックの二十人の作曲家たちの作品が収められていました。僕が心を惹かれたのは父の『僕にとってのビートルズが入ってるよ』という言葉。聞けば父はその昔、声楽家になるか、ピアニストになるかで悩んでいたこともあったとのこと(結局のところは数学者への道を選んだのですが・・・・)。つまりその時の僕はそのレコードの中に自分の未だ知らぬ父がいるかのように感じたわけです。
実際に針を落とし、聴こえてくる曲たちに心を傾けてみると、その中にはディープ・パープルの『ハイウェイ・スター』のような熱い思いを感じさせるものやビートルズの『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』のような美しいメロディを持った曲たちがたくさん並んでおり、たちまち僕はクラシック・ミュージックに魅了されてゆきました。それらの楽曲たちの中でも特にバッハの『G線上のアリア』、サラサーテの『チゴイネルワイゼン』に関しては心を鷲掴みにされた感がありました。未だに『G線上のアリア』という楽曲はすべての音楽の中においての僕のフェイヴァリット・ソングです。
クラシックとの衝撃的な出会いから数年後、僕はバンドを組んでロックに傾倒してゆき、さらにはニュー・ミュージックにも強く惹かれていったので、クラシック・ミュージックとは少しずつ疎遠な間柄になってしまいました。しかし意外なところからクラシック・ミュージックとの接点は再び訪れたのです。
それは当時、プログレッシヴ・ロック・バンドという認識がなされていた「ゴダイゴ」のライヴをテレビで眺めていた時のことでした。初めてその曲を聴いた時、あまりのスケールの大きさと構成力の見事さに大きな波に呑み込まれたかのように、さぁーっと総毛立ったのを覚えています。クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』を彷彿させるその楽曲は『平和組曲/組曲・威風堂々』と題されたものであることを後に知り、いろいろと調べてはみたのですがレコード化はまだされていないと判りました。実はすぐにでもレコード化しようという話もあったそうなのですが著作権の問題で実現が遅れることとなり、再び僕がこの曲を耳に出来るようになるまでにはそれから数年を待たなければなりませんでした。
さてここで『平和組曲』とオリジンである『威風堂々』、そしてその作曲家について簡単に説明をしておきたいと思います。
『威風堂々(Pomp and Circumstance)』の作曲者、エドワード・エルガー(1857−1934年)はイギリス人の楽器商の息子として生まれました。彼は専門的な音楽教育は一切受けずに独学で作曲を学んだそうです。後に彼は数々の勲章や位を受賞するなどの輝かしい実績を残すのですが、誠実さと温かさを感じさせるその人格と作品たちは、現在でも尚、輝きを保ちながら英国人の心の中で深く愛され続けているそうです。そのことは20ポンド紙幣に彼の肖像が使われていることや「Sir(サー)」の称号を授かっていることなどからも感じ取れるように思います。
エルガーの代表曲『威風堂々』とは、1901年に作曲された『威風堂々第一番〜第五番』という行進曲集のことをいいます。有名な「第一番ニ長調」の中間部のメロディは、エルガー自身が「人生に一度しか出来ない」と語るほど素晴しいもので、時の国王エドワード7世の提案により歌詞がつけられることになり、『希望と栄光の国(Land
of Hope and Glory)』という独立した歌曲が誕生しました。今では英国の『第二の国歌』として親しまれている他、米国においても様々な式典などで奏でられているそうです。
時は流れて1978年、ゴダイゴのリードボーカルのタケカワユキヒデさんは音楽評論家であった父、武川寛海さんから薦められた『威風堂々』という楽曲を初めて聴いた時、その雄大なメロディを大変に気に入り、『威風堂々/第一番』をモチーフに『平和組曲/組曲・威風堂々』をミッキー吉野さんと共に書き上げます。そして同年に行われた「芸術祭コンサート」では奈良橋陽子さんの英詞をのせて初めてこの曲を演奏しました。当時から音楽性の高さでは定評があったゴダイゴですが、その中でもこの『平和組曲』は、今でも彼らの最高傑作との呼び声が高い作品です。
作者エドワード・エルガーの没後50年の経過による著作権消滅を待って、ついにこの曲がライヴ盤としてリリースされたことを知った時、僕は転がるようにしてレコードショップへと赴き、自宅でじっくりと聴き入りながらその感動を新たにしました。
さてそれからまた長い年月が流れ、ひとりのアーティストとして僕はCDの制作をすることとなります。デビュー曲を何にするべきなのかいろいろと悩みつつ、いくつかのデモを制作してみることにしました。まずはどんな曲にするのか、候補曲を並べることから始めたのですが、そのリストの中の一曲にはあの『威風堂々』がありました。
次回は、時代を超えて人を魅了する『威風堂々』という楽曲に僕が込めた思いなどについてお話させて頂きたいと思います。
2005.6.10 掲載
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