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川島佑介のtasting time

第3回 
サラ・ブライトマン&アジアン・フレンズ(2005/NHKホール)


世界で最も美しい声を持ったシンガーと云われている『クラシカル・クロスオーバー』の歌姫、サラ・ブライトマンがアジアン・ミュージックの著名なるアーティストたちを迎えてコンサートを行いました。

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日本においてのサラ・ブライトマンというアーティストは、TVのCFソングとして使われた「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」、テレビ朝日「ニュース・ステーション」のテーマソング「サラバンド」、最近では同じくテレビ朝日の「FIFAワールドカップ/アジア最終予選」のテーマソング「クエスチョン・オブ・オナー」などで知られている部分が一般的なのだと思います。もう少し彼女の活動について詳しい方は、彼女が「キャッツ」のオリジナル・キャストであり、「オペラ座の怪人」の初代のクリスティーナ役でトップスターに昇った人であり、劇中で歌われる名曲「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」は今世紀最高の作曲家と名高い、かのアンドリュー・ロイド・ウェーバーが彼女の為に書き下ろした曲であるということをご存知かもしれません。

ショービジネス界における十代の頃の、彼女の初期のキャリアはダンサーでありポップバンドのボーカリストでした。19歳の時「キャッツ」のオーディションに応募し、前出のロイド・ウェーバーに認められ、その後ミュージカル「ソング&ダンス」を経て「リクイエム」に出演。そのアルバム中の歌唱により英国ヒットチャート3位、グラミー賞最優秀クラシカル新人賞へのノミネートなど、23歳にして大きな栄誉を手に入れることになります。しかしミュージカルのトップスターとして順風満帆に見えた32歳の時、彼女は突然、一切のミュージカルへの出演依頼を断り、彼女の音楽的ルーツであるクラシックへの回帰を目指すため、イタリア、ドイツ、アメリカへ渡ってしまいます。それからは、ヴォイストレーニングを受けながら進路を模索する日々が続きました。そして二年後に帰ってきた彼女は、エニグマの創始者、フランク・ピーターソンと制作を始め、大ヒット曲「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」を生みだすことになるのです。

彼女の音楽の特性は、その類まれなる美声と、その歌唱力を活かしたクラシックとポピュラーミュージックの融合『クラシカル・クロスオーバー』という手法にあると感じている方は多いでしょう。それらを極めるために、ミュージカルスターとしての不動の地位を捨ててまで行った彼女の模索の旅は、とても大切なことだったのかもしれません。

そんな探究心の強い彼女が今回のステージで試みた「融合」とは、日本、中国、それぞれの国のクラシックと云える伝統音楽とポピュラーミュージックとのクロスオーバーを続けている東儀秀樹、チェン・ミンというアーティストたちとの競演でした。

東儀秀樹は、奈良時代から雅楽を世襲する東儀家に生まれ、宮内庁式部職楽部にて雅楽を学び、1986年に楽師となります。宮中儀式や皇居での演奏会、海外公演などに参加の傍ら、ピアノやシンセサイザー、コンピューターを駆使してオリジナル曲の創作にも情熱を傾け、1996年にアルバム「東儀秀樹」でデビュー。同年、宮内庁を辞めて本格的なソロ活動を始めます。

彼は主に「篳篥(ひちりき)」という楽器を用い、なだらかな抑揚をつけながら音程を変える「塩梅(えんばい)」と呼ばれる独特な演奏方法でポピュラーミュージックを奏でます。この「篳篥」という楽器は中国や朝鮮半島から伝えられてから1,400年の間、まったく音を変えず現在に至っている楽器。音域は1オクターブちょっとなのですが、古来、人間の声を表現する役割を担ってきました。この「篳篥」、欧米に渡ってからはオーボエやバスーンなどの楽器へと変わっていったと云われています。

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チェン・ミンも東儀秀樹と同様に大変恵まれた音楽環境に育ちました。彼女が演奏に用いる「二胡」という楽器は、昔「胡琴」、「南胡」と呼ばれていた楽器が発展したもので、昔は声楽の伴奏や器楽演奏に用いられる程度のものだったのですが、1920年代に大幅に手を加えられ、独奏楽器として用いられるようになりました。その間には不幸な歴史があり、長年に渡って時の政府によって禁止されていたこともあったようです。

中国や朝鮮半島で生まれ、多くの時代を経ながらも変わらず現在に至る「篳篥」、中国で生まれ、不遇な時代を経て、改良されながらも現在の地位を得た「二胡」、オリエントの民族楽器から進化した西洋の楽器たちが集う「オーケストラ」、そして様々な経験と模索を繰り返し磨かれてきた美しい「歌声」、それらがひとつになって奏でる「音」の中には、大きな感動と、共に遥かな時を越えた郷愁のようなものさえ感じます。それは国籍や時代や環境などを超越し、人が兼ね備えている共通の「思い」といったものなのでしょう。人は「音」を通して、そこに脈々と流れている「思い」に感動し、そして癒されてゆくのでしょう。それは大地や海のイメージであり、記憶の中の母親へのイメージとも重なることもあるように感じます。「思い」というものの中には、演奏者やその楽器に受け継がれている歴史、人にとっての普遍的な感情の部分、生きることにおいての願いといったものの存在を強く感じさせてくれます。

『新しいものに想いを傾けることで、古典に対する理解が深まり、古典に力を注ぐことで、新しいものへの影響が深まる・・・・』

これは東儀秀樹が自身の音楽活動におけるポリシーを語った言葉ですが、この言葉は、音楽の持つ普遍性と多様性というものを上手く表現していると思います。そして今回のコンサートにおいては、各々の音の求道者が一同に介するに至ったことについての必然−と言う事を明らかにしている言葉でもあるように思います。

創る側、受け取る側を問わず、人を魅了し、求め合い、癒し合う・・・・。そんな『クラシカル・クロスオーバー』のこれからに、僕は魅力を感じ注目しています。

2005.5.10 掲載

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